第一部
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大広間で昼食を済ませた後、名前とアニーは早めに薬草学の授業へと向かった。また突然のペア決めがあったらたまったもんじゃない。2人は教室の古びたドアを開け、今度こそ隣同士で座った。
妖精の呪文と同じく、薬草学もグリフィンドールとの合同授業だった。
紅のローブに身を包んだ生徒が既に何人か席に着いていて、それを見たアニーは名前を引っ張りながら、まだ誰も周りにいない席を選んだ。
「グリフィンドールとの授業が多すぎると思わない?1ヶ月後の得点差が見物だわね…」
アニーの小言を聞き流しながら、名前は教室に続々と入ってくる一年生たちをぼーっと眺めていた。
しばらくするとリーマスが入ってきて、名前に気付いた彼は手を振った。入学の日からたった2日しか経っていないはずなのに、妙に懐かしい気持ちになった。
名前は笑顔で手を振り返したが、リーマスの後についてきた2人を見て、思わず眉をひそめてしまった。あのメガネのいたずらっ子とハンサムだ。
リーマスと名前のやり取りを見たメガネの子が、案の定リーマスを小突きながら何かふざけて言っているようで、名前はまたしてもそれが癪に触るのを感じた。
しかしそれを見たアニーが「なに、もしかしてグリフィンドールと友達なの?」と険しい顔で詰め寄ってきたので、お互い似たようなものだと気付き名前はため息をついた。
「あの子は行きの汽車で席が一緒になって…」アニーに説明しかけた時、セブルスが教室に入ってきた。グリフィンドールの彼らが入口付近を占領しているのを見て、かなり苛立っているようだ。
そんなセブルスの視線にメガネの子がいち早く気付き、突然喧嘩をふっかけた。
「何だよ、どいてほしいか?」そう言いながら、彼はセブルスの前で両手を大きく広げた。
「お得意の"妖精の呪文"で吹き飛ばしてみろよ!フェアリーちゃん!」
「何だと?」無視するかと思いきや、セブルスは掴みかかる勢いでメガネの子に近付いた。メガネの子がサッと杖を取り出し、セブルスも彼に杖を突きつけた。
これは止めた方がいい。名前が立ち上がろうとした瞬間、「ちょっと!」と入口から声がして、誰かが割って入った。赤毛の女の子だった。
「あなたたち何してるの?」女の子がグリフィンドールの男子に厳しい目を向けた。
「別に。…ただ挨拶しただけだよ」メガネの子が杖を下ろしながら言った。彼とセブルスは依然睨み合ったままだったが、ハンサムな子がそれをなだめ、彼らは奥の席に着いた。
セブルスが彼女と向き直った時、名前には彼の顔が赤くなったように見えた。
喧嘩をした事を恥じているんだろうか。あるいはあのセブルスの事だから、止められてプライドが傷ついたのかもしれない。
女の子はセブルスと2言3言交わした後、一緒に来ていた友人たちと並んで席に着いた。セブルスはグリフィンドールとなるべく距離をとって、教室の端に座った。
「あの赤毛がスリザリンだったら、スネイプもちょっとは扱いやすかったかもね」セブルス本人に聞かれないよう、アニーが小声で呟いた。それを聞いた瞬間、名前は自分が何をすべきかひらめいた。
「そっか、そうよ。あの女の子とこっちが仲良くなればいいんだ。彼女ならセブルスとの付き合い方をよく分かってるだろうし、友達の友達ともなればセブルスも無げな扱いはしなくなるかも」
アニーは信じられない、という風に顔をしかめて言った。
「まさか、冗談よね?グリフィンドールと友達になるなんて、死んだ方がマシ。そうでしょ?」
アニーはグリフィンドールに対してかなり敵対心を持っているらしかった。しかしそれは彼女だけでなく、スリザリン生の殆どがそうであったし、グリフィンドールを見れば逆もまた然りのようだ。
入学早々、根拠のない派閥争いに巻き込まれ、名前は気が滅入る思いだった。
セブルスならまだしも、自分はグリフィンドールの誰かに意地悪されたわけでもないのに。異常なまでの対抗意識に同調するのは気が引けた。
友達は自分で選べばいい。寮に縛られる必要はないー。名前はアニーの問いかけに、結局答えなかった。
まもなく先生が教室に入ってきて、授業が始まった。
薬草学の最初の授業は温室でのフィールドワークだった。まずはホグワーツの温室で管理されている植物に関して、決して触らずに、目で見て学ぶこと。実質的な自由時間に、生徒達は浮き足立った。
