大空の下で

「これより、二人の処罰の検討を行う会議を開始します! 司会は私、生徒会書記が執り行わせていただきます!」
 生徒会室に声が響く。部屋が静まり返っているから余計に響く。書記はメガネをかけていて、いかにも書記という感じだ。
「うるせぇ……」
「副会長! 静かにしてください!」
 セキは舌打ちをした。
 私たちは、天界にこっそり入ろうとした瞬間に生徒たちに取り囲まれてしまった。どうやら騒ぎを聞きつけた面倒臭い奴らに指示されて、見張っていたらしい。
 私はことの経緯を聞かれたけれど、ただ「地上に行っただけです」とだけ答えた。セキはずっと黙っていた。
 クミたちの作ってくれたパイは必死で守ったけど、取り上げられてしまった。
「それでは、先生! 二人の行ったことをご説明お願いします!」
「わかった」
 先生はあのとき飛行訓練の試験を監督していた先生だ。私に飛び降りるよう詰め寄ったあの先生だ。
 先生は得意気な表情で話し出す。
「セキとモニカは、許可もなく地上に降り、地上の人々と交流し、食事をした。どれも天界では厳罰が下されるものであり」
「先生! ありがとうございます!」
「もっと話したいのだが」
「すみません! 時間がないのでだめです!」
 先生は嫌そうな顔をした。「翼のないやつめ、どうせ罰が下されるだろうに」とぼそりと先生が呟いたのを、私は聞き逃さなかった。
 セキが先生を睨む。
「セキ、今は我慢して」
「……」
 セキはまだ睨んでいる。
「では、会長! 校則の第五章第三部第二条【他種族との交流】に則りまして、彼らには除籍処分が妥当かと思われますが、いかがでしょうか!」
 その場にいる全員が生徒会長を見る。
 生徒会長はラグビー部の部長でもあり、すごく大きい。顔も強面で、いかにも真面目そうで、かつ厳しそうな感じがする。
「うむ……」
 こほん、と会長が咳払いをする。
「それはあくまで校則上では、だろう?」
 え、と書記が呟く。会長は静かに話し出す。
「彼らは除籍するには惜しい人材だ。セキは副会長であり、正直私より人気も高くリーダーシップもあり、今回のように弱い天使を助ける優しい心の持ち主でもある」
「か、会長……?」
 書記が慌て出す。
「モニカは羽こそ生まれつきないが、座学では成績トップだ。おまけに父親は大天使であり、裁判官だ。母親は人間だが彼の仕事を手伝っている。彼女を羽がないという理由だけで除籍してしまうのは勿体ない」
「生徒会長! それはあなたの意見だ! 我々は校則に従うべきで……」
「あの校則も数十年前から何も変わっていません。まずは私の意見を述べさせてください、先生」
 先生は何か言いたそうにしたのち、眉間にシワを寄せて会長を見た。
「なぁ、モニカ。お父様が裁判官なのは本当なのかい?」
 セキが小声で私に聞く。
「まぁ……そうだけど……」
「すごいじゃないか! なら、今度お話してみたいな。紹介してくれないかい? きっと聡明な方なんだろうな……」
「副会長! 私語は慎んでください!」
「ごめん」
 副会長は書記に素直に謝った。苦笑いしていた。
「えー、つまり。私は、必ずしも校則に則る必要はないと考えている。もしかしたら、これが人間との交流の第一歩になるかもしれないからだ」
「しかし……」
「先生。ずっとこのままでよいのですか? 天界の未来はもう見えない。戦争をして、お互いすり減って、これ以上何を望んでいるのですか?」
「それは、俺に聞かれても困る」
「ほら、答えられないでしょう?」
 会長はほんの少しにやりとしてみせる。
「だから、知らないものに触れるべきです。新しい種族にね。セキ」
「はい」
 セキが返事する。会長はセキの方を見る。
「問題児としてではなく、ここはひとつ、地上に降りた経験のある友人として話を聞きたい! セキ! 発言を!」
「会長、ありがとうございます!」
 さっきまで沈んでいたセキの表情が明るくなる。皆がこの展開に驚いた目で二人を見ている。
「会長……」
「今は彼の発言を聞きなさい」
 書記は黙ってしまった。
 再び静かになった生徒会室の中、セキは私の隣で発言する。
「僕は、地上に降りました。いや、僕たちは。そこで、人間に出会いました」
