青瞳の戦闘人形
綺麗だな、と思った。
「アヤ、そのお人形さんが気になるの?」
目を閉じたその等身大の人形は、すっと立ったままガラスケースの中で動かない。
「うん。ママも綺麗だと思わない?」
ママの方を見ると、複雑そうな顔をしていた。
「うーん、でもねぇ」
ママはちらっと人形を見て、こう言った。
「敵国のロボットだからねぇ……」
パパははぁ、とため息を漏らした。
「次、いくよ」
博物館は休日だからか人が多い。感想を言い合う声が少しうるさい。でも、この人形に釘付けになっているのは私だけのようだった。みんな遠くから見物するくらいで、近づこうとはしない。
ガラスケースの横、人形の説明の下には注意書きがある。
「このロボットは不良品であり、起動することは絶対にありません。皆さんを傷つけるおそれもありません。ご安心ください。館長」
「アヤ?」
パパが私に声をかける。
白い肌はどこまでも白く、人間のように見えるけれどやはり機械なのだということを考えさせられる。戦闘用に作られた茶色く可愛いミニスカートを、私も履いてみたいと思った。
その人形は茶髪だった。栗のような素敵な色だった。隣の国に多いと言われる髪色だ。私も茶色だけど、こっちの国は黒髪の人が多いから珍しく、変なふうに噂されることもあった。
なんだか、親近感。不謹慎だけどね。私は苦笑いをして、その場を去ろうとした。
不意に、人形がゆっくりと目を開けた。青い瞳はきらきらと輝いていて、水色の照準のようなものが映っている。まつ毛が長くて、綺麗だなともう一度思った。
そして、拳を握りしめたかと思うと、一度身を引き、そしてガラスケースに向かって正拳突きをした! ガラスにヒビが入ったかと思うと、瞬く間に割れた! 照明を反射して飛び散る破片の中、佇む人形に私は心奪われた。
「お嬢様」
少し低く、クールな声が静かな館内に響く。
「逃げましょう」
人形は私の手をとって駆け出した!
「え!?」
ママもパパも置いて、他のお客さんの間を抜けていく。
「待って!」
速い。速すぎる! 私はついていくので精一杯だ。
人形の手は白く冷たく、それでも人間の肌のように柔らかくて、戦闘のためだけに作られたとは思えないほど人間に近いような気がした。
博物館を抜け、街を抜ける。びゅんびゅんと風が私の頬の横を通り過ぎていく! 人々は私たちを不思議な目で見るけど、人形はそんな観衆には目もくれずどこかへ向かって走る。
街のはずれまで来たところで、人形は急停止した。私は急に止まれなくて、いきなり止まった人形の手を握ったままだったから、腕が引っ張られてちぎれそうになった。
「はぁ、はぁっ......! なに、するの……!」
息を整えながら人形を見る。彼女はこちらを振り返ると、その無表情をまったく動かさずに「申し訳ありません、お嬢様」と答えた。やっと手を離してくれた。
「あなた、名前はなんて言うの?」
尋ねると、人形は「リュシー」と静かに答えた。
「へぇ。私はアヤって言うの」
「そうですか、お嬢様」
「そう、アヤって言うんだよ」
「左様ですか、お嬢様」
二回説明しても、リュシーは名前を呼んではくれなかった。ただ「お嬢様」と呼ぶだけだった。
「ねぇ、リュシー。どうして『アヤ』って呼んでくれないの?」
「名前を覚えてしまうと、愛着が湧くので」
リュシーは私から目を逸らした。冷たい声だった。
「ご、ごめん」
「いいえ」
リュシーは首を振る。
何かあったのだろうか、と推測する。もしかしたら、何か暗い過去を抱えているのかも。
「では、お嬢様。私はどうにかして故郷に戻りますので。一緒にいれば捕まってしまいます。逃げてください」
「でも」
一人じゃ生きていけないよ、という言葉を飲み込んだ。私を青い瞳でじっと見つめていたからだ。
「じゃあね、リュシー」
少し振り返る。リュシーはその場に立ったまま、帰る私を観察していた。
「アヤ、そのお人形さんが気になるの?」
