短編・中編
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ふわふらフラグ
「あっ、あの!真波くんここに来ませんでしたか!?」
部活開始から30分が経過し、部員達はアップがてら周辺コースを走りにスタートしている頃、眼鏡をかけた少女が部室を訪ねてきた。ここには備品をチェックしている私ぐらいしか残っておらず、他の部員もマネージャーも出払っていた。
髪を二つに結い、眼鏡をかけた小柄な少女。大きな目がくりっとしててとても可愛い子だ。
来てないよ、と一言告げると、小さく会釈してその子はまた別の場所へ向かって走って行った。
眼鏡少女の名前は知らないけれど、彼女のことを真波くんが“委員長”と呼んでいることは知っている。
こうやって彼を探しに来ているところに遭遇するのは初めてじゃなかったし、何故探しに来ているのかということも何となく分かっていた。
遅刻常習犯であり、授業の出席日数が足りない真波くんをサポートしてあげたくて――とか、多分そんなところだろう。面倒見がよさそうな感じの子に見えたので、気苦労が多そうだなぁ心配しつつ、私は部室の入り口に立って少女の後ろ姿を見送った。
探されていた張本人――遅刻魔・真波と呼ばれてる彼は、『坂を見ると登りたくなる』という癖がある。それは時間や場所を問わない発作のようなものだ。そのせいで授業を欠席するだけでなく部活もよく遅刻しているし、眠くなる時間も人とズレているので授業中も寝てしまう。授業が終わって放課後になっても気づかず教室で寝ていることもしばしば。結果、部活に遅刻する。悪循環を生む悪癖だ。
ただ、その癖は、天性のクライマーとしてはいい癖なのかもしれない。
…人に迷惑をかけなければ、の話だけど。
「真波くん、もう行ったよ」
私は溜息をつきながら一番右側の未使用のロッカーに向けて声をかけると、内側からギィィと音を立てて扉が開いた。
完全に開いた状態になり中から出てきたの真波くんだ。深い海の底みたいなキレイな青色の髪を揺らし、頬を掻きながらヘラヘラした顔で彼は何事もなかったかのように扉を閉めた。ロッカーに隠れてやり過ごすのを目の当たりにするのは、何度目か。
「いやぁ助かりましたよ。先輩、気が利くから」
「見返りなしに優しくしちゃうんだよね、私ってホントいい先輩」
「いひゃいれす、やさしいせんぱい」
悪びれなく笑う真波くんの頬を軽くつねっても彼の表情は変わらない。
勝手にロッカーに隠れはじめるのは真波くんだから私が匿ってあげてるワケじゃないけれど、探しに訪ねてくる人に素知らぬフリをして嘘をつくのは毎度忍びない。眼鏡の少女があの後、学校中を走り回って真波くんを探しているのかと思うとさすがに後ろめたい。そんなつもりはなくても共犯者の気分になってしまう。
彼女が真波くんを追いかけるのには理由があるし、どう考えても授業日数が足りずに同級生に心配をかけている真波くんが悪いのだ。
授業にちゃんと出て、部活にも遅刻しなければ誰からも追いかけられたりすることもなくなるのに。 学校での規則を守った上でならば、山でも坂でもいつだって自由に登ればいい。
「さっきので最後だからね。次、あの子が探しに来たら真波くんの首根っこ掴んで差し出すから」
気の抜けた笑い顔の真波くんとは対照的に、少しキツめに睨んで先輩の威厳を出したつもりだけれどあまり効果はないかも。 案の定、真波くんは私のムッとした顔を見て指さして声を立てて笑った。先輩に対して失礼極まりない。
「先輩こわいなぁ。オレ震えちゃいますよ」
「全然怖がってないでしょ」
「あ、バレてます?」
「もう、私のこと先輩だと思ってないよね…」
「そんなことないですって」
キツめに言おうが睨もうが、まるで効いてない。三年になっても威厳がないのは自覚しているけれど、ここまであからさまに流されちゃうと結構ショックだ。荒北くんみたいにビシッと注意して、後輩の背筋を凍らせるぐらいビビらせてみたいのに。彼程の凄みが私にもあったらよかったな。
