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 仕事から帰宅するとすぐに僕は風呂場へ向かう。銭湯から帰ってきたというのに、だ。風呂場に洗濯物が干してあるわけでもない。それでも僕は、風呂場に直行する理由がある。

 風呂場のドアを開けると、むせかえるような潮の香りが僕を襲う。風呂場が海と繋がっているのではないか? 普通の人だったらそんな錯覚を覚えるだろうが、僕はもう驚かない。

 夏場だというのにひんやりした空気の中、浴槽には女性がいた。白い肌に、胸のあたりまである黒のロングヘアー。髪の毛はしっとりと濡れている。上半身は白いTシャツを着ているが、下半身はグレーのつるりとした魚のそれだ。尾ひれがゆるく動き、水面に波紋を作り出す。

「ナル、おかえり」

 水色の瞳が柔らかに僕を見つめる。話す口の隙間から、人間ではありえない数の尖った歯がちらりと見えた。
 僕は彼女の存在にほっと胸を撫で下ろす。よかった、攫われたりとかしていなかった。

 ラブカの人魚、ラブ。なんとも不思議な生命体。僕は、この子と同棲している。

「ラブ、お刺身買ってきたよ」
「あら! 珍しいじゃない。安かったの?」

 浴槽から身を乗り出すラブ。ラブの好物はお刺身なのだ。しかし、海沿いでもないこの街ではなかなか高くて、そう簡単には買おうと思わない。はい、とパックを差し出すと、ラブは値引きシールがついていないことに目を丸くした。

「これ、高かったんじゃない?」
「でも、ほら」
 僕はラブにお刺身のパックを渡す。
「僕たちがここに引っ越ししてきてから一年でしょ?」

 ラブは小さく「あっ」と声を上げた。そのことをまるで深海の海底に忘れてきたような間抜けな声だった。
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