教室の座席順に2班に分かれ、交代で植物を見に行く事になった。名前とアニーは隣同士に座っていたが、先生はちょうど2人の間で班を分けたため、名前が前半組となって先に席を立った。
「せっかく一緒に座ったのに!」アニーは不機嫌そうだったが、名前はあの赤毛の女の子も前半組である事に気付き、これは良いチャンスだと思った。アニーもセブルスも、あのうるさい男の子たちも後半組だ。彼女に話しかけるなら今しかない…。
名前たちは先生の指示に従って、温室の中庭に出た。
終わりが見えないくらい広い空間が広がっていた。沢山のハウスが並び、背の高い芝が迷路のように生い茂っている。甘い香り、土の香り、お世辞にも良い香りとは言えないなにか……秋の訪れを感じさせる涼やかな風が、植物たちの息遣いを運んでくるようだった。
立入禁止のハウスを除いて、生徒達は自由に温室を見て回れる事になった。名前は教科書を開き、お目当ての植物を探すふりをして赤毛の女の子について行った。
彼女は3人の同級生たちと並んで歩いていたので、名前はなかなか声を掛けられなかった。だがしばらくして、そのチャンスは訪れた。
「あっちょっと待って、私、ひらひら花を見に行きたいな」
赤毛の女の子は教科書の植物一覧を見ながらそう言った。しかし同級生たちは目の前のラッパ水仙が色んな音色をけたたましく奏でるのに夢中で、まだこっちを見ていたいようだった。
「いいわ、一人で見てくるから。あとでね。」彼女は弾む足取りでひらひら花の咲くエリアへと向かった。名前は急いでそれを追いかけた。
2棟のハウスを越えて、噴水の広場を抜けたところに、ひらひら花はあった。入り組んだツルの中に、鮮やかな花々が文字通りひらひらと舞うように咲いている。
そこには誰もおらず、赤毛の女の子だけの世界に見えた。彼女の長く美しい髪が、花と同じように風になびいている。思わず見とれてしまうほど、幻想的な光景だった。
「あら、あなたもひらひら花を見にきたの?」
名前の存在に気付いて、彼女は言った。
「あ、そ、そう」後をつける事に必死だった名前は、当の本人に突然話しかけられて思わずどもってしまった。
赤毛の女の子は名前のために、ひらひら花の正面にあたるスペースを空けてくれた。ありがとうと一言断って、名前はその位置へ進み出た。女の子は教科書を開いて、ひらひら花の説明を読みながら実物を興味深そうに観察している。
「あの、私、名前・苗字っていうの。よろしくね。」
名前は大広間でセブルスにそうしたように、彼女に思い切って話しかけてみた。
女の子は教科書から顔をあげて、手を差し出して言った。
「リリー・エバンズよ。こちらこそよろしくね。」
彼女の友好的な態度に名前は心底ホッとした。もしこれがアニーだったら、他寮の生徒からの挨拶なんてまともに返しもしないだろう。リリーは見た目通り、穏やかで優しい生徒のようだった。
「この花、すごく綺麗だね」
名前はひらひら花をまじまじと見つめて言った。リリーの後をつけたわけではなく、花に興味があって辿り着いたように取り繕う必要があった。
「でしょ?でも私の友達はあまり興味無いみたい。みんなラッパ水仙に夢中で、誰もついてこなかったわ」
そうこぼしながらも、リリーの顔には寂しさや不満は感じられなかった。周りに振り回されず、自分の道を行くタイプなんだろう。グリフィンドールらしい、まっすぐな女の子だ。
「私は、ラッパ水仙みたいなうるさいのよりも、こういう静かで綺麗な花の方が好きだなあ」
名前はリリーとの距離を縮めるため、わざと共感した。実際のところラッパ水仙にも興味はあるが、ひらひら花を綺麗だと思う気持ちも本当なので、嘘はついていない。
「本当?」リリーは嬉しそうに言った。「私たち、いい友達になれそうね。」
友達。待ってましたと言わんばかりの言葉だった。思ったよりも早く、リリーは心を開いてくれそうだ。「そうね、いい友達になりましょ!」名前はたたみかけるように言った。
名前は早く本題に探りをいれたいと思った。あのセブルスと、なぜあんなに仲良くなれたのか…。知りたくてたまらない。
どう聞こうかと必死に頭を整理していた時、驚いたことに、リリーの方がその話題を投げかけてきた。
「名前、スリザリンにセブルス・スネイプって男の子がいるでしょ?その子とは友達になった?」
「え!」名前はまさか向こうから本題がふってくるとは予想していなかったので、思わず大きな声を出してしまった。
「あっそう、そうなの、彼のことであなたに聞きたいことがあったの!」興奮のあまり、名前はリリーを追ってきた事をひた隠しにするのも忘れ、勢いで尋ねた。
