短編・中編
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グッバイ・マイ・サマー
-1- ※巻島視点
今年のインターハイ、総北高校が総合優勝――俺たちはチーム一丸となって念願の頂点を獲った。
ずっと憧れ続けた15cmの表彰台に登った時は自然と涙が溢れてきた。人前で泣くなんて俺らしくもないが、仕方ねェ。体も疲れて足も終わっちまってほとんど感覚なかったんだが、体中の血が歓喜して熱くて堪らなかった。嬉しいなんてもんじゃない。六人揃って並んで手を繋いで登った表彰台から見た光景を、俺は一生忘れないだろう。
――夢は果たした。
これで安心してイギリスへ行ける。ならば、笑って去ろう…って決めてたはずなのに、現実じゃ俺はなかなか笑えてない。インハイの熱が心に沸々と残っている。長い時間、打ち込んできた部を去る事に寂しさを感じている。これ以上何を望むんだと自問自答しても、やはり寂しいものは寂しい。正直なところ、今のチームでまだまだ走りたかった。もっと走りたかった。仲間と、ライバルと。
スイッチを切り替えないと、って、頭では分かっていた。気持ちだけ取り残されたまま、インハイが終わった後も日本で単位を先取りするために勉強に没頭した。自転車に乗れる時間は格段に減ったが、我慢するしかなかった。
イギリスの大学の新学期は9月からだから、荷物をまとめたら8月の最終週には日本を発つ予定だ。俺にはイギリスの大学に通いながら、向こうで仕事をしている兄貴を手伝うという昔からの約束がある。これはもう随分前から決められてた事だった。
はじめて兄貴から誘われて承諾した時は、『まだ先のことだな』なんて思っていたが、意外と早く“その時”は来ちまうもんで。
兄貴は身内の俺から見ても尊敬できる人間だし、家族ならば当然ながら力になりたいと思ってる。海外で生活するってのも新しい刺激になるだろう。
ロードで走る日々は、何にも代え難い。自転車は俺の一部。だからイギリスでも、俺はそこらの峠道を見つけては走り続けてる、きっと。
退部届けを出し、出発の日まで残すところ一週間となった。昨日は急遽、俺の為にと“追い出しレース”を後輩達が企画してくれた。最後、クライマー対決で小野田と勝負になったけどやっぱり俺が勝って、負けたのに小野田は「やっぱり巻島さんはすごいです」って、眉をハの字にして笑っていた。俺のイギリス行きを知ってからずっとしょげていた小野田の背中を叩いて励ましたけど、ちゃんと伝わってっかな。大丈夫、お前ならやれるさって、言葉にはしなかったけどきっと伝わってるはずだ。 これまでの俺の走りから小野田は感じ取ってくれてるはずだ。俺は自転車でしか会話できねーってこと、お前だって知ってるだろ。心配ない。俺たちが先輩らから受け継いできたように、総北の魂はちゃんと後輩たちに受け継がれていく。
本当にいいチームだった。
俺はこの日で、インハイへの熱も、部への想いも全て、気持ちの整理がついた。
心残りがあるとすればひとつだけ。
恋人を日本に置いていくってこと。
――『裕ちゃん』、と俺を呼ぶ声。
小さい頃の琴音は、俺と兄貴の後ろをよくついて来て、同い年なのにまるで妹みたいな存在だった。
実家が雇っている庭師はもともと親の知り合いで、その娘の琴音は小さい頃うちによく遊びに来ていた。俺が自転車と出会ってからは一緒に遊ぶことは少なくなったが、定期的に仕事に来る親父さんについて来ては、あいつも庭の手入れを手伝っていた。ゆくゆくは庭師の仕事を継ぐのか?
