短編・中編
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嘘つきオオカミ
-2- ※荒北視点
毎年恒例、ファンライドとは名ばかりのレースを終えて、先輩らはこれで完全に引退となる。ゴールを決められたファンライドは必ずレースになった。そりゃそうだ。走るからには負けたくねェからな。これが伝統ってやつだそうだ。最後に先輩に華持たせようなんてお情け無用。それぞれ、ゼッケンを渡す次期レギュラー候補と競争をするわけだから、むしろ後輩が勝ったほうが安心すんだろ。“来年の箱学も安泰だな”ってな。
俺は三年のオールラウンダーの先輩に勝った。去年は歯が立たなかった先輩を超えてやった。ラストスパートコーナーギリギリの走りでエースを引っ張り、福ちゃんをゴールまで送り出したその後、あいつはゴールを決め俺たち二年チームの勝利で幕を閉じた。
□ □ □
それからあっという間に冬が過ぎ、春が訪れてもうすぐ新しい一年が入ってくる。もうそんな季節かと驚いた。
珍しく早く目が覚めちまったが、窓を開けりゃあったけぇ陽気に悪くない気分だ。寮を出てロードバイクに乗ってそのまま校舎に向かった。
ロードを部室前に止め、少しだけ開いてるドアから声がしたので俺は思わずドアノブに手をかけたまま動きを止めた。
こんな早くから部室に誰かいるなんて練習熱心なこった。声からすると中に居るのは二人なのだが、聞き覚えのある声にハッとした。
「汐見先輩のことが好きです。俺じゃダメですか?付き合ってくれませんか!?」
“汐見”というワードに一瞬、息が止まった。後輩と思われる男一人と汐見がいるってことか。後輩の方は興奮気味に声を荒げて、あいつからは何も言い返せずにいるようだ。
「先輩からマッサージを教わった時すごく熱心に教えてもらって、それで実際にマッサージもしてもらえて、その時、先輩の優しさにドキドキしたんです!」
「あれはマッサーとして接して教えただけって前も言ったはずなんだけど……」
なんっとも青臭ェ理由に俺の口はポカンと開く。アホかこいつ!?
確かに俺たちぐらいの歳じゃ女子との接触を勘違いするバカも少なくない。でもあいつはちゃんと勉強するつもりでやってんだ。思い違いで言い寄って迷惑かけてる事に、腹が煮える。自分事のように怒りが湧いてきた。
突然、バンッ!とロッカーに打ち付けられる音がしたので俺は慌てて部室内に足を踏み入れた。勢いよくドアを開けるとそこには、後ずさりしてロッカーに背をぶつけた汐見と詰め寄った後輩の一人が居た。迫られてるって感じだ。入ってきたのが俺だと分かると、勘違い野郎はすぐに汐見から離れて「チワス」と小声で挨拶した。
「声が小せーんだヨ、バァカ!」
怒鳴ると奴は口元を引きつらせてもう一度挨拶した。ビビるぐれーなら最初からちゃんとデケー声で挨拶しろっての。
ロッカーまで詰め寄られてその場を動けない汐見を見ると、気まずそうに俯いている。この感じ……今日が初めてじゃない?
いつからだ?しつこく言い寄られてたのはいつからだ?どうして福ちゃんに言わねぇ?頼りゃいいのに、おおごとにしたくなくて黙ってたんだろう。困った素振りも見せずに。
だが、後輩とはいえ相手は男だ。俺がドアを開けなきゃ詰め寄られてその後どうなってた?ガキじゃねぇんだ、行き過ぎた想像だって出来る。
――この女、自分が我慢して騒ぎにならなけりゃそれでいいと思ってやがるタイプだ。
『気に掛けてやってくれ』って、福ちゃんから言われてたな。いつか困ってる場面に俺が遭遇するってわかっててンなこと俺に頼んだのかよ、福ちゃん。だとしたら随分、打算的なことしやがる。
俺が「よぉ」と挨拶すると、汐見はいつも通りの表情に戻って平気なフリをしていた。さっきまで怖かったんじゃないのか。無理すんなよって喉まで出かかった言葉の代わりに、俺の右手はスッと伸び汐見の頭に乗っかった。ぽんぽんと軽く叩いてから、次にその手を肩に回して自分の方へ抱き寄せた。
「オイ、人の女口説いてんなよ」
俺は嫌われもんだ。嫌われ役も疎まれ役も慣れてるし、自転車以外ネェ男だから捨てるもんもない。汐見を助けるために咄嗟の賢い方法も思いつかネェ。ドッドッと鼓動が早鐘を打ち俺を追いつめる。でもって、とんでもねぇ事を言ってる自覚はある。この感覚、ゴールスプリント手前の心臓みたいな速さで脈打ってら。
口をパクパクさせながら、勘違い野郎は驚愕のあまり「嘘だ!汐見先輩がアンタなんかと!」と叫ぶのと、汐見の方から俺の肩に頬を寄せたのはほぼ同時だった。空気を読んでノってきてくれた。シャツ越しに触れた部分があったかい。
「俺ら付き合ってんだ。次こいつに迫ったらタダじゃおかねーぞ。悔しいなら勝負でも何でもしてやるよ。ただし自転車でだ」
勘違いクソ野郎は戦慄いて部室を出て行き、それを見送ってから汐見は俺から静かに離れた。予想通り、何度か言い寄られていて困っていたようだった。
「さすがに今日はちょっと怖かったから、荒北くんが来てくれて助かっ――」
「ちょっと怖かったじゃねェよバァカ!何かあってからじゃおっせんだよこのボケナス!」
汐見の言葉を遮って俺が怒鳴ると、目をまん丸くして驚いていた。そして静かに頷くと「ごめんなさい」と反省していた。怖い思いをした挙げ句に俺に怒られるなんてお前ホント、今日は散々だな。
ただ、反省点をあげるならば俺にもある。咄嗟のこととは言えとんでもねェ台詞で牽制しちまった。アレでよかったのか?
