ごほうび
その書類のミスに気がついたのは、たまたまだった。
人がほとんど退社したうちの部に外回りから帰った俺は、誤って隣のデスクの山積みになっている書類に腕が当たり、クリアファイルをまき散らしてしまった。
ペーパーレス化が進んだとはいえ、まだまだ紙の書類も健在で、そして隣の正木は書類整理が苦手らしい。
拾い集めているときに、ふと気になった一枚をじっくり見てしまった。
あれ、これ数字が違うぞ。
誰かに確認してもらおうと思い顔を上げたが、すでに退社をして誰もいない。
どうしよう、と思ったときに「ただいま戻りましたー」と声がした。
「牧野さん!」
俺は外から戻ってきた先輩の牧野さんに駆け寄った。
「加勢、お疲れ。
どうした?」
「この書類見てください」
牧野さんは俺が散らかした床の書類をちらっと見たあと、俺が手渡したクリアファイルを見た。
「ここの見積額、古い価格で出してありますよね?」
材料を買い付けているM社が値上げをし、三日前から新価格になっているのに、これは旧価格のままで見積額が出されていた。
「くっそ、ほんとだ!
これ、正木の書類?
あいつは?」
俺は壁のホワイトボードを確認する。
「もう退社したみたいです」
「電話しろ。
俺は片桐さんに連絡を取ってみる」
「はいっ!」
俺はスマホを取り出し、正木に電話をかける。
牧野さんは俺たちのリーダーの片桐さんに電話をし始めた。
「正木はどうだ?」
「電話、通じません。
電源が切れているか電波の届かないところにいるって」
「ちっ。
片桐さんはS社の接待だ」
それを聞いてげんなりした。
ねちねちとしたS社の担当の接待は毎回夜中の3時4時まで付き合わされるので、みんな敬遠している。
「今日は社に戻れそうにないって。
まあ、そうだろうけど。
この書類、明日アサイチで使うんだってさ」
やっぱりそうだ。
「加勢、おまえ、時間ある?
もし大丈夫なら手伝ってくれないか?」
「あ、はい」
今回はMの部品をたくさん使っているから訂正箇所が多いはずだ。
確認も二人でやったほうがよさそうだし。
「ありがとう、助かるよ。
一応、片桐さんと澤さんのスマホにデータ送るけど、明日アサイチにもう一度確認してから印刷するって」
「はい」
「じゃあ、やるか」
「はいっ」
俺はパソコンを立ち上げ、共有フォルダから該当文書を開く。
牧野さんはスーツの上着を脱ぎ、軽く腕まくりをすると隣の正木の椅子を俺の横に持ってきて「んーっと」と言いながら顎に手を当て、画面とクリアファイルの書類に集中し始めた。
***
仕事ができるとは聞いていたけど、こんなに間近で牧野さんの仕事っぷりを見るのは初めてかもしれない。
すっごく集中して、サクサクと作業が進む。
二人での最終確認も終わった。
壁にかかる時計を見て「あー、もう10時過ぎかー」と牧野さんが伸びをした。
俺は書類を保存し、パソコンを落とした。
「お疲れー。
助かったよ。
メシでも食いに行く?」
「はい」
と、牧野さんがぐいっと顔を近づけてきた。
「これだけがんばったんだから、ごほうびをやらないとな。
加勢、なにがいい?」
「いえ、そんな」
「俺にお持ち帰りされたい?」
え……?
身体と思考が固まった。
「この間の合コンで俺がお持ち帰りした総務課の女の子のこと、うらましそうに見てたでしょ」
「は?」
「あんなふうに見ていたらすぐにわかるよ。
気をつけなきゃ」
牧野さんはずっと俺に顔を近づけたまま、話し続ける。
「今もさ、俺の顔、じっと見ててさ。
仕事している俺、そんなにカッコよかった?」
バレてる?
全部?
俺が、恋愛対象が男性であると自覚したのは、中学生の頃だった。
しかし、それは誰にも言わなかった。
カノジョは作らなかったが、カレシも作らなかった。
この世の中でバレたほうが面倒だと思った。
差別と嘲笑の中で生きるのは、考えたくもなかった。
だからひた隠しにしていた。
牧野さんは入社したときから、ずっと目を惹く先輩だった。
それは俺だけではなく、女性からも人気があり、同性からも「デキる男」として人気があった。
ただそれだけだった。
そっと盗むように牧野さんを見て、うっとりすることはあった。
たまにオカズにすることはあっても、現実にどうこうしようとは思っていなかった。
「加勢、男とヤったことある?」
「な、ないです…」
「じゃあ、まだ処女なんだ」
「いや」
「俺が加勢のこと、女のコにしてあげてもいいよ。
すっごく気持ちよくさせてあげる」
「や」
「俺、上手いから安心して」
「なに言って」
「これからはココをいじらないとイケない、かわいい女のコにしてあげるよ」
さらりと触れるか触れないかの感触で、牧野さんが俺の尻をなでた。
「真っ赤になってかわいいな、加勢は」
ようやく牧野さんが俺から身を離した。
「メシ、行けそうにないな。
じゃ、また今度。
ごほうびはいつでもいいよ、声かけて。
LINE、知ってるよな」
袖を元に戻し、牧野さんは上着を着た。
「あと、よろしく。
じゃあ、お疲れ。
加勢も早く帰れよ」
牧野さんはなにもなかったように鞄を持つと部屋から出て行った。
俺は椅子からずり落ち、床にへたり込んでしまった。
今、なにが起こったんだろう。
冷静になれそうになかった。
股間は爆発しそうになっているし、これまで自分でもいじったことがないアナルがもぞもぞと刺激を欲しがっていた。
人がほとんど退社したうちの部に外回りから帰った俺は、誤って隣のデスクの山積みになっている書類に腕が当たり、クリアファイルをまき散らしてしまった。
ペーパーレス化が進んだとはいえ、まだまだ紙の書類も健在で、そして隣の正木は書類整理が苦手らしい。
拾い集めているときに、ふと気になった一枚をじっくり見てしまった。
あれ、これ数字が違うぞ。
誰かに確認してもらおうと思い顔を上げたが、すでに退社をして誰もいない。
どうしよう、と思ったときに「ただいま戻りましたー」と声がした。
「牧野さん!」
俺は外から戻ってきた先輩の牧野さんに駆け寄った。
「加勢、お疲れ。
どうした?」
「この書類見てください」
牧野さんは俺が散らかした床の書類をちらっと見たあと、俺が手渡したクリアファイルを見た。
「ここの見積額、古い価格で出してありますよね?」
材料を買い付けているM社が値上げをし、三日前から新価格になっているのに、これは旧価格のままで見積額が出されていた。
「くっそ、ほんとだ!
