第一部
名前変換
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「おめでとう、名前」
スリザリンのテーブルに着いてすぐ、最前列に座っていたブロンドの上級生が名前に握手を求めた。
「ルシウス・マルフォイだ。スリザリンの監督生をやっている。よろしく。」
マルフォイ。聞いたことのある名前だった。ルシウスはプライドの高そうな、ギラギラとした目つきをしていたが、その物腰は意外にも柔らかかった。
テーブルの奥から、名前を見た女子生徒たちが「かわい〜」と囁くのが聞こえた。
名前はやっとの思いで席に着いたものの、まだ心臓がバクバクしていて、汗が引かなかった。
ハッフルパフだろうと思っていた自分が、スリザリンになった。家族はなんて言うだろう?何かの間違いじゃないだろうか。ローズは何もないテーブルの端に目線を集中させ、気持ちを落ち着かせようとした。
闇の魔法使いの出身寮ー……ふと、行きの汽車でリーマスがポツリと放った言葉が脳裏をよぎった。
その寮が、名前の「才能」を一番伸ばせる場所だと帽子は言う。2つの言葉を単純に結びつけると、とても嫌な考えにたどり着くような気がした。
まさか、自分に限ってそんな事はない。虫を殺すのだって躊躇うのだから。闇の魔術なんて、最も遠い存在だ。
組分けの儀式は間もなく終わろうとしていた。名前の後にスリザリンに選ばれた子はいなかった。それでも寮のテーブルには、新入生が自分を含めてざっと15人はいるようだった。
名前は左隣に座る同級生をちらっと見た。あの黒髪の男の子だ。
思えば、彼は赤毛の女の子に終始優しく接していたし、その女の子の方はグリフィンドールだ。自分とリーマスと一緒じゃないか。そう考えると名前は彼に親近感を覚えたし、胸のモヤモヤが少し軽くなる気がした。
そうだ、スリザリンのみんなが闇の道に進むわけじゃない。そんな人達は、思いっきり性格の歪んだ、一部に違いない。
組分け帽子が片付けられている間に、名前は思い切って彼に話しかけてみた。
「初めまして、名前・苗字よ。よろしくね。」
「……セブルス・スネイプだ」
男の子は名前に見向きもせず言い放った。
名前は驚いた。赤毛の女の子とのやり取りを見る限り、てっきり愛想の良い男の子だと思っていた。それが、表情をピクリとも変えないどころか、相手の顔を見ようともしない。
人見知りなのだろうか。もしかしたら、彼女と別の寮になったのが、よほどこたえたのかもしれないと名前は思った。
「あの…残念だったね、あの子、一緒になれなくて」
それを聞いて初めて、セブルスは名前の方を振り返った。なぜそれを、と言いたげな驚いた表情をしている。名前は慌てて弁明した。
「あー…その、さっきの部屋でのあなた達の会話がたまたま聞こえちゃって。行きの汽車でも一緒にいるのを見かけたから、仲が良いのかなって…」
セブルスは何も言わなかった。不愉快そうに名前を一瞥すると、また前へ向き直った。
なんと、最悪だ。名前は面食らった。リーマスの時のように、スムーズに友達になれると思ったのに。
やはり、スリザリンには性格の悪い生徒しかいないんだろうか?名前は胸のモヤモヤが、さらに大きく膨れ上がるのを感じた。
そんな名前の不安をよそに、ダンブルドアが新入生の入学と新学期の始まりを祝うために立ち上がった。
蛙チョコレートのカードで何度も見たあの老魔法使いが、今目の前にいる。個性的な先生たちが並ぶ中でも、ダンブルドアはひときわ強烈なオーラを放っていた。
現代の最も偉大な魔法使いは何を話すのか。名前は耳を傾けた。
「新入生の諸君、入学おめでとう。在校生の諸君、よく戻ってきた。今年もまた一年が始まるの。」
老人にありがちな長い話が始まりそうだと名前は身構えたが、ダンブルドアは挨拶程度で、あっという間に話を切り上げてしまった。
