X高校文芸部リレー小説「扉」
3 黒木(二年)
気がついたら、スタバにいた。どういうわけだか全く分からないが、僕はスタバにいた。後ろを振り向いてもそこに扉はない。どういうことだ、さっきまで僕は自分の家の玄関にいたんじゃなかったのか。そうだ、あの不審者は? 妹は? ピアノの稽古は? 疑問がぐるぐると脳内を巡るが、僕は駅前のスタバにいる。そう、いきつけのスタバ。最寄駅のスタバ。知っている風景が現れて僕はほんの少しだけ安心する。ふと、右手に柔らかい感触を感じた。
「兄さん、早く並ぼうよ」
妹は僕の右手を握って、こちらを見上げている。うん、と頷くと、彼女は列に向かって歩き出す。僕もそれについていく。小さい、少女の歩幅。成人男性の僕より小さい歩幅。いつもよりすこしだけゆっくり歩くとちょうどいい感じだ。これが彼女の速さなんだろう。身長の割には速くないだろうか。それとも僕が遅すぎるのか。
店内はそこそこ混んでいて、二人がけの席は空いていない。まぁしょうがない、僕も一人で来た時には相席はしないし、二人がけの席を陣取ってしまうから。妹はショーケースの中のケーキを見ている。いや、見ているのではない、食い入るように見つめている。その様はまるで肉食獣のようで、絶対にケーキは食べてみせると言う強い意志を感じる。そういや財布持ってたっけな。後ろに手を回して、僕はそこでやっと気づいた。僕はスーツを着ていなかった。ジーンズにTシャツという非常にラフな格好。まるで休日に軽くお出かけするときのような、そんな格好だ。きっと僕は妹と一緒に、スタバに行こうと誘ったんだ。
「兄さん、期間限定の桜フレーバーだよ。あれね、友達が美味しいって言ってたんだ。だからね、兄さんを誘ったんだ」
「へぇ、そうなんだ」
「兄さんもどう?」
「うーん。どうしようかな」
違った。妹がスタバに行こうと誘ったんだ。にこりと笑いかけながら、自分の間違いを恥ずかしく思う。そうだ、もうこの子は僕がずっと手を引っ張っていかないといけないような年齢じゃない。もう高校生なんだ。そんなことを今更思い出して、嬉しいような、寂しいような、そんな気持ちになる。
「次の方どうぞー」
いつの間にか順番が来ていた。日曜だと言うのに、ここのスタバは回転が早くて僕ら二人のお気に入りだ。妹はメニューを指差しながら注文していく。
「えーと、この桜のフラペチーノ、あとクラシックチョコレートケーキ」
「僕は、この桜のラテで」
「以上でよろしいですか」
妹は笑顔で首を縦にふる。その笑顔につられて店員もふふ、と笑う。ついでに僕も笑ってしまう。妹にはいるだけで周りの人を笑顔にさせる力があるようだ。そんな彼女を妹にもててよかったなぁ、とか思う。
お金を払い、右のカウンターへずれる。ケーキやコーヒーなんかは比較的早く出されるが、フラペチーノは色々手順を踏む必要がある。だから時間がかかる。多分。バイトしたことないから分からないけど。僕は注文したものを待つこの時間が意外と好きだったりする。レストランでも、ホテルのチェックインでも、なんでも。
「そういえば、こんな冬にフラペチーノって、寒くないか?」
「確かにそうだけど、でも、食べたいから」
「そうか」
「一口あげよっか?」
「いや、遠慮しとく」
「はは、そうだよね。兄さんお腹下しやすいもんね」
そう、この一緒にいる人との何気ない会話。僕はこれが好きだ。正直に言うと、僕はあんまり話上手な方ではない。どちらかというと聞き上手で、大抵は人の話を聞いている。でも愚痴を聞くのはつらい。昔、愚痴を聞いてくれるから、と言う理由で告白してきた女性が一人だけいるが、お断りした。そのままだと僕の心がずたずたになってしまいそうだったからだ。まぁ、愚痴を抜きにしてもその人にはお断りポイントが他にもあったけど。とにかくそれは置いといて、何気ない話は返事を気軽にできるから好きなのだ。聞いてばかり、返答を考えてばかりなのも、気が滅入る。
というか、僕は別に聞き上手ではないのではないか。周りの人が喋りたい人ばかりだから、僕はただそれを聞いているだけ。会話というのは話す側と聞く側がいないと成り立たないから、喋る人がいればもう片方は必然的に聞く人になる。そういうことか。僕は別に聞き上手じゃないのか。僕だって喋りたいことはある。あるけど、誰に話せばいいのかよく分からない。みんなが喜ぶ話題と僕の話したいことは、ちょっとばかしズレているからだ。もっとこう、素朴な話がしたい。誰でも聞くことのできるような、そんな話。例えば、今日は寒いね、とか。乾燥肌だとハンドクリーム手放せないよね、とか。お茶は、はと麦茶が苦くなくていいよね、とか。もしかして僕の話題はつまらない?
