1.
中学三年生の十二月。俺は半分恐怖し、半分期待を寄せ、そんなおかしな感情でアパートの空き部屋へ足を運んだ。カラスが変わらず鳴いている夕方だった。今はそこまで鳴き声が気にならなくなっていた。
もらった鍵で部屋に入ると、前に見たときと同じ空っぽの部屋のフローリングの上に、一組のきれいな布団が敷いてあった。
「ごめんね、それぐらいしか用意できなかったんだ。暖房も使えるよ。軽く掃除はしておいたけど……」
「十分です。本当に、寝るだけなので」
荷物もリュック一つ分だけ、必要最低限だ。一晩過ごすだけなら、これで十分。
そして、なんだか異質なものが目に入る。その枕元には謎のスイッチがあった。赤く丸いボタンが、黒い台座の上についている。そしてそれは……少し歪んでくっついている。叩けば今にも壊れそうだ。台座からコードが伸びて、コンセントに繋がっている。
「あれ、なんですか」
指差して尋ねると、大家さんは「あー……」と少しよそを見て、答えた。
「あれはね、押すと私と電話が繋がるんだ。もし、手が変化してしまってスマホを触れなくても大丈夫なように、作ってみたんだよ。私は工作が苦手だから、うまく動くかわからないけど……」
苦笑いをする大家さん。苦手なのにたった一ヵ月でこれを作ったというのか。まだ入居が確定したわけでもないのに、ここまでしてくれる人がいるのかと俺は驚いた。
その晩。眠ろうとしたらそれは来た。場所を変えても、やっぱりぞわぞわする感覚は変わらなかった。
視界に映る手のひらが、腕が、胸が。足が、ふくらはぎが、太ももが、変化していく。
月が見たい。月光を浴びたい。それなのに、体がうまく動かない。
「う、うう……!」
布団の中で一人うずくまる。
気持ち悪い。怖い。助けてほしい。誰か、誰か……!
俺はとっさにスイッチを押した。右手はすでに獣のものと化している。すぐに声が聞こえた。
「大神くん、大丈夫?」
「だ、だめ、です……」
震えた声で言うと階下から階段を駆け上がる音が聞こえ、ドアが開けられた。冷たい風が一瞬部屋に吹き込む。大家さんはオレンジのパジャマのままこちらへ駆け寄り、そしてガタガタと震える俺の頭を撫でてくれた。
「そばにいるから、大丈夫」
「ごめんなさい……」
「謝らなくていいよ」
顔を上げると、大家さんは微笑んでいた。
俺の体は完全に狼に変化してしまっているだろう。獣の鼻先が見えているから。醜い姿を見ても、彼女は動じない。ただ、ひたすらそばにいてくれる。
そんな様子を見て、俺は大家さんのことを施設の職員以上に、母親のようだと感じた。秘密を共有できる、そんな優しい関係。どこまでも温かく、冷え切った心をほぐしてくれる存在。
温かな手のひらの温度は、俺がずっと欲しかったものかもしれない。ぼろぼろと落ちる涙が布団にしみていく。大家さんは自分の膝をぽんぽんと叩き、「膝枕、しようか?」と提案した。俺は申し訳ないので「大丈夫です」と静かに断ると、「してほしいときは、いつでも言ってね」と笑ってくれた。
もらった鍵で部屋に入ると、前に見たときと同じ空っぽの部屋のフローリングの上に、一組のきれいな布団が敷いてあった。
「ごめんね、それぐらいしか用意できなかったんだ。暖房も使えるよ。軽く掃除はしておいたけど……」
「十分です。本当に、寝るだけなので」
荷物もリュック一つ分だけ、必要最低限だ。一晩過ごすだけなら、これで十分。
そして、なんだか異質なものが目に入る。その枕元には謎のスイッチがあった。赤く丸いボタンが、黒い台座の上についている。そしてそれは……少し歪んでくっついている。叩けば今にも壊れそうだ。台座からコードが伸びて、コンセントに繋がっている。
「あれ、なんですか」
指差して尋ねると、大家さんは「あー……」と少しよそを見て、答えた。
「あれはね、押すと私と電話が繋がるんだ。もし、手が変化してしまってスマホを触れなくても大丈夫なように、作ってみたんだよ。私は工作が苦手だから、うまく動くかわからないけど……」
苦笑いをする大家さん。苦手なのにたった一ヵ月でこれを作ったというのか。まだ入居が確定したわけでもないのに、ここまでしてくれる人がいるのかと俺は驚いた。
その晩。眠ろうとしたらそれは来た。場所を変えても、やっぱりぞわぞわする感覚は変わらなかった。
視界に映る手のひらが、腕が、胸が。足が、ふくらはぎが、太ももが、変化していく。
月が見たい。月光を浴びたい。それなのに、体がうまく動かない。
「う、うう……!」
布団の中で一人うずくまる。
気持ち悪い。怖い。助けてほしい。誰か、誰か……!
俺はとっさにスイッチを押した。右手はすでに獣のものと化している。すぐに声が聞こえた。
「大神くん、大丈夫?」
「だ、だめ、です……」
震えた声で言うと階下から階段を駆け上がる音が聞こえ、ドアが開けられた。冷たい風が一瞬部屋に吹き込む。大家さんはオレンジのパジャマのままこちらへ駆け寄り、そしてガタガタと震える俺の頭を撫でてくれた。
「そばにいるから、大丈夫」
「ごめんなさい……」
「謝らなくていいよ」
顔を上げると、大家さんは微笑んでいた。
俺の体は完全に狼に変化してしまっているだろう。獣の鼻先が見えているから。醜い姿を見ても、彼女は動じない。ただ、ひたすらそばにいてくれる。
そんな様子を見て、俺は大家さんのことを施設の職員以上に、母親のようだと感じた。秘密を共有できる、そんな優しい関係。どこまでも温かく、冷え切った心をほぐしてくれる存在。
温かな手のひらの温度は、俺がずっと欲しかったものかもしれない。ぼろぼろと落ちる涙が布団にしみていく。大家さんは自分の膝をぽんぽんと叩き、「膝枕、しようか?」と提案した。俺は申し訳ないので「大丈夫です」と静かに断ると、「してほしいときは、いつでも言ってね」と笑ってくれた。