彼は生徒達が一番心待ちにしているのが、長いお説教ではなく晴れの日のご馳走だと分かっているようだった。彼が手を一振りした途端、目の前の金の皿が豪華絢爛な料理でいっぱいになったのだ。金のゴブレッドにも、いつの間にかブドウジュースがたっぷり注がれている。
ルシウスが名前とセブルス、そして依然として緊張している他の新入生たちに微笑んで言った。
「どれでも好きなのをとってくれ。ホグワーツの食事は、決して足りなくなったりしないからね」
名前は周りの生徒の様子を伺いながら、遠慮がちに料理に手を伸ばした。目の前の皿には山盛りのチキンが高く積み上げられていて、正面の女の子の顔を半分隠してしまうほどだった。
「初めまして、名前・苗字です」
セブルスに無視された時の痛い思いを蘇らせながら、名前は丁寧にその女の子に話しかけた。
焦げ茶色のツヤツヤした髪をかきあげながら、女の子は答えた。
「アン・パーキンソンよ。アニーって呼んでね。」
名前は彼女に笑顔を向けられたことで、単純にもスリザリンへの恐怖が少し和らぐのを感じた。
「アニーね。よろしく!」
自己紹介が成立した、たったそれだけの事だったが、名前は嬉しかった。スリザリンでもうまくやっていけるかもしれない。安心しきって口に運んだローストチキンは、頬が落ちそうになるほど美味しかった。
その後すぐ、アニーの横に座っていたマルシベールという男の子も声を掛けてくれた。頭の良さそうな、話のうまい子だった。
自己紹介の輪の中で、セブルスもアニーに名前を聞かれ渋々と答えたが、相変わらずの無愛想っぷりに名前はひやひやした。アニーは彼の友好的でない態度に「ふーん」と素っ気なく答え、早々に見限ったようだった。
「君はお兄さんとあまり似てないね」
ルシウスがテーブルの奥を指さしながら、アニーに声をかけた。どうやらアニーには在校生の兄がいるらしい。
「そうなの、でも中身は似てると思う。」アニーは兄に向けて手を振った。それに対して彼女と同じ髪色の上級生が笑顔で手を振り返した。
「当たり前だけど、君たちがスリザリンに来ることは分かっていたよ」ルシウスはアニーたちに言った。「マルシベール家の子が入学する事もね」
マルシベールはチキンを頬張りながらコクンと頷いた。
アニーは「パーキンソン家でスリザリンじゃないなんて事が万一にでもあったら、今頃もう汽車で家に帰ってるわ」と笑っていた。
みんな入学前からスリザリンに入ることを望んでいたんだー。名前は目の前で家柄についての話が繰り広げられる中、黙って皿にポークチョップとポテトをよそった。左横のセブルスも黙りこくって食事をしていたが、彼だってスリザリンが希望の寮だったはずだ。名前はその居心地の悪さに、脚がムズムズするような気がした。
「で、名前、あなたは?」
アニーが急に自分に話を振ったので、名前は口に入っていたポテトを慌てて飲み込んだ。
「何が?」
「苗字ってお家は、あたしあまり聞いたことないんだけど、スリザリンの家系なの?」
アニーはとにかく家柄の事が気になるようだった。ルシウスも興味があるようで、名前をじっと見つめている。
自分以外がハッフルパフだなんて事は、間違っても言わない方がいいだろう。名前はとっさに言葉をひねり出した。
「いや、別に…普通よ」アニーが次の質問をしてこないうちに、名前はルシウスに向き直った。「それより感激だな、あの有名なマルフォイ家の人が先輩で、しかも監督生なんて。」
我ながら気の利いた話のすり替えだと名前は思った。マルフォイという名字を聞いたことがあったのは本当だったし、新入生のテーブルにわざわざ張り付くほど熱心な監督生だ。持ち上げておいて損は無い。
案の定ルシウスは気を良くしたようで、気になる事があれば何にでも自分に質問するよう言った。
「聞きたいことなんていっぱいあるわ!」アニーが声を張り上げた。「誰がなんの先生?この天井は本物の空?このご馳走はどっからきたの?」