「兄さん、できたって。持ってって」
「あ、ありがとうございます」
「ごゆっくりー」
ぐるぐると考えていた間にもう作り終わっていたらしい。僕はチョコケーキとフラペチーノ、ラテの乗ったトレーを持つ。妹は、と辺りを見回すも見つからない。あぁ、このパターンは。テラス席に行ったんだな。ここのスタバは外の席が結構ある。今日は寒いが、果たして。左手と左腕でトレーをうまく支えながら外へと繋がるドアを開ける。どこいったかな、と左右を見ていると妹の声がすぐ右から聞こえた。妹は奥の方につめて座り、その隣をばんばんと手で叩く。ここに座れと言うことか。
「早く食べようよー」
「いや、まずはお手拭きで手を拭こう、な?」
「はいはい、分かってるって」
妹は僕からトレーをひったくるように取ると、ビリリと袋を破いて手を拭き始めた。お手拭きを広げるのさえ面倒くさいらしく、取り出したままで使っている。そんな妹の様子を眺めながら、僕もその隣に座る。
「いただきまーす……って、ちべてっ」
「あー、ちょっと待ってろ」
ハンカチを取り出して妹に渡す。
「あ、ありがと」
「……いいえ」
妹は僕があげたハンカチをカップに巻きつけて持った。フラペチーノは個人的にはかき氷のようなものだと思っている。だから、持つのも結構大変なのだ。そして、彼女はずごーと音を立ててフラペチーノを吸おうとしている。最初の方はなかなか出てこないんだよな、それ。僕はトレーから自分の分のラテを取る。一番小さいサイズであるが、僕は間食は少なめにするタイプだから、これでいいのだ。今日は寒いから、手の中のこのカップがとても温かく感じる。
「いただきます」
蓋が飲み口と蒸気を逃す小さな穴しかないのできっと中身は激アツなはず。慎重にカップを傾け、その液体をほんの少しだけ口に入れる。
「あぢぃっ」
「……」
妹がフラペチーノを飲みながらじいと僕を見つめた。騒いですみません。もう少し冷ました方が良さそうだ。この蓋は飲み物の温かさを長時間保つためにはとてもいいと思うが、すぐ飲むとなると猫舌の僕にはなかなか大変だ。でも僕は温かいものが飲みたかった。だからこれでいいのだ、とカップで暖を取りながら思う。ちら、と妹の方をのぞくと、彼女は震えていた。震えていた? 何があったんだ、とよく見てみると、彼女の持つ透明なカップの中身は半分ほどに減っていた。あー、これはあれですな。寒い日に冷たいものを飲んで、より寒くなった。きっとそうなのでしょう。
「大丈夫か?」
「う……だめかも……」
「無理はするなよ」
「うん……頑張る」
そう言うと妹はまたフラペチーノを飲み始めた。苦しそうな顔をしながら好きなはずのものを口に含んでいる様子を見ると、こっちまでつらくなってくる。そんな姿を横目にラテを飲む。甘い、桜の味。まだちょっと熱いけど、おいしい。でも、冷たさに苦しんでいる人が隣にいるから、こんなにもおいしいのにあまり嬉しいとは思えない。申し訳ない、という気持ちの方が大きい。
「うぐー」
「だ、大丈夫?」
「これは……勇者の痛み……」
「えっ」
寒さで頭がおかしくなってしまったのだろうか。
「そう、これは……四天王の一角、雪の、いや、フラペチーノの女王の攻撃なんだ」
