1.
「ねぇ、大神くん。なにか困っていることはない?」
「困って、いること」
ある。狼になってしまうことだ。
しかし、俺は言葉を紡ごうとした口を閉じる。
そんなこと言えない。医者が笑うくらいだ、この人だって同じはずだ。
下を向いて黙っている俺に、大家さんは優しく声をかける。
「うちの売り文句は見てくれた?」
「えっと……」
確か、こうだったはずだ。
「人でない人たち、大歓迎! どなたでも大家がサポートします」
そんな大家さんからの一言コメントが、調べていた俺のことを確かに惹きつけた。だから、ここを選択肢に入れたんだ。顔を上げて、大家さんの目を見て話す。
「俺……満月の日に、狼になるんです」
言ってみると、大家さんは真剣な顔になり「続けて」と俺に発言を促した。
説明をした。決まって満月の日に髪の色が黒から白に変わったり、手足が狼のものに変化したりして、日常生活がままならなくなってしまうこと。全身が変化してしまうときもあって、そのときは特にどうすればいいのか困っていること。原因がわからなくて、怖くて怯えていること。
何もないしんとした部屋に俺の声が響く。誰にも話してこなかった自分の秘密を話すのは難しく、言葉はつっかえてうまく出てこない。それでも、大家さんは静かに俺の口から言葉が出るのを待ってくれていた。
話し終えると、大家さんは「そっかそっか……」と頷いていた。
「大丈夫だよ、大神くん。ここにはね、大神くんのような人が何人もいるんだ」
それは本当なのだろうか。俺のような狼になるやつが何人もいるなんて、考えられない。懐疑的な目で見つめる俺に、大家さんは説明を続ける。
「ヴィラ・オートルのオートルは、フランス語で『他の』っていう意味なんだよね。人の他の、人じゃない、っていう意味。私の旦那も人じゃないんだ」
「旦那さんが……そうなんですか」
「うん。だからね、大丈夫。そういうことには慣れてるんだよね。つらくなったら私が支えるよ。人魚だって吸血鬼だって、私サポートしてきたんだからね?」
人魚。吸血鬼。空想の生き物の名前がぽんぽん出てきて、俺は目を見開く。
俺以外にも、そんな人たちがいるんだ。
「俺だけじゃ、ないんですね」
一人ではないという安心感をかみしめるようにこぼすと、大家さんは「そうだね」と優しく肯定してくれる。
「それに、高校生になるんでしょう? 敷金・礼金、特別にゼロにしておくから、よかったらうちにしない?」
大家さんはにこーっと口の両端を上げながらお金のジェスチャーをする。その行動を見て、気の利く明るい人なのだと感じ取った。
この人が大家のアパートなら、狼男だってことを隠さずに生きていけるかもしれない。今までずっと誰にも頼れずにいたが、ここなら安心して過ごせる可能性がある。チャンスが少しでもあるなら、それに賭けたい。俺はそう考え、外で待機していた不動産屋にここにしたいと伝えた。
「困って、いること」
ある。狼になってしまうことだ。
しかし、俺は言葉を紡ごうとした口を閉じる。
そんなこと言えない。医者が笑うくらいだ、この人だって同じはずだ。
下を向いて黙っている俺に、大家さんは優しく声をかける。
「うちの売り文句は見てくれた?」
「えっと……」
確か、こうだったはずだ。
「人でない人たち、大歓迎! どなたでも大家がサポートします」
そんな大家さんからの一言コメントが、調べていた俺のことを確かに惹きつけた。だから、ここを選択肢に入れたんだ。顔を上げて、大家さんの目を見て話す。
「俺……満月の日に、狼になるんです」
言ってみると、大家さんは真剣な顔になり「続けて」と俺に発言を促した。
説明をした。決まって満月の日に髪の色が黒から白に変わったり、手足が狼のものに変化したりして、日常生活がままならなくなってしまうこと。全身が変化してしまうときもあって、そのときは特にどうすればいいのか困っていること。原因がわからなくて、怖くて怯えていること。
何もないしんとした部屋に俺の声が響く。誰にも話してこなかった自分の秘密を話すのは難しく、言葉はつっかえてうまく出てこない。それでも、大家さんは静かに俺の口から言葉が出るのを待ってくれていた。
話し終えると、大家さんは「そっかそっか……」と頷いていた。
「大丈夫だよ、大神くん。ここにはね、大神くんのような人が何人もいるんだ」
それは本当なのだろうか。俺のような狼になるやつが何人もいるなんて、考えられない。懐疑的な目で見つめる俺に、大家さんは説明を続ける。
「ヴィラ・オートルのオートルは、フランス語で『他の』っていう意味なんだよね。人の他の、人じゃない、っていう意味。私の旦那も人じゃないんだ」
「旦那さんが……そうなんですか」
「うん。だからね、大丈夫。そういうことには慣れてるんだよね。つらくなったら私が支えるよ。人魚だって吸血鬼だって、私サポートしてきたんだからね?」
人魚。吸血鬼。空想の生き物の名前がぽんぽん出てきて、俺は目を見開く。
俺以外にも、そんな人たちがいるんだ。
「俺だけじゃ、ないんですね」
一人ではないという安心感をかみしめるようにこぼすと、大家さんは「そうだね」と優しく肯定してくれる。
「それに、高校生になるんでしょう? 敷金・礼金、特別にゼロにしておくから、よかったらうちにしない?」
大家さんはにこーっと口の両端を上げながらお金のジェスチャーをする。その行動を見て、気の利く明るい人なのだと感じ取った。
この人が大家のアパートなら、狼男だってことを隠さずに生きていけるかもしれない。今までずっと誰にも頼れずにいたが、ここなら安心して過ごせる可能性がある。チャンスが少しでもあるなら、それに賭けたい。俺はそう考え、外で待機していた不動産屋にここにしたいと伝えた。