他にいい台詞が思いつかなかったんだから仕方ない。相手にだけ謝らせておいて俺が詫びいれねぇのもおかしいか?と、ぐるぐると頭の中で考えてたら、汐見から話を切り出した。
「荒北くん。あのね、迷惑でなければ」
おずおずと、胸の前で両手を重ねているその姿はまるで告白前の女子のような。喉がゴクリと鳴った。動揺するのも無理はない。この後の台詞を予想出来ちまったから。
「しばらくの間、このまま付き合ってる事にしてもらってもいいかな?」
予想通りの台詞に、俺は驚くでもなくガシガシと頭を掻いた。
身から出た錆っていうのか、いやこの場合は、棚からぼた餅、早起きは三文の得……さっきから嬉しい系のことわざしか浮かばない。そんでもって断る理由も出てこねェ。
『別にイイけど』ってぶっきらぼうに言う他なかった。
どのみち、さっきのビビって逃げてった後輩のせいで部内には不本意ながらも広まっちまうだろう。別にどうでもいいんだ、俺ァ。
嘘つきだろうがニセ彼氏だろうが、この嘘で誰かを守れりゃそれでいい。
-2- ※荒北視点
毎年恒例、ファンライドとは名ばかりのレースを終えて、先輩らはこれで完全に引退となる。ゴールを決められたファンライドは必ずレースになった。そりゃそうだ。走るからには負けたくねェからな。これが伝統ってやつだそうだ。最後に先輩に華持たせようなんてお情け無用。それぞれ、ゼッケンを渡す次期レギュラー候補と競争をするわけだから、むしろ後輩が勝ったほうが安心すんだろ。“来年の箱学も安泰だな”ってな。
俺は三年のオールラウンダーの先輩に勝った。去年は歯が立たなかった先輩を超えてやった。ラストスパートコーナーギリギリの走りでエースを引っ張り、福ちゃんをゴールまで送り出したその後、あいつはゴールを決め俺たち二年チームの勝利で幕を閉じた。
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それからあっという間に冬が過ぎ、春が訪れてもうすぐ新しい一年が入ってくる。もうそんな季節かと驚いた。
珍しく早く目が覚めちまったが、窓を開けりゃあったけぇ陽気に悪くない気分だ。寮を出てロードバイクに乗ってそのまま校舎に向かった。
ロードを部室前に止め、少しだけ開いてるドアから声がしたので俺は思わずドアノブに手をかけたまま動きを止めた。
こんな早くから部室に誰かいるなんて練習熱心なこった。声からすると中に居るのは二人なのだが、聞き覚えのある声にハッとした。
「汐見先輩のことが好きです。俺じゃダメですか?付き合ってくれませんか!?」
“汐見”というワードに一瞬、息が止まった。後輩と思われる男一人と汐見がいるってことか。後輩の方は興奮気味に声を荒げて、あいつからは何も言い返せずにいるようだ。
「先輩からマッサージを教わった時すごく熱心に教えてもらって、それで実際にマッサージもしてもらえて、その時、先輩の優しさにドキドキしたんです!」
「あれはマッサーとして接して教えただけって前も言ったはずなんだけど……」
なんっとも青臭ェ理由に俺の口はポカンと開く。アホかこいつ!?