これ、正木の書類?
あいつは?」
俺は壁のホワイトボードを確認する。
「もう退社したみたいです」
「電話しろ。
俺は片桐さんに連絡を取ってみる」
「はいっ!」
俺はスマホを取り出し、正木に電話をかける。
牧野さんは俺たちのリーダーの片桐さんに電話をし始めた。
「正木はどうだ?」
「電話、通じません。
電源が切れているか電波の届かないところにいるって」
「ちっ。
片桐さんはS社の接待だ」
それを聞いてげんなりした。
ねちねちとしたS社の担当の接待は毎回夜中の3時4時まで付き合わされるので、みんな敬遠している。
「今日は社に戻れそうにないって。
まあ、そうだろうけど。
この書類、明日アサイチで使うんだってさ」
やっぱりそうだ。
「加勢、おまえ、時間ある?
もし大丈夫なら手伝ってくれないか?」
「あ、はい」
今回はMの部品をたくさん使っているから訂正箇所が多いはずだ。
確認も二人でやったほうがよさそうだし。
「ありがとう、助かるよ。
一応、片桐さんと澤さんのスマホにデータ送るけど、明日アサイチにもう一度確認してから印刷するって」
「はい」
「じゃあ、やるか」
「はいっ」
俺はパソコンを立ち上げ、共有フォルダから該当文書を開く。
牧野さんはスーツの上着を脱ぎ、軽く腕まくりをすると隣の正木の椅子を俺の横に持ってきて「んーっと」と言いながら顎に手を当て、画面とクリアファイルの書類に集中し始めた。
***
仕事ができるとは聞いていたけど、こんなに間近で牧野さんの仕事っぷりを見るのは初めてかもしれない。
すっごく集中して、サクサクと作業が進む。
二人での最終確認も終わった。
壁にかかる時計を見て「あー、もう10時過ぎかー」と牧野さんが伸びをした。
俺は書類を保存し、パソコンを落とした。
「お疲れー。
助かったよ。
メシでも食いに行く?」
「はい」
と、牧野さんがぐいっと顔を近づけてきた。
「これだけがんばったんだから、ごほうびをやらないとな。
加勢、なにがいい?」
「いえ、そんな」
「俺にお持ち帰りされたい?」
え……?
身体と思考が固まった。
「この間の合コンで俺がお持ち帰りした総務課の女の子のこと、うらましそうに見てたでしょ」
「は?」
「あんなふうに見ていたらすぐにわかるよ。
気をつけなきゃ」
牧野さんはずっと俺に顔を近づけたまま、話し続ける。
「今もさ、俺の顔、じっと見ててさ。
仕事している俺、そんなにカッコよかった?」
バレてる?
全部?
俺が、恋愛対象が男性であると自覚したのは、中学生の頃だった。
しかし、それは誰にも言わなかった。
カノジョは作らなかったが、カレシも作らなかった。
この世の中でバレたほうが面倒だと思った。
差別と嘲笑の中で生きるのは、考えたくもなかった。
だからひた隠しにしていた。
牧野さんは入社したときから、ずっと目を惹く先輩だった。
それは俺だけではなく、女性からも人気があり、同性からも「デキる男」として人気があった。
ただそれだけだった。
そっと盗むように牧野さんを見て、うっとりすることはあった。
たまにオカズにすることはあっても、現実にどうこうしようとは思っていなかった。
「加勢、男とヤったことある?」
「な、ないです…」
「じゃあ、まだ処女なんだ」
「いや」
「俺が加勢のこと、女のコにしてあげてもいいよ。
すっごく気持ちよくさせてあげる」
「や」
「俺、上手いから安心して」
「なに言って」
「これからはココをいじらないとイケない、かわいい女のコにしてあげるよ」
さらりと触れるか触れないかの感触で、牧野さんが俺の尻をなでた。
「真っ赤になってかわいいな、加勢は」
ようやく牧野さんが俺から身を離した。
「メシ、行けそうにないな。
じゃ、また今度。
ごほうびはいつでもいいよ、声かけて。
LINE、知ってるよな」
袖を元に戻し、牧野さんは上着を着た。
「あと、よろしく。
じゃあ、お疲れ。
加勢も早く帰れよ」
牧野さんはなにもなかったように鞄を持つと部屋から出て行った。
俺は椅子からずり落ち、床にへたり込んでしまった。
今、なにが起こったんだろう。
冷静になれそうになかった。
股間は爆発しそうになっているし、これまで自分でもいじったことがないアナルがもぞもぞと刺激を欲しがっていた。
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