1.
「大神くん」
聞いたことのある男性の声に振り返る。名前をど忘れして冷や汗が伝ったが、笑顔が特徴的な社員だった。笑顔が上手すぎて太陽が照っているかのようで、きらきらと輝いている。店内の蛍光灯よりまぶしい。明るめの茶色の短髪がより彼の笑顔の明るさを引き立てていた。相手は背が高く、俺はその身長の差に辟易してしまう。
まさかこれから笑顔の特訓でもするんじゃないか……? お前の笑顔は下手くそすぎる、鍛えなおしてやる、と。
ビクビクしながら「はい」と返事をした。
「大神くんって、すごくパソコンできるんじゃない?」
「え? あ、いや、そ、そうですね。一応パソコン部入ってるくらいには……できます」
予想していなかった角度からの質問に驚きながら答えると、社員は「ごめんごめん」と手を合わせて笑った。
「それなら、パソコンの仕事もっと任せちゃおうかな」
思いもよらぬ発言に耳を疑う。
「……いいんですか?」
「うん。アルバイトの子たちを適材適所に配置するのも、社員の役目だからね」
社員はうんうんと頷く。名札を見ると、「佐原」と書いてあった。
佐原さんはこの書店で一番上の立場にいるわけではない。しかし、彼の振り分けしうる範囲のパソコンの仕事を俺に振ってくれた。俺はその業務を淡々とこなした。中学のとき、練習用にとわざわざテンキーのキーボードを購入したかいがあった。仕事は俺なりにこなしたつもりだったが、それはかなり速いらしく佐原さんは俺をことあるごとに褒めた。
「すごいじゃん、大神くん! また頼んだときは、よろしくね」
その誉め言葉の響きは小学校のときのあの講師と同じで、俺は彼と佐原さんを重ねた。
佐原さんはいつも笑顔でおだやかなので、バイトのみんなに好かれていた。休憩時間には本を読むなど知的な姿が目撃されており、真面目な姿も好かれる一因だ。
「読んでおくと、心からお客様におすすめできるでしょ?」
それは賞を取った本の作者の、ほかの本だった。賞を取った本は売れる。その一冊ではなく同じ作者のデビュー作を選ぶところが、色々な本をおすすめしたいという書店員らしいチョイスだと思った。
中には佐原さんにアタックする女性もいた。彼がその人と付き合うようなことはなかったが、それほど彼には魅力があるのだろう。
そんな彼を、俺も尊敬していた。もちろん笑顔もだが、それだけでなく社員という大人の立場であること、どんな業務も完璧なこと。それらを踏まえて、俺は佐原さんのことを講師と同じようにリスペクトしていた。
そうして高校とバイト先を往復するうち、夏にはお金も貯まり、俺は晴れてヴィラ・オートルに入居した。二〇一号室は隣に人がいるのに静かで、俺は体の一部が狼になってしまったときでも落ち着いて過ごすことができた。万が一のときには大家さんも来てくれる。手作りの赤いスイッチを見ながら、安心感に身を任せて眠ることができた。
聞いたことのある男性の声に振り返る。名前をど忘れして冷や汗が伝ったが、笑顔が特徴的な社員だった。笑顔が上手すぎて太陽が照っているかのようで、きらきらと輝いている。店内の蛍光灯よりまぶしい。明るめの茶色の短髪がより彼の笑顔の明るさを引き立てていた。相手は背が高く、俺はその身長の差に辟易してしまう。
まさかこれから笑顔の特訓でもするんじゃないか……? お前の笑顔は下手くそすぎる、鍛えなおしてやる、と。
ビクビクしながら「はい」と返事をした。
「大神くんって、すごくパソコンできるんじゃない?」
「え? あ、いや、そ、そうですね。一応パソコン部入ってるくらいには……できます」
予想していなかった角度からの質問に驚きながら答えると、社員は「ごめんごめん」と手を合わせて笑った。
「それなら、パソコンの仕事もっと任せちゃおうかな」
思いもよらぬ発言に耳を疑う。
「……いいんですか?」
「うん。アルバイトの子たちを適材適所に配置するのも、社員の役目だからね」
社員はうんうんと頷く。名札を見ると、「佐原」と書いてあった。
佐原さんはこの書店で一番上の立場にいるわけではない。しかし、彼の振り分けしうる範囲のパソコンの仕事を俺に振ってくれた。俺はその業務を淡々とこなした。中学のとき、練習用にとわざわざテンキーのキーボードを購入したかいがあった。仕事は俺なりにこなしたつもりだったが、それはかなり速いらしく佐原さんは俺をことあるごとに褒めた。
「すごいじゃん、大神くん! また頼んだときは、よろしくね」
その誉め言葉の響きは小学校のときのあの講師と同じで、俺は彼と佐原さんを重ねた。
佐原さんはいつも笑顔でおだやかなので、バイトのみんなに好かれていた。休憩時間には本を読むなど知的な姿が目撃されており、真面目な姿も好かれる一因だ。
「読んでおくと、心からお客様におすすめできるでしょ?」
それは賞を取った本の作者の、ほかの本だった。賞を取った本は売れる。その一冊ではなく同じ作者のデビュー作を選ぶところが、色々な本をおすすめしたいという書店員らしいチョイスだと思った。
中には佐原さんにアタックする女性もいた。彼がその人と付き合うようなことはなかったが、それほど彼には魅力があるのだろう。
そんな彼を、俺も尊敬していた。もちろん笑顔もだが、それだけでなく社員という大人の立場であること、どんな業務も完璧なこと。それらを踏まえて、俺は佐原さんのことを講師と同じようにリスペクトしていた。
そうして高校とバイト先を往復するうち、夏にはお金も貯まり、俺は晴れてヴィラ・オートルに入居した。二〇一号室は隣に人がいるのに静かで、俺は体の一部が狼になってしまったときでも落ち着いて過ごすことができた。万が一のときには大家さんも来てくれる。手作りの赤いスイッチを見ながら、安心感に身を任せて眠ることができた。