確かに俺たちぐらいの歳じゃ女子との接触を勘違いするバカも少なくない。でもあいつはちゃんと勉強するつもりでやってんだ。思い違いで言い寄って迷惑かけてる事に、腹が煮える。自分事のように怒りが湧いてきた。
突然、バンッ!とロッカーに打ち付けられる音がしたので俺は慌てて部室内に足を踏み入れた。勢いよくドアを開けるとそこには、後ずさりしてロッカーに背をぶつけた汐見と詰め寄った後輩の一人が居た。迫られてるって感じだ。入ってきたのが俺だと分かると、勘違い野郎はすぐに汐見から離れて「チワス」と小声で挨拶した。
「声が小せーんだヨ、バァカ!」
怒鳴ると奴は口元を引きつらせてもう一度挨拶した。ビビるぐれーなら最初からちゃんとデケー声で挨拶しろっての。
ロッカーまで詰め寄られてその場を動けない汐見を見ると、気まずそうに俯いている。この感じ……今日が初めてじゃない?
いつからだ?しつこく言い寄られてたのはいつからだ?どうして福ちゃんに言わねぇ?頼りゃいいのに、おおごとにしたくなくて黙ってたんだろう。困った素振りも見せずに。
だが、後輩とはいえ相手は男だ。俺がドアを開けなきゃ詰め寄られてその後どうなってた?ガキじゃねぇんだ、行き過ぎた想像だって出来る。
――この女、自分が我慢して騒ぎにならなけりゃそれでいいと思ってやがるタイプだ。
『気に掛けてやってくれ』って、福ちゃんから言われてたな。いつか困ってる場面に俺が遭遇するってわかっててンなこと俺に頼んだのかよ、福ちゃん。だとしたら随分、打算的なことしやがる。
俺が「よぉ」と挨拶すると、汐見はいつも通りの表情に戻って平気なフリをしていた。さっきまで怖かったんじゃないのか。無理すんなよって喉まで出かかった言葉の代わりに、俺の右手はスッと伸び汐見の頭に乗っかった。ぽんぽんと軽く叩いてから、次にその手を肩に回して自分の方へ抱き寄せた。
「オイ、人の女口説いてんなよ」
俺は嫌われもんだ。嫌われ役も疎まれ役も慣れてるし、自転車以外ネェ男だから捨てるもんもない。汐見を助けるために咄嗟の賢い方法も思いつかネェ。ドッドッと鼓動が早鐘を打ち俺を追いつめる。でもって、とんでもねぇ事を言ってる自覚はある。この感覚、ゴールスプリント手前の心臓みたいな速さで脈打ってら。
口をパクパクさせながら、勘違い野郎は驚愕のあまり「嘘だ!汐見先輩がアンタなんかと!」と叫ぶのと、汐見の方から俺の肩に頬を寄せたのはほぼ同時だった。空気を読んでノってきてくれた。シャツ越しに触れた部分があったかい。
「俺ら付き合ってんだ。次こいつに迫ったらタダじゃおかねーぞ。悔しいなら勝負でも何でもしてやるよ。ただし自転車でだ」
勘違いクソ野郎は戦慄いて部室を出て行き、それを見送ってから汐見は俺から静かに離れた。予想通り、何度か言い寄られていて困っていたようだった。
「さすがに今日はちょっと怖かったから、荒北くんが来てくれて助かっ――」
「ちょっと怖かったじゃねェよバァカ!何かあってからじゃおっせんだよこのボケナス!」
汐見の言葉を遮って俺が怒鳴ると、目をまん丸くして驚いていた。そして静かに頷くと「ごめんなさい」と反省していた。怖い思いをした挙げ句に俺に怒られるなんてお前ホント、今日は散々だな。
ただ、反省点をあげるならば俺にもある。咄嗟のこととは言えとんでもねェ台詞で牽制しちまった。アレでよかったのか?
他にいい台詞が思いつかなかったんだから仕方ない。相手にだけ謝らせておいて俺が詫びいれねぇのもおかしいか?と、ぐるぐると頭の中で考えてたら、汐見から話を切り出した。
「荒北くん。あのね、迷惑でなければ」
おずおずと、胸の前で両手を重ねているその姿はまるで告白前の女子のような。喉がゴクリと鳴った。動揺するのも無理はない。この後の台詞を予想出来ちまったから。
「しばらくの間、このまま付き合ってる事にしてもらってもいいかな?」
予想通りの台詞に、俺は驚くでもなくガシガシと頭を掻いた。
身から出た錆っていうのか、いやこの場合は、棚からぼた餅、早起きは三文の得……さっきから嬉しい系のことわざしか浮かばない。そんでもって断る理由も出てこねェ。
『別にイイけど』ってぶっきらぼうに言う他なかった。
どのみち、さっきのビビって逃げてった後輩のせいで部内には不本意ながらも広まっちまうだろう。別にどうでもいいんだ、俺ァ。
嘘つきだろうがニセ彼氏だろうが、この嘘で誰かを守れりゃそれでいい。