短編・中編
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Desireを狙い撃ち
夏休みがあと三日で終わる。
インハイが終わってからは随分と反省や後悔の気持ちが、繰り返し浮かんでは心に留まっていたけれど、いつまでも振り返ってはいられない。俺たちには大学受験が待っているからだ。俺はもちろん、大学でも自転車を続けるつもりでいる。
中高共に一緒に過ごしてきた寿一とまた走りたいけど、寿一が目指す大学は俺が今から真っ当に勉強してもなかなか難しい。
…残りの期間、できるだけ勉強して合格ラインに近づくしかない。
インハイで優勝は逃したものの、チームメンバーの一人として完走できたことは純粋に嬉しかった。二年の時、インハイメンバーに選ばれたににも関わらず自ら断ったから俺にとっても、選手として出場するのは初めてのことだったから、あの夏の熱い三日間は俺自身が何よりも心待ちにしてたんだ。
来年こそは優勝し必ず王座を取り返すだろう。現時点での主将候補はインハイ経験者の泉田だ。普段は礼儀正しく性格も温厚なあいつだが、やるときはやる男だ。俺たちが卒業した後も安心して部を任せられる。
――夏休みもインハイ直前までほぼ部活に打ち込み、インハイが終わった後もたいした量でもない夏休みの課題にも手つかずで、残り三日間のところまで来てしまった。センチメンタルな気分になって少し、調子を取り戻すのが遅れた…かな。
・・・
・・・・・
・・・・・・
受験対策の夏期講習にも数えるほどしか行かなかった。そういえば靖友は熱心に出席していたみたいだが、あいつどこの大学目指すんだっけか。
三年の俺たちは、卒業後は各々の進路へ向けて前に進んでいくんだよな。まだ卒業したくないと駄々をこねても、時間を戻してもう一度高校生活を送りたいと願ってもそれは無理なことだ。
一抹の寂しさを感じながら、俺は隣に座って黙々とノートの上にペンを走らせ課題をこなしている琴音の横顔を見つめて、物思いに耽っていた。視線に気づいて琴音も俺の方を向くと、キョトンと目をまん丸くして小首を傾げた。
「私の顔に何かついてる?」
「いやぁ、隣に可愛い子がいるなと思ってさ」
「……もう、また適当言ってる」
「真剣なのになぁ」
ふ、と口元を緩ませて笑うと彼女は面食らったような顔をして、また机の上のノートに視線を戻した。桃色に染まる頬が愛おしい。前だったら、笑って流された口説きも、付き合いだしてから俺が言う一言を真剣に受け取っていつもこのリアクションだ。初々しさが堪らない。どうして自惚れたりしないんだろう。そこがまた、琴音のいいところでもあるんだけどさ。
8月18日――今日は俺の家に来てもらって、彼女に終わってない夏休みの課題を手伝って貰っている。
受験を控えている高三にもなると量は圧倒的に少なくなるが、一応夏休みの課題は出される。一人でこなせる量なのだが、あえて琴音に手伝ってもらおうというのは家に呼ぶための口実だった。
夏休みは実家と寮を行ったり来たりで、最後の一週間は実家で過ごそうと決めていた。両親は仕事で遅くまで帰って来ないし、悠人も部活の遠征合宿で帰りは夜遅くなるって言ってたし、これは絶好の機会だと思った。ちなみに、付き合いはじめてから琴音を“彼女”として家に連れて来た事がある。緊張しつつも俺の家族と食事を囲んでいる姿が微笑ましかった。俺が女の子を家に招くなんて初めてだったから、かなり珍しがられたな。弟の悠人とは話も合ったようで、ゲームの話で盛り上がっていたのを思い出す。
……俺の魂胆など知らず、琴音は快OKしてくれた上に課題を手伝ってくれている。得意な教科だから!と意気込んでいたのを見て、心が痛む。一年以上もお互いに片思いの日々を過ごし、やっと気持ちを確認し合って付き合いはじめたのがインハイの少し前。
有頂天になっていたものの、インハイに集中するべき時だったからと琴音に触れることを極力我慢した。
