短編・中編
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センチメンタルピリオド
-1- ※新開視点
手をピストルの形にして、指先を銃口代わりに相手に向けて撃つ。
これが試合中、俺の「仕留める」って合図。
俺より先に走っている敵を抜ける確証がある時に限らず、俺は自分への景気付けにいっちょコレをかますんだ。
これを合図に敵を抜き去り、参加したスプリントレースでは相当な数の勝ちを獲ったもんだ。いつだって仕留める側にいたはずだったが、それは思い違いだって最近気づかされた。たった一人の女の子に。
――初対面は入学式の日。桜の花びらが風に舞って、春のあたたかい香りが辺りを包んでいた。
「寿一くんから話は聞いてたけど、やっと実物に会えたぁ」
寿一が俺たちの間に入ってお互いに紹介させあうと、俺の名前を聞いた途端「あっ!」と、彼女は声をあげた。
入学式の後に渡り廊下で寿一が誰かと話してるのを見つけて近づくと、そこには一人の少女。背が小さいわけじゃないが、寿一と並ぶと小動物のように見えた。俺も寿一から幼馴染の話は聞いていたからすぐにピンと来た。
あいつから女子の話が出るなんて珍しかったから、不思議と琴音に関わる話は俺もよく覚えていて、初めて会ったときの印象は『愛嬌がある子だな』ってぐらいだ。
「三人ともクラスが違うね。もし共通の宿題とかでたらそこは“協調”しようね」
「ダメだ。宿題は自分の力でやらなければ意味がない」
「え~、寿一くんはホント真面目なんだから…」
寿一の隣で唇を尖らせてムスッとした琴音。この絵は珍しい。秦野中ん時、あいつがキャプテン、俺が副キャプテンとして共に部活に打ち込んできたわけだから、まぁロード一筋だった俺たちに女っ気はく……俺はなくもなかったけど。
特に寿一は色恋はてんでどころか、女子と並んで喋ってる姿もほとんど見かけたことがなかったからなぁ。寿一の普通にしてる表情さえ仏頂面に見えたから、近寄りがたかったのかもしれない。だからまぁ、琴音と並んでるこの状況はすごく新鮮だ。俺が右手を軽く挙げて「俺は乗るよ、それ」と告げると、彼女は嬉しそうに笑った。
「俺の回答は間違いだらけだけどな。だから汐見さんに期待してるよ」
「む、むりだよ!自信ないよ」
笑ったと思えばすぐに肩を落としガッカリしている。もしかして俺、頭よく見えたのか?そうだとしたら嬉しいが、妙な期待をさせてしまって悪かった。それから各々のクラスで始業式がはじまる時間まで、三人で話して過ごした。別れ際に、自分の事を『琴音』と呼んでくれていいと告げられた。
ちなみにクラスは三人とも別々だった。ま、卒業するまでにあと二回クラス替えがあるから、運がよきゃ寿一や琴音とも同じクラスになる一年間があるかもしれないな。
互いのクラスを教えあった時、俺は彼女の笑顔がほんの少しだけ引きつったのを見逃さなかった。他の奴なら気づかないレベルの些細過ぎる変化だ。別に見つめていたわけじゃない。たまたま目に入って、勘のいい俺は偶然気づいてしまったというだけだ。その意味は分かる。考えるまでもなかった。寿一と『同じクラスじゃなくて残念だな』って、そーゆーことだろ。わかりやすい。
寿一は俺に琴音の話をする時に“幼馴染”としか言わない。正直すぎるあいつのことだ、本当にそれ以上の関係ではないのだと思う。琴音への好意はあるが、恋愛のそれじゃない。だから俺は何か探りを入れたり野暮な事はしなかった。
異性の幼馴染がいて未だにわりと仲がいいって羨ましいなって。そんぐらいしか思わなかったが、いざ本人を目の当たりにして話してみると想像以上に可愛かったからちょっと妬けた。それに幼馴染が成長してもし本物の恋人同士になれたとしたら、それってドラマみたいで何だか理想的だしな。
さておき、入学式初日で気づいたことがある。
――寿一は琴音のことを幼馴染として見ていて、琴音は寿一に対してそれ以上の気持ちがあるってこと。正直、お似合いだと思った。皮肉で言ってるんじゃない。本当にそう思ってる。真面目で努力家でちょっと不器用なとこもあるがまっすぐな寿一には、昔から知ってる相手のがいいに決まってる。
