ノイズな僕は生きてはいけない

 一階に着いたエレベーターの扉が開くと、無駄に広いエントランスが視界に現れる。
 キラキラのシャンデリアや真っ白ですべすべな大理石の床は、オーバーなくらいこの会社が儲かっていることをきらびやかに主張している。五十階建てのこのビルのすべてのフロアを、僕の職場の会社が保有している。こんなキラッキラの場所に、履き古したぼろぼろのスニーカーで立っている僕は、特異な存在だろう。
 革靴とパンプスの硬い音が耳につく。目の前の二つある自動ドアが開くたび、外の音が聞こえてくる。
 僕はいつものように、ショルダーバッグにひっかけているイヤーマフを装着する。これで音量が半分くらいになる。生活必需品だ。イヤホンをつけたい気分ではなかった。音楽も自然音も今の僕にとっては負担すぎる。そう判断するくらいに体調がよくなかった。
 帰らなくちゃいけないので、自動ドアの前へ向かう。
 視界に人間がうぞうぞ蠢いている。この地獄の中に身を投じたくない、動きたくない、と駄々をこねる足を無理矢理一歩踏み出すたびに外の音が近づき、ああ、嫌だなぁ、でも帰らないと弟が困るし、と二つの相反する感情が迫ってくる。僕のちっぽけな安心感を更にみしみしと押しつぶしていく。
 ついにドアの目の前に来た。一歩、踏み出す。開く音がしたのを境に、両耳に雑踏の音が津波のように流れ込んでくる。視界には人、人、人。カラフルで、重たくどろどろに濁った情報が容赦なく押し寄せ、一瞬くらっとする。
 帰らないと、と諦めてこわばる足を無理やり進める。ここだけだから、ここを抜けて最寄駅まで行けば多少は楽になるから、と言い聞かせる。少しの我慢だ。大丈夫。
 道路を渡り、大きな交差点で信号を待つ。視界には観光客、学生、ビジネスマン。好き勝手喋り、わらわらといる人たちに、車の音も合わさって僕の頭と体はびくびくする。怖くて視線を上げると、そびえ立ついくつもの巨大なビルの液晶画面に、コマーシャルがカラフルに流れていた。
 ブランド名をつぶやく声に、つい注視してしまう。イヤーマフ越しに届く、大音量のヴァイオリンの音。海外の香水の宣伝のようだ。それは一瞬で消え、テクノの重低音が響く音楽、ダンサーが暗闇でブレイクダンスを踊るものに。服とスニーカーのネオンが、黒に輝く。エナジードリンクの宣伝だ。
 そしてそれも次のものへ、目まぐるしく変わっていく。
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