まあ色んな事は夏休みが終わるまでには、と虎視眈々と考えていたが、8月の終わり目前まで迫ってきている。
人差し指で柔らかな頬をつつくと琴音はこちらを見ることもなく、ノートに集中していた。俺の課題を手伝わされているのに文句ひとつ言わず黙々とこなしている彼女を見ていると、有難いやら申し訳ないやら、その反面、かまって欲しい気持ちに火がついてしまう。
俺が志望大学候補として考えてるのが都内の明早大学で、琴音の進路は専門学校。そこも都内だが、明早大からは少し遠い。出来れば同じ大学に行ってキャンパス内をデートしたかった…ってのは叶いそうにない。本当は離れたくない。すぐ会える距離に居たい。だが、琴音が一人前になって父親の整体院を手伝いたいって夢の邪魔はしたくないし、会えない時間が少なくなったって俺の気持ちが変わったりする事はないけど、卒業するまでに、『離れてたって大丈夫』って確かめておきたいんだ。
エアコンの効いた涼しい部屋に二人きりとなると理性がぐらぐらと揺れる。白い肌に映える淡いピンクのワンピースは肩が剥き出しになっているし、触れればどこもかしこも柔らかそうだと目に見えて分かる。インハイ直後のセンチメンタルな気持はどこへやら。触れてみたいと、奥底にある本能が、欲が、時々自分でも嫌にるほど込み上げてくる。
「……本当は課題を手伝って欲しいってのは口実なんだ」
どのタイミングで切り出そうかと迷っていた一言がポツリと漏れた。すぐ隣にいる俺の言葉に琴音は動かしていた手を止めたが、そのまま俯いてしまい一向に俺の方を見ようとはしなかった。
「騙して悪かった」
幻滅されるかもしれないって、不安になるぐらいなら言わなければよかったとも思うが、言わずにはいられなかった。大事にしたいのも本心だけど、もっと琴音を知りたいという欲求も本心だ。
俯いた時に前に流れた髪のせいで彼女の表情までは見えなかった。沈黙のせいで部屋にはエアコンの風の音と、窓越しに聞こえる蝉の声だけ。
このまま琴音が黙ったままなら、謝って聞かなかったことにしてもらおうとしていたんだが、か細い声で一言、彼女は俺に告げた。声が耳に入ってきてそのまま俺の心臓ごと震えさせる。
「わかってたよ。……わかってて来たの」
刹那、体中の血が沸騰するみたいな感覚に襲われた。俺は琴音に寄り添って、俯いている彼女の髪をそっと耳にかけた。ゆでタコみたいに顔を紅潮させている彼女が可愛くて、俺は思わず声を立てて笑ってしまった。
「そっか……ははっ、そうかぁ」
…俺だって笑ってる余裕なんてないんだけど、さ。
同じ事を考えてくれていたのかと思うと嬉しくて仕方ない。抱き寄せて唇を耳へ、頬へと順番にキスを落としていくと琴音の体温があたたかさを感じた。眠たくなった子供のようなぽかぽかとした体温だ。恥ずかしがってるんだろう。腰に手を回して服越しに太ももを静かに撫でると、白い肩が震えたので俺はまたそこに口付ける。デニムの後ろポケットにはちゃんと必要なモンは入ってるし、大丈夫。
これからはじまる事への緊張やら恥ずかしさやらで、やっと俺の目を見てくれた琴音の瞳は潤んでいて、その表情に堪らなく煽られる。
「早く俺のもんにしたかった」
バクバクとうるさい心臓が本音と一緒に飛び出しそうになる。体中が脈打ってるみたいだ。片想いをしていた時期から、こんな日を、このシチュエーションを、夢や妄想で俺は何度も体験した。
「俺はお前が思ってるよりずっと――」
所詮、ただの一人の男なんだ。大事に想っているはずなのに、全部が欲しいと性急になる。どうしようもない生き物なんだ。
顔を近づけて互いの鼻先が触れると、太ももに触れていた左手をそのまま滑るように登らせて胸のを包むように添えた。琴音が覚悟を決めたように瞳を閉じたのを合図に俺も目を閉じた。
――ガチャ、ガチャンッ
