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第一部

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名前
苗字

ある晴れた春の夕方、名前は授業を終えた上級生たちの波に逆らって変身術の教室へと向かっていた。冬の間は真っ暗だったこの時間だが、4月に入ってからは確実に日が伸び、空は夕焼けのオレンジと夜のブルーが混ざった美しい色に染まっている。解放感に満ちた生徒たちの群れを追い越し、石造りの階段を駆け足でのぼりながら、名前は心臓の鼓動が早鳴るのを感じていた。緊張と早足という二つの負担から息は切れ、喉がつまりそうな苦しさだ。しかし名前は速度を落とすことなく歩き続け、約束の時間よりも少し前に教室へとたどり着いた。

「ようこそ、ミス・苗字。準備が出来たら始めましょう」

胸を上下させながら息を吸う名前の様子をちらりと見て、マクゴナガルが穏やかに言った。名前は午後の授業の教材が詰まった鞄を隅に置き、杖を取り出してからボサボサになった髪を手ぐしで整えた。何もこんなに緊張する必要はない。何度も成功してきたのだから。握りしめた杖がそう自分を励ましてくれているような気がして、名前は指の先がじんわりと温かくなるのを感じた。

「はい、先生、大丈夫です」
名前は片手で胸を押さえながら、マクゴナガルの待つ教卓へと向かった。
「よろしくお願いします」

「承知しました。それでは…」

マクゴナガルが杖を一振りすると、最前列の机に一枚の紙と羽根ペンが現れ、冷たい金属のペン先がきらりと光った。名前は強ばった姿勢でその席に座り、真っ白な紙をじっと見つめた。

「時間は本番通りに測りますが…早く切り上げる分には問題ありません。書き終えたと思ったら、その場で合図してください」

「分かりました」

名前の返事に頷いて、マクゴナガルは教卓の上に置かれた砂時計をくるりとひっくり返した。

「それではOWL試験を始めます」

開始の合図とともに紙を裏返すと、小さくシンプルな文字がローズの目に飛び込んできた。問題文はたったの一行だ。

『取り替え呪文の定義を述べよ』

名前は心の中で安堵のため息をつき、羽根ペンを手にとって一心不乱に答えを書き始めた。緊張と集中が合わさって、今まで経験した事のない程に手が早く動く。砂時計の上部に残り時間をたっぷり残した状態で、名前はペンを置いた。

「終わりました」

「よろしい。それでは回収します」

マクゴナガルは魔法を使わずに名前の机から紙を取り上げ、その解答を真剣な眼差しで読み始めた。名前はそわそわと落ち着かない様子で教授の表情を見つめていた。過不足はないはずだ。しかし名前は理論や定義に関してはどちらかと言うと疎かった。周囲の同意は得られないが、変身術は考えるより実際にやってみる方が上手くいく。毎回後付けのように覚えさせられる理論式に、名前は何度か頭を悩まされていた。

「ミス・苗字

「はい」

マクゴナガルの突然の呼びかけに、名前は思わず声を裏返しそうになった。視線の先にいるベテランの魔女は、名前に向かって一瞬微笑んだようだった。

「筆記試験はひとまず合格です。それでは実技試験にうつりましょう」

名前はほっと胸を撫で下ろし、杖を手にして立ち上がった。ここまで来ればもう大丈夫だ、そう名前は自分に言い聞かせた。実技に関してはもはや絶対的な自信があった。OWLに出題され得る呪文は全て何度も練習してきた。それに、一度も失敗した事はないのだから。

「さて、それでは…」

マクゴナガルは教卓の裏にまわり、名前と向かい合う形で立ち止まった。彼女が杖を振ると、大きなヤマアラシがどこからともなく現れた。ヤマアラシはまるでマクゴナガルと事前に打ち合わせでもしたかのように、教卓の上に大人しく佇んでいる。つぶらな瞳がとても可愛い。その愛らしい姿に名前は思わず魅せられてしまった。

「これが実技試験の課題です。ヤマアラシを消失呪文で消してください」

「分かりました」

そう答えて、名前はじっとマクゴナガルを見た。開始の合図を待っていた名前だったが、既に試験は始まっているようだ。マクゴナガルに「さあ」と催促され、名前は慌てて呪文を唱えた。

