短編・中編
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
月明かりのdearest
※大学編
月が夜空で光る真夜中に、俺はふと目を覚ました。一度寝ちまえば起きる事なんてほとんどねェのに珍しい。
気持ちが高揚しているせいか――…わかんねぇけど、多分そうだ。
時計の針は午前一時を回ったところだ。上半身を起こせば二人だとやけに狭く感じるベッドがギシリと軋んだ。二人だとそりゃ狭ェか。シングルベッドだからな。見慣れない天井、見渡せばキチンと整頓された部屋を、淡い色の壁紙と花柄のカーテンが包む。ここは静岡…じゃなく、都内――琴音が一人暮らししているアパートだ。大学の入学式までの僅かな春休み中に、ちょうど俺の誕生日が重なったので都内で会うことになった。一度実家に戻る用もあったから、一昨日に静岡を出発して昨日は実家の横浜に泊まり、翌日に都内に会いにやって来たってワケだ。新幹線で来りゃ早いもんだ。遠距離ってほどじゃネェが、久々に琴音に会える事に前日の夜は心が躍った。
隣でスゥスゥと穏やかな寝息を立てて眠ってる琴音の顔を見つめて、やっぱり思うことは変わらない。睫長ェなとか肌が白いなとか。肩に毛布をかけ直してやると少しだけカーテンを開けると、月明かりが自然と部屋に差し込んでくる。額にかかった前髪を指で静かに横に流してやると琴音の寝顔はよりいっそうハッキリと見える。月で照らされた首筋に点々とした鬱血の痕……しまった、新学期前にンなとこに、見えるところに、バカか俺は。
だって仕方ネェんだ。ケーキとプレゼントで誕生日を祝ってくれたカノジョに感動してテンション上がって、おまけにプレゼントとは別に手紙まで書いてきてくれるなんてよ、感極まればそりゃそうなる。プレゼントはビアンキのサマーグローブだった。勿体なくて使えネェって言ったら、「使ってくれないと意味ないよ」と唇を尖らせていた。ムスッとした面も可愛いのが相変わらずズリィなと思った。
手紙は――、いつも琴音が俺に伝えてくれることが丁寧な文字で、優しい言葉で書き綴られていた。泣きそうになったのをぐっと堪えて、この手紙だけは爺さんになっても大事にとっておこうと誓った。
部活で過ごした時間は濃厚過ぎた。
思い出せば色褪せることのない日々の中に、福ちゃんがいて、チームメイトがいて、先輩・後輩がいて、そんで途中から琴音がいた。出会った当初、琴音が自分の彼女になるなんて想像してなかった。こんな夢みてぇな誕生日を一緒に過ごせるとも思ってなかった。
変な奴に言い寄られていたお前の“彼氏役”を買って出た事が俺たちのはじまり。福ちゃんの幼馴染みだから守ってやらねェとって使命感で体が動いていたが、今思えばもうあの時には惚れてたのかも知れねェな。
途中部してきた琴音の頑張りは見ていたし、人間としてもコイツぁいい奴だと直感していたから。ニセ彼氏を続けていて本当に付き合いてェと欲が出て、気持ちが抑えられなくなって意を決して告ったんだっけな。一年も経ってねェのにかなり昔のことのように感じる。
…こいつが嬉し泣きして、大粒の涙が頬を濡らして頷いたあの瞬間だけ切り取られたみたいに記憶に鮮明に刻まれてる。俺がキスしたら驚いて泣き止んで、それが可笑しくて笑っちまった。
もうひとつ覚えてるのが、あの時視界に入った窓越しの朝空の色。梅雨の晴れ間、気持ちいい程の青色だった。毎年、梅雨の時期が訪れて気まぐれな晴天を見ては、気持ちが通じ合った日のことを思い出すんだろうな。
……やっと受験も終えて大学生活がはじまるって時に、なんっかしんみりしちまう。幸せで凝縮された記憶がチラついて離れない。これからもっと、色んな思い出が記憶要領が足りないぐらい増えてくってのに。
ベッドの脇のテーブルに手を伸ばして飲みかけのベプシを開けたら、キャップを開けるときに音がして、眠っていた琴音がピクリと反応した。ほんの少しだけ残っていた分を飲み干すと琴音も目が覚めたみたいで上半身を起こした。
「……靖友くん?」
ギリギリ毛布が落っこちずに胸元を隠してるが、俺の視線は一点集中しそうになっちまう。違う部分をと思いつつも俺の視線は自分が付けていった痕を追ってチラチラと目が泳いじまう。首もとだけじゃない、二の腕、鎖骨……こりゃ明日の朝、怒られっかなァ。怒るというか、困るよって言われそうだ。困った顔がそそるせいでい堪らなくなる自分が目に見える。
「……あー、悪ィ」
起こしちまったか、という意味も込めて俺が謝ると、おそらくもうひとつの意味に気づいてない琴音は首を横に振って微笑んだ。眠そうなとろんとした表情が妙に色っぽくて心臓が跳ねる。