一階で玄関の鍵を開けてドアを締める聞き慣れた音がして、俺の動きはピタリと止まった。唇が重なるまであと数ミリというところで。そしてすぐ階段を駆け上げって来る足音は俺の部屋に近づいてくる。
ハッとして琴音は目を見開き、不安げに眉をしかめた顔が迷子になった子犬みたいで可愛かったのだが、今はそれどころじゃない。誰か帰ってきたのか…!?って、その“誰か”ってのはもう分かりきってはいるんだけども。バタン!と勢いよくドアを開けた人物は予想通り、俺の弟だった。
「ただいま。あっ、やっぱ琴音さんも来てた。玄関に靴あったからすぐわかったよ」
「悠人、お前今日帰り遅いはずじゃ……」
「予定が前倒しになって午後解散になったから。二人でエロいことしようとしてたとこ悪いけど、俺も琴音さんと久々に遊びたい。マリオカートやろうよ。あとさ、兄貴、いつまで琴音さんのおっぱい触ってんだよ」
左手が琴音の胸に触ったままだったことを指摘され、俺は慌てて手を離して距離をとった。そして諦めろとばかりに鼓動は落ち着いて、再び一階に戻っていく悠人の後姿を見送った。
悠人のヤツ、止まんねーぐらい真っ最中だったらどうするつもりだったんだ。それでも気にせずドア開けてたのか。
顔はよく似てるねと言われるが、兄と弟という立場からしても性格はやはりどこか似てるようで似てないなと改めて思った。俺だったら空気を呼んで邪魔したりしないけど。
本当は……もっとストレートに誘えばよかったんだ。
“課題を手伝ってほしい”だなんて騙すように連れてきた罰が当たったんだ。
琴音はスカートの裾を直しながら立ち上がった。さっきまでの甘い空気が壊され、気恥ずかしさが襲って彼女はまた、目を合わせてくれない。
「ゆ…、悠人くん下で待ってるし早く行ったほうがいいよね」
先に部屋から出ようとした琴音の手を後ろから掴んで、俺は囁くように耳打ちをした。『今度は誰にも邪魔されないところでな』って。琴音は少し沈黙した後、ロボットみたいにカクカクとした動きで頷いて、顔が真っ赤になっていた。あーあ、可愛い彼女を目の前にして後ろ髪を引かれる思いだ。
夏休みがあと三日で終わる。
インハイが終わってからは随分と反省や後悔の気持ちが、繰り返し浮かんでは心に留まっていたけれど、いつまでも振り返ってはいられない。俺たちには大学受験が待っているからだ。俺はもちろん、大学でも自転車を続けるつもりでいる。
中高共に一緒に過ごしてきた寿一とまた走りたいけど、寿一が目指す大学は俺が今から真っ当に勉強してもなかなか難しい。
…残りの期間、できるだけ勉強して合格ラインに近づくしかない。
インハイで優勝は逃したものの、チームメンバーの一人として完走できたことは純粋に嬉しかった。二年の時、インハイメンバーに選ばれたににも関わらず自ら断ったから俺にとっても、選手として出場するのは初めてのことだったから、あの夏の熱い三日間は俺自身が何よりも心待ちにしてたんだ。
来年こそは優勝し必ず王座を取り返すだろう。現時点での主将候補はインハイ経験者の泉田だ。普段は礼儀正しく性格も温厚なあいつだが、やるときはやる男だ。俺たちが卒業した後も安心して部を任せられる。
――夏休みもインハイ直前までほぼ部活に打ち込み、インハイが終わった後もたいした量でもない夏休みの課題にも手つかずで、残り三日間のところまで来てしまった。センチメンタルな気分になって少し、調子を取り戻すのが遅れた…かな。
・・・
・・・・・
・・・・・・
受験対策の夏期講習にも数えるほどしか行かなかった。そういえば靖友は熱心に出席していたみたいだが、あいつどこの大学目指すんだっけか。
三年の俺たちは、卒業後は各々の進路へ向けて前に進んでいくんだよな。まだ卒業したくないと駄々をこねても、時間を戻してもう一度高校生活を送りたいと願ってもそれは無理なことだ。
一抹の寂しさを感じながら、俺は隣に座って黙々とノートの上にペンを走らせ課題をこなしている琴音の横顔を見つめて、物思いに耽っていた。視線に気づいて琴音も俺の方を向くと、キョトンと目をまん丸くして小首を傾げた。
