短編集

 私、君島ふりがな画子えがこ! どこにでもいそうな普通のOL!

 今日は残業があってもうへとへと! 帰りの電車はぎゅうぎゅう! もう嫌になっちゃう!

 そんなつらいときでも、私を救ってくれるものがあるんだ!
 カバンからスマホを取り出し、赤いアプリを開くよ!


 それは……漫画!

 今ちょうどアニメやってる作品の、原作の漫画が大量無料公開中なの! 期限までに読み切れるかわかんないけど、それでも読むのだ!
 おもしろくってつい口がにやけちゃう!

「ふひひ」
 アツい展開に声が漏れちゃう! 周りが私をちらっと見るよ! でも気にしない! 私は漫画を読みたいの!

 いつもこうやって帰ってるよ! 一緒に帰る人はいないよ! 友達はいません! あはははは!

 でもいいんだ。私には漫画があるから。それでいいんだ。

 小さいころから漫画を読みたかった。
 図書館にある偉人の漫画を読んで、なんて面白いんだと思った。

 だから、お小遣いで好きだったアニメの漫画を一冊だけ買った。
 翌日、その漫画はなくなっていた。嘘だと思って探した。それでも見つからなかった。
 親が捨てたのだと思うようになった。

 私の親は厳しかった。参考書は買ってくれたけど、それ以外は全部お小遣いでやりくりしないとだめだった。その分、ほかの人より多くくれたけど。

 早く自立したかった。
 大学は私がバカだから行けなかった。高校を卒業して働き始めて、自分のお金を手にした。初任給はほぼすべて漫画に使った。あのときなくなってしまった、漫画全巻を買った。

 とても楽しかった。このために生きているのだと、そう思った。

 それからは、給料全部使ってちゃ生きてけないので、アプリの無料公開を使うようになった。知らない漫画をたくさん知れた。本にならない素敵な漫画も読んだ。どうして書籍化されないのか不思議に思ったりした。

 漫画の世界は広く、私を魅了する。とても好きな世界だ。なければ私は生きていけない。

***

 無料公開の期限が迫っていた! やばい! 読み切れない!
 だから、仕事の合間、昼休みにも読むことにしたよ!

 コンビニで買った、安くて具の少ないサンドイッチを食べながら、スマホで漫画を読むよ! もちろん口がにやけるよ! 食事中だからマスクしてなくて口角上がってるのバレバレだよ!

 そんなときだった。
「君島さん、漫画読むんですね」
「ひょわあああ!?」
 変な声をあげちゃった! びっくりした衝撃で漫画が上にびょっとスクロールされるよ!

 話しかけてきたのは太田さん! ちょっと目つきの鋭い女性の同僚だよ! だから怖いよ! 仕事がめちゃくちゃできるよ! もちろん話しかけたことはないよ! 私コミュ障!

「もしかしてアメセカ?」
「あ…… soudesu……」
 私は固まる。指が震える。緊張している。

 『アメジストの世界』。私が読んでいる漫画だ。アメジストが枯渇した世界で、キャラクターたちは魔力が宿るマジック・アメジストを探しにいくのだ。
 太田さんは私の隣に座る。ナチュラルに。

「私も好きなんですよ、アメセカ。今アニメやってますよね。君島さんも見てます?」
「hai……」
 私は頷くことしかできなかった。口の中が渇く。ただ相手の質問に答えるだけのロボットになってしまったようだった。

「推しとか……います?」
「えっと……セラムです」
「セラム!」
 太田さんは嬉しそうに驚く。

 セラムは三番目のマジック・アメジストを持っていた探検家だ。髭が似合うおじ様だ。主人公たちを鞭で追い払っていたが、ついには負けてしまう。

「セラムかっこいいですよね。あのセリフのなんと素敵なことか! 私はアイクくんが好きです」
「アイクくんですか」
 アイクは主人公だ。世界中のマジック・アメジストを収集している冒険家だ。

「あ、アイク……い、いいですよね」
 声が震える。そんな私を太田さんはにこにこして見ている。

「そうですよね! まだ完結してないですけど、アイクは死んじゃうんじゃないかって思ってます。原作では六個集めましたけど、七個も集めると悪いことが起こるんじゃないかって。ラッキーセブンだからこそのアンラッキーセブンというか! 奪われた人たちが集まるシーンあるじゃないですか。だからきっとあいつらが復讐しにくるんじゃないかなって考えてるんです。君島さんの推しもそのうち再登場するかもしれませんよ!」

「……」

「あ、ごめんなさい! 私つい考察を考えてしまう癖がありまして」
 そう言って太田さんは礼をする。

 もしかして、この人…… オタク? それも、考察系のオタク?

「太田さんは、その……オタク、なんですか?」
「そうです」

 こんな仕事のできる人が? 私と同じオタク?
 信じられない。

「なかなか社会人になると同じ趣味の人見つけられないですから、声かけちゃいました。良かったらLINE交換しません?」
「え、あ……いいですよ」
「ありがとうございます!」
 太田さんは嬉しそうだ。私はまだ信じられなかった。太田さんがオタクだってこと。
 LINEに「akane」の文字が増える。あかねさんだったのかと一人考える。

「いやー、オタ友はいるんですけど、アメセカ知ってる人いなくて。君島さん、今度良かったら鑑賞会しません? うち一期から録画してるんで。もしよかったら」

 今やってるアメセカは三期だ。私は二期の途中から知ったから、一期を知らない。嬉しい提案だった。

「お願い、したいです」
 私が答えると、太田さんは微笑んだ。
「やった! じゃあおいしいお菓子用意しときますね!」

 太田さんは時計を見る。
「もうこんな時間ですか。すみません、私ばかり喋って」
「大丈夫です。私がコミュ障なだけで」
「そんなことないですよ、君島さんはちゃんと私と話せてますから。大丈夫ですよ」
 自分の存在を認めてくれた気がした。

 太田さんは手に持っていたパンを急いで食べる。
「げほっごふぉっ」
「大丈夫ですか!?」
「だいひょうふれす」
 むせながらパンを平らげる太田さん。

「じゃ、またあとで!」
 太田さんは立ち上がり、彼女の席へ向かっていく。
 私は食べかけのサンドイッチに気づいて、もぐもぐ食べる。

 鑑賞会、か。参加したことも主催したこともないけれど。
 もしかして太田さんと友達になれた? オタ友って言ってたよね?
 ってことは……ぼっち卒業?

 私は嬉しくなってつい唇を噛む! 痛い! でも嬉しい!

 独りぼっちだった私に突如降り注いだ友情。
 それは君島の人生を左右する出会いだった。
 君島はそんなことを知る由もないのだった……。
 次回、「太田さんの家」。お楽しみに!
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