自転車競技で名門の箱学に入学してきたからには寿一も俺も今まで以上にロードにのめり込むだろう。寿一の父親ははじめて箱学の自転車競技部を優勝に導いた人で、兄もまた同じく優勝に貢献してきた人物だ。
代々、家からも学校からも、受け継がれた意志を背負って、あと二年後の春には寿一が部を背負って立つはずだ。
中学時代そばで見てきたからわかるんだ。あいつはチームをまとめあげる力がある男だ。
早い話、三年のインターハイを終えるまで、二人が恋愛に発展するかどうか……まぁ、しないだろうな。
そもそも寿一は恋愛事にはてんで鈍そうだから、恋愛に発展したところで在学中に二人が付き合うかどうかは別の話だ。
俺が影ながらしてやれるのは、琴音に彼氏が出来たりしてないか探りを入れたり、他の男に言い寄られて困ったりしてないかとか聞いたり、まぁそんぐらいだ。
――ここで、俺は自分の首を絞めていることに気づけなかったのが最大のミスだ。
親友のためを思ってしてるつもりだったが、それって結局、俺が彼女を気に掛けるってことだ。琴音をよく観察するってことだ。それが、どんな結果を招くことになるか最初からわかってたんなら、やめていたのに。
行く行くは二人がくっつきゃいいなって思ってたのは本当。ただ油断していた。“あの寿一の幼馴染”だっていうのに気をを張ることもしなかった。俺が彼女を好きになってしまった大きな要因は二つある。
ひとつ目は二年になって琴音と同じクラスになって話す機会が増えたこと。同じクラスということは年間行事も一緒ということで、色んな一面を知ることが出来るわけだ。
ふたつ目は琴音がある出来事をキッカケに二年のインハイ後、夏休み明けからマネージャーとして入部してきたこと。彼女が動いたのは寿一の為だとわかっていても、優しい心根と強い意志にますます惹かれていく。
『途中入部だけど、みんなの足を引っ張らないようにこれから頑張るね』
意気揚々と告げる彼女が輝いて見えた。“幼馴染の力になりたくて”という理由は本人の口から聞くことはなかったけど、このタイミングでの入部はどう考えても寿一のインハイ二日目の事が理由だろう。他に考えられない。だが琴音はその理由を誰かに話すことなく内心に留めていた。けなげさに心が震える。笑う顔を見る度、無理して笑ってないか心配になる。手を伸ばして頬に触れたくなる。
出来もしない衝動が相まって、日に日に彼女を目で追う度に自分の心が傾いていった。
「なぁ、朝から機嫌よさそうだな。いいことでもあったかい?デートに誘われたとか?」
「私、途中入部の新人だよ?覚えることも山積みで…、もし誰かから誘われてもそんな時間ないない!今はロードが恋人だよ」
「むしろそれ俺らの方だけどな?いやァ、虚しい」
「部活だって充分、青春だよ?」
顔を見合わせて笑い合って他愛もない会話の中で、琴音に彼氏がいないのを確認して安堵してるのは誰でもなく俺自身だ。入学式のあの日、応援しようと二人を見ていたはずだったのに。
「楽しいクラスだったよね。新開くんともまた同じクラスになれるといいな」
二年の三学期、終業式が終わりこれから春休み突入という時、琴音はそんな嬉しいことを言いにわざわざ俺の席までやって来た。覚えてる限りじゃこれが最高にトドメだったと思う。
寿一の友達だから俺は琴音との繋がりができた。紹介されなかったらただのクラスメイトの関係で終わっていたであろう一人の女子のひとことに舞い上がってる。『また同じクラスに』だなんて社交辞令だろうにさ。わかってんのに浮かれちまう。
俺も本気でそう願ったが、願いは届かず三年はクラスが離れてしまった。これ以上気持ちが加速しないようにとバチが当たったのかも。しかしもう、だいぶ遅いが。
お前を見てると溜息ついたり、気持ちがあったくなったり不意に心臓が高鳴ったりと、俺はどうにもおかしい。もし寿一と琴音、二人が両思いになったら俺は邪魔者でしかない。