「私の顔に何かついてる?」
「いやぁ、隣に可愛い子がいるなと思ってさ」
「……もう、また適当言ってる」
「真剣なのになぁ」
ふ、と口元を緩ませて笑うと彼女は面食らったような顔をして、また机の上のノートに視線を戻した。桃色に染まる頬が愛おしい。前だったら、笑って流された口説きも、付き合いだしてから俺が言う一言を真剣に受け取っていつもこのリアクションだ。初々しさが堪らない。どうして自惚れたりしないんだろう。そこがまた、琴音のいいところでもあるんだけどさ。
8月18日――今日は俺の家に来てもらって、彼女に終わってない夏休みの課題を手伝って貰っている。
受験を控えている高三にもなると量は圧倒的に少なくなるが、一応夏休みの課題は出される。一人でこなせる量なのだが、あえて琴音に手伝ってもらおうというのは家に呼ぶための口実だった。
夏休みは実家と寮を行ったり来たりで、最後の一週間は実家で過ごそうと決めていた。両親は仕事で遅くまで帰って来ないし、悠人も部活の遠征合宿で帰りは夜遅くなるって言ってたし、これは絶好の機会だと思った。ちなみに、付き合いはじめてから琴音を“彼女”として家に連れて来た事がある。緊張しつつも俺の家族と食事を囲んでいる姿が微笑ましかった。俺が女の子を家に招くなんて初めてだったから、かなり珍しがられたな。弟の悠人とは話も合ったようで、ゲームの話で盛り上がっていたのを思い出す。
……俺の魂胆など知らず、琴音は快OKしてくれた上に課題を手伝ってくれている。得意な教科だから!と意気込んでいたのを見て、心が痛む。一年以上もお互いに片思いの日々を過ごし、やっと気持ちを確認し合って付き合いはじめたのがインハイの少し前。
有頂天になっていたものの、インハイに集中するべき時だったからと琴音に触れることを極力我慢した。
まあ色んな事は夏休みが終わるまでには、と虎視眈々と考えていたが、8月の終わり目前まで迫ってきている。
人差し指で柔らかな頬をつつくと琴音はこちらを見ることもなく、ノートに集中していた。俺の課題を手伝わされているのに文句ひとつ言わず黙々とこなしている彼女を見ていると、有難いやら申し訳ないやら、その反面、かまって欲しい気持ちに火がついてしまう。
俺が志望大学候補として考えてるのが都内の明早大学で、琴音の進路は専門学校。そこも都内だが、明早大からは少し遠い。出来れば同じ大学に行ってキャンパス内をデートしたかった…ってのは叶いそうにない。本当は離れたくない。すぐ会える距離に居たい。だが、琴音が一人前になって父親の整体院を手伝いたいって夢の邪魔はしたくないし、会えない時間が少なくなったって俺の気持ちが変わったりする事はないけど、卒業するまでに、『離れてたって大丈夫』って確かめておきたいんだ。
エアコンの効いた涼しい部屋に二人きりとなると理性がぐらぐらと揺れる。白い肌に映える淡いピンクのワンピースは肩が剥き出しになっているし、触れればどこもかしこも柔らかそうだと目に見えて分かる。インハイ直後のセンチメンタルな気持はどこへやら。触れてみたいと、奥底にある本能が、欲が、時々自分でも嫌にるほど込み上げてくる。
「……本当は課題を手伝って欲しいってのは口実なんだ」
どのタイミングで切り出そうかと迷っていた一言がポツリと漏れた。すぐ隣にいる俺の言葉に琴音は動かしていた手を止めたが、そのまま俯いてしまい一向に俺の方を見ようとはしなかった。
「騙して悪かった」
幻滅されるかもしれないって、不安になるぐらいなら言わなければよかったとも思うが、言わずにはいられなかった。大事にしたいのも本心だけど、もっと琴音を知りたいという欲求も本心だ。
俯いた時に前に流れた髪のせいで彼女の表情までは見えなかった。沈黙のせいで部屋にはエアコンの風の音と、窓越しに聞こえる蝉の声だけ。
