ノイズな僕は生きてはいけない
数年前、裂ケルのアカウントを一時的に消したことがある。「後藤沙也香」ではなく、「裂ケル」。いわゆる別垢のようなものだ。ちょっと中二病っぽい名前が、行くのをやめた中学校で経験したであろう幼い全能感を含んでいて、なんだか気に入っていた。
名前を隠せば、棘のある言葉は減るんじゃないかと思っていた。年齢も性別も隠して、「僕」という存在を消して、ただ淡々と作品を投稿するだけの機械になれば。映像という、本名でこの世に発表していない技術でカバーしてしまえば、もう大丈夫だって。
でも、アンチはこっちにも現れた。出る杭は打たれるとはよく言うけど、どうしてこんなに何本もの重たい金槌で執拗に打たれるのか、僕にはわからなくて、ただ痛みを涙に変換することしかできなかった。
だから、どこかに行きたくなった。どこか、というのはどこなのか、僕はわかっていなかった。気づいたら、あの川に来ていた。そこで、しばらくの間立ったまま川が流れていくのを見つめていたと思う。そのうち、僕にはここから飛び降りる勇気なんてなくて、でもあの気持ちは消えなくて、一体どうしたらいいのかわからなくなって、切りたくなって、でもそれはみんなと約束したことを破ることで、駆や看護師さんの悲しむ顔が浮かんで、それはしちゃいけないと思って、でもこの衝動をどうしたらいいんだろうとぐちゃぐちゃの気持ちを抱えたまま家に帰って、赤いマーカーを取り出した。これなら使っていい、と看護師さんに言われていたものだ。キャップを外して引いて、赤い線を見たら、気持ちが落ち着いた。涙が止まらなかった。そうしたら、駆が帰ってきた。彼になだめられているうちに、なぜか雷が全身を貫いた。なぜなのかわからなかったけど、三十代の今、仕事でしているような事務的なものではなく、若いころの情熱に身を任せるような、あの感覚で一作を仕上げてしまった。
駆にはもちろん一番に見せたし、一番に喜んでくれた。ファンアカウントでもたくさん褒めてくれた。駆ったら、本名で活動なんかしちゃって。ふ、と僕の口角が上がる。
そうだ、裂ケルの新曲でも作ろうかな。どうしよう。ふと、アイデアが浮かぶ。この前飲んだペットボトルのピーチソーダをテーマに、しゅわしゅわとかわいらしく、人工的な曲にしようか。かわいらしい桃色をあしらったテーマなんて、裂ケルのイメージと合わないか。無理に公開せずとも、ただ趣味でつくるだけでもいいか。
窓を閉めて、パソコンを立ち上げる。久々の依頼ではない作曲に、僕の気持ちは穏やかになっていた。
名前を隠せば、棘のある言葉は減るんじゃないかと思っていた。年齢も性別も隠して、「僕」という存在を消して、ただ淡々と作品を投稿するだけの機械になれば。映像という、本名でこの世に発表していない技術でカバーしてしまえば、もう大丈夫だって。
でも、アンチはこっちにも現れた。出る杭は打たれるとはよく言うけど、どうしてこんなに何本もの重たい金槌で執拗に打たれるのか、僕にはわからなくて、ただ痛みを涙に変換することしかできなかった。
だから、どこかに行きたくなった。どこか、というのはどこなのか、僕はわかっていなかった。気づいたら、あの川に来ていた。そこで、しばらくの間立ったまま川が流れていくのを見つめていたと思う。そのうち、僕にはここから飛び降りる勇気なんてなくて、でもあの気持ちは消えなくて、一体どうしたらいいのかわからなくなって、切りたくなって、でもそれはみんなと約束したことを破ることで、駆や看護師さんの悲しむ顔が浮かんで、それはしちゃいけないと思って、でもこの衝動をどうしたらいいんだろうとぐちゃぐちゃの気持ちを抱えたまま家に帰って、赤いマーカーを取り出した。これなら使っていい、と看護師さんに言われていたものだ。キャップを外して引いて、赤い線を見たら、気持ちが落ち着いた。涙が止まらなかった。そうしたら、駆が帰ってきた。彼になだめられているうちに、なぜか雷が全身を貫いた。なぜなのかわからなかったけど、三十代の今、仕事でしているような事務的なものではなく、若いころの情熱に身を任せるような、あの感覚で一作を仕上げてしまった。
駆にはもちろん一番に見せたし、一番に喜んでくれた。ファンアカウントでもたくさん褒めてくれた。駆ったら、本名で活動なんかしちゃって。ふ、と僕の口角が上がる。
そうだ、裂ケルの新曲でも作ろうかな。どうしよう。ふと、アイデアが浮かぶ。この前飲んだペットボトルのピーチソーダをテーマに、しゅわしゅわとかわいらしく、人工的な曲にしようか。かわいらしい桃色をあしらったテーマなんて、裂ケルのイメージと合わないか。無理に公開せずとも、ただ趣味でつくるだけでもいいか。
窓を閉めて、パソコンを立ち上げる。久々の依頼ではない作曲に、僕の気持ちは穏やかになっていた。