「私、セブルスと魔法薬のペアになったんだけど、全然仲良くなれそうにないの。こっちからは入学式の時から話しかけてはいるんだけどね、セブルスってまともに返事もしてくれなくて…」
「そうなの?」リリーは目を丸くして言った。
「そうなの。で、実を言うとね、私ホグワーツ特急に乗る時、あなたとセブルスが一緒にいるのを見かけて」名前はこの際もう全て言ってしまおうと思った。
「組分けの前も2人で仲良く話してたし、さっきメガネの子と揉めてる時も、あなたが入ってきたらセブルスは大人しくしてたし。何というか、あなたと話してる時の彼って、私たち普通の生徒の前とは別人に見えるのよね」
「ほんと?」リリーは心底驚いてるようだった。「まあ、ちょっとひねくれてるとこもあるけど…」
「もし出来たら、あのセブルスとどうやって仲良くなれたのか教えてくれない?どう話しかけて友達になったのか、とか」
名前は聞きたいことを言い終えてスッキリした。あとはリリーのコミュニケーション力から学ぶだけだ。しかしリリーの返答は、期待を裏切るものだった。
「うーん…どうって言われても、何もないのよ、特別なことは。そもそも私とセブルスが初めて会った時、話しかけてくれたのは彼だったし…」
「えっ!?」予想と正反対の展開に、名前は絶句した。リリーがその高い親和性と共感力で、セブルスの素直な部分を引き出したに違いないと思っていた。
リリーは彼女とセブルスの事について話してくれた。近所に住む同士であったこと。マグルの家に育ったリリーは、ある日セブルスに声を掛けられ、自分が魔女だと知ったこと。ホグワーツのことや魔法の事など、こちらの世界の全てを教えてもらったことー…。
セブルスと友達になるのに何も特別なことは必要なかったと、リリーは語った。
「ああ、でも強いていえば、私が魔女だったからかな」リリーは寂しそうに言った。「私の姉は、マグルなんだけど、セブルスとは嫌い合ってたみたい」
「そんなの…私だって魔女だわ」
名前はそう返しながら、自分の言った事の当たり前さに思わず笑った。
なんとも予想外だった。セブルスと仲を深めるためのコツなど、リリーは何も持っていなかったのだ。出会うのが数年早かっただけ。数年前のセブルスが、まだ幼く、今より素直であっただけなのかもしれない。
「じゃあホグワーツでは、あなたが特別なのね、きっと…」名前は空を仰いで言った。完敗だと思った。これからの1年、魔法薬の時間は絶望的だ。
「そんな事ないわよ!」リリーは教科書を両腕でギュッと抱えながら言った。「私の友達は、セブルスの友達よ。もっと名前に親切にするよう、ちゃんと言っておくから!」
リリーは人の心が読めるのか、と名前は思った。なんと素晴らしい子だろう。まさに名前が望む事を自ら言い出してくれるとは。名前は心に希望が戻ってくるのを感じた。
「ありがとうリリー、ありがとう!本当にお願い!」嬉しさのあまり、名前はリリーの肩を抱いて言った。
「名前とセブルスがちゃんと友達になったら、3人で遊びましょ」リリーは楽しそうに笑った。
ちょうどその時、薬草学の教室のあたりから黄色い花火のような光がパンとあがった。先生から、戻ってこいとの合図だ。
名前とリリーはそのまま並んで教室へと向かった。ひらひら花の花びらがリリーの髪に引っかかっていた。名前がそれを取ってあげると、リリーはその花びらを、大事そうに教科書にはさんだ。
「名前、あなたと私、本当に素敵な友達になれそうな気がする。ちょっと話しただけなのに、こんなに楽しかった。」
席に戻る前に、リリーは振り返って名前の手を握って言った。名前も全く同じ思いだった。入学してから今までで、一番あたたかい気持ちを感じていた。
「私も、すごくそう思う。」名前はリリーに話しかけて、本当に良かったと喜びを噛みしめた。今はセブルスがどうこうよりも、リリーと友達になれたことが純粋に嬉しい。
名前は弾む心で席についた。アニーは入れ違いに外へ出たようで、もうそこにはいなかった。
前半の生徒達は、先生の指示に従って今日観察した植物に関してのレポートを書き始めた。
授業が終わり教室を出る時、リリーがセブルスを呼ぶ声が聞こえ、名前はセブルスに気付かれないように横目で振り返った。
リリーが何か言い、それを聞いたセブルスがばつの悪そうな顔をしたので、自分のことを話してくれているのだと分かった。すぐさま約束を果たしてくれたリリーを、名前はこの上なく頼もしく思った。
