X高校文芸部リレー小説「扉」
1 ぼたん(一年)
風が吹いているのを感じた。
その風が、僕の寝転がっている草原の草たちを揺らす。
草たちが僕の両手をくすぐって、少しだけむず痒くなる。
僕はゆっくりと目を開ける。雲ひとつない青空が目に飛び込んでくる。爽やかな目覚めだ。
上半身を起こすと、僕は確かに草原のど真ん中で寝転がっていたみたいだ。着ているのは、ワイシャツに青いネクタイ、黒のスラックスと革靴。ピクニックに来たにしてはあまりにも落ち着けない格好だ。
僕はなぜこんなところにいるのだろう。
立ち上がって周りを見回しても、目に入るのは青空とどこまでも続く草原だけ。
いつもの癖で左腕を見ると、そこにはいるはずの相棒がいない。
もう会うことはできない、母さんの形見。主張しすぎない銀色の腕時計。いつも失くさないようにずっと着けていたのに。たまたま忘れてきちゃったのかな。
考えていてもしょうがない。まずは、この状況をどうにかしなくちゃ。
どっちへ進もうかな。
何せここには草原しかなくって、こっちに行くといいですよー、みたいな標識もないわけだから、どっちに行けばいいのか分からないのだ。
風が吹いた。
僕は少し考えたのち、風の吹いてきた方向に進むことに決めた。
草原は革靴の硬い音を吸収してくれる。やわらかい土の感触を感じながら、ゆっくりと歩いていく。
歩きながら、周りの音に耳を澄ませる。
風の音。草の音。僕の呼吸の音。心臓の音。
相変わらず何も、目立つものは見当たらない。
僕、やっぱり、迷子なのかな。
いやまぁ、そんなことはないでしょ、と自分に言い聞かせつつ、てくてくと歩き続ける。
どれくらい歩いただろうか。
何もない草原をひたすら歩いて、僕はやっと、それらしきものを見つけた。
まだ遠くにあるから近づいてみないと分からないけど、茶色い四角が草原に立っている。
あれはなんだろう? 大きい板チョコかな? それだったら、へとへとの僕にはちょうどいいおやつになるかもしれない。
疲れて遅くなっていた足が、ほんの少しだけ早くなる。風はいつの間にか追い風になっていて、僕を応援してくれているみたいだ。
やっとのことで、僕はその茶色の四角のところへたどり着いた。
その四角に手を伸ばす。ぐいぐいと押してもちっとも動かないから、僕はそこに背を預けた。
「はぁ、はぁ」
息を吸うのが苦しい。視界がぐるぐると歪む。
人は光が見えると無理をしてしまうものなのか。汗が一筋、額から垂れる。
僕は立っていられなくなって、ずるずるとその場に腰を下ろした。
こんなに運動したのはいつぶりだろう。大学の運動会以来かな。ズボンのポッケに手を入れるとちょうどハンカチがあったから、それで汗を拭いた。
深呼吸をする。自然の香りが鼻を突き抜けた。
家の近くにこんな静かな公園があったらいいな、なんて呑気なことを考えた。
息が落ち着いたので、よっこらせと腰を上げてその茶色い四角をよく見てみる。
よく見たらそれはただの四角じゃなかった。なんということだろう、それには取手がついていたのだ!
これはドアなんだろうな。
だったら、開けてみるしかないじゃないか。
濃い茶色の木でできたその扉には、なんだか似合わない金属の取手が付いていた。僕だったら一緒の素材の木の取手をつけるのになぁ。
恐る恐る取手に触れる、ひんやりとした金属の冷たさを感じる。
ゆっくり捻れば、勝手にドアがあちら側へと開いた。
ちょっと怖くなって、僕はドアを閉めてしまった。そういうつもりはないのに、勢いよく閉めてしまったせいで、その音にまた驚いてしまう。
怖いけど……進むしかないよね。
僕はドアを開けた。
風が吹いているのを感じた。
その風が、僕の寝転がっている草原の草たちを揺らす。
草たちが僕の両手をくすぐって、少しだけむず痒くなる。
僕はゆっくりと目を開ける。雲ひとつない青空が目に飛び込んでくる。爽やかな目覚めだ。
上半身を起こすと、僕は確かに草原のど真ん中で寝転がっていたみたいだ。着ているのは、ワイシャツに青いネクタイ、黒のスラックスと革靴。ピクニックに来たにしてはあまりにも落ち着けない格好だ。
僕はなぜこんなところにいるのだろう。
立ち上がって周りを見回しても、目に入るのは青空とどこまでも続く草原だけ。
いつもの癖で左腕を見ると、そこにはいるはずの相棒がいない。
もう会うことはできない、母さんの形見。主張しすぎない銀色の腕時計。いつも失くさないようにずっと着けていたのに。たまたま忘れてきちゃったのかな。
考えていてもしょうがない。まずは、この状況をどうにかしなくちゃ。
どっちへ進もうかな。
何せここには草原しかなくって、こっちに行くといいですよー、みたいな標識もないわけだから、どっちに行けばいいのか分からないのだ。
風が吹いた。
僕は少し考えたのち、風の吹いてきた方向に進むことに決めた。
草原は革靴の硬い音を吸収してくれる。やわらかい土の感触を感じながら、ゆっくりと歩いていく。
歩きながら、周りの音に耳を澄ませる。
風の音。草の音。僕の呼吸の音。心臓の音。
相変わらず何も、目立つものは見当たらない。
僕、やっぱり、迷子なのかな。
いやまぁ、そんなことはないでしょ、と自分に言い聞かせつつ、てくてくと歩き続ける。
どれくらい歩いただろうか。
何もない草原をひたすら歩いて、僕はやっと、それらしきものを見つけた。
まだ遠くにあるから近づいてみないと分からないけど、茶色い四角が草原に立っている。
あれはなんだろう? 大きい板チョコかな? それだったら、へとへとの僕にはちょうどいいおやつになるかもしれない。
疲れて遅くなっていた足が、ほんの少しだけ早くなる。風はいつの間にか追い風になっていて、僕を応援してくれているみたいだ。
やっとのことで、僕はその茶色の四角のところへたどり着いた。
その四角に手を伸ばす。ぐいぐいと押してもちっとも動かないから、僕はそこに背を預けた。
「はぁ、はぁ」
息を吸うのが苦しい。視界がぐるぐると歪む。
人は光が見えると無理をしてしまうものなのか。汗が一筋、額から垂れる。
僕は立っていられなくなって、ずるずるとその場に腰を下ろした。
こんなに運動したのはいつぶりだろう。大学の運動会以来かな。ズボンのポッケに手を入れるとちょうどハンカチがあったから、それで汗を拭いた。
深呼吸をする。自然の香りが鼻を突き抜けた。
家の近くにこんな静かな公園があったらいいな、なんて呑気なことを考えた。
息が落ち着いたので、よっこらせと腰を上げてその茶色い四角をよく見てみる。
よく見たらそれはただの四角じゃなかった。なんということだろう、それには取手がついていたのだ!
これはドアなんだろうな。
だったら、開けてみるしかないじゃないか。
濃い茶色の木でできたその扉には、なんだか似合わない金属の取手が付いていた。僕だったら一緒の素材の木の取手をつけるのになぁ。
恐る恐る取手に触れる、ひんやりとした金属の冷たさを感じる。
ゆっくり捻れば、勝手にドアがあちら側へと開いた。
ちょっと怖くなって、僕はドアを閉めてしまった。そういうつもりはないのに、勢いよく閉めてしまったせいで、その音にまた驚いてしまう。
怖いけど……進むしかないよね。
僕はドアを開けた。
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