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「はい」
「鳴瀬朝陽だな?」

 僕は目を見開く。ボイスチェンジャーだから本当の声も性別もわからないが、その低い声は僕の名前を確かに知っている。

「なん、でしょうか」
「単刀直入に言う。人魚は俺が預かった」
「なっ……!」
「二十一時、一人で今から言う場所に来い」

 僕に驚いている時間を少しも与えないように、相手は一方的に話す。僕は「メモするんで待ってください!」となんとか伝えて、リビングへ駆け込む。机の上に転がしてあったボールペンで言われたことを忘れないよう書き込んだ。

「じゃあ」
「あ、ちょっと!」

 電話が勝手に切られる。温度のない冷酷な声だった。まだ聞きたいことがあったのに。

 メモした言葉を見る。適当な裏紙に走り書きされたそれは、僕の知らない駅の名前だった。

 どうしてこんなところに僕を呼ぶのだろう。考えても答えは出なかった。僕は首を横に振って思考することをやめ、最低限の荷物を持ち、帰ってきたときのオフィスカジュアルな仕事服のまま家を飛び出した。

 はやる気持ちと正反対に、住宅街の夜は静かだ。月明かりと電灯が僕を照らしている。
 歩きながら電車を調べる。スマートフォンというのは便利なもので、僕は数分もしない内に知らない土地への行き方を簡単に調べることができた。

 目的地までは最速で二時間、そして四千円の運賃がかかるようだった。そうじゃないと約束の二十一時に間に合わない。僕に選択肢はなかった。

 最寄駅から大きな駅まで向かい、そこから新幹線に乗る。新幹線なんてそうそう乗らないから、僕は少しも安心できない。座席は快適なはずなのに頭は不安でちぐはぐなままだった。僕は動きっぱなしだった心と体を休めようと少しの間努めた。
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