高校生になっても、俺の顔を見れば昔と変わらない笑顔で話しかけてくる琴音。どんどん大人びて成長していくあいつに、俺の胸は妙に反応しちまっていた。
“妹みたいな存在”――が、“恋人”へと変わったのはインハイの翌日。
『ずっと好きだったの』と、まるで独り言のように唐突に零したものだから、一瞬、頭にハテナが浮かんでしまい、それが告白だと理解するまでに時間がかかった。俺は心臓が止まるかと思うほど吃驚した。琴音はインハイが終わるまでは重荷になったらいけないとずっと気持ちを隠してきたらしい。俺はてっきり、海外にいる兄貴に想いを寄せているものだと思っていたのだから、そりゃもう信じられなかったが……まぁ、そこで俺たちは数年後しの想いが通じ合ったワケだ。
笑った顔が怖いと評判の俺とは違って、ころころ笑うその顔は愛らしく、出会った当時は守ってやりたいと幼心に思ったもんだ。それは今もそうだ。何があっても何処にいても守ってやりたい。駆けつけてやりたい。だが俺が日本を離れれば、それは叶わない。
□ □ □
イギリスでの新生活に向けて必要な物を買い出しに行こうと、わざと理由を作って二人で出かけた夕方、帰りの電車は驚くほど満員だった。 どこかの駅でコンサートでもあったのか、途中駅から大勢乗って来て開いたドアと反対側に立っていた俺たちは、人の波に押されて向かい合ったままピタリとくっついた。
『買い出し』なんて、もう必要なもんも揃ってるのだから、誘うにしてもわざとらしい理由だったか。両思い同士、会うのにわざわざ理由を作ることもなかったんだが、何もなく出かけようだなんて器用な誘い方、俺には無理だったから。
お互い長い間片思いをし続けていたせいで、すぐになんて恋人らしくなれない。時折ギクシャクしてしまうし何だか照れ臭い。ちなみに、まだ手を繋いでなければキスもしていない。イギリス出発の日まで残されたわずか一週間で、果たしてそれも出来るかどうか。してもいいのか、迷う。好き同士とは言え、俺はあいつを置いていくのだから、すぐにでも思い出になっちまような無責任なこと、積極的には出来ない。
好きな人と離れ離れになるのは辛い。だから俺も告白はせずにいようと腹を括っていたのに。もし、いずれ日本に帰ってきた時に、あいつが他の誰かと結ばれていてもちゃんと祝福してやろうってそこまで考えてたんだ。けど、まさかあの日、インハイの翌日…身体も足も疲労でガチガチになって満身創痍で部屋で休んでいた俺のところまで来た琴音から告白を聞くなんて――予想だにしない展開に息苦しくなった。嬉しいが心臓に悪い。
ガタンッと電車が揺れた拍子に、俺たちは人混み押されてしまい、何もしてなかった俺の右手が反射的に琴音の腰に回った。よろけないように、離れないようにしっかりと支えた 一瞬、ビクリと肩を震わせて琴音は俺の胸に鼻先をくっつけた。視線を落とせば、伏し目がちの瞳が潤み長い睫が震えていた。
「…裕ちゃん、ちょっとごめん」
車輪の音でかき消えてしまうぐらい小さな呟き。同時に、俺のシャツが熱い涙で水たまりを作っていく。満員電車はコンサート帰りの人々のざわめきで溢れている。右手はそのまま腰を支え、左手は俺のシャツの裾を掴む小さな彼女の手を包むように握った。すると、俺のシャツの胸元はどんどん、熱い水で濡れ、水玉模様を作っていく。泣いている理由が痛いほどに理解できて、俺の胸の奥はギュッと締め付けられた。切なくて苦しい痛み。
「…せっかく両思いになれたってのに、傍に居てやれなくてワリィな」
「ううん、イギリス行きは前から分かってたことだし…。インハイ前に伝えたら重荷になるって思って伝えなかったのに、どのみち、伝えても重荷になっちゃったよね」
握る手にグッと力がこもった。何で謝るんだよ。謝るなよ。
目頭が熱くなったのは、気のせいだって誤魔化したい。
「重荷だなんてンなワケあるか。俺はすっげー、嬉しかったっショ」