このまま琴音が黙ったままなら、謝って聞かなかったことにしてもらおうとしていたんだが、か細い声で一言、彼女は俺に告げた。声が耳に入ってきてそのまま俺の心臓ごと震えさせる。
「わかってたよ。……わかってて来たの」
刹那、体中の血が沸騰するみたいな感覚に襲われた。俺は琴音に寄り添って、俯いている彼女の髪をそっと耳にかけた。ゆでタコみたいに顔を紅潮させている彼女が可愛くて、俺は思わず声を立てて笑ってしまった。
「そっか……ははっ、そうかぁ」
…俺だって笑ってる余裕なんてないんだけど、さ。
同じ事を考えてくれていたのかと思うと嬉しくて仕方ない。抱き寄せて唇を耳へ、頬へと順番にキスを落としていくと琴音の体温があたたかさを感じた。眠たくなった子供のようなぽかぽかとした体温だ。恥ずかしがってるんだろう。腰に手を回して服越しに太ももを静かに撫でると、白い肩が震えたので俺はまたそこに口付ける。デニムの後ろポケットにはちゃんと必要なモンは入ってるし、大丈夫。
これからはじまる事への緊張やら恥ずかしさやらで、やっと俺の目を見てくれた琴音の瞳は潤んでいて、その表情に堪らなく煽られる。
「早く俺のもんにしたかった」
バクバクとうるさい心臓が本音と一緒に飛び出しそうになる。体中が脈打ってるみたいだ。片想いをしていた時期から、こんな日を、このシチュエーションを、夢や妄想で俺は何度も体験した。
「俺はお前が思ってるよりずっと――」
所詮、ただの一人の男なんだ。大事に想っているはずなのに、全部が欲しいと性急になる。どうしようもない生き物なんだ。
顔を近づけて互いの鼻先が触れると、太ももに触れていた左手をそのまま滑るように登らせて胸のを包むように添えた。琴音が覚悟を決めたように瞳を閉じたのを合図に俺も目を閉じた。
――ガチャ、ガチャンッ
一階で玄関の鍵を開けてドアを締める聞き慣れた音がして、俺の動きはピタリと止まった。唇が重なるまであと数ミリというところで。そしてすぐ階段を駆け上げって来る足音は俺の部屋に近づいてくる。
ハッとして琴音は目を見開き、不安げに眉をしかめた顔が迷子になった子犬みたいで可愛かったのだが、今はそれどころじゃない。誰か帰ってきたのか…!?って、その“誰か”ってのはもう分かりきってはいるんだけども。バタン!と勢いよくドアを開けた人物は予想通り、俺の弟だった。
「ただいま。あっ、やっぱ琴音さんも来てた。玄関に靴あったからすぐわかったよ」
「悠人、お前今日帰り遅いはずじゃ……」
「予定が前倒しになって午後解散になったから。二人でエロいことしようとしてたとこ悪いけど、俺も琴音さんと久々に遊びたい。マリオカートやろうよ。あとさ、兄貴、いつまで琴音さんのおっぱい触ってんだよ」
左手が琴音の胸に触ったままだったことを指摘され、俺は慌てて手を離して距離をとった。そして諦めろとばかりに鼓動は落ち着いて、再び一階に戻っていく悠人の後姿を見送った。
悠人のヤツ、止まんねーぐらい真っ最中だったらどうするつもりだったんだ。それでも気にせずドア開けてたのか。
顔はよく似てるねと言われるが、兄と弟という立場からしても性格はやはりどこか似てるようで似てないなと改めて思った。俺だったら空気を呼んで邪魔したりしないけど。
本当は……もっとストレートに誘えばよかったんだ。
“課題を手伝ってほしい”だなんて騙すように連れてきた罰が当たったんだ。
琴音はスカートの裾を直しながら立ち上がった。さっきまでの甘い空気が壊され、気恥ずかしさが襲って彼女はまた、目を合わせてくれない。
「ゆ…、悠人くん下で待ってるし早く行ったほうがいいよね」
先に部屋から出ようとした琴音の手を後ろから掴んで、俺は囁くように耳打ちをした。『今度は誰にも邪魔されないところでな』って。琴音は少し沈黙した後、ロボットみたいにカクカクとした動きで頷いて、顔が真っ赤になっていた。あーあ、可愛い彼女を目の前にして後ろ髪を引かれる思いだ。