静かに手を伸ばして頬を包み込むように触ると体温が伝わってきてひやりとした俺の手がジンと熱くなる。
体脂肪が低いせいか俺の体温はいつも低い。打って変わってこいつの体温はいつもあったかい。月明かりだけでもこの距離なら充分お互いの顔がよく見えた。
「なぁ、お前には俺がどう映ってる?」
普段なら絶対に聞いたりしない事が、不意に俺の口から声になって出ていた。今更、俺は何を確かめようとしてんだってすぐさま心の中で自問自答したけど、別に何を確かめたいわけじゃなかった。
純粋に、琴音の目に映る俺がどんなか知りたくなった。お前が思ってるような奴じゃないかもしれねェんだ。手紙に綴ってくれたひとつひとつ、ありゃ本当に俺のことだったのか。俺には勿体ないようなことばっか書いてくれてたから。
「靖友くんはすごい人だよ」
「だぁから、それじゃわかんねって」
「カッコよくて男らしくてとっても優しくて、私の大好きな人だよ」
照れくさそうに俺の手の上に自分の手を重ねがら、琴音は柔らかい声で告げた。実のところはじめて聞くような事じゃなかった。こいつは俺と違って素直で、相手のいいところは都度すぐ誉めるような奴だから。付き合う前だってそうだ。何か言われる度に俺の心の中はあったかい風が吹き抜けて、こそばゆくなってしまう。誉められ慣れてないせいもあったが。
いつもなら『ナァニ言ってんだ』とか『良く言い過ぎだろ』って照れくさくて誤魔化しちまうんだが、今日ぐらいは――
「あのさァ、今日くらい自惚れてもイイ?」
ぽつりと零した一言に、琴音は目を丸くした。未だかつて、俺から聞いたコトがない言葉だったからだろう。俺自身もビックリしてるっての。
「琴音が言うなら、そうなのかもなって思ってよォ」
「そうだよ?ふふっ、だからいつも言ってるのに」
「……そーだな」
体ごと寄れば、またベッドのスプリングが軋んだ。照れ隠しに、俺は頬に添えた手はそのままに琴音の鼻先に自分の鼻先を近づける。触れた唇から、次第に熱を帯びて互いに絡み合い深くなっていく。
19歳になる――生まれた日のはじまりに、好きな女が傍にいるってのはこんなにも幸せなことなのか。しかもそれが琴音だなんて幸せ過ぎるにも程があるって思うが、もうこのポジションは絶対に他の奴には渡せねェ。
今日は4月2日だ。今日ぐらい、素直に――醒めない夢の中にいるみたいな幸せに、浸ったっていいだろう。
※大学編
月が夜空で光る真夜中に、俺はふと目を覚ました。一度寝ちまえば起きる事なんてほとんどねェのに珍しい。
気持ちが高揚しているせいか――…わかんねぇけど、多分そうだ。
時計の針は午前一時を回ったところだ。上半身を起こせば二人だとやけに狭く感じるベッドがギシリと軋んだ。二人だとそりゃ狭ェか。シングルベッドだからな。見慣れない天井、見渡せばキチンと整頓された部屋を、淡い色の壁紙と花柄のカーテンが包む。ここは静岡…じゃなく、都内――琴音が一人暮らししているアパートだ。大学の入学式までの僅かな春休み中に、ちょうど俺の誕生日が重なったので都内で会うことになった。一度実家に戻る用もあったから、一昨日に静岡を出発して昨日は実家の横浜に泊まり、翌日に都内に会いにやって来たってワケだ。新幹線で来りゃ早いもんだ。遠距離ってほどじゃネェが、久々に琴音に会える事に前日の夜は心が躍った。
隣でスゥスゥと穏やかな寝息を立てて眠ってる琴音の顔を見つめて、やっぱり思うことは変わらない。睫長ェなとか肌が白いなとか。肩に毛布をかけ直してやると少しだけカーテンを開けると、月明かりが自然と部屋に差し込んでくる。額にかかった前髪を指で静かに横に流してやると琴音の寝顔はよりいっそうハッキリと見える。月で照らされた首筋に点々とした鬱血の痕……しまった、新学期前にンなとこに、見えるところに、バカか俺は。
だって仕方ネェんだ。ケーキとプレゼントで誕生日を祝ってくれたカノジョに感動してテンション上がって、おまけにプレゼントとは別に手紙まで書いてきてくれるなんてよ、感極まればそりゃそうなる。プレゼントはビアンキのサマーグローブだった。勿体なくて使えネェって言ったら、「使ってくれないと意味ないよ」と唇を尖らせていた。ムスッとした面も可愛いのが相変わらずズリィなと思った。
手紙は――、いつも琴音が俺に伝えてくれることが丁寧な文字で、優しい言葉で書き綴られていた。泣きそうになったのをぐっと堪えて、この手紙だけは爺さんになっても大事にとっておこうと誓った。
部活で過ごした時間は濃厚過ぎた。