「はぁ…、真波くんを好きになった女の子は苦労するね」
不意に漏らしたその言葉に、真波くんは珍しくキョトンとした表情を見せる。予想だにしない事を言われたって感じだ。だがそれはお互い様。私だって、キミの不思議な予測不能な言動にはほとほと参っているのだから。
「その言い方、まるで自分はそうならないって物言いですね」
「うん、ないね。私は恋愛的な意味で真波くんを好きになったりしないと思う」
「そんな言い切らなくても。何が起こるか分からないじゃないですか」
「ないない、絶対ない」
「あはは、ひどいなぁ。でも先輩、そんなに『ないない』言ってるとフラグ立っちゃいますよ?もし先輩がオレのこと好きになったら面白いのになぁ」
屈託のない笑みを向けながら近づいてくると、真波くんは私の頬を人差し指でつついてきた。
至近距離で見るアイドルのような整った顔立ちに、キラキラした笑顔の人物に、一瞬何をされているのか思考が追いつかず動けなかった。顔だけ見ればクセもなさそうな素直で可愛い後輩なのに、蓋を開ければ手に負えない不思議ちゃん。
このギャップが魅力に思えてしまう日が来るはずなんてない。
そうじゃないと困る。自由奔放、天真爛漫、坂と山に無我夢中の真波山岳くんを好きになって苦労するのは分かり切っている事だ。
「そんなの立たないし面白くもない!ないったらない!もう、遅れてるんだから早く――」
「じゃ、オレ周辺コース回って合流してきまぁす。また後でね、琴音さん」
「名前で呼ばない!」
頬に触れていた真波くんの手を叩こうとするがひらりとかわされ、彼は後ろ手を振ってさっさと部室を出て行ってしまった。嫌味のつもりで告げた私の一言からはじまったのだが、結局からかわれたのはこちらの方。ホント調子狂う。
ふわふわふらふらと、捕らえどころのない真波くんに翻弄される日々はすぐそこか――それとももう、既に翻弄されてたり?
求めていないのにフラグは無自覚に立っていく……なんて、あってたまるか!
「あっ、あの!真波くんここに来ませんでしたか!?」
部活開始から30分が経過し、部員達はアップがてら周辺コースを走りにスタートしている頃、眼鏡をかけた少女が部室を訪ねてきた。ここには備品をチェックしている私ぐらいしか残っておらず、他の部員もマネージャーも出払っていた。
髪を二つに結い、眼鏡をかけた小柄な少女。大きな目がくりっとしててとても可愛い子だ。
来てないよ、と一言告げると、小さく会釈してその子はまた別の場所へ向かって走って行った。
眼鏡少女の名前は知らないけれど、彼女のことを真波くんが“委員長”と呼んでいることは知っている。
こうやって彼を探しに来ているところに遭遇するのは初めてじゃなかったし、何故探しに来ているのかということも何となく分かっていた。
遅刻常習犯であり、授業の出席日数が足りない真波くんをサポートしてあげたくて――とか、多分そんなところだろう。面倒見がよさそうな感じの子に見えたので、気苦労が多そうだなぁ心配しつつ、私は部室の入り口に立って少女の後ろ姿を見送った。
探されていた張本人――遅刻魔・真波と呼ばれてる彼は、『坂を見ると登りたくなる』という癖がある。それは時間や場所を問わない発作のようなものだ。そのせいで授業を欠席するだけでなく部活もよく遅刻しているし、眠くなる時間も人とズレているので授業中も寝てしまう。授業が終わって放課後になっても気づかず教室で寝ていることもしばしば。結果、部活に遅刻する。悪循環を生む悪癖だ。
ただ、その癖は、天性のクライマーとしてはいい癖なのかもしれない。
…人に迷惑をかけなければ、の話だけど。
「真波くん、もう行ったよ」
私は溜息をつきながら一番右側の未使用のロッカーに向けて声をかけると、内側からギィィと音を立てて扉が開いた。
