ノイズな僕は生きてはいけない

 僕の耳は、勝手にその音程を特定する。メロディーはこう、コードはこうで、ベースはこうで、リズム帯はこう。音楽をお菓子のパイ生地みたいに、層で構成されていることを見抜いてしまう。いわゆる絶対音感というやつだ。
 小学校に通うまで、それが一体なんなのかわからなかった。一年生の音楽の授業で、ドレミというものを習ったとき、歯車がカチリとはまる音がして、それまでのふんわりとした音の違いというものが音符に置き換わった。そうしたら、音楽が一気に楽しくなったと共に、周りの音がひどく耳に入るようになった。それは雑音の多い世界では僕を苦しめるもので、両親は一切理解してくれなかった。弟だけが、ずっと僕を気にかけてくれていた。
 バンドの演奏が画面から消える。信号が切り替わったので歩いていく。耳が、液晶から離れてくれない。先月は普通に通り過ぎることができたのに。今日は体調が悪いのか。
 ドレミだけではない。楽器やエフェクト、使っているDTMソフトの情報まで、僕の耳はキャッチする。このかすれのある少し人工的なヴァイオリンの音は、僕の一つ前に使っていたソフトに付属しているものだ。音楽を専門学校や独学で学ぶうちに知識が増え、いらない情報がどんどんわかるようになってしまった。
 どれだけ音の渦に飲まれても、音楽を聴くのはやめられない。作るのも同じだ。僕はそれがないと、生きていけない。それしか、生きるすべがない。音楽を作ってお金をもらい、それに生かされている。他人の音楽を聴いて、僕には作り出せない世界に浸る。そしてまた作る。
 音楽に命綱を握られている。もしそれが、ちぎれてしまったら。きっと僕はもう、生きていけない。
 たくさんの人でごった返している道をぶつからないように気を付けて歩き、目的の路線の駅へたどり着く。改札を抜け、急行を一つ待ってから各停に乗る。急行は混んでいて音がぐちゃぐちゃしているから嫌なのだ。一本待てば、座席にも座れる。
 端っこの席を確保して仕切りに寄りかかり、深呼吸をする。相変わらず刺激が強い街だ。ショルダーバッグの肩ひもを握りしめて呼吸をしていると、電車が揺れて動き始めた。
 人工的な音がする。電車の音はあまり好きじゃない。一定間隔の音に落ち着く人もいるだろうが、僕にとってはかなり苦痛だ。音自体が強いし、音量が大きすぎる。
 だから、電車はどうしてもというときにしか使わない。こういう月一の面談とか、絶対に会社に行かなくちゃいけないときとか。移動手段は基本的に徒歩を使う。自転車はイヤホンができないから苦手だ。静かな場所に住みたいという僕の希望で、自宅も駅から遠い住宅街にある。
 もうすぐ、もうすぐで帰れる。地獄はもう終わる。流れる景色を見つめながら、目の前の人と視線を合わせないように意識する。
 うまくできずにおろおろする視線を手元に向けると、出かけるときの相棒のショルダーバッグが目に入る。チャックの塗装が、はげていることに気づいた。
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