1
小西のアカウントは、小西の小説がサイトに投稿されたことだけを呟く。いいねもリポストもしないし、フォローはゼロのまま動いたことはない。いわゆる壁打ちというやつだ。小西は界隈に入った最初こそ同行の士をフォローしていたのだが、ごたごたに巻き込まれたり、他所のそれを見たりするのが嫌で壁打ちに転生した経緯がある。
タイムラインには小西の作品投稿のツイートだけが淡々と並んでいる。敬語で、キラキラした絵文字の一つもない、丁寧で質素な文章。自分が喋らなければ基本的にはなにもない。騒ぎも起こらない。交流をしていた頃に比べるとその静けさが心地よかった。フォロワーからの反応、たまに来る匿名メッセージが小西のささやかな幸せだった。
リストを作っているのは、界隈の雰囲気をなんとなく追うためだ。最初はフォロワーの多い大手や好きな字書き・絵描きだけを追っていたのだが、興味が湧いたために彼らの周りの人間、そしてその周りの人間、と徐々に登録する人数を増やしていった。そうすると、どこが燃えていてどこが火種をまいているのか、なんとなくわかるようになった。ことの発端は大概同じ人間だ。周りの反応は毎回違う。文字に乗せられた怒りや悲しみといった強い負の感情は、見る人の心に少なからずダメージを与えていく。傷は、新たな言葉を生み出す。負の連鎖だ。
その騒ぎを遠くから見ているのが、筆の乗らないときの小西の暇つぶしになっていた。皮肉なものだ。壁打ちを選んで消火にも参加せず、人が燃え上がるのを見ている。完全な野次馬だ。
あぁ、またこの人か。思ったことをそのまま言ってしまう人だ。つぶやきの総数がそもそも多く、その中の一つが燃えてしまった。馬鹿だなぁ、と思う。そんなことしなくてもいいのに。そういった感情は胸にしまっておけばいいのに。思うだけで、言葉にはしない。壁打ちだから。そんな投稿もまた、川のように流れていく。
アニメ二期の制作が進行しているなど原作の人気が結構あるため、自然と二次創作という形で愛を表現する人たちが出てくる。彼らはSNSに集まりそれは界隈となる。人がいるところには当然、目立つ人も出てくる。リストで見られるように火種を撒き散らす人もいれば、純粋な画力・文章力、アイデアで着々とファンを増やす人もいる。その中でも、小西が気になっている人がいる。ちょうど彼女の投稿が目に入り、小西のスクロールする指が止まる。
絵文字で飾った華やかな投稿に、リンクが貼られている。新作の短編だ。アカウント名は、進藤。
タイムラインには小西の作品投稿のツイートだけが淡々と並んでいる。敬語で、キラキラした絵文字の一つもない、丁寧で質素な文章。自分が喋らなければ基本的にはなにもない。騒ぎも起こらない。交流をしていた頃に比べるとその静けさが心地よかった。フォロワーからの反応、たまに来る匿名メッセージが小西のささやかな幸せだった。
リストを作っているのは、界隈の雰囲気をなんとなく追うためだ。最初はフォロワーの多い大手や好きな字書き・絵描きだけを追っていたのだが、興味が湧いたために彼らの周りの人間、そしてその周りの人間、と徐々に登録する人数を増やしていった。そうすると、どこが燃えていてどこが火種をまいているのか、なんとなくわかるようになった。ことの発端は大概同じ人間だ。周りの反応は毎回違う。文字に乗せられた怒りや悲しみといった強い負の感情は、見る人の心に少なからずダメージを与えていく。傷は、新たな言葉を生み出す。負の連鎖だ。
その騒ぎを遠くから見ているのが、筆の乗らないときの小西の暇つぶしになっていた。皮肉なものだ。壁打ちを選んで消火にも参加せず、人が燃え上がるのを見ている。完全な野次馬だ。
あぁ、またこの人か。思ったことをそのまま言ってしまう人だ。つぶやきの総数がそもそも多く、その中の一つが燃えてしまった。馬鹿だなぁ、と思う。そんなことしなくてもいいのに。そういった感情は胸にしまっておけばいいのに。思うだけで、言葉にはしない。壁打ちだから。そんな投稿もまた、川のように流れていく。
アニメ二期の制作が進行しているなど原作の人気が結構あるため、自然と二次創作という形で愛を表現する人たちが出てくる。彼らはSNSに集まりそれは界隈となる。人がいるところには当然、目立つ人も出てくる。リストで見られるように火種を撒き散らす人もいれば、純粋な画力・文章力、アイデアで着々とファンを増やす人もいる。その中でも、小西が気になっている人がいる。ちょうど彼女の投稿が目に入り、小西のスクロールする指が止まる。
絵文字で飾った華やかな投稿に、リンクが貼られている。新作の短編だ。アカウント名は、進藤。