囁き合う会話で、俺たちはこれまで密かに思っていたことをぽつりぽつりと間を空けながら話した。
お前が傍にいたから俺は高校に入っても彼女作れなかったんだとか、兄貴の事が好きだと思ってたから俺が告白しても無駄だろうなって思ってたこととか、はじめて会った時からきっと好きになってたんだと思うとか――恥ずかしい本音ばかりを、小声で。何もこんな外で話さなくてもとは思うが仕方ない。いよいよ別れの時が近づいてきたという実感が湧いちまった。
出発日まで、あと一週間。指折り数えてカウントダウン。
もし俺がもっと大人だったら、お前を一緒に連れて行くのに。
連れてけなくても、婚約指輪でも渡して『必ず迎えに行く』って約束できるのに。俺はガキのくせにリアリストだから、そんな出来るか分かんねぇことは言えない。卒業後、俺は日本で暮らしてるんだろうか。今の時点ではわからないし、『待ってて欲しい』なんてもっと言えねェし、保証できないことは口に出せない。腹の底で煮えてる本音を、俺が感情に任せて告げられるような性格だったら楽だったのに。
抱きしめたまま、お前をイギリスまで連れ去ってしまたい。誰に反対されたとしても…なーんて、言えるわけないショ。
車内アナウンスで次に降りる駅名が流れ、あいつは俺の胸に突っ伏していた顔を少しだけ上げた。 潤んだままの目と目が合い、気恥ずかしくなった。俺は、琴音につられて泣きそうになってるだけだ。
「降りなくていい。このまま行けるとこまで行くか――なんて言ったら、無責任だって呆れるか?」
「呆れないし、無責任だなんて思わないよ。今ね、すごく寂しいけど、嬉しい気持ちもあるの。全部、裕ちゃんとおそろいの気持ちだからかな」
「クハッ、おかしな奴っショ」
赤い頬を涙の跡で濡らしながら琴音は微笑むものだから、俺も何だか寂しいのと嬉しい気持ちが混ざって、仕舞いにゃ可笑しい気持ちも混ざって思わず笑い声が出た。
日本とイギリスじゃ遠すぎる。どんなに大事な気持ちを抱えていても、想いじゃ距離は埋まらない―――それが現実だ。
けど、その泣き笑いみたいなお前の顔見てたら何とかなるって気がしてくんだ。どうにもならないことだって、お前と俺ならきっと大丈夫って、俺が強がりを言ったなら、嘘でもいいからお前には笑ってて欲しいんだ。
-1- ※巻島視点
今年のインターハイ、総北高校が総合優勝――俺たちはチーム一丸となって念願の頂点を獲った。
ずっと憧れ続けた15cmの表彰台に登った時は自然と涙が溢れてきた。人前で泣くなんて俺らしくもないが、仕方ねェ。体も疲れて足も終わっちまってほとんど感覚なかったんだが、体中の血が歓喜して熱くて堪らなかった。嬉しいなんてもんじゃない。六人揃って並んで手を繋いで登った表彰台から見た光景を、俺は一生忘れないだろう。
――夢は果たした。
これで安心してイギリスへ行ける。ならば、笑って去ろう…って決めてたはずなのに、現実じゃ俺はなかなか笑えてない。インハイの熱が心に沸々と残っている。長い時間、打ち込んできた部を去る事に寂しさを感じている。これ以上何を望むんだと自問自答しても、やはり寂しいものは寂しい。正直なところ、今のチームでまだまだ走りたかった。もっと走りたかった。仲間と、ライバルと。
スイッチを切り替えないと、って、頭では分かっていた。気持ちだけ取り残されたまま、インハイが終わった後も日本で単位を先取りするために勉強に没頭した。自転車に乗れる時間は格段に減ったが、我慢するしかなかった。
イギリスの大学の新学期は9月からだから、荷物をまとめたら8月の最終週には日本を発つ予定だ。俺にはイギリスの大学に通いながら、向こうで仕事をしている兄貴を手伝うという昔からの約束がある。これはもう随分前から決められてた事だった。
はじめて兄貴から誘われて承諾した時は、『まだ先のことだな』なんて思っていたが、意外と早く“その時”は来ちまうもんで。