「ねえ!」2人のやり取りを見つめる名前の前で、アニーが手を叩いた。名前は慌てて彼女に向き直った。
「さっきのフィールドワークの時間、何があったと思う!?」
授業を終えたアニーは至極不機嫌そうだった。名前は彼女と寮へ向かう道を歩きながら、さあ、と首を傾げた。
「グリフィンドールのやつが、へんてこな植物の綿毛を杖でつついたの。そしたらそこからトゲが飛び散って、あたしのローブにかかったのよ!」
一見する限りでは、アニーのローブには特に汚れもなく綺麗だった。しかし念の為、名前は同情するような声を出した。
「もっと酷いのはここからよ」アニーは声を低くして言った。
「杖で植物を触りなんてしたら、多少なりとも魔力が伝わるに決まってるじゃない。だから私そう文句を言ったの。そいつ、何て言ったと思う?『 僕はマグル生まれだから、そうとは知りませんでした』ってー!!」
アニーは思い出しながらまた怒りがこみ上げてきたようで、息を止めるように絶句した。そして大きく吸って、再びまくし立てた。
「つまり、つまりよ、奴は手で触るのはダメでも、杖越しならいいかと思ったんですって!信じられる!?ああ、これだから大嫌いなの、マグル生まれって…!!」
名前は、またそのグリフィンドール生もドジをやったなあと呆れた。ごめんなさいで済ませればいいものを、バカ正直に理由まで白状してしまうとは。家柄にこだわるアニーのような生徒には、一番言ってはならない事だ。
「それは…うーん、そうだねえ、気をつけた方がいいね…」名前は明後日の方角を見ながら答えた。
「それでね、私考えたの。」アニーは廊下の突き当りで立ち止まって、一冊のノートを取り出した。
「何それ?」
名前がたずねると、アニーは見ていいわよ、とノートを手渡した。
名前がノートを開くと、1ページ目に生徒の名前らしきものが数人分書いてあった。トーマス・レッチェル、エドワード・サンソム、クリスティナ・アーロン…そして下の方に、リリー・エバンズの名前もあった。
「ハーフとかマグル生まれとか、純血でない者のリストよ」アニーは勝ち誇ったように言った。「さっきのグリフィンドール生が自分の知ってる限りの名前を教えてくれたわ。あたし、決めたの。ここにある名前の生徒とは一切関わらないって」
「そんな事して何になるの?」
名前は声を上げた。今度ばかりは、取り繕えないくらいに自分の眉間がしわ寄っているのを感じた。
「何になるのって!?」アニーは質問の意図が分からない、という顔で名前を見た。「純血でない生徒とは極力関わりたくない、スリザリンの家柄ならみんなそう思うでしょう?」
言葉を失った名前に目もくれず、アニーは再び歩き出した。仕方なく名前もそのまま並んで歩いたが、胸のモヤモヤが今までにないくらい大きくなるのを感じた。
アニーは「グリフィンドール以外の、他の寮も聞き出さなきゃね。特にハッフルパフは多そうだわ…」と呟きながら、ノートを大事そうにしまい、スリザリン寮の石の扉を開いた。
談話室で宿題を一緒にしない?とアニーは名前に持ちかけたが、名前は気分が良くないから休むと言い訳をして、ベッドへ向かった。一人になりたかった。
入学の日から、アニーに関しては自分と違う違和感を抱いてきた。アニーだけでなく、ルシウスや、スリザリンの他の生徒に対しても。心ではそれを感じながら、でもなんとか蓋をして、この2日間を過ごしてきた。
しかしもうダメだった。リリーと話した事で、心の奥に閉ざしたはずの思いは、表面まで浮かび上がってきてしまった。
リーマスやリリーと話す時のあたたかい気持ち。この寮には、それをもたらしてくれる人が誰もいないように思えた。
心の中の違和感は、もはや隠せないほどに大きくなってしまっている。かと言って、断ち切る勇気もない。そもそも、寮はもう変えられないのだー。
名前はあの時、組分け帽子の決断に異議を唱えなかったことを死ぬほど後悔した。NOと言えば、聞いてもらえたかもしれないのに。才能なんて、もう今はどうでもいい。
日が落ちるまで、名前はベッドにうつ伏せになって時を過ごした。夕食の時間になった頃、アニーが名前を迎えに来た。
アニーの手を振りほどきたい気持ちでいっぱいだったはずなのに、名前は気が付けばまた彼女と並んでミートパイを食べていた。結局のところ、自分には孤独を選ぶ勇気はないらしい。
アニーは別に悪気があるわけじゃないんだ。ただそういう家に育っただけなんだー。