「そうなの?」
「いえす、そうでございます賢者様。彼奴は雪を自在に操れるわけですから、今こうやってわたくしめの胃に直接攻撃を仕掛けてきているのでございます」
「そうなんですか」
「えぇ……でもフラペチーノがおいしいから困ったものです、いってぇ」
なんか老けてそうな勇者妹はそこまで伝えると額を抑えた。そんなに痛いのか。
「なぁ、本当に大丈夫か?」
「うぅー」
「無理しないでやめた方が……」
「やだ! 選んだからには全部食べるもん……!」
「そ、そうか……ゆっくりでいいから。僕は待ってる」
「ありがとう……」
彼女はまたゆっくりとフラペチーノ……の、女王と戦い始めた。妹があんなに明確な拒否反応を見せることはあまりないから、僕は少し驚いていた。彼女は大抵は静かににこにこーと笑っているタイプだから、そのギャップで驚いているのだ。そういえば彼女、食べ物にはうるさいんだったっけ。確か中学のときの担任がお残し許しまへんでーみたいな人で大嫌いだ、とか言っていたような。先生は嫌いなのに、その習慣は身についてしまっているのか。これはいいことなのか、悪いことなのか。僕にはわからない。まぁ、多分大丈夫なのだろう。なぜなら、高校生となった今、妹本人はそのことに大して何も言わないから。びゅうと冷たい風が吹いた。妹はガチガチと歯を鳴らす。そんなに寒いなら無理しなくてもいいのに……。僕だったらまぁ勿体ないが、途中で食べるのをやめるだろうな。
ずぞっと音がした。
「ごちそう、さまでした……」
妹はガタガタと体を震わせている。
「ゴミ、捨てに行こうか」
「うん……」
自分の飲み干したカップを手に取り、椅子から立つ。店のドアを開けようとしたところで、僕の視界はまた暗転する。
気がついたら、スタバにいた。どういうわけだか全く分からないが、僕はスタバにいた。後ろを振り向いてもそこに扉はない。どういうことだ、さっきまで僕は自分の家の玄関にいたんじゃなかったのか。そうだ、あの不審者は? 妹は? ピアノの稽古は? 疑問がぐるぐると脳内を巡るが、僕は駅前のスタバにいる。そう、いきつけのスタバ。最寄駅のスタバ。知っている風景が現れて僕はほんの少しだけ安心する。ふと、右手に柔らかい感触を感じた。
「兄さん、早く並ぼうよ」
妹は僕の右手を握って、こちらを見上げている。うん、と頷くと、彼女は列に向かって歩き出す。僕もそれについていく。小さい、少女の歩幅。成人男性の僕より小さい歩幅。いつもよりすこしだけゆっくり歩くとちょうどいい感じだ。これが彼女の速さなんだろう。身長の割には速くないだろうか。それとも僕が遅すぎるのか。
店内はそこそこ混んでいて、二人がけの席は空いていない。まぁしょうがない、僕も一人で来た時には相席はしないし、二人がけの席を陣取ってしまうから。妹はショーケースの中のケーキを見ている。いや、見ているのではない、食い入るように見つめている。その様はまるで肉食獣のようで、絶対にケーキは食べてみせると言う強い意志を感じる。そういや財布持ってたっけな。後ろに手を回して、僕はそこでやっと気づいた。僕はスーツを着ていなかった。ジーンズにTシャツという非常にラフな格好。まるで休日に軽くお出かけするときのような、そんな格好だ。きっと僕は妹と一緒に、スタバに行こうと誘ったんだ。