兄貴は身内の俺から見ても尊敬できる人間だし、家族ならば当然ながら力になりたいと思ってる。海外で生活するってのも新しい刺激になるだろう。
ロードで走る日々は、何にも代え難い。自転車は俺の一部。だからイギリスでも、俺はそこらの峠道を見つけては走り続けてる、きっと。
退部届けを出し、出発の日まで残すところ一週間となった。昨日は急遽、俺の為にと“追い出しレース”を後輩達が企画してくれた。最後、クライマー対決で小野田と勝負になったけどやっぱり俺が勝って、負けたのに小野田は「やっぱり巻島さんはすごいです」って、眉をハの字にして笑っていた。俺のイギリス行きを知ってからずっとしょげていた小野田の背中を叩いて励ましたけど、ちゃんと伝わってっかな。大丈夫、お前ならやれるさって、言葉にはしなかったけどきっと伝わってるはずだ。 これまでの俺の走りから小野田は感じ取ってくれてるはずだ。俺は自転車でしか会話できねーってこと、お前だって知ってるだろ。心配ない。俺たちが先輩らから受け継いできたように、総北の魂はちゃんと後輩たちに受け継がれていく。
本当にいいチームだった。
俺はこの日で、インハイへの熱も、部への想いも全て、気持ちの整理がついた。
心残りがあるとすればひとつだけ。
恋人を日本に置いていくってこと。
――『裕ちゃん』、と俺を呼ぶ声。
小さい頃の琴音は、俺と兄貴の後ろをよくついて来て、同い年なのにまるで妹みたいな存在だった。
実家が雇っている庭師はもともと親の知り合いで、その娘の琴音は小さい頃うちによく遊びに来ていた。俺が自転車と出会ってからは一緒に遊ぶことは少なくなったが、定期的に仕事に来る親父さんについて来ては、あいつも庭の手入れを手伝っていた。ゆくゆくは庭師の仕事を継ぐのか?
高校生になっても、俺の顔を見れば昔と変わらない笑顔で話しかけてくる琴音。どんどん大人びて成長していくあいつに、俺の胸は妙に反応しちまっていた。
“妹みたいな存在”――が、“恋人”へと変わったのはインハイの翌日。
『ずっと好きだったの』と、まるで独り言のように唐突に零したものだから、一瞬、頭にハテナが浮かんでしまい、それが告白だと理解するまでに時間がかかった。俺は心臓が止まるかと思うほど吃驚した。琴音はインハイが終わるまでは重荷になったらいけないとずっと気持ちを隠してきたらしい。俺はてっきり、海外にいる兄貴に想いを寄せているものだと思っていたのだから、そりゃもう信じられなかったが……まぁ、そこで俺たちは数年後しの想いが通じ合ったワケだ。
笑った顔が怖いと評判の俺とは違って、ころころ笑うその顔は愛らしく、出会った当時は守ってやりたいと幼心に思ったもんだ。それは今もそうだ。何があっても何処にいても守ってやりたい。駆けつけてやりたい。だが俺が日本を離れれば、それは叶わない。
□ □ □
イギリスでの新生活に向けて必要な物を買い出しに行こうと、わざと理由を作って二人で出かけた夕方、帰りの電車は驚くほど満員だった。 どこかの駅でコンサートでもあったのか、途中駅から大勢乗って来て開いたドアと反対側に立っていた俺たちは、人の波に押されて向かい合ったままピタリとくっついた。
『買い出し』なんて、もう必要なもんも揃ってるのだから、誘うにしてもわざとらしい理由だったか。両思い同士、会うのにわざわざ理由を作ることもなかったんだが、何もなく出かけようだなんて器用な誘い方、俺には無理だったから。
お互い長い間片思いをし続けていたせいで、すぐになんて恋人らしくなれない。時折ギクシャクしてしまうし何だか照れ臭い。ちなみに、まだ手を繋いでなければキスもしていない。イギリス出発の日まで残されたわずか一週間で、果たしてそれも出来るかどうか。してもいいのか、迷う。好き同士とは言え、俺はあいつを置いていくのだから、すぐにでも思い出になっちまような無責任なこと、積極的には出来ない。
