短編集

 君の最後の「愛してる」は、「さようなら」だったんだ。

「そんなこと、言わないでよ」
 絞り出した私の声はカスカスで、うまく君に届いたか心配だった。

「泣かないで、秋ちゃん」
 君は私の頭を撫でてくれる。優しく、優しく。ゆっくりと。

 ハンカチを出して涙を拭う。顔を上げると、ベッドの上の君はにこりと笑ってくれた。

 君にはたくさんのチューブが繋がれている。点滴だったり、輸血だったり、酸素だったり。透明なマスクで顔の半分が覆われている。お医者さんが必死に延命してくれた証拠だ。

 もうすぐで君がいなくなってしまうなんて、信じられない。信じたくもない。だって、今までずっと一緒だったじゃないか。高校から始まって、大学だって、社会人になっても、二人暮らしも、遊園地もどうでもいい買い物も、一緒にいたじゃないか。

 どうして交通事故なんかで、君が死ななくちゃいけないんだ。

「秋ちゃん」
「なに」
「今までありがとうね」
「……え」
「ずっとずっと、大好きだよ」
「ねぇ」
「えへへ」
「やめてよ」

 私はまた涙を流す。顎まで流れたそれが、握りしめた拳にぽたんと落ちた。
 ありがとう、なんて。大好き、なんて。聞いてしまったら、もう、君は。

「秋ちゃんのおかげで、いい人生だったなって思えてるよ。ありがとうね、秋ちゃん」

 力の入らない表情筋で、君は精一杯の笑顔を作る。それを見て、私は涙をぐっと堪えた。

「春くんの方こそ、ありがとうね。今までずっと、ずっと楽しかった。い、今までっ、ありがとうねっ」

 しゃくりあげてうまく声が出せなかった。涙で君が見えない。
 あとどれだけ、君といられるだろうか。

「愛してるよ、春くん」
 つまらない言葉を君へ贈る。少しでも、二人の時間が延びますようにと。
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