ノイズな僕は生きてはいけない

 ドアをノックする無機質な音が、音楽の隙間に入ってきた。軽く、重くない、二回の音。
「姉ちゃん、ごはんできたよ」
 駆の声だ。
「はーい」
 くぐもった声に返事をして、ヘッドホンを外す。一気に刺激の少ない環境に引き戻されて、軽い頭痛が僕を襲う。う、と小さな呻き声を上げて、痛みに顔をしかめる。集中しすぎた。
 作曲のときはいつもこうなってしまう。集中の世界に入り込みすぎないために、ノイズキャンセリングをオフにして曲を作っている。外の声も聞こえるし、隣人の音も少し耳に入って気が散るが、集中する心地よさに浸り続けていては日常生活で必要なことを忘れてしまう。その現実世界に引き戻すきっかけの一つである、駆のノックや声を逃すわけにはいかないのだ。
 窓の外は紺色に染まっている。数時間は作業をしていたらしい。遮光のアイボリーのカーテンを作業興奮でこわばった手で閉め、ドアを開けると、目の前に駆がいた。臙脂色のエプロンを外しながら、起動したままの僕のパソコンの液晶を見つめている。
「姉ちゃん、今日休みの日だよね?」
「うん」
「仕事……してたの?」
 静かな疑いを持った声。顔を見ると、眉間にしわが寄っていた。まずい。僕は顔の前で右手を振って、必死に否定する。
「いや、違う違う! 趣味の作曲だよ」
「そっか。それならいいんだけどさ」
 そう言って、駆はふっと苦笑いした。ああ、また心配させてしまった。後悔の気持ちが頭に浮かぶ。
 僕は、休日に仕事をすることは基本的にはない。支援員さんと決めたことで、僕が仕事をやり過ぎないための決まりだ。
 でもたまに、仕事をすることもある。少しでも、お金を稼いでおきたいからだ。
 僕がいついなくなっても、駆が生きていけるように。変な形だけど、これが僕のできる精一杯の恩返しだ。
 駆に続いて食卓に移動する。部屋から出ると、まろやかなバターとミルクの香りがした。
「今日、シチュー?」
「そうだよ。チキンシチュー。姉ちゃんの分はブロッコリーよけてあるから」
「ありがとう」
 答えた直後、集中しすぎて飢餓状態の胃が鳴る。その音を耳にした弟はくすっと笑い、僕の顔が熱を持ったのがわかった。
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