好きな人と離れ離れになるのは辛い。だから俺も告白はせずにいようと腹を括っていたのに。もし、いずれ日本に帰ってきた時に、あいつが他の誰かと結ばれていてもちゃんと祝福してやろうってそこまで考えてたんだ。けど、まさかあの日、インハイの翌日…身体も足も疲労でガチガチになって満身創痍で部屋で休んでいた俺のところまで来た琴音から告白を聞くなんて――予想だにしない展開に息苦しくなった。嬉しいが心臓に悪い。
ガタンッと電車が揺れた拍子に、俺たちは人混み押されてしまい、何もしてなかった俺の右手が反射的に琴音の腰に回った。よろけないように、離れないようにしっかりと支えた 一瞬、ビクリと肩を震わせて琴音は俺の胸に鼻先をくっつけた。視線を落とせば、伏し目がちの瞳が潤み長い睫が震えていた。
「…裕ちゃん、ちょっとごめん」
車輪の音でかき消えてしまうぐらい小さな呟き。同時に、俺のシャツが熱い涙で水たまりを作っていく。満員電車はコンサート帰りの人々のざわめきで溢れている。右手はそのまま腰を支え、左手は俺のシャツの裾を掴む小さな彼女の手を包むように握った。すると、俺のシャツの胸元はどんどん、熱い水で濡れ、水玉模様を作っていく。泣いている理由が痛いほどに理解できて、俺の胸の奥はギュッと締め付けられた。切なくて苦しい痛み。
「…せっかく両思いになれたってのに、傍に居てやれなくてワリィな」
「ううん、イギリス行きは前から分かってたことだし…。インハイ前に伝えたら重荷になるって思って伝えなかったのに、どのみち、伝えても重荷になっちゃったよね」
握る手にグッと力がこもった。何で謝るんだよ。謝るなよ。
目頭が熱くなったのは、気のせいだって誤魔化したい。
「重荷だなんてンなワケあるか。俺はすっげー、嬉しかったっショ」
囁き合う会話で、俺たちはこれまで密かに思っていたことをぽつりぽつりと間を空けながら話した。
お前が傍にいたから俺は高校に入っても彼女作れなかったんだとか、兄貴の事が好きだと思ってたから俺が告白しても無駄だろうなって思ってたこととか、はじめて会った時からきっと好きになってたんだと思うとか――恥ずかしい本音ばかりを、小声で。何もこんな外で話さなくてもとは思うが仕方ない。いよいよ別れの時が近づいてきたという実感が湧いちまった。
出発日まで、あと一週間。指折り数えてカウントダウン。
もし俺がもっと大人だったら、お前を一緒に連れて行くのに。
連れてけなくても、婚約指輪でも渡して『必ず迎えに行く』って約束できるのに。俺はガキのくせにリアリストだから、そんな出来るか分かんねぇことは言えない。卒業後、俺は日本で暮らしてるんだろうか。今の時点ではわからないし、『待ってて欲しい』なんてもっと言えねェし、保証できないことは口に出せない。腹の底で煮えてる本音を、俺が感情に任せて告げられるような性格だったら楽だったのに。
抱きしめたまま、お前をイギリスまで連れ去ってしまたい。誰に反対されたとしても…なーんて、言えるわけないショ。
車内アナウンスで次に降りる駅名が流れ、あいつは俺の胸に突っ伏していた顔を少しだけ上げた。 潤んだままの目と目が合い、気恥ずかしくなった。俺は、琴音につられて泣きそうになってるだけだ。
「降りなくていい。このまま行けるとこまで行くか――なんて言ったら、無責任だって呆れるか?」
「呆れないし、無責任だなんて思わないよ。今ね、すごく寂しいけど、嬉しい気持ちもあるの。全部、裕ちゃんとおそろいの気持ちだからかな」
「クハッ、おかしな奴っショ」
赤い頬を涙の跡で濡らしながら琴音は微笑むものだから、俺も何だか寂しいのと嬉しい気持ちが混ざって、仕舞いにゃ可笑しい気持ちも混ざって思わず笑い声が出た。
日本とイギリスじゃ遠すぎる。どんなに大事な気持ちを抱えていても、想いじゃ距離は埋まらない―――それが現実だ。
けど、その泣き笑いみたいなお前の顔見てたら何とかなるって気がしてくんだ。どうにもならないことだって、お前と俺ならきっと大丈夫って、俺が強がりを言ったなら、嘘でもいいからお前には笑ってて欲しいんだ。