「エバネスコ!」

杖から出た閃光が当たるやいなや、ヤマアラシは一瞬のうちに消えてなくなってしまった。教卓の上には細かな針一本も落ちていない。マクゴナガルは満足そうに手を合わせ、今度こそ確かに微笑んで言った。

「よく出来ました。これでOWL試験レベルの課題は合格です」

「ありがとうございます、先生」

「OWL試験は文字通り普通レベル試験ですので、5年生でこれに合格するのは当たり前の事ですが…2年生でこのレベルに達したというのは本当に素晴らしいです。スリザリンに20点差し上げましょう」

そう言ってマクゴナガルは教卓の上を片付け始めた。名前は達成感と解放感に満たされながら鞄を取りに行き、ふと自分が使った席を振り返った。マクゴナガルが呪文で出現させた羽根ペンがまだ残ったままだ。きっとあれも片付けるのだろう。ならばと名前は席に戻り、消失呪文を再び使って机をまっさらな状態にした。マクゴナガルは背を向けた状態で黒板を杖で拭いており、名前の些細な行動には気付いていない。

「ではミス・苗字
片付けを終えたマクゴナガルは名前に向き直り、杖をローブにしまって言った。
「来週からは6年次の課題を見せてもらう事にしましょう。難易度はぐっと上がるかもしれませんが…あら」

マクゴナガルは机の上にはたと目を留めて、名前にたずねた。

「あなたにお出しした羽根ペンを知りませんか?今しがた使おうと思っていたのですが…」

「あっすみません!」
名前は慌てて杖を一振りし、先ほどと同じ羽根ペンを出現させた。
「勝手に片付けちゃってました…どうぞ」

名前が上目がちにマクゴナガルを見ると、そこには目を丸くしてぽかんとする彼女の姿があった。名前はどきりとして、たった今出現させたばかりの羽根ペンを見た。どこか壊してしまっただろうか。それともさっきとは違う種類を出してしまったのだろうか。羽根ペンの前で右往左往し始めた名前に、マクゴナガルがぽつりと呼び掛けた。

「…ミス・苗字

「は、はい」

「あなたはもう出現呪文が使えるのですか?それも、無言で?」

「あっはい、先生」
羽根ペンに問題があった訳では無いと分かり、名前は安堵して答えた。
「でも無言呪文が通じるは変身術の分野だけです。呪文学で習う魔法はまだ全然…」

「ミス・苗字
名前の言葉を制すように、真剣な眼差しでマクゴナガルが言った。
「私はどうやら…あなたの才能を見誤っていたようです」

マクゴナガルの突然の言葉に、名前はぽかんと口を開くほか無かった。マクゴナガルは身を翻し、教卓の裏の引き出しを開けて何やら探し始めた。

「来週から6年次の課題をと言いましたが、取り消します。今あなたが見せてくれた出現呪文は、通常NEWT試験の課題にもなるものです。無言呪文に関しては更にその先のレベルになります」

マクゴナガルは引き出しから小型の古いノートを取り出し、名前の傍にゆっくりと歩いてきた。

「つまり…あなたは卒業するまでに身につけるべき変身術を全て習得したことになります。ですから約束通り…私は来週から、動物もどきになる方法について教える事にしましょう」

「本当ですか!」
名前は驚いてマクゴナガルの顔を見た。こんなにも努力が報われたと思う瞬間を、名前は味わったことがなかった。マクゴナガルは手にしたノートをそっと名前に差し出し、微笑んで言った。

「これは私が学生の頃、動物もどきになる勉強をしていた時に書き溜めていたノートです。拙い内容ですが、少しは役に立つはずです。あなたがその術を身につけるまでお貸ししましょう」

「ありがとうございます」
名前は両手でノートを受け取り、ぱらりとページをめくってみせた。几帳面そうな細かい字がびっしりと並んでいる。悩んだ末に導き出された図式のようなものがあちらこちらに書かれており、その内容のレベルの高さに名前は一瞬怯んでしまった。

「私、マクゴナガル先生よりずっと時間がかかるかもしれないですけど…」
今までのどんな教科書よりも貴重な教材を鞄にしまいながら、名前は言った。
「一生懸命頑張ります。本当に、ありがとうございます」

「私があなたに動物もどきを伝授しようと決意したのは、それだけあなたの才能が特別だと理解しているからです。そして…」
マクゴナガルはいつもの厳しい表情で、名前の目をじっと見た。