ルシウスがアニーの一連の質問に答え、さらに彼女がクィディッチチームに関する質問を投げかけた丁度その時、大広間の入口あたりからスウーっと白く透き通る何かが走り抜けてきた。
ゴーストだ。
スリザリンのテーブルの上を男のゴーストがヒュンヒュンと飛び回り、ルシウスの前でピタッと止まった。その途端、名前たちは急に恐ろしく冷たい空気に包まれた。マルシベールは驚いたはずみで、ゴブレッドをテーブルから落としてしまった。
「やあ、血みどろ男爵。」ルシウスは一瞬身構えたものの、落ち着きはらってゴーストに挨拶した。
「ルシウス」ゴーストはにやっと笑った。髭をはやし、中世の貴族のような髪をしたその男は、よく見ると全身が銀色の血にまみれている。
「この子たちが今年のスリザリン新入生だな?」血みどろ男爵は一年生たちを見渡してから、名前の顔をじっと見つめた。目が合った瞬間、名前は全身が凍るような悪寒に包まれるのを感じた。
「こんなに可愛いお嬢さんが、将来闇の魔女になるかもしれないと思うと、ワクワクするねえ」男爵はニヤッと笑みを浮かべながら言った。
「何ですって?」名前は思わず口を開いた。「私、闇の魔女になんかー…」
「まあまあ」名前が言い終わらないうちに、ルシウスが制した。「男爵、今年も脅しがいがありそうなやつらがいたら教えるよ」
ルシウスの言葉を聞いて、男爵はフンッと笑い、柱をすり抜け消えていった。
「血みどろ男爵には気に入られておいた方がいい」ルシウスは名前たちに耳打ちした。「男爵を味方につけておけば、ピーブスから逃れられるからな」
「ピーブスって?」アニーが5個目の質問をした。
「ホグワーツのポルターガイストだ」ルシウスはマルシベールに新しいゴブレッドを手渡しながら答えた。「まったく迷惑なやつでね。生徒を陥れるのが大好きなんだ。ただ、ピーブスも男爵だけには頭が上がらない。」
ゴーストが過ぎ去ると、奥に座っていた上級生の何人かが、わざわざ新入生の方へやってきて、名前たちに自己紹介をした。アニーのお兄さんもいた。2人の外見は確かに似ていなかったが、マルシベールの名前を聞いた途端、その家に興味を示したところはそっくりだった。
スリザリンの生徒たちは仲間内に対してはとても親切だった。最初は絶望的な気持ちだった名前も、皆と話をするうちに段々と溶け込めるような気さえしてきた。
ただ隣に座るセブルスは、やはりほとんど喋らなかった。
全生徒がお腹いっぱいになると、テーブルがダンブルドアの合図ひとつで綺麗に片付けられ、全員各寮へ戻るようにとの指示があった。
「スリザリンの寮は地下にある、行こう。」ルシウスが立ち上がり、新入生たちはそれについて行った。
大広間の入口付近で、ルシウスはブロンドのスリザリン生に声を掛けた。
「シシー、新入生たちの案内を手伝ってくれないか?特に女の子を」
「いいわよ」シシーと呼ばれた背の高い女生徒が、名前たちのもとに歩いてきて、ニッコリと微笑みかけた。
「はじめまして。ナルシッサ・ブラックよ。」
「ブラック家の!」アニーが声を上げた。また家柄の話か、と名前は心の中でうめいた。
ナルシッサはとても美人だった。しかし道中の混雑のなか、グリフィンドール生の頭がナルシッサの肩にぶつかった瞬間を名前は見逃さなかった。彼女は心底憎たらしいというような表情を浮かべ、せっかくの美しい顔を台無しにしていた。
薄暗い階段を下って、じめじめした地下通路を抜けた先にスリザリンの寮はあった。石が敷き詰められた壁に突き当たったと思った瞬間、ルシウスが合言葉を言って隠れていた扉を開いた。
談話室は荒削りの石が積み重なって出来ているような内観だった。部屋は奥の方へ細長く広がっている。スリザリンカラーの緑が、ランプの光の色となって部屋を照らしていた。
突然、窓に目を向けた新入生が悲鳴をあげた。その視線の先には、なんと、見たこともない大きなイカが泳いでいた。名前は思わず後ずさりした。ここは、もしかすると…
