2

 どうしたらいいんだろう。僕は数日前のラブの言葉を頭の中で反芻している。一体どうすればラブの望みを叶えられるだろうか。お金もアイデアも、今の僕には枯渇している。

「鳴瀬。おい」

 声をかけられて、僕はやっとぐるぐる思考の世界から抜け出す。

「ごめん……」

 右隣を向いて謝る。隣の机にひっそりと忍ばせてあるオカルト本が目についた。その席に座る同僚の倉田は、「謝るのはいいから手を動かせ」と指示してくる。その通りに指を動かしてコードの続きを打つ。

 クーラーでキンキンに冷えた金曜日のオフィスは、人の歩く音、電話の音、空調の音、色んな音であふれている。ラブのいるあの風呂場よりずっとずっと騒がしい。

「……最近、ぼーっとしてんなぁ?」
 倉田の質問に僕は「そうだよね」と肯定する。

「悩み事でもあんのか?」
「まぁね……」

 僕は倉田に相談するか迷って口をつぐむ。「人魚と同棲していて海が恋しいって言われたんだよね」なんて、口が裂けても言えない。変人扱いされるのはもちろんだが、その上この倉田という男はオカルトが大の好物なのだ。

 彼が嬉しそうに話しかけてくるのは、大体はテレビのオカルト番組が放送された翌日だ。「あの番組見たか?」なんて笑顔で話しかけられても、僕は首を縦に振らないってことはもうわかりきっているはずなのに。他にも超常現象だとかUMA、そんないるかどうかわからないようなものの噂を載せる雑誌の最新号が発売されただとか、仕事のこと以外ではそんなことしか話してくれない。

 そんな倉田のことだから、人魚と同棲しているなんて話をしたらきっと肉をよこせ、とねだってくるだろう。人魚の肉を食べると不老不死になるという伝説があるのだ。もちろんそんなことはさせない。そうなったらラブと一緒にどこまでも逃げるつもりだ。

「教えてくれねぇのか? 俺たち友達だろ?」
「う、うん」

 正直僕は倉田を友達だとは思っていない。確かに仕事はできるやつだが、それだけだ。席が隣というだけの、ただの仕事仲間だ。しかし倉田からすると僕は友達、らしい。よくわからない。プライベートで連絡先を交換してはいるが、交換しなければ怪しいオカルトサイトに登録してやる、と脅されたからだ。決して望んで交換したわけじゃない。

「聞かしてくれよー」

 嫌だ、ときっぱり断ることはできず、僕は特定できないように輪郭をぼんやりさせた話をしようかなと試みる。嘘をときどき交えながら。

「その……親戚が、海に行きたいみたいで」
「へぇー。連れていけばいいじゃん」
「それが、家から動けないんだ」

 本当は風呂場から、だけどね。倉田のキーボードを打つ指が一瞬止まって、また動き出す。

「……病気なのか?」
「まぁ、そんな感じ」

 倉田は静かになった。お互いただキーボードを叩くだけの時間が続く。そして相手が口を開いた。

「モニターに海映せばいいんじゃね? それなら動けなくても大丈夫だろ」
「なるほど……」
「……その親戚、早く元気になるといいな」

 会話が途切れる。僕は友達ではないとはいえ、悩みにちゃんと向き合ってくれた倉田に嘘をついたことを、少しだけ申し訳なく思いながら仕事を進めた。
1/5ページ
スキ