名前は必死に自分を誤魔化しながら、アニーの話に笑って耳を傾けた。今日のシェパードパイは最高の出来だと彼女は絶賛したが、名前にはろくに味も感じられなかった。
妖精の呪文と同じく、薬草学もグリフィンドールとの合同授業だった。
紅のローブに身を包んだ生徒が既に何人か席に着いていて、それを見たアニーは名前を引っ張りながら、まだ誰も周りにいない席を選んだ。
「グリフィンドールとの授業が多すぎると思わない?1ヶ月後の得点差が見物だわね…」
アニーの小言を聞き流しながら、名前は教室に続々と入ってくる一年生たちをぼーっと眺めていた。
しばらくするとリーマスが入ってきて、名前に気付いた彼は手を振った。入学の日からたった2日しか経っていないはずなのに、妙に懐かしい気持ちになった。
名前は笑顔で手を振り返したが、リーマスの後についてきた2人を見て、思わず眉をひそめてしまった。あのメガネのいたずらっ子とハンサムだ。
リーマスと名前のやり取りを見たメガネの子が、案の定リーマスを小突きながら何かふざけて言っているようで、名前はまたしてもそれが癪に触るのを感じた。
しかしそれを見たアニーが「なに、もしかしてグリフィンドールと友達なの?」と険しい顔で詰め寄ってきたので、お互い似たようなものだと気付き名前はため息をついた。
「あの子は行きの汽車で席が一緒になって…」アニーに説明しかけた時、セブルスが教室に入ってきた。グリフィンドールの彼らが入口付近を占領しているのを見て、かなり苛立っているようだ。
そんなセブルスの視線にメガネの子がいち早く気付き、突然喧嘩をふっかけた。
「何だよ、どいてほしいか?」そう言いながら、彼はセブルスの前で両手を大きく広げた。
「お得意の"妖精の呪文"で吹き飛ばしてみろよ!フェアリーちゃん!」
「何だと?」無視するかと思いきや、セブルスは掴みかかる勢いでメガネの子に近付いた。メガネの子がサッと杖を取り出し、セブルスも彼に杖を突きつけた。
これは止めた方がいい。名前が立ち上がろうとした瞬間、「ちょっと!」と入口から声がして、誰かが割って入った。赤毛の女の子だった。
「あなたたち何してるの?」女の子がグリフィンドールの男子に厳しい目を向けた。
「別に。…ただ挨拶しただけだよ」メガネの子が杖を下ろしながら言った。彼とセブルスは依然睨み合ったままだったが、ハンサムな子がそれをなだめ、彼らは奥の席に着いた。
セブルスが彼女と向き直った時、名前には彼の顔が赤くなったように見えた。
喧嘩をした事を恥じているんだろうか。あるいはあのセブルスの事だから、止められてプライドが傷ついたのかもしれない。
女の子はセブルスと2言3言交わした後、一緒に来ていた友人たちと並んで席に着いた。セブルスはグリフィンドールとなるべく距離をとって、教室の端に座った。
「あの赤毛がスリザリンだったら、スネイプもちょっとは扱いやすかったかもね」セブルス本人に聞かれないよう、アニーが小声で呟いた。それを聞いた瞬間、名前は自分が何をすべきかひらめいた。
「そっか、そうよ。あの女の子とこっちが仲良くなればいいんだ。彼女ならセブルスとの付き合い方をよく分かってるだろうし、友達の友達ともなればセブルスも無げな扱いはしなくなるかも」
アニーは信じられない、という風に顔をしかめて言った。
「まさか、冗談よね?グリフィンドールと友達になるなんて、死んだ方がマシ。そうでしょ?」
アニーはグリフィンドールに対してかなり敵対心を持っているらしかった。しかしそれは彼女だけでなく、スリザリン生の殆どがそうであったし、グリフィンドールを見れば逆もまた然りのようだ。
入学早々、根拠のない派閥争いに巻き込まれ、名前は気が滅入る思いだった。
セブルスならまだしも、自分はグリフィンドールの誰かに意地悪されたわけでもないのに。異常なまでの対抗意識に同調するのは気が引けた。
友達は自分で選べばいい。寮に縛られる必要はないー。名前はアニーの問いかけに、結局答えなかった。
まもなく先生が教室に入ってきて、授業が始まった。
薬草学の最初の授業は温室でのフィールドワークだった。まずはホグワーツの温室で管理されている植物に関して、決して触らずに、目で見て学ぶこと。実質的な自由時間に、生徒達は浮き足立った。
教室の座席順に2班に分かれ、交代で植物を見に行く事になった。名前とアニーは隣同士に座っていたが、先生はちょうど2人の間で班を分けたため、名前が前半組となって先に席を立った。
