青瞳の戦闘人形
なんとなく眠れなくて、カーテンを開けて窓の外を見る。月明かりが部屋に差し込んで、フクロウが鳴く。静かな夜だ。
そんな静寂を切り裂く音がひとつ。カッカッカッというなにか硬いものが硬いものに当たる音だった。
「なに……?」
その音は規則的で、しばらく聞こえたのち消え、聞こえたのち消えを繰り返していた。こんな夜中に珍しい。
私はその音が気になってたまらなかった。見に行こうと思った。でも、ママに怒られるかもしれない。
「……一日くらい、いいよね」
独り言を呟いて、私はこっそりと部屋を出る。夜の家は静かだ。ママとパパも眠っている。家のドアを閉めると、穏やかな風が私の頬を撫でていった。
音はまだしている。その方向へ歩く。
にしても、昼間のあの人形は大丈夫だろうか。ママは「無事でよかった」と抱きしめてくれたけど、あの子が私に危害を与える様子はなかった。ただ逃げたかっただけなのだろう。
考え事をしていたら隣国との壁まで来てしまった。その壁は硬くて、重くて、冷たくて、無機質だ。見上げてもまだずっとずっと続いているような気がしてしまう。空は見えるけど、隣国の様子は絶対にわからない。壁が高すぎて見えないのだ。
私の国と隣の国は争いをしている。私が生まれるずっと前、戦争が終わらなかったから「この壁を越えてはならない」と決められたのだそうだ。
この壁を越えてはならない。ママにもパパにも、大人にたくさん言われてきたことだ。
それなのに。
「リュシー!?」
リュシーは壁を登ろうとしていた。あのカッカッカッという音は、リュシーのブーツと壁が当たる音だったのだ。
「おや、お嬢様」
リュシーは私を見つけるとこちらへ走ってきた。まったく息が切れていない。疲れている様子はないが、なんだか少しだけ動きがぎこちない気がする。
「お嬢様、私のことは放っておいてくださいと伝えたではないですか」
「でも、音がしてると気になっちゃうよ」
目を見開いて「しまった」という顔をしたリュシーは、下を向いてしまった。
「左様ですか……」
私はもしかして、と尋ねる。
「ここの壁、登っちゃだめなんだよ。知ってる?」
「えぇ、存じ上げております。それでも、私は故郷に帰りたいのです」
そっか、おうちに帰りたいんだ。
「それだったら、なにか他に方法はないのかな」
「人間の手続きは面倒です。ここを登ってしまう方がずっとずっと早いと思われます」
リュシーは壁を見上げた。
「でも……」
リュシーは家に帰りたい。でも、大人はここを登ってはいけないと言っている。
……一人くらい、いいんじゃない? そんなよくない考えが私の頭を支配する。
元々大人は好きじゃない。あのとき私を虜にした人形が困っているんだ、少しくらい助けてあげてもいいんじゃないか?
「リュシー。それ、手伝うよ」
「本当ですか?」
「うん。なんか、助けたいなって」
「……それでは、その」
リュシーはその場に崩れ落ちた。
「食事、を、お願いできますか」
リュシーにお菓子を食べさせる。こんなものでいいのかな? 工業用オイルが最高効率らしいけど、うちにはそんなものない。だから、袋入りのビスケットを持ってきた。大丈夫、おこづかいだからきっと誰にも怒られない。
相変わらず夜は静かで、ママとパパは起きないし、私とリュシーの二人っきりになってしまったような気がした。
寝転がったままのリュシーの口にビスケットを持っていく。少しずつ口に含み、噛んでいく。食べさせている間、リュシーは私のことを見つめていた。その目は青くきらきらと光っていて、空の上のお星様みたいだなと思った。
食べ終えて、「もう一枚下さい」と言われた。
「いいよ、これ全部あげるよ」
袋をリュシーの前に置く。リュシーはぽかんとして、本当にいいのかと念押ししてきた。構わないと言うと起き上がり、ビスケットの袋に手を伸ばした。
「これ、おいしいですね。こちらの国にはこんなものが」
「そうなの。街のお菓子屋さんのおじちゃんが作ってるんだよ! 今度行こうよ。他にもキャンディーとかチョコレートとか、色々あるんだよ。全部おいしくて……」
「お嬢様。お誘いはありがたいのですが、私は」
リュシーはビスケットを食べる手を止める。
「敵国のロボットですので」
「あ……。そうだよね……」
静かにリュシーはビスケットを食べ続ける。半分なくなったところで、リュシーは「ありがとうございます、お嬢様」と感謝した。
「私は夜にしか活動できません。街の人の目から逃れるためです。だから、会うのは夜だけにしましょう」
私はリュシーの青い瞳を見ながら頷く。
「もしよかったら、なのですが」
上目遣いで見つめられる。
「食事と、周りの監視をお願いしたいのです」
「食事はいいけど、監視って? なにすればいいの?」
「街の人が来たら、それとなく私のいる方に来ないようにしてほしいのです」
「え、えっと」
できるかな。不安だけど、リュシーを守るためなら。お家へ帰るのを手伝うだけだもん。きっと大丈夫。
「わかった。やってみるよ」
