3

「降りろ」
「降りろって、僕なにも見えないんですけど……」

 首を傾げる僕に男は舌打ちをして、「誘導するからその通りにしろ」と冷酷に告げた。

 ドアが開く音がした。ふわり、香るのは潮の香り。男が僕の手をとってもう一度「降りろ」と命令する。がさがさとした手だった。地面に足をつけると、さらっと音がした。アスファルトではない。レンガでもない。土でもない。これは、砂だ。この感覚を、僕はよく知っている。

 風にリボンがはためく感覚。男はワゴン車の鍵をしっかりとかけたあと、僕の腕をぐっと引っ張る。その力は強く、抗おうとしても足は勝手にその方向に動いてしまう。

「一体どこに向かってるんですか……!」

 僕の疑問には答えず、男はずんずんと進み続ける。潮の香りが次第に濃くなっていく。波の音がどんどん大きくなる。海に向かっているのは明白だった。

 そして、あるところで歩みを止めた。僕の足はさらさらとした砂ではなく、湿った砂の上に立っている。男の手が離れ、リボンが音もなく外される。

 目に入ってきたのは、視界いっぱいに横たわる海と、人の姿だった。しかも二人。右は男で、左は女だろうか。月明かりで顔がよく見えない。さっきの男を加えると、敵は三人ということになる。

「お前ら! ラブを返せ!」

 今まで出したことのない大きさの声が出た。僕は怒りを露わにする。この三人が、ラブを、ラブを……!

 大切な人を奪っておいて不利な人数で囲むなんて許さない! 絶対にラブを救ってみせる!

 決意したその瞬間、二人の怪しいやつらの後ろの波が揺れた。僕の怒りやこの状況など気にもせずに、呑気に水面に上半身を出した人がいた。いや、正確には人ではない。あの白い肌に白いTシャツ、黒のロングヘアー、こちらを見つめる水色の瞳は。

「ナル!」

 探し求めていた人魚の声だった。星の光る夜空の下、ラブは下半身を海に沈めたまま、白い手を大きく振っている。月なんかに負けないくらいの満面の笑みだった。

「朝陽」
 何度も聞いたことのある声が僕を呼ぶ。右の人をよく見ると、父だった。

「驚かせてごめんね、鳴瀬くん」
 柔らかな女性の声。背の低い方は、大家さんだった。

「え……どういうこと、ですか」
「私が企画したの」

 戸惑う僕に、大家さんが苦笑いする。
6/8ページ
スキ