「兄さん、期間限定の桜フレーバーだよ。あれね、友達が美味しいって言ってたんだ。だからね、兄さんを誘ったんだ」
「へぇ、そうなんだ」
「兄さんもどう?」
「うーん。どうしようかな」
違った。妹がスタバに行こうと誘ったんだ。にこりと笑いかけながら、自分の間違いを恥ずかしく思う。そうだ、もうこの子は僕がずっと手を引っ張っていかないといけないような年齢じゃない。もう高校生なんだ。そんなことを今更思い出して、嬉しいような、寂しいような、そんな気持ちになる。
「次の方どうぞー」
いつの間にか順番が来ていた。日曜だと言うのに、ここのスタバは回転が早くて僕ら二人のお気に入りだ。妹はメニューを指差しながら注文していく。
「えーと、この桜のフラペチーノ、あとクラシックチョコレートケーキ」
「僕は、この桜のラテで」
「以上でよろしいですか」
妹は笑顔で首を縦にふる。その笑顔につられて店員もふふ、と笑う。ついでに僕も笑ってしまう。妹にはいるだけで周りの人を笑顔にさせる力があるようだ。そんな彼女を妹にもててよかったなぁ、とか思う。
お金を払い、右のカウンターへずれる。ケーキやコーヒーなんかは比較的早く出されるが、フラペチーノは色々手順を踏む必要がある。だから時間がかかる。多分。バイトしたことないから分からないけど。僕は注文したものを待つこの時間が意外と好きだったりする。レストランでも、ホテルのチェックインでも、なんでも。
「そういえば、こんな冬にフラペチーノって、寒くないか?」
「確かにそうだけど、でも、食べたいから」
「そうか」
「一口あげよっか?」
「いや、遠慮しとく」
「はは、そうだよね。兄さんお腹下しやすいもんね」
そう、この一緒にいる人との何気ない会話。僕はこれが好きだ。正直に言うと、僕はあんまり話上手な方ではない。どちらかというと聞き上手で、大抵は人の話を聞いている。でも愚痴を聞くのはつらい。昔、愚痴を聞いてくれるから、と言う理由で告白してきた女性が一人だけいるが、お断りした。そのままだと僕の心がずたずたになってしまいそうだったからだ。まぁ、愚痴を抜きにしてもその人にはお断りポイントが他にもあったけど。とにかくそれは置いといて、何気ない話は返事を気軽にできるから好きなのだ。聞いてばかり、返答を考えてばかりなのも、気が滅入る。
というか、僕は別に聞き上手ではないのではないか。周りの人が喋りたい人ばかりだから、僕はただそれを聞いているだけ。会話というのは話す側と聞く側がいないと成り立たないから、喋る人がいればもう片方は必然的に聞く人になる。そういうことか。僕は別に聞き上手じゃないのか。僕だって喋りたいことはある。あるけど、誰に話せばいいのかよく分からない。みんなが喜ぶ話題と僕の話したいことは、ちょっとばかしズレているからだ。もっとこう、素朴な話がしたい。誰でも聞くことのできるような、そんな話。例えば、今日は寒いね、とか。乾燥肌だとハンドクリーム手放せないよね、とか。お茶は、はと麦茶が苦くなくていいよね、とか。もしかして僕の話題はつまらない?