「せっかく一緒に座ったのに!」アニーは不機嫌そうだったが、名前はあの赤毛の女の子も前半組である事に気付き、これは良いチャンスだと思った。アニーもセブルスも、あのうるさい男の子たちも後半組だ。彼女に話しかけるなら今しかない…。
名前たちは先生の指示に従って、温室の中庭に出た。
終わりが見えないくらい広い空間が広がっていた。沢山のハウスが並び、背の高い芝が迷路のように生い茂っている。甘い香り、土の香り、お世辞にも良い香りとは言えないなにか……秋の訪れを感じさせる涼やかな風が、植物たちの息遣いを運んでくるようだった。
立入禁止のハウスを除いて、生徒達は自由に温室を見て回れる事になった。名前は教科書を開き、お目当ての植物を探すふりをして赤毛の女の子について行った。
彼女は3人の同級生たちと並んで歩いていたので、名前はなかなか声を掛けられなかった。だがしばらくして、そのチャンスは訪れた。
「あっちょっと待って、私、ひらひら花を見に行きたいな」
赤毛の女の子は教科書の植物一覧を見ながらそう言った。しかし同級生たちは目の前のラッパ水仙が色んな音色をけたたましく奏でるのに夢中で、まだこっちを見ていたいようだった。
「いいわ、一人で見てくるから。あとでね。」彼女は弾む足取りでひらひら花の咲くエリアへと向かった。名前は急いでそれを追いかけた。
2棟のハウスを越えて、噴水の広場を抜けたところに、ひらひら花はあった。入り組んだツルの中に、鮮やかな花々が文字通りひらひらと舞うように咲いている。
そこには誰もおらず、赤毛の女の子だけの世界に見えた。彼女の長く美しい髪が、花と同じように風になびいている。思わず見とれてしまうほど、幻想的な光景だった。
「あら、あなたもひらひら花を見にきたの?」
名前の存在に気付いて、彼女は言った。
「あ、そ、そう」後をつける事に必死だった名前は、当の本人に突然話しかけられて思わずどもってしまった。
赤毛の女の子は名前のために、ひらひら花の正面にあたるスペースを空けてくれた。ありがとうと一言断って、名前はその位置へ進み出た。女の子は教科書を開いて、ひらひら花の説明を読みながら実物を興味深そうに観察している。
「あの、私、名前・苗字っていうの。よろしくね。」
名前は大広間でセブルスにそうしたように、彼女に思い切って話しかけてみた。
女の子は教科書から顔をあげて、手を差し出して言った。
「リリー・エバンズよ。こちらこそよろしくね。」
彼女の友好的な態度に名前は心底ホッとした。もしこれがアニーだったら、他寮の生徒からの挨拶なんてまともに返しもしないだろう。リリーは見た目通り、穏やかで優しい生徒のようだった。
「この花、すごく綺麗だね」
名前はひらひら花をまじまじと見つめて言った。リリーの後をつけたわけではなく、花に興味があって辿り着いたように取り繕う必要があった。
「でしょ?でも私の友達はあまり興味無いみたい。みんなラッパ水仙に夢中で、誰もついてこなかったわ」
そうこぼしながらも、リリーの顔には寂しさや不満は感じられなかった。周りに振り回されず、自分の道を行くタイプなんだろう。グリフィンドールらしい、まっすぐな女の子だ。
「私は、ラッパ水仙みたいなうるさいのよりも、こういう静かで綺麗な花の方が好きだなあ」
名前はリリーとの距離を縮めるため、わざと共感した。実際のところラッパ水仙にも興味はあるが、ひらひら花を綺麗だと思う気持ちも本当なので、嘘はついていない。
「本当?」リリーは嬉しそうに言った。「私たち、いい友達になれそうね。」
友達。待ってましたと言わんばかりの言葉だった。思ったよりも早く、リリーは心を開いてくれそうだ。「そうね、いい友達になりましょ!」名前はたたみかけるように言った。
名前は早く本題に探りをいれたいと思った。あのセブルスと、なぜあんなに仲良くなれたのか…。知りたくてたまらない。
どう聞こうかと必死に頭を整理していた時、驚いたことに、リリーの方がその話題を投げかけてきた。
「名前、スリザリンにセブルス・スネイプって男の子がいるでしょ?その子とは友達になった?」
「え!」名前はまさか向こうから本題がふってくるとは予想していなかったので、思わず大きな声を出してしまった。
「あっそう、そうなの、彼のことであなたに聞きたいことがあったの!」興奮のあまり、名前はリリーを追ってきた事をひた隠しにするのも忘れ、勢いで尋ねた。