思い出せば色褪せることのない日々の中に、福ちゃんがいて、チームメイトがいて、先輩・後輩がいて、そんで途中から琴音がいた。出会った当初、琴音が自分の彼女になるなんて想像してなかった。こんな夢みてぇな誕生日を一緒に過ごせるとも思ってなかった。
変な奴に言い寄られていたお前の“彼氏役”を買って出た事が俺たちのはじまり。福ちゃんの幼馴染みだから守ってやらねェとって使命感で体が動いていたが、今思えばもうあの時には惚れてたのかも知れねェな。
途中部してきた琴音の頑張りは見ていたし、人間としてもコイツぁいい奴だと直感していたから。ニセ彼氏を続けていて本当に付き合いてェと欲が出て、気持ちが抑えられなくなって意を決して告ったんだっけな。一年も経ってねェのにかなり昔のことのように感じる。
…こいつが嬉し泣きして、大粒の涙が頬を濡らして頷いたあの瞬間だけ切り取られたみたいに記憶に鮮明に刻まれてる。俺がキスしたら驚いて泣き止んで、それが可笑しくて笑っちまった。
もうひとつ覚えてるのが、あの時視界に入った窓越しの朝空の色。梅雨の晴れ間、気持ちいい程の青色だった。毎年、梅雨の時期が訪れて気まぐれな晴天を見ては、気持ちが通じ合った日のことを思い出すんだろうな。
……やっと受験も終えて大学生活がはじまるって時に、なんっかしんみりしちまう。幸せで凝縮された記憶がチラついて離れない。これからもっと、色んな思い出が記憶要領が足りないぐらい増えてくってのに。
ベッドの脇のテーブルに手を伸ばして飲みかけのベプシを開けたら、キャップを開けるときに音がして、眠っていた琴音がピクリと反応した。ほんの少しだけ残っていた分を飲み干すと琴音も目が覚めたみたいで上半身を起こした。
「……靖友くん?」
ギリギリ毛布が落っこちずに胸元を隠してるが、俺の視線は一点集中しそうになっちまう。違う部分をと思いつつも俺の視線は自分が付けていった痕を追ってチラチラと目が泳いじまう。首もとだけじゃない、二の腕、鎖骨……こりゃ明日の朝、怒られっかなァ。怒るというか、困るよって言われそうだ。困った顔がそそるせいでい堪らなくなる自分が目に見える。
「……あー、悪ィ」
起こしちまったか、という意味も込めて俺が謝ると、おそらくもうひとつの意味に気づいてない琴音は首を横に振って微笑んだ。眠そうなとろんとした表情が妙に色っぽくて心臓が跳ねる。
静かに手を伸ばして頬を包み込むように触ると体温が伝わってきてひやりとした俺の手がジンと熱くなる。
体脂肪が低いせいか俺の体温はいつも低い。打って変わってこいつの体温はいつもあったかい。月明かりだけでもこの距離なら充分お互いの顔がよく見えた。
「なぁ、お前には俺がどう映ってる?」
普段なら絶対に聞いたりしない事が、不意に俺の口から声になって出ていた。今更、俺は何を確かめようとしてんだってすぐさま心の中で自問自答したけど、別に何を確かめたいわけじゃなかった。
純粋に、琴音の目に映る俺がどんなか知りたくなった。お前が思ってるような奴じゃないかもしれねェんだ。手紙に綴ってくれたひとつひとつ、ありゃ本当に俺のことだったのか。俺には勿体ないようなことばっか書いてくれてたから。
「靖友くんはすごい人だよ」
「だぁから、それじゃわかんねって」
「カッコよくて男らしくてとっても優しくて、私の大好きな人だよ」
照れくさそうに俺の手の上に自分の手を重ねがら、琴音は柔らかい声で告げた。実のところはじめて聞くような事じゃなかった。こいつは俺と違って素直で、相手のいいところは都度すぐ誉めるような奴だから。付き合う前だってそうだ。何か言われる度に俺の心の中はあったかい風が吹き抜けて、こそばゆくなってしまう。誉められ慣れてないせいもあったが。
いつもなら『ナァニ言ってんだ』とか『良く言い過ぎだろ』って照れくさくて誤魔化しちまうんだが、今日ぐらいは――
「あのさァ、今日くらい自惚れてもイイ?」
ぽつりと零した一言に、琴音は目を丸くした。未だかつて、俺から聞いたコトがない言葉だったからだろう。俺自身もビックリしてるっての。
「琴音が言うなら、そうなのかもなって思ってよォ」
「そうだよ?ふふっ、だからいつも言ってるのに」
「……そーだな」
体ごと寄れば、またベッドのスプリングが軋んだ。照れ隠しに、俺は頬に添えた手はそのままに琴音の鼻先に自分の鼻先を近づける。触れた唇から、次第に熱を帯びて互いに絡み合い深くなっていく。
19歳になる――生まれた日のはじまりに、好きな女が傍にいるってのはこんなにも幸せなことなのか。しかもそれが琴音だなんて幸せ過ぎるにも程があるって思うが、もうこのポジションは絶対に他の奴には渡せねェ。
今日は4月2日だ。今日ぐらい、素直に――醒めない夢の中にいるみたいな幸せに、浸ったっていいだろう。