消えた風鈴、あの子の行方

 賽銭箱には千円札を入れた。帰りの運賃を考えると、それくらいしか出せなかった。もっと持ってくればよかったと東は後悔した。
 風鳴村が、できる限り続きますように。
 合掌をやめ、目を開けると背後から石段を駆け上がる音が聞こえた。日焼けした彼は右手に大きなビニール袋を持っていた。
「ここにいたのか、東! ばーちゃんに野菜もらった!」
「お前……」
「東にもあとで分けるわ。あ、参拝? 俺も俺も!」
 歩き回ったはずなのに疲労を見せない内田に呆れと尊敬を抱きながら、東は彼が参拝を終えるのを待った。二回の拍手の音が蝉の声に混じる。
「星村が元気でいますように……」
「願い事は口にしちゃいけないんじゃなかったか?」
「いいんだよ。神様に届きますように!」
 手を合わせた内田の顔は、真剣そのものだった。
 この願い事が内田の口から出るということは、もしかして。東の頭の中に一つの嫌な考えがよぎる。
「なぁ、内田」
「なんだ?」
 参拝を終えた内田に声をかける。
「星村公房って、まだやってたか?」
 内田は一瞬眉を寄せ、首を横に振った。
「建物はあったけど……帰りに見ていくか?」
 一拍置いて、東は頷いた。
 神社の石段を下り、村に入る。工房は確か、広場から少し歩いたところにあったはずだ。内田のあとをついていく。
 果たしてそれはあった。しかし、工房はひどい有様だった。
 あの塗料でカラフルな看板は崩れ落ち、かろうじて「星」「工」の字が見えているだけだ。窓は割れ、破片がそこらに落ちている。中を覗くと、使っていたであろう機械が処分されずに音もなくそこに放置されていた。床にはものが散乱している。その中には、かつて風鈴だったであろう色づけされたガラスもあった。
 人の姿はない。人が入った痕跡もない。もう何十年もこのままだったような、そんな気さえした。
「……星村、どこ行っちゃったんだろうな」
 呟いた内田の声は、蝉の声に上書きされる。
「まぁ、どっかで生きてるんじゃない? 元気にやってるって信じようよ」
 顔を暗くした内田に励ましの声をかけると、彼は「そうだな!」といつもの笑顔を見せた。
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