「私、セブルスと魔法薬のペアになったんだけど、全然仲良くなれそうにないの。こっちからは入学式の時から話しかけてはいるんだけどね、セブルスってまともに返事もしてくれなくて…」
「そうなの?」リリーは目を丸くして言った。
「そうなの。で、実を言うとね、私ホグワーツ特急に乗る時、あなたとセブルスが一緒にいるのを見かけて」名前はこの際もう全て言ってしまおうと思った。
「組分けの前も2人で仲良く話してたし、さっきメガネの子と揉めてる時も、あなたが入ってきたらセブルスは大人しくしてたし。何というか、あなたと話してる時の彼って、私たち普通の生徒の前とは別人に見えるのよね」
「ほんと?」リリーは心底驚いてるようだった。「まあ、ちょっとひねくれてるとこもあるけど…」
「もし出来たら、あのセブルスとどうやって仲良くなれたのか教えてくれない?どう話しかけて友達になったのか、とか」
名前は聞きたいことを言い終えてスッキリした。あとはリリーのコミュニケーション力から学ぶだけだ。しかしリリーの返答は、期待を裏切るものだった。
「うーん…どうって言われても、何もないのよ、特別なことは。そもそも私とセブルスが初めて会った時、話しかけてくれたのは彼だったし…」
「えっ!?」予想と正反対の展開に、名前は絶句した。リリーがその高い親和性と共感力で、セブルスの素直な部分を引き出したに違いないと思っていた。
リリーは彼女とセブルスの事について話してくれた。近所に住む同士であったこと。マグルの家に育ったリリーは、ある日セブルスに声を掛けられ、自分が魔女だと知ったこと。ホグワーツのことや魔法の事など、こちらの世界の全てを教えてもらったことー…。
セブルスと友達になるのに何も特別なことは必要なかったと、リリーは語った。
「ああ、でも強いていえば、私が魔女だったからかな」リリーは寂しそうに言った。「私の姉は、マグルなんだけど、セブルスとは嫌い合ってたみたい」
「そんなの…私だって魔女だわ」
名前はそう返しながら、自分の言った事の当たり前さに思わず笑った。
なんとも予想外だった。セブルスと仲を深めるためのコツなど、リリーは何も持っていなかったのだ。出会うのが数年早かっただけ。数年前のセブルスが、まだ幼く、今より素直であっただけなのかもしれない。
「じゃあホグワーツでは、あなたが特別なのね、きっと…」名前は空を仰いで言った。完敗だと思った。これからの1年、魔法薬の時間は絶望的だ。
「そんな事ないわよ!」リリーは教科書を両腕でギュッと抱えながら言った。「私の友達は、セブルスの友達よ。もっと名前に親切にするよう、ちゃんと言っておくから!」
リリーは人の心が読めるのか、と名前は思った。なんと素晴らしい子だろう。まさに名前が望む事を自ら言い出してくれるとは。名前は心に希望が戻ってくるのを感じた。
「ありがとうリリー、ありがとう!本当にお願い!」嬉しさのあまり、名前はリリーの肩を抱いて言った。
「名前とセブルスがちゃんと友達になったら、3人で遊びましょ」リリーは楽しそうに笑った。
ちょうどその時、薬草学の教室のあたりから黄色い花火のような光がパンとあがった。先生から、戻ってこいとの合図だ。
名前とリリーはそのまま並んで教室へと向かった。ひらひら花の花びらがリリーの髪に引っかかっていた。名前がそれを取ってあげると、リリーはその花びらを、大事そうに教科書にはさんだ。
「名前、あなたと私、本当に素敵な友達になれそうな気がする。ちょっと話しただけなのに、こんなに楽しかった。」
席に戻る前に、リリーは振り返って名前の手を握って言った。名前も全く同じ思いだった。入学してから今までで、一番あたたかい気持ちを感じていた。
「私も、すごくそう思う。」名前はリリーに話しかけて、本当に良かったと喜びを噛みしめた。今はセブルスがどうこうよりも、リリーと友達になれたことが純粋に嬉しい。
名前は弾む心で席についた。アニーは入れ違いに外へ出たようで、もうそこにはいなかった。
前半の生徒達は、先生の指示に従って今日観察した植物に関してのレポートを書き始めた。
授業が終わり教室を出る時、リリーがセブルスを呼ぶ声が聞こえ、名前はセブルスに気付かれないように横目で振り返った。
リリーが何か言い、それを聞いたセブルスがばつの悪そうな顔をしたので、自分のことを話してくれているのだと分かった。すぐさま約束を果たしてくれたリリーを、名前はこの上なく頼もしく思った。
「ねえ!」2人のやり取りを見つめる名前の前で、アニーが手を叩いた。名前は慌てて彼女に向き直った。