勝手な罪悪感を感じながらも、高校最後の夏休みがすぐそこまで来ていた。
-1- ※新開視点
手をピストルの形にして、指先を銃口代わりに相手に向けて撃つ。
これが試合中、俺の「仕留める」って合図。
俺より先に走っている敵を抜ける確証がある時に限らず、俺は自分への景気付けにいっちょコレをかますんだ。
これを合図に敵を抜き去り、参加したスプリントレースでは相当な数の勝ちを獲ったもんだ。いつだって仕留める側にいたはずだったが、それは思い違いだって最近気づかされた。たった一人の女の子に。
――初対面は入学式の日。桜の花びらが風に舞って、春のあたたかい香りが辺りを包んでいた。
「寿一くんから話は聞いてたけど、やっと実物に会えたぁ」
寿一が俺たちの間に入ってお互いに紹介させあうと、俺の名前を聞いた途端「あっ!」と、彼女は声をあげた。
入学式の後に渡り廊下で寿一が誰かと話してるのを見つけて近づくと、そこには一人の少女。背が小さいわけじゃないが、寿一と並ぶと小動物のように見えた。俺も寿一から幼馴染の話は聞いていたからすぐにピンと来た。
あいつから女子の話が出るなんて珍しかったから、不思議と琴音に関わる話は俺もよく覚えていて、初めて会ったときの印象は『愛嬌がある子だな』ってぐらいだ。
「三人ともクラスが違うね。もし共通の宿題とかでたらそこは“協調”しようね」
「ダメだ。宿題は自分の力でやらなければ意味がない」
「え~、寿一くんはホント真面目なんだから…」
寿一の隣で唇を尖らせてムスッとした琴音。この絵は珍しい。秦野中ん時、あいつがキャプテン、俺が副キャプテンとして共に部活に打ち込んできたわけだから、まぁロード一筋だった俺たちに女っ気はく……俺はなくもなかったけど。
特に寿一は色恋はてんでどころか、女子と並んで喋ってる姿もほとんど見かけたことがなかったからなぁ。寿一の普通にしてる表情さえ仏頂面に見えたから、近寄りがたかったのかもしれない。だからまぁ、琴音と並んでるこの状況はすごく新鮮だ。俺が右手を軽く挙げて「俺は乗るよ、それ」と告げると、彼女は嬉しそうに笑った。
「俺の回答は間違いだらけだけどな。だから汐見さんに期待してるよ」
「む、むりだよ!自信ないよ」
笑ったと思えばすぐに肩を落としガッカリしている。もしかして俺、頭よく見えたのか?そうだとしたら嬉しいが、妙な期待をさせてしまって悪かった。それから各々のクラスで始業式がはじまる時間まで、三人で話して過ごした。別れ際に、自分の事を『琴音』と呼んでくれていいと告げられた。
ちなみにクラスは三人とも別々だった。ま、卒業するまでにあと二回クラス替えがあるから、運がよきゃ寿一や琴音とも同じクラスになる一年間があるかもしれないな。
互いのクラスを教えあった時、俺は彼女の笑顔がほんの少しだけ引きつったのを見逃さなかった。他の奴なら気づかないレベルの些細過ぎる変化だ。別に見つめていたわけじゃない。たまたま目に入って、勘のいい俺は偶然気づいてしまったというだけだ。その意味は分かる。考えるまでもなかった。寿一と『同じクラスじゃなくて残念だな』って、そーゆーことだろ。わかりやすい。
寿一は俺に琴音の話をする時に“幼馴染”としか言わない。正直すぎるあいつのことだ、本当にそれ以上の関係ではないのだと思う。琴音への好意はあるが、恋愛のそれじゃない。だから俺は何か探りを入れたり野暮な事はしなかった。
異性の幼馴染がいて未だにわりと仲がいいって羨ましいなって。そんぐらいしか思わなかったが、いざ本人を目の当たりにして話してみると想像以上に可愛かったからちょっと妬けた。それに幼馴染が成長してもし本物の恋人同士になれたとしたら、それってドラマみたいで何だか理想的だしな。
さておき、入学式初日で気づいたことがある。
――寿一は琴音のことを幼馴染として見ていて、琴音は寿一に対してそれ以上の気持ちがあるってこと。正直、お似合いだと思った。皮肉で言ってるんじゃない。本当にそう思ってる。真面目で努力家でちょっと不器用なとこもあるがまっすぐな寿一には、昔から知ってる相手のがいいに決まってる。