 会長がうむ、と頷く。
「しかし彼らは……敵対的ではなかった。むしろ友好的でした」
 私たち二人以外が驚愕の表情を浮かべる。セキは話を続ける。
「彼らには家族がいて、戦争があり、いじめもある。我々と何ら変わりはないのです。そして、何より……」
 クミのことを思い出す。私はセキを見た。顔が笑っている。
「パイが! おいしかったのです!」
 周りがざわつく。「パイ……だって?」「地上の食べ物を食べて来たのか……」口々に話し始める。
「あのパイは本当においしかった。モニカから押収したものがあるはずです。皆で食べてみませんか」
「おもしろいアイデアだね、セキ。許可しよう。持って来てくれ」
「はい……」
 書記が訝しい顔で生徒会室を出ていく。
「セキ。君は何をしようとしているんだ? お前は副会長だろう、もしその役職なら天界の掟を順守するべきじゃないのか」
 先生がセキに聞く。
「いえ、僕はもう地上に降りるという禁止行為をしてますから。今更何をしたって関係ないでしょう? みんなに人間の作ったパイを食べさせたって、別に」
 セキはにこりと笑いながら答えた。
「だからその行為が……」
「会長! 持ってきました」
 生徒会室のドアが開く。書記の手にはあのパイの入った紙袋があった。
「うむ。では皆で食べようではないか」
 生徒会室にはどんなお偉いさんが来ても良いようにと、食器一式が置いてあるのだ。
 書記は慣れた手つきで全員分の皿とフォークを用意し、そしてパイを均等に切り分けた。一切れを十人分くらいに分けたから、一人一人の分は小さくなってしまったけれど。
「いただきます」
 会長が真っ先に食べる。他の天使は遅れて口に運ぶ。先生は見ようともしない。
「うむ……うまい!」
 会長がにこにこ笑う。「もっとないのか」とよだれを垂らしている。あんな緩んだ会長の顔、初めて見たかもしれない。
「おいしいですね。この木の実は一体なんだろう……ベリー系のものだと思いますが……」
 書記は真剣に悩み、喜んでいる。
 他の人も口々においしかったと言った。セキは事態が好転したので嬉しそうだ。私もつい口の端が上がってしまう。
「む……そうなのか」
 皆の反応を聞いてパイを見つめる先生。少し、驚いているようだ。
「先生、本当においしいですよ」
「書記が言うのなら」
 先生はフォークでパイを突き刺して口元へ運ぶ。口に入れる前に躊躇いを見せた。本当に地上の食べ物を食べてしまっても良いのかと迷っている。でも、最後には目をぎゅっと瞑って食べた。
「……」
 私たちは先生の様子を固唾を呑んで見守る。
「な、なんだと」
 先生は呟く。作戦が失敗したのではないかと私とセキは顔を見合わせる。
「俺の行きつけのカフェより……おいしいじゃないか……!」
 うーんと唸る先生。セキは驚いているのか嬉しいのかよくわからない顔をした。
「先生、行きつけのカフェってどこなんですか?」
 書記が尋ねる。
「商店街の真ん中にあるところだ」
「あそこって超高級ケーキの店じゃないですか……!」
 そこよりもおいしいのか。行ったことないけど。
 先生は手をパッパッと払うと、はぁ、とため息をついてこう告げた。
「気が変わった。セキ、モニカの除籍はなしだ。地上との交流についても、上に掛け合ってみよう。よってこの会議も解散!」
 外野から小さな拍手が上がる。それはやがて部屋を包み込む拍手へ変わる。会長もにこにこ笑っている。
 私とセキはお互いの顔を見る。
「良かったね、モニカ」
「うん……なんとかなったね。セキの発言のおかげだよ」
「いや、モニカがちゃんとパイを天界に持ってきたからだ。僕は食べちゃったからね……」
「そうだね」と私が笑うとセキも微笑んだ。
「セキ、モニカ」
 皆が帰る中、先生が私たちのことを呼んだ。
「なんでしょう」と、セキ。
「その……」
 先生はきょろきょろと周りを気にしながら小声で伝える。
「先程のパイはどこで食べられるのだ?」
 私は笑顔で答える。
「今度教えますよ。一緒に地上へ行きましょう!」
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