目を閉じたその等身大の人形は、すっと立ったままガラスケースの中で動かない。
「うん。ママも綺麗だと思わない?」
ママの方を見ると、複雑そうな顔をしていた。
「うーん、でもねぇ」
ママはちらっと人形を見て、こう言った。
「敵国のロボットだからねぇ……」
パパははぁ、とため息を漏らした。
「次、いくよ」
博物館は休日だからか人が多い。感想を言い合う声が少しうるさい。でも、この人形に釘付けになっているのは私だけのようだった。みんな遠くから見物するくらいで、近づこうとはしない。
ガラスケースの横、人形の説明の下には注意書きがある。
「このロボットは不良品であり、起動することは絶対にありません。皆さんを傷つけるおそれもありません。ご安心ください。館長」
「アヤ?」
パパが私に声をかける。
白い肌はどこまでも白く、人間のように見えるけれどやはり機械なのだということを考えさせられる。戦闘用に作られた茶色く可愛いミニスカートを、私も履いてみたいと思った。
その人形は茶髪だった。栗のような素敵な色だった。隣の国に多いと言われる髪色だ。私も茶色だけど、こっちの国は黒髪の人が多いから珍しく、変なふうに噂されることもあった。
なんだか、親近感。不謹慎だけどね。私は苦笑いをして、その場を去ろうとした。
不意に、人形がゆっくりと目を開けた。青い瞳はきらきらと輝いていて、水色の照準のようなものが映っている。まつ毛が長くて、綺麗だなともう一度思った。
そして、拳を握りしめたかと思うと、一度身を引き、そしてガラスケースに向かって正拳突きをした! ガラスにヒビが入ったかと思うと、瞬く間に割れた! 照明を反射して飛び散る破片の中、佇む人形に私は心奪われた。
「お嬢様」
少し低く、クールな声が静かな館内に響く。
「逃げましょう」
人形は私の手をとって駆け出した!
「え!?」
ママもパパも置いて、他のお客さんの間を抜けていく。
「待って!」
速い。速すぎる! 私はついていくので精一杯だ。
人形の手は白く冷たく、それでも人間の肌のように柔らかくて、戦闘のためだけに作られたとは思えないほど人間に近いような気がした。
博物館を抜け、街を抜ける。びゅんびゅんと風が私の頬の横を通り過ぎていく! 人々は私たちを不思議な目で見るけど、人形はそんな観衆には目もくれずどこかへ向かって走る。
街のはずれまで来たところで、人形は急停止した。私は急に止まれなくて、いきなり止まった人形の手を握ったままだったから、腕が引っ張られてちぎれそうになった。
「はぁ、はぁっ......! なに、するの……!」
息を整えながら人形を見る。彼女はこちらを振り返ると、その無表情をまったく動かさずに「申し訳ありません、お嬢様」と答えた。やっと手を離してくれた。
「あなた、名前はなんて言うの?」
尋ねると、人形は「リュシー」と静かに答えた。
「へぇ。私はアヤって言うの」
「そうですか、お嬢様」
「そう、アヤって言うんだよ」
「左様ですか、お嬢様」
二回説明しても、リュシーは名前を呼んではくれなかった。ただ「お嬢様」と呼ぶだけだった。
「ねぇ、リュシー。どうして『アヤ』って呼んでくれないの?」
「名前を覚えてしまうと、愛着が湧くので」
リュシーは私から目を逸らした。冷たい声だった。
「ご、ごめん」
「いいえ」
リュシーは首を振る。
何かあったのだろうか、と推測する。もしかしたら、何か暗い過去を抱えているのかも。
「では、お嬢様。私はどうにかして故郷に戻りますので。一緒にいれば捕まってしまいます。逃げてください」
「でも」
一人じゃ生きていけないよ、という言葉を飲み込んだ。私を青い瞳でじっと見つめていたからだ。
「じゃあね、リュシー」
少し振り返る。リュシーはその場に立ったまま、帰る私を観察していた。
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