1.

 二年生になりたての、ある日の夜。宿題をして寝るだけの、なんてことない普通の日だった。
 頭の辺りがぞわぞわし始めた。おかしいな、と思って俺はなんとなく窓に向かい、遮光の黒いカーテンを開ける。満月が視界の端にちらりと見えた。
 流れるように月光を浴びていた。安心感が心の中に広がる。なぜ? 自分の意志でないのに動くのは不思議な感覚だ。俺、どうしちゃったんだろう。
「えっ?」
 窓ガラスに反射した自分の姿を見て、俺は驚きの声を上げた。
 髪が白くなっている。普段墨汁で塗ったように真っ黒な髪の毛が、雪のように白くなっている。
 気のせいだ。きっと宿題で疲れているんだ。そう信じて、カーテンを閉めようとする。閉められない。カーテンが掴めない。その手を見て、俺はまた「ひっ」と声を出してしまった。
 その両手は、獣の手だった。まるで犬のように指は四本で、その先には爪が生え、手のひらには肉球がある。全体は白い毛でおおわれている。
「なに、これ……」
 両手を前に震える。おかしい、目の錯覚だ、ともう一度窓ガラスを見るも、そこにいるのは奇妙な手を生やした白髪の人間の子供だった。おまけに、目の色まで変わってしまっている。黒から黄色だなんて、ファンタジーみたいなことが起こっている。琥珀のような瞳には、教科書で見たように中に虫が潜んでいるような気がして、吐き気がした。
 認めたくなくて、向き合いたくなくて、俺は宿題を最後までやらずに早々に布団に入ってしまった。きっと気のせいだ。勉強のやりすぎで疲れているんだろうと言い聞かせて、どうにか眠ろうとした。
 翌日、起きてみると手は元の人間の手に戻っていた。安心して洗面所に向かうと、髪の毛も元の黒色になっていた。目の色もちゃんといつも通りの黒だ。
 昨日のあれはなんだったんだろう。そんな疑問を抱きながら学校へ通う日々が続く。
 すると、一ヶ月後にまたそれがやってきた。同じ満月の日だった。今度変化したのは両足だった。獣の足では立つことができない。バランスが取れない。俺は足をずりずり引きずりながら歯磨きをしようと洗面台に向かった。歯ブラシに手が届かなかった。
 さすがにおかしいと思い、施設の職員に話して病院で診てもらった。触診、レントゲン、血液検査、職員の許す範囲でいくつか診てもらったが、どの検査でもおかしなところは一つも見当たらない。
「でも、本当に体が動物になるんです!」
 老医師は必死に訴える俺を笑い飛ばし、「先生もそういう時期あったから」と検査代を受け取っていった。結果の紙に書かれた「異常なし」の字を見て、現代医学に俺の存在が否定されてしまったように感じた。
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