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 その日は雨が降っていた。小西はアーモンドグリーンのシンプルな長傘をさして、公園に向かう。今は熱を上げていない推しの色だが、節約思考の小西はこれ以外の傘を持っていなかった。
 受付で入園料を払って地図をもらい、彼岸花の咲いている場所へ向かう。見ごろの時期とのことで人が多いかと思っていたが、そうでもなかった。雨だからだろうか。老夫婦や家族連れがちらほら来ている。一眼レフカメラを持っている人もいた。ガチ勢だ、と小西はすれ違いざまに思う。
 しとしとと降る雨は、今日一日続くのだそうだ。傘が雨粒をはじく音に、レインブーツの足首まで包まれる感覚。雨ならではの空気の冷たさに、小西は彼岸花が見れるだろうかと少しだけ不安になる。
 数分歩くと、目的地に着いた。石で丸く囲われた中に土が敷いてあり、その中に彼岸花が程よく間隔を空けて生えている。それも、何本も、たくさん。見渡すと、奥まで続いている。石でできた円のゾーンがいくつもあり、その間は歩くことができるようにアスファルトで舗装されていた。
 小西の目は彼岸花を捉える。そこには、期待していたかのような姿はなかった。
 開花から日にちが経ってしまっているせいか、なんだか元気がない気がする。踏まれて茎からぽっきりと折れてしまっているものや、土塗れになっているものも一部ある。市の公園だから仕方ないとわかって、あぁ、こんなもんか、なんて小西は思う。
 中腰になり、標準のカメラアプリを開き、まだ元気に立っている彼岸花にスマホを構える。画面に花が映る。そのレンズは、赤い花だけではなく、その花弁についた雨粒をも映し出した。
 小西はシャッターを切れないまま、スマホ越しに花を見つめる。細い花弁は毒々しいほど赤く染まっており、その上にしっとりとたたずんでいる雨粒はきらきらと美しい。滴り落ちるそれは、まるでほろほろとこぼれる涙のようだと思った。
 ふと、小西の視界に映像が映る。目をそむけていたあの二人が浮かび上がってくる。
 この雨粒は夢主の涙だ。彼女がほろほろと泣いている。すぐ隣にいるアーモンドグリーンの瞳は、彼女を優しく見つめている。泣く夢主を慰め、励ましてくれる、椎名くん。その柔らかな言葉を聞いているうちに、涙声も小さくなる。うん、うん、頷く夢主。やがて彼女は、こぼれた涙を拭いて前を見る。二人で未来に向かって足をそろえ、歩いていく。その後ろ姿を、小西は見つめている。目を細めて笑いあっている二人が微笑ましい。どれだけ離れていても忘れることはない、大好きな、二人。ずっとずっと心の中にある、大好きな、大好きな、二人。
 わずかにくすぶっていた火種がじわじわと大きくなり、確かな炎となって小西の胸に宿る。熱い、熱いその炎は、小西に一つの想いを抱かせる。
 書きたい。
 彼岸花にシャッターを切りながら、小西は衝動に突き動かされていた。
 一度、書くことをやめた。穏やかな日常は、それはそれで楽だった。その一方で、どこか本当の気持ちに蓋をして、見ないふりをしていた。仕事と家事の繰り返しだけじゃ私じゃない。私には、二次創作が必要なんだ。
 小西が目を合わせられなくても、言葉を交わさなくても、彼はずっとそばにいてくれていた。それだけ、すっぱりと忘れることはできなかった。それは呪いとも捉えられるかもしれない。作品に、椎名くんに魅せられてしまったからこそかかってしまった、呪いだ。幸せな、呪いだ。
 椎名くんが大好きだから。だから、書きたいんだ。たったそれだけの単純な理由だけで、小西の逃げていた両足は方向転換する。
 私の手で、この手で、あなたを書いてみせる。待ってて、椎名くん。
 立ち上がり、ざっと一周彼岸花たちを見て回ると、小西の足は出口に向かう。早足の彼女の頭の中は、すでにあの小説のことでいっぱいだった。
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