ノイズな僕は生きてはいけない

 カサカサ、カコンカコン、マイバッグからは軽い音。お菓子とカップ麺しか入っていないから、ひ弱な僕でも簡単に持ち帰ることができる。
 イヤーマフの装着時間が長くて耳の周りが少し痛くなってきたが、無視して歩く。大きな音を立てるトラックがすぐそばを通ることもあるから、帰宅するまでこれを外すことはできないのだ。
 ふと、空気の冷たさを感じた。川のあるところまで来ていたようだ。柵の近くまで足を進める。
 護岸には、この川の満水時の水深が五メートルであることが色付きのテープに書かれ、貼られている。都会の整備されたコンクリートの川だから、自然本来の形ではない。残された小さな岩や雑草が、この川が自然のものであることをわずかながら主張しているが、転がっている空の缶ビールがそれを台無しにしている。遠くからでもパッケージの黄色が目につくから、すぐにそれだとわかった。
 ここ数日は晴れ続きだったため、水深は浅い。真っ黒な鯉が数匹、流れに逆らって泳いでいた。
 灰色の曇り空だから日差しなんてなくて、川は輝きの一つも見せない。水が流れていくのを、イヤーマフ越しのかすかな音を、そっと、静かに受け入れる。
 白色のペンキで塗られた柵に手を伸ばす。握った手のひら越しに、塗料を塗った刷毛特有の歪ななめらかさと冷たさが伝わる。これはいつもここにある。事故が起きないように、その使命を果たしている。
 もし。もし、柵を乗り越えて、ここから飛び降りたらどうなるだろう、とイメージする。この川を見ると、いつも、そう思う。
 僕はいつだって、ここに来れば生涯を閉じられる。ここから川に叩きつけられた体は、硬い硬いコンクリートによってぐちゃぐちゃになるだろう。ゲームみたいな落下ダメージの致命傷に僕の生命活動は停止する。そうすれば。
 川上から流れてきて、岩に引っかかった葉っぱがその場にとどまる。死んだ葉っぱだ。少しののち、水の流れるままに流されていった。その動きを目で追う。何度も想像した五メートル下の光景がそこにあって、僕は五メートル上でまだ生きている。
 どうして僕は生まれてきてしまったのだろう、とよく考える。
 お金なんて、いくらもらっても僕の命をつなぎとめるものにはなりやしない。知名度もそうだ。メディアがいくら僕にインタビューしようと、ヒット曲を連発している天才女性作曲家だと素敵なレッテルを貼っても、どうしてもなんだかズレを感じてしまう。貼られた僕はどこか他人事で、なんだかそんなことどうでもいいのだ。
 この気持ちは昔からある。気づけばくっついていたこの気持ちを、生きるのをやめたいという気持ちを、僕は一人で抱えている。ここまではがれなかったし、一生消えないと思う。洗剤をつけてもいくらこすっても取れない汚れのように、僕の足跡に不格好なシミをつけていくのだろう。
 川の音に耳を傾ける。音程を聞き取れない雑音が、時間の流れるままにさらさらとゆるく動いていく。
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