完全に開いた状態になり中から出てきたの真波くんだ。深い海の底みたいなキレイな青色の髪を揺らし、頬を掻きながらヘラヘラした顔で彼は何事もなかったかのように扉を閉めた。ロッカーに隠れてやり過ごすのを目の当たりにするのは、何度目か。
「いやぁ助かりましたよ。先輩、気が利くから」
「見返りなしに優しくしちゃうんだよね、私ってホントいい先輩」
「いひゃいれす、やさしいせんぱい」
悪びれなく笑う真波くんの頬を軽くつねっても彼の表情は変わらない。
勝手にロッカーに隠れはじめるのは真波くんだから私が匿ってあげてるワケじゃないけれど、探しに訪ねてくる人に素知らぬフリをして嘘をつくのは毎度忍びない。眼鏡の少女があの後、学校中を走り回って真波くんを探しているのかと思うとさすがに後ろめたい。そんなつもりはなくても共犯者の気分になってしまう。
彼女が真波くんを追いかけるのには理由があるし、どう考えても授業日数が足りずに同級生に心配をかけている真波くんが悪いのだ。
授業にちゃんと出て、部活にも遅刻しなければ誰からも追いかけられたりすることもなくなるのに。 学校での規則を守った上でならば、山でも坂でもいつだって自由に登ればいい。
「さっきので最後だからね。次、あの子が探しに来たら真波くんの首根っこ掴んで差し出すから」
気の抜けた笑い顔の真波くんとは対照的に、少しキツめに睨んで先輩の威厳を出したつもりだけれどあまり効果はないかも。 案の定、真波くんは私のムッとした顔を見て指さして声を立てて笑った。先輩に対して失礼極まりない。
「先輩こわいなぁ。オレ震えちゃいますよ」
「全然怖がってないでしょ」
「あ、バレてます?」
「もう、私のこと先輩だと思ってないよね…」
「そんなことないですって」
キツめに言おうが睨もうが、まるで効いてない。三年になっても威厳がないのは自覚しているけれど、ここまであからさまに流されちゃうと結構ショックだ。荒北くんみたいにビシッと注意して、後輩の背筋を凍らせるぐらいビビらせてみたいのに。彼程の凄みが私にもあったらよかったな。
「はぁ…、真波くんを好きになった女の子は苦労するね」
不意に漏らしたその言葉に、真波くんは珍しくキョトンとした表情を見せる。予想だにしない事を言われたって感じだ。だがそれはお互い様。私だって、キミの不思議な予測不能な言動にはほとほと参っているのだから。
「その言い方、まるで自分はそうならないって物言いですね」
「うん、ないね。私は恋愛的な意味で真波くんを好きになったりしないと思う」
「そんな言い切らなくても。何が起こるか分からないじゃないですか」
「ないない、絶対ない」
「あはは、ひどいなぁ。でも先輩、そんなに『ないない』言ってるとフラグ立っちゃいますよ?もし先輩がオレのこと好きになったら面白いのになぁ」
屈託のない笑みを向けながら近づいてくると、真波くんは私の頬を人差し指でつついてきた。
至近距離で見るアイドルのような整った顔立ちに、キラキラした笑顔の人物に、一瞬何をされているのか思考が追いつかず動けなかった。顔だけ見ればクセもなさそうな素直で可愛い後輩なのに、蓋を開ければ手に負えない不思議ちゃん。
このギャップが魅力に思えてしまう日が来るはずなんてない。
そうじゃないと困る。自由奔放、天真爛漫、坂と山に無我夢中の真波山岳くんを好きになって苦労するのは分かり切っている事だ。
「そんなの立たないし面白くもない!ないったらない!もう、遅れてるんだから早く――」
「じゃ、オレ周辺コース回って合流してきまぁす。また後でね、琴音さん」
「名前で呼ばない!」
頬に触れていた真波くんの手を叩こうとするがひらりとかわされ、彼は後ろ手を振ってさっさと部室を出て行ってしまった。嫌味のつもりで告げた私の一言からはじまったのだが、結局からかわれたのはこちらの方。ホント調子狂う。
ふわふわふらふらと、捕らえどころのない真波くんに翻弄される日々はすぐそこか――それとももう、既に翻弄されてたり?
求めていないのにフラグは無自覚に立っていく……なんて、あってたまるか!