「さっきのフィールドワークの時間、何があったと思う!?」
授業を終えたアニーは至極不機嫌そうだった。名前は彼女と寮へ向かう道を歩きながら、さあ、と首を傾げた。
「グリフィンドールのやつが、へんてこな植物の綿毛を杖でつついたの。そしたらそこからトゲが飛び散って、あたしのローブにかかったのよ!」
一見する限りでは、アニーのローブには特に汚れもなく綺麗だった。しかし念の為、名前は同情するような声を出した。
「もっと酷いのはここからよ」アニーは声を低くして言った。
「杖で植物を触りなんてしたら、多少なりとも魔力が伝わるに決まってるじゃない。だから私そう文句を言ったの。そいつ、何て言ったと思う?『 僕はマグル生まれだから、そうとは知りませんでした』ってー!!」
アニーは思い出しながらまた怒りがこみ上げてきたようで、息を止めるように絶句した。そして大きく吸って、再びまくし立てた。
「つまり、つまりよ、奴は手で触るのはダメでも、杖越しならいいかと思ったんですって!信じられる!?ああ、これだから大嫌いなの、マグル生まれって…!!」
名前は、またそのグリフィンドール生もドジをやったなあと呆れた。ごめんなさいで済ませればいいものを、バカ正直に理由まで白状してしまうとは。家柄にこだわるアニーのような生徒には、一番言ってはならない事だ。
「それは…うーん、そうだねえ、気をつけた方がいいね…」名前は明後日の方角を見ながら答えた。
「それでね、私考えたの。」アニーは廊下の突き当りで立ち止まって、一冊のノートを取り出した。
「何それ?」
名前がたずねると、アニーは見ていいわよ、とノートを手渡した。
名前がノートを開くと、1ページ目に生徒の名前らしきものが数人分書いてあった。トーマス・レッチェル、エドワード・サンソム、クリスティナ・アーロン…そして下の方に、リリー・エバンズの名前もあった。
「ハーフとかマグル生まれとか、純血でない者のリストよ」アニーは勝ち誇ったように言った。「さっきのグリフィンドール生が自分の知ってる限りの名前を教えてくれたわ。あたし、決めたの。ここにある名前の生徒とは一切関わらないって」
「そんな事して何になるの?」
名前は声を上げた。今度ばかりは、取り繕えないくらいに自分の眉間がしわ寄っているのを感じた。
「何になるのって!?」アニーは質問の意図が分からない、という顔で名前を見た。「純血でない生徒とは極力関わりたくない、スリザリンの家柄ならみんなそう思うでしょう?」
言葉を失った名前に目もくれず、アニーは再び歩き出した。仕方なく名前もそのまま並んで歩いたが、胸のモヤモヤが今までにないくらい大きくなるのを感じた。
アニーは「グリフィンドール以外の、他の寮も聞き出さなきゃね。特にハッフルパフは多そうだわ…」と呟きながら、ノートを大事そうにしまい、スリザリン寮の石の扉を開いた。
談話室で宿題を一緒にしない?とアニーは名前に持ちかけたが、名前は気分が良くないから休むと言い訳をして、ベッドへ向かった。一人になりたかった。
入学の日から、アニーに関しては自分と違う違和感を抱いてきた。アニーだけでなく、ルシウスや、スリザリンの他の生徒に対しても。心ではそれを感じながら、でもなんとか蓋をして、この2日間を過ごしてきた。
しかしもうダメだった。リリーと話した事で、心の奥に閉ざしたはずの思いは、表面まで浮かび上がってきてしまった。
リーマスやリリーと話す時のあたたかい気持ち。この寮には、それをもたらしてくれる人が誰もいないように思えた。
心の中の違和感は、もはや隠せないほどに大きくなってしまっている。かと言って、断ち切る勇気もない。そもそも、寮はもう変えられないのだー。
名前はあの時、組分け帽子の決断に異議を唱えなかったことを死ぬほど後悔した。NOと言えば、聞いてもらえたかもしれないのに。才能なんて、もう今はどうでもいい。
日が落ちるまで、名前はベッドにうつ伏せになって時を過ごした。夕食の時間になった頃、アニーが名前を迎えに来た。
アニーの手を振りほどきたい気持ちでいっぱいだったはずなのに、名前は気が付けばまた彼女と並んでミートパイを食べていた。結局のところ、自分には孤独を選ぶ勇気はないらしい。
アニーは別に悪気があるわけじゃないんだ。ただそういう家に育っただけなんだー。
名前は必死に自分を誤魔化しながら、アニーの話に笑って耳を傾けた。今日のシェパードパイは最高の出来だと彼女は絶賛したが、名前にはろくに味も感じられなかった。