ノイズな僕は生きてはいけない

 向かって左側の部屋のドアを開ける。窓から薄く光が差しこんでいた。窓を閉めっぱなしにしているとカビが生えてしまうよ、と弟に言われたとおりに、僕はカーテンを開けて換気をする。春の明るく温かな空気が、部屋にふわりと入り込む。
 振り返り、買ってきた変わらないメンバーの食べ物たちを、定位置のカゴに並べる。前回のときと同じように整列させられた彼らは、黙って僕に食べられるそのときを待っている。
 顔を上げると、換気の風に吹かれて、ハンガーラックにかけられた服たちが気持ちよさそうに泳いでいた。白いTシャツ、青いジーンズ。同じチェーン店で買った同じサイズの彼らと一緒にいると、僕は落ち着く。変わらないものは疲れないから。
 バッグやイヤーマフたちを定位置に置き、椅子に座って、机を背にして部屋を眺める。一つだけある白いカラーボックスに目が留まる。最上段には、作曲の本が数冊と、あのとき救われたアニメの劇伴のアルバム。ベテランの彼とは、今ではたまに仕事の相談をする仲だ。
 部屋を見回しながら、楽だ、と感じる。僕の好きなものを集めた、しかしシンプリストと言ってもおかしくはないような、そんな部屋。気づいたらそこらの人よりものが少なかったのだ。物欲が低いからかもしれない。風が吹いて、またハンガーを揺らしている。
 通知音がピコンと鳴り、椅子を回転させる。机の上のスマホが、明日が訪問看護の日であることを知らせていた。
 この家には、週に二度精神科の看護師さんが来る。たった三十分の訪問だが、ベテランの彼女はとても優しく、僕の話をただ聞いてくれる。近くの一軒家の工事がうるさくてつらい、マネージャーが変わって僕のことを理解してくれない、そんな悩みを聞いてくれ、そのすべてに最適解を出してくれる。実家を飛び出してから十数年の付き合いの彼女がいるから、僕は生きていけるようなものだ。
 駆の稼ぎだけで古い2Kの部屋で生きていた頃、その彼女の勧めもあり、僕ら姉弟は地域の相談支援センターに向かった。看護師さんに教えてもらった新品のイヤーマフをつけて、久しぶりの外出をしたのだ。その先で出会った市の担当職員も優しく、僕らの意思や考えを静かに聞いてくれた。主に駆が話して僕はただうつむいてるだけだったけど。
 この先のことを聞かれて、駆はこう言った。
「俺は、姉ちゃんと暮らしたいです。姉ちゃんは、放っておくとどこかに行ってしまいそうなので」
 その言葉は、的を得ていると思う。
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