1.
「お疲れ様です」
挨拶しながら俺は更衣室へ向かう。
「おつかれー!」
仕事仲間が俺の挨拶に返事してくれて、少し嬉しくなる。当たり前のことだけど、挨拶が返ってくるってとても嬉しいことだ。
ロッカーを開けると畳まれた高校の制服が目に入った。俺は考え事をしながら着替える。
担任には「将来どうするのか」と聞かれている。でも、その明確な将来像は頭の中に浮かび上がらない。大神月臣という大人を想像できなかった。
アルバイトからの社員登用もあるらしいから、このまま佐原さんのように社員になるのもありかと思っているし、いや、そもそも俺なんかが社員登用の枠に入るわけがないとも思っている。しかし、他の道があるかというとあまり考えられない。
大学や専門学校はお金がかかるし、まず行きたい分野がない。
タイピングができるのならプログラミングは、とも考えたが、俺は絶望的にそれに向いていなかった。恩師のパソコン部の講師に参考書を借りたが、どうしても理解できなかった。高校の物理の考えである論理的な部分がプログラミングと同じみたいで、かなり役に立つと教えてもらったが、俺は物理も信じられないくらいできなかった。赤点回避ギリギリの点数をテストで連発している。要するに、どう考えても向いていなかった。俺の持つ武器は、仕事という敵に立ち向かうにはピーキーすぎるらしい。
なにかを選んだ末に苦しくて学ぶのを諦めてしまうくらいなら、最初から挑戦するのを諦めたほうがダメージが少ない。俺は後者を選んだ。参考書は講師に返却した。それは講師が読み込んでいた跡があり、ページの端が少しだけボロッとしていた。
かといってデータ入力や事務もあまり候補に入らない。つまらなそう、というのが理由だ。どうでもいい理由だ。大人になりたくないという一種の反抗なのかもしれない。でも、魅力を感じないというのは大きい気がする。やりがいってやつだ。継続に大きくかかわってきそうなところだろう。
八方ふさがりの俺は結論を出す。もう、このままでいい、と。ここなら、満月の日にシフトを入れなくても特になにも思われないから。この温かなバイト先で、おだやかな人間関係で、生きていけるくらい稼げたら、それで。
そう考え、未来を見ないふりをしている。
支度を済ませ、忘れ物がないことを確認して更衣室を出る。裏口の少し手前で、俺の目は綾部さんの姿を捉えた。青い魚柄のセーターに、黒いフレアスカートを着ている。その上に白いワッフルコート。私服でも彼女はとても魅力的で、つい視線が向いてしまったのだ。労いの言葉をかけようとして、口を「あ」の字にしたところで止まる。彼女の隣には、佐原さんがいた。
どうしたんだろう。綾部さんのポスターのこと、褒めているのかな。
二人は俺に気づかない。それをいいことに、俺は少し遠くから彼らを観察する。二人が話しているところ、しかもこうやって二人きりで話しているところはあまり見たことがなかったから、面白半分で、だ。
挨拶しながら俺は更衣室へ向かう。
「おつかれー!」
仕事仲間が俺の挨拶に返事してくれて、少し嬉しくなる。当たり前のことだけど、挨拶が返ってくるってとても嬉しいことだ。
ロッカーを開けると畳まれた高校の制服が目に入った。俺は考え事をしながら着替える。
担任には「将来どうするのか」と聞かれている。でも、その明確な将来像は頭の中に浮かび上がらない。大神月臣という大人を想像できなかった。
アルバイトからの社員登用もあるらしいから、このまま佐原さんのように社員になるのもありかと思っているし、いや、そもそも俺なんかが社員登用の枠に入るわけがないとも思っている。しかし、他の道があるかというとあまり考えられない。
大学や専門学校はお金がかかるし、まず行きたい分野がない。
タイピングができるのならプログラミングは、とも考えたが、俺は絶望的にそれに向いていなかった。恩師のパソコン部の講師に参考書を借りたが、どうしても理解できなかった。高校の物理の考えである論理的な部分がプログラミングと同じみたいで、かなり役に立つと教えてもらったが、俺は物理も信じられないくらいできなかった。赤点回避ギリギリの点数をテストで連発している。要するに、どう考えても向いていなかった。俺の持つ武器は、仕事という敵に立ち向かうにはピーキーすぎるらしい。
なにかを選んだ末に苦しくて学ぶのを諦めてしまうくらいなら、最初から挑戦するのを諦めたほうがダメージが少ない。俺は後者を選んだ。参考書は講師に返却した。それは講師が読み込んでいた跡があり、ページの端が少しだけボロッとしていた。
かといってデータ入力や事務もあまり候補に入らない。つまらなそう、というのが理由だ。どうでもいい理由だ。大人になりたくないという一種の反抗なのかもしれない。でも、魅力を感じないというのは大きい気がする。やりがいってやつだ。継続に大きくかかわってきそうなところだろう。
八方ふさがりの俺は結論を出す。もう、このままでいい、と。ここなら、満月の日にシフトを入れなくても特になにも思われないから。この温かなバイト先で、おだやかな人間関係で、生きていけるくらい稼げたら、それで。
そう考え、未来を見ないふりをしている。
支度を済ませ、忘れ物がないことを確認して更衣室を出る。裏口の少し手前で、俺の目は綾部さんの姿を捉えた。青い魚柄のセーターに、黒いフレアスカートを着ている。その上に白いワッフルコート。私服でも彼女はとても魅力的で、つい視線が向いてしまったのだ。労いの言葉をかけようとして、口を「あ」の字にしたところで止まる。彼女の隣には、佐原さんがいた。
どうしたんだろう。綾部さんのポスターのこと、褒めているのかな。
二人は俺に気づかない。それをいいことに、俺は少し遠くから彼らを観察する。二人が話しているところ、しかもこうやって二人きりで話しているところはあまり見たことがなかったから、面白半分で、だ。