自転車競技で名門の箱学に入学してきたからには寿一も俺も今まで以上にロードにのめり込むだろう。寿一の父親ははじめて箱学の自転車競技部を優勝に導いた人で、兄もまた同じく優勝に貢献してきた人物だ。
代々、家からも学校からも、受け継がれた意志を背負って、あと二年後の春には寿一が部を背負って立つはずだ。
中学時代そばで見てきたからわかるんだ。あいつはチームをまとめあげる力がある男だ。
早い話、三年のインターハイを終えるまで、二人が恋愛に発展するかどうか……まぁ、しないだろうな。
そもそも寿一は恋愛事にはてんで鈍そうだから、恋愛に発展したところで在学中に二人が付き合うかどうかは別の話だ。
俺が影ながらしてやれるのは、琴音に彼氏が出来たりしてないか探りを入れたり、他の男に言い寄られて困ったりしてないかとか聞いたり、まぁそんぐらいだ。
――ここで、俺は自分の首を絞めていることに気づけなかったのが最大のミスだ。
親友のためを思ってしてるつもりだったが、それって結局、俺が彼女を気に掛けるってことだ。琴音をよく観察するってことだ。それが、どんな結果を招くことになるか最初からわかってたんなら、やめていたのに。
行く行くは二人がくっつきゃいいなって思ってたのは本当。ただ油断していた。“あの寿一の幼馴染”だっていうのに気をを張ることもしなかった。俺が彼女を好きになってしまった大きな要因は二つある。
ひとつ目は二年になって琴音と同じクラスになって話す機会が増えたこと。同じクラスということは年間行事も一緒ということで、色んな一面を知ることが出来るわけだ。
ふたつ目は琴音がある出来事をキッカケに二年のインハイ後、夏休み明けからマネージャーとして入部してきたこと。彼女が動いたのは寿一の為だとわかっていても、優しい心根と強い意志にますます惹かれていく。
『途中入部だけど、みんなの足を引っ張らないようにこれから頑張るね』
意気揚々と告げる彼女が輝いて見えた。“幼馴染の力になりたくて”という理由は本人の口から聞くことはなかったけど、このタイミングでの入部はどう考えても寿一のインハイ二日目の事が理由だろう。他に考えられない。だが琴音はその理由を誰かに話すことなく内心に留めていた。けなげさに心が震える。笑う顔を見る度、無理して笑ってないか心配になる。手を伸ばして頬に触れたくなる。
出来もしない衝動が相まって、日に日に彼女を目で追う度に自分の心が傾いていった。
「なぁ、朝から機嫌よさそうだな。いいことでもあったかい?デートに誘われたとか?」
「私、途中入部の新人だよ?覚えることも山積みで…、もし誰かから誘われてもそんな時間ないない!今はロードが恋人だよ」
「むしろそれ俺らの方だけどな?いやァ、虚しい」
「部活だって充分、青春だよ?」
顔を見合わせて笑い合って他愛もない会話の中で、琴音に彼氏がいないのを確認して安堵してるのは誰でもなく俺自身だ。入学式のあの日、応援しようと二人を見ていたはずだったのに。
「楽しいクラスだったよね。新開くんともまた同じクラスになれるといいな」
二年の三学期、終業式が終わりこれから春休み突入という時、琴音はそんな嬉しいことを言いにわざわざ俺の席までやって来た。覚えてる限りじゃこれが最高にトドメだったと思う。
寿一の友達だから俺は琴音との繋がりができた。紹介されなかったらただのクラスメイトの関係で終わっていたであろう一人の女子のひとことに舞い上がってる。『また同じクラスに』だなんて社交辞令だろうにさ。わかってんのに浮かれちまう。
俺も本気でそう願ったが、願いは届かず三年はクラスが離れてしまった。これ以上気持ちが加速しないようにとバチが当たったのかも。しかしもう、だいぶ遅いが。
お前を見てると溜息ついたり、気持ちがあったくなったり不意に心臓が高鳴ったりと、俺はどうにもおかしい。もし寿一と琴音、二人が両思いになったら俺は邪魔者でしかない。
勝手な罪悪感を感じながらも、高校最後の夏休みがすぐそこまで来ていた。