ほんの少し微笑んでくれた気がした。戦闘人形が笑うなんてなかなかないことだから、きっと気のせいだろうな。
そんな静寂を切り裂く音がひとつ。カッカッカッというなにか硬いものが硬いものに当たる音だった。
「なに……?」
その音は規則的で、しばらく聞こえたのち消え、聞こえたのち消えを繰り返していた。こんな夜中に珍しい。
私はその音が気になってたまらなかった。見に行こうと思った。でも、ママに怒られるかもしれない。
「……一日くらい、いいよね」
独り言を呟いて、私はこっそりと部屋を出る。夜の家は静かだ。ママとパパも眠っている。家のドアを閉めると、穏やかな風が私の頬を撫でていった。
音はまだしている。その方向へ歩く。
にしても、昼間のあの人形は大丈夫だろうか。ママは「無事でよかった」と抱きしめてくれたけど、あの子が私に危害を与える様子はなかった。ただ逃げたかっただけなのだろう。
考え事をしていたら隣国との壁まで来てしまった。その壁は硬くて、重くて、冷たくて、無機質だ。見上げてもまだずっとずっと続いているような気がしてしまう。空は見えるけど、隣国の様子は絶対にわからない。壁が高すぎて見えないのだ。
私の国と隣の国は争いをしている。私が生まれるずっと前、戦争が終わらなかったから「この壁を越えてはならない」と決められたのだそうだ。
この壁を越えてはならない。ママにもパパにも、大人にたくさん言われてきたことだ。
それなのに。
「リュシー!?」
リュシーは壁を登ろうとしていた。あのカッカッカッという音は、リュシーのブーツと壁が当たる音だったのだ。
「おや、お嬢様」
リュシーは私を見つけるとこちらへ走ってきた。まったく息が切れていない。疲れている様子はないが、なんだか少しだけ動きがぎこちない気がする。
「お嬢様、私のことは放っておいてくださいと伝えたではないですか」
「でも、音がしてると気になっちゃうよ」
目を見開いて「しまった」という顔をしたリュシーは、下を向いてしまった。
「左様ですか……」
私はもしかして、と尋ねる。
「ここの壁、登っちゃだめなんだよ。知ってる?」
「えぇ、存じ上げております。それでも、私は故郷に帰りたいのです」
そっか、おうちに帰りたいんだ。
「それだったら、なにか他に方法はないのかな」
「人間の手続きは面倒です。ここを登ってしまう方がずっとずっと早いと思われます」
リュシーは壁を見上げた。
「でも……」
リュシーは家に帰りたい。でも、大人はここを登ってはいけないと言っている。
……一人くらい、いいんじゃない? そんなよくない考えが私の頭を支配する。
元々大人は好きじゃない。あのとき私を虜にした人形が困っているんだ、少しくらい助けてあげてもいいんじゃないか?
「リュシー。それ、手伝うよ」
「本当ですか?」
「うん。なんか、助けたいなって」
「……それでは、その」
リュシーはその場に崩れ落ちた。
「食事、を、お願いできますか」
リュシーにお菓子を食べさせる。こんなものでいいのかな? 工業用オイルが最高効率らしいけど、うちにはそんなものない。だから、袋入りのビスケットを持ってきた。大丈夫、おこづかいだからきっと誰にも怒られない。
相変わらず夜は静かで、ママとパパは起きないし、私とリュシーの二人っきりになってしまったような気がした。
寝転がったままのリュシーの口にビスケットを持っていく。少しずつ口に含み、噛んでいく。食べさせている間、リュシーは私のことを見つめていた。その目は青くきらきらと光っていて、空の上のお星様みたいだなと思った。
食べ終えて、「もう一枚下さい」と言われた。
「いいよ、これ全部あげるよ」
袋をリュシーの前に置く。リュシーはぽかんとして、本当にいいのかと念押ししてきた。構わないと言うと起き上がり、ビスケットの袋に手を伸ばした。
「これ、おいしいですね。こちらの国にはこんなものが」
「そうなの。街のお菓子屋さんのおじちゃんが作ってるんだよ! 今度行こうよ。他にもキャンディーとかチョコレートとか、色々あるんだよ。全部おいしくて……」
「お嬢様。お誘いはありがたいのですが、私は」
リュシーはビスケットを食べる手を止める。
「敵国のロボットですので」
「あ……。そうだよね……」
静かにリュシーはビスケットを食べ続ける。半分なくなったところで、リュシーは「ありがとうございます、お嬢様」と感謝した。
「私は夜にしか活動できません。街の人の目から逃れるためです。だから、会うのは夜だけにしましょう」
私はリュシーの青い瞳を見ながら頷く。
「もしよかったら、なのですが」
上目遣いで見つめられる。
「食事と、周りの監視をお願いしたいのです」
「食事はいいけど、監視って? なにすればいいの?」
「街の人が来たら、それとなく私のいる方に来ないようにしてほしいのです」
「え、えっと」
できるかな。不安だけど、リュシーを守るためなら。お家へ帰るのを手伝うだけだもん。きっと大丈夫。
「わかった。やってみるよ」
ほんの少し微笑んでくれた気がした。戦闘人形が笑うなんてなかなかないことだから、きっと気のせいだろうな。