1.

 俺は綾部さんに一つ一つ仕事を教えた。本の陳列、レジの仕事、パソコンでの在庫管理。特に彼女は接客がうまかった。綾部さんがレジに出れば、お客さんがそのおだやかな所作ににこにこしてしまうくらいだ。俺の無表情な接客と全然違う。少しだけうらやましさを覚えた。
 そんな様子を見ていると、最初抱いていた嫌悪感が徐々に好意に変わっていくのを感じた。俺にはない、おだやかさと柔軟さを持っている彼女。そんな美大生に、ゆっくりと惹かれていく俺がいた。
 しばらくして店に馴染んでくると、綾部さんは他の美大生と共に仕事をするようになった。具体的に説明すると、ポップやミニポスターの制作を任されるようになったのだ。仕事が違うと時間を共有することもなくなって、彼女と話すチャンスは減少した。
 ある日、本を陳列していたらきれいな動物のイラストが描かれたポップを見つけた。この本は動物が出てくる冒険物語で、出版社の人が熱く推薦していた気がする。
 角に装飾のついた鹿が、こちらを見つめて悠然と立っている。たった一本のボールペンで描かれたであろうそのイラストは、客の視線を釘付けにするには十分すぎるくらいのクオリティーだった。実際、俺が本を並べている少しの間にも、ポップを見て立ち止まり、その本をレジに持って行った客がいるくらいだった。
 俺はこのポップを作ったのは綾部さんだと確信した。だって、こんなテイストのイラスト、今までなかったから。
 そんなこんなでポップ作りの仕事を成功させた綾部さんは、先輩の美大生のバイトを置いてポスターの仕事に抜擢された。小さく飾られるものではなく、店内の至る所に置かれるかなり大きなものだ。彼女は驚いていたが、その仕事を引き受け、ハロウィンやクリスマスのフェアのポスターを次々と完成させた。そう、あの赤と緑のポスターは綾部さんが作ったものなのだ。
 綾部さんは忙しい。だから、俺が彼女とまともに会話できるような機会はそうそうない。綾部さんが話しかけてくれるのは、パソコンに困っているときだけ。それか、彼女の気まぐれに賭けるしかない。でも、それで十分なのだ。笑顔のできない、ネガティブな秘密を二つも抱えた俺は、あんなひまわりのように素敵な彼女と話す資格なんてなく、ましてや付き合う資格なんてもっとないのだ。
 ただ会釈をするだけで、俺はもう十分に満足していた。この小さなやりとりが、俺のバイトへのモチベに大きく貢献していた。
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