「ここは水の中なの!?」新入生全員の気持ちを代弁するかのように、アニーが叫んだ。
「いかにも」ルシウスが笑って答えた。「スリザリンの窓はホグワーツの湖に面している。」
この窓が万が一割れてしまったらどうなるんだろう。魔法がかかっているとはいえ、名前は少し不安になった。
それにしても暗い。寮までの道のりは終始暗かったが、部屋の中もかなりの暗さだ。
「これは夜だからこんなに暗いの?」アニーが不安そうに問いかけた。
「地下だから、昼も夜もそんなに変わらないわ」名前の隣にいたナルシッサが答えた。
「朝もこんなに暗いの?」何かと質問ばかりで小うるさいアニーだったが、これは名前もぜひ知りたいと思った事だった。朝もこんな暗さだとしたら、起きれる自信がない。
「多少暗い方が、良いこともあるのさ。」ルシウスがナルシッサに目配せをしながら言った。ナルシッサは頬を赤らめて笑った。
ルシウスの指示で、新入生たちはその場で解散し、各々部屋へと向かった。
名前とアニーのベッドは偶然にも隣同士で、汽車で預けた荷物が各々のスペースに置かれていた。
そしていつの間に運び込まれたのか、自分のサイズぴったりの緑のローブも一式置いてあった。明日からこれを着て、毎日生活するのだ。
「スリザリンって冷たい人が多いのかと思ってたけど、そんな事なくて安心したわ」
名前は荷解きをしながらアニーに話しかけた。
「冷たいなんて!そんなわけないじゃない」アニーは家族の写真をカバンから取り出しながら言った。
「たとえば私の家族なんて、とっても仲が良くて理想的な家族よ。ママとパパが冷たいなんて思ったことない。もちろんお姉ちゃんもね。」
それもそうだな、と名前は思った。身近にスリザリンの人がいたわけでもないのに、どうして勝手な想像で悪いレッテルを貼れるだろうか。
スリザリンに対する悪評は、きっと他の寮がでっち上げてるだけなんだ。汽車の中でリーマスが言ったこと、血みどろ男爵が言ったことー…あれらも全部でまかせなんだ。スリザリンのベッドに腰掛けた今、名前はもはやそう思い込むしかなかった。
「あ、でも」ベッド上の壁に写真を貼り付けながらアニーが口を開いた。
「名前の隣に座ってた黒い髪の子、あの子は感じ悪かったわね。全然喋んないし、ルシウスの説明もまともに聞いてる様子なかったし。まるで自分は全て知ってるとでも言いたげで」
「ああ、セブルスね…。」自分以外にも彼を異質だと思っていた生徒がいたと分かり、と名前は安心した。あの態度がスリザリン生の平均でなくて良かった。
名前のため息が、アニーのお喋りにますます拍車をかけた。
「あの子、私たち同い年の事、見下してるような感じがしなかった?まともに自己紹介もしないなんて、ありえないでしょ、フツー。スネイプなんて名前も聞いたことないし。」
名前は最初と最後の点には同意しかねたが、真ん中についてはその通りだと思い、「そうだね」とだけ答えた。
アニーはフンっと笑って言った。
「ま、明日から授業が始まれば、どんなもんか分かるけどね。斜に構えてるわりに、大して何にも出来ないんだよ、ああいうタイプ」
「どうだろうね…」名前は目線を床に落としながら答えた。薄々気付いてはいたが、アニーは言いたいことを遠慮なく言う子のようだった。
確かに自分たちに対するセブルス・スネイプの態度は最悪だった。
でも、あの赤毛の子を見る時のセブルスは、とても優しい顔をしていた。そこだけが名前の中で引っかかった。
全員に対して冷たい態度なら、セブルスの事など気にもならなかったはずである。しかしあの女の子との会話、組分けに向かう前の彼の表情…。思い出すほどに、セブルスへの興味が湧いてくるようだった。
どっちが本当の彼なんだろうー…。
そんなことを考えながら、名前はホグワーツでの最初の眠りに落ちていった。窓に打ち寄せる湖の波の音は次第に心地の良いリズムとなり、夢の中に誘う美しい音楽のように寝室に鳴り響いていた。