3
二次創作をやめると自然と時間はできるもので、小西はその時間をセルフネイルに費やした。一週間後に落として新しいデザインを塗る、その変わらないルーティーンをすることが、自分が自分でいられるような最後の命綱だった。ほかに予定もなく、暇つぶしに動画を見ながら乾くのを待つ、そんなゆったりとした時間が、小西の心の傷を少しずつ癒していく。
並んだカラフルなマニキュアたちの中で、アーモンドグリーンが目に入る度に胸が痛んだ。透明感のあるこの色は椎名くんの瞳の色で、髪色の黒と一緒に二色で塗るのが小西の一番好きな組み合わせだった。シンプルな単色塗りもいいし、グラデーションや簡単なアートを施すのもいい。指先に推しを感じられるのは、仕事中も家事をしているときも一緒にいてくれるのは、どれだけ心強かったことか。つらいとき、その色は小西を励ましてくれた。頭の中で妄想した彼の言葉で、再び立ち上がることができた。何度もリピしたそのポリッシュは、今は音もなく再び蓋が開けられるときを待っている。
苦しさを感じていたのは最初のうちだけだった。
美容アプリで検索をすれば、膨大な数のセルフネイルのデザイン案が出てくる。それを参考にしながら、手持ちのポリッシュで今の季節に合ったデザインをすることにした。
通勤途中にある公園で目に入った夏の新緑を、空のスカイブルーと葉っぱの薄緑で爽やかに。
帰り道に見た向日葵をイメージして、生命力あふれる葉っぱのグリーンをベースに、薄い黄色の花のネイルシールで、強さもありつつも優しく。
食べたスイカを思い出しながら、クリアレッドのグラデーションと緑のフレンチで、みずみずしい甘さを表現して。
行きたいと思いつつ行けていない真夏の海を想像しながら、ブルーとホワイトのラグーンネイルで水面を表現して、涼やかに。
時間に余裕があるから、納得するまでデザインをこねくり回すことができた。夏の元気さを宿した青や緑、黄色といったフレッシュな色は、小西の気持ちを自然と上向きにさせてくれた。アーモンドグリーンなんていうはっきりしない色を使わずに、一般的なオフィスには派手すぎるような眩しく明るいデザインにしようと手が動く。前向きに、前向きに、とにかく前向きに。後ろなんて振り返らない。暗いことは考えていたくなかった。頭がお花畑なんじゃないかと馬鹿にされそうなくらい、ポジティブ思考でいたかった。そのくらい、かつて大好きだった二次創作から目を背けたかった。せめて、この時間だけは、すべてを忘れて幸せなままでいたかった。
そうしてできあがったネイルを太田さんに見せると、彼女はいつもきらきらした眼差しで褒めてくれる。絵描き特有の色彩センスでこの色合いが素敵だとか、よれずにはみ出さずに仕上がっているところがプロ級の腕前だとか、もうネイルサロン開いちゃいなよ! なんて言われることもあった。色彩学の専門用語を使われても小西はわからなかったが、太田さんが小西のネイル熱を喜んでくれていることが伝わってきた。ネイルをすること、それを褒めてくれる人がいるということ。その二つは、小西の職場に行くモチベーションに確かに繋がっていた。
ネイルに熱を上げているうちに、次第に椎名くんの存在が小西の頭から薄れていった。あんなにも毎日妄想を膨らませていた存在は、今は思い出すこともない人間になっていた。椎名くんがいなくても、創作をしなくても、世界は回る。小西は生きていくことができる。寂しくもあったが、趣味嗜好なんて時の流れと共に変わりゆくもの。そう考えて、生まれ変わった新しい自分を認めようとした。
並んだカラフルなマニキュアたちの中で、アーモンドグリーンが目に入る度に胸が痛んだ。透明感のあるこの色は椎名くんの瞳の色で、髪色の黒と一緒に二色で塗るのが小西の一番好きな組み合わせだった。シンプルな単色塗りもいいし、グラデーションや簡単なアートを施すのもいい。指先に推しを感じられるのは、仕事中も家事をしているときも一緒にいてくれるのは、どれだけ心強かったことか。つらいとき、その色は小西を励ましてくれた。頭の中で妄想した彼の言葉で、再び立ち上がることができた。何度もリピしたそのポリッシュは、今は音もなく再び蓋が開けられるときを待っている。
苦しさを感じていたのは最初のうちだけだった。
美容アプリで検索をすれば、膨大な数のセルフネイルのデザイン案が出てくる。それを参考にしながら、手持ちのポリッシュで今の季節に合ったデザインをすることにした。
通勤途中にある公園で目に入った夏の新緑を、空のスカイブルーと葉っぱの薄緑で爽やかに。
帰り道に見た向日葵をイメージして、生命力あふれる葉っぱのグリーンをベースに、薄い黄色の花のネイルシールで、強さもありつつも優しく。
食べたスイカを思い出しながら、クリアレッドのグラデーションと緑のフレンチで、みずみずしい甘さを表現して。
行きたいと思いつつ行けていない真夏の海を想像しながら、ブルーとホワイトのラグーンネイルで水面を表現して、涼やかに。
時間に余裕があるから、納得するまでデザインをこねくり回すことができた。夏の元気さを宿した青や緑、黄色といったフレッシュな色は、小西の気持ちを自然と上向きにさせてくれた。アーモンドグリーンなんていうはっきりしない色を使わずに、一般的なオフィスには派手すぎるような眩しく明るいデザインにしようと手が動く。前向きに、前向きに、とにかく前向きに。後ろなんて振り返らない。暗いことは考えていたくなかった。頭がお花畑なんじゃないかと馬鹿にされそうなくらい、ポジティブ思考でいたかった。そのくらい、かつて大好きだった二次創作から目を背けたかった。せめて、この時間だけは、すべてを忘れて幸せなままでいたかった。
そうしてできあがったネイルを太田さんに見せると、彼女はいつもきらきらした眼差しで褒めてくれる。絵描き特有の色彩センスでこの色合いが素敵だとか、よれずにはみ出さずに仕上がっているところがプロ級の腕前だとか、もうネイルサロン開いちゃいなよ! なんて言われることもあった。色彩学の専門用語を使われても小西はわからなかったが、太田さんが小西のネイル熱を喜んでくれていることが伝わってきた。ネイルをすること、それを褒めてくれる人がいるということ。その二つは、小西の職場に行くモチベーションに確かに繋がっていた。
ネイルに熱を上げているうちに、次第に椎名くんの存在が小西の頭から薄れていった。あんなにも毎日妄想を膨らませていた存在は、今は思い出すこともない人間になっていた。椎名くんがいなくても、創作をしなくても、世界は回る。小西は生きていくことができる。寂しくもあったが、趣味嗜好なんて時の流れと共に変わりゆくもの。そう考えて、生まれ変わった新しい自分を認めようとした。