「兄さん、できたって。持ってって」
「あ、ありがとうございます」
「ごゆっくりー」
ぐるぐると考えていた間にもう作り終わっていたらしい。僕はチョコケーキとフラペチーノ、ラテの乗ったトレーを持つ。妹は、と辺りを見回すも見つからない。あぁ、このパターンは。テラス席に行ったんだな。ここのスタバは外の席が結構ある。今日は寒いが、果たして。左手と左腕でトレーをうまく支えながら外へと繋がるドアを開ける。どこいったかな、と左右を見ていると妹の声がすぐ右から聞こえた。妹は奥の方につめて座り、その隣をばんばんと手で叩く。ここに座れと言うことか。
「早く食べようよー」
「いや、まずはお手拭きで手を拭こう、な?」
「はいはい、分かってるって」
妹は僕からトレーをひったくるように取ると、ビリリと袋を破いて手を拭き始めた。お手拭きを広げるのさえ面倒くさいらしく、取り出したままで使っている。そんな妹の様子を眺めながら、僕もその隣に座る。
「いただきまーす……って、ちべてっ」
「あー、ちょっと待ってろ」
ハンカチを取り出して妹に渡す。
「あ、ありがと」
「……いいえ」
妹は僕があげたハンカチをカップに巻きつけて持った。フラペチーノは個人的にはかき氷のようなものだと思っている。だから、持つのも結構大変なのだ。そして、彼女はずごーと音を立ててフラペチーノを吸おうとしている。最初の方はなかなか出てこないんだよな、それ。僕はトレーから自分の分のラテを取る。一番小さいサイズであるが、僕は間食は少なめにするタイプだから、これでいいのだ。今日は寒いから、手の中のこのカップがとても温かく感じる。
「いただきます」
蓋が飲み口と蒸気を逃す小さな穴しかないのできっと中身は激アツなはず。慎重にカップを傾け、その液体をほんの少しだけ口に入れる。
「あぢぃっ」
「……」
妹がフラペチーノを飲みながらじいと僕を見つめた。騒いですみません。もう少し冷ました方が良さそうだ。この蓋は飲み物の温かさを長時間保つためにはとてもいいと思うが、すぐ飲むとなると猫舌の僕にはなかなか大変だ。でも僕は温かいものが飲みたかった。だからこれでいいのだ、とカップで暖を取りながら思う。ちら、と妹の方をのぞくと、彼女は震えていた。震えていた? 何があったんだ、とよく見てみると、彼女の持つ透明なカップの中身は半分ほどに減っていた。あー、これはあれですな。寒い日に冷たいものを飲んで、より寒くなった。きっとそうなのでしょう。
「大丈夫か?」
「う……だめかも……」
「無理はするなよ」
「うん……頑張る」
そう言うと妹はまたフラペチーノを飲み始めた。苦しそうな顔をしながら好きなはずのものを口に含んでいる様子を見ると、こっちまでつらくなってくる。そんな姿を横目にラテを飲む。甘い、桜の味。まだちょっと熱いけど、おいしい。でも、冷たさに苦しんでいる人が隣にいるから、こんなにもおいしいのにあまり嬉しいとは思えない。申し訳ない、という気持ちの方が大きい。
「うぐー」
「だ、大丈夫?」
「これは……勇者の痛み……」
「えっ」
寒さで頭がおかしくなってしまったのだろうか。
「そう、これは……四天王の一角、雪の、いや、フラペチーノの女王の攻撃なんだ」
「そうなの?」
「いえす、そうでございます賢者様。彼奴は雪を自在に操れるわけですから、今こうやってわたくしめの胃に直接攻撃を仕掛けてきているのでございます」
「そうなんですか」
「えぇ……でもフラペチーノがおいしいから困ったものです、いってぇ」
なんか老けてそうな勇者妹はそこまで伝えると額を抑えた。そんなに痛いのか。
「なぁ、本当に大丈夫か?」
「うぅー」
「無理しないでやめた方が……」
「やだ! 選んだからには全部食べるもん……!」
「そ、そうか……ゆっくりでいいから。僕は待ってる」
「ありがとう……」
彼女はまたゆっくりとフラペチーノ……の、女王と戦い始めた。妹があんなに明確な拒否反応を見せることはあまりないから、僕は少し驚いていた。彼女は大抵は静かににこにこーと笑っているタイプだから、そのギャップで驚いているのだ。そういえば彼女、食べ物にはうるさいんだったっけ。確か中学のときの担任がお残し許しまへんでーみたいな人で大嫌いだ、とか言っていたような。先生は嫌いなのに、その習慣は身についてしまっているのか。これはいいことなのか、悪いことなのか。僕にはわからない。まぁ、多分大丈夫なのだろう。なぜなら、高校生となった今、妹本人はそのことに大して何も言わないから。びゅうと冷たい風が吹いた。妹はガチガチと歯を鳴らす。そんなに寒いなら無理しなくてもいいのに……。僕だったらまぁ勿体ないが、途中で食べるのをやめるだろうな。
ずぞっと音がした。
「ごちそう、さまでした……」
妹はガタガタと体を震わせている。
「ゴミ、捨てに行こうか」
「うん……」
自分の飲み干したカップを手に取り、椅子から立つ。店のドアを開けようとしたところで、僕の視界はまた暗転する。