「あなたを信頼して教えるという事です。決して悪用はしないと約束してください」

「もちろんです!」
名前は澄み切った目でマクゴナガルを見返し、心の底から彼女に告げた。
「悪い事なんか絶対しません。もし動物もどきになれたら、誰かを助ける事に使いたいと思います」



変身術の教室を出ると、外はすでに真っ暗だった。のろのろと夕食に向かう生徒たちをかき分けて、名前は大広間へと走った。この嬉しさを、成し遂げたことを早く報告しなければ。人が増え始めた大広間の入口に着いてから、いつもより少し時間が早いことに気付き、名前はそわそわと扉の前で友人を待った。

名前

間もなくして石をジャラジャラと身につけた少女が現れ、二人は揃ってスリザリンのテーブルに座った。

「凄いじゃない!おめでとう」
名前から話を一通り聞き終えて、ミランダが感嘆の声を上げた。
「思い切って羽根ペンを片付けて良かったわね。それがなかったら、あなた無駄に6年次の試験を受けさせられてたわけでしょう?」

「うん、ラッキーだった」
ローストチキンを切り分けながら、名前は自分の咄嗟の行動を改めて褒めてやりたい気持ちになった。
「片付けとか手伝いって、進んでやると良い事あるね」

「見返りを求めない者が報われるのね」
ミランダはごちそうさま、とフォークを置き、ナプキンで丁寧に口元を拭って言った。
「まあ、私は前々からOWLじゃなくてNEWTを受けさせるようマクゴナガルに言うべきだって思ってたけど」

「そんなおこがましい事出来ないよ…才能をひけらかしてるみたいで、ただでさえ気が引けるんだから」

名前が鶏むね肉を口いっぱいに頬ばった頃、大広間の扉付近を見ていたミランダが「あっ」と小声で囁いた。

「彼には報告したの?もう帰っちゃうみたいだけど」

ミランダが指差した先を見ると、そこにはセブルスの姿があった。名前が答える前に彼は扉を押し開け、大広間から出ていってしまった。

「まら、言ってふぁい」
名前は口の中の食べ物を片頬に詰めてモゴモゴ言いながら、ミランダに『 行ってきていい?』とジェスチャーした。

「どうぞどうぞ」
ミランダに促され、名前はチキンを急いで飲み込みセブルスの後を追った。大広間の扉を開けると、薄暗い廊下に彼の姿が少しずつ遠ざかっていく所だった。

「セブルス、セブルス!」

名前の声が静まり返った廊下に響き、セブルスが気だるげに振り向いた。名前は駆け足でセブルスの元にたどり着き、嬉しさのあまり彼の肩を揺さぶって言った。

「私、とうとう動物もどきの練習を始められる事になった!今日マクゴナガル先生のOWLとNEWT試験に受かったの!」

セブルスは半ば鬱陶しそうに名前の手を肩から離し、周りを見渡して言った。

「5年生と7年生の前でそんな事言ってみろ、殺されるぞ」

「でもこれでやっとセブルスの挑戦に受けて立てるよ!本当にこうなるなんて思ってなかったでしょう」

「やっとスタート地点に立っただけだろ」

セブルスはふんと鼻で笑い、持っていた羊皮紙で名前の頭をパシリと叩いた。春になってから、彼の背は名前よりも更に高くなったようだった。

「おめでとうとか無いの?ミランダは真っ先に言ってくれたけど」
名前は少し拗ねた目つきでセブルスを見たが、少年はまるで何事も無かったかのように再び歩き出した。

「無いね。僕に褒められたかったら、あっと驚くような偉業を成し遂げる事だな。魔法薬の期末試験で学年一位になるとか」

「セブルスを殺したらなれるかも」

名前の冗談に、二人とも声をあげて笑った。セブルスは別れを告げるようにぞんざいに手を振り、名前に背を向けて呟いた。

「それでもまだリリーがいる」






変身術の特別授業は土曜の午前に行われる事になった。名前は朝の練習を控えたクィディッチ選手と同じくらい慌ただしく朝食を取り、未知の授業に胸を踊らせながら向かった。


「あまり知られていませんが、実は動物もどきになる方法は2つあります」

名前の期待とは裏腹に、最初の授業は動物もどきが何であるかの座学から始まった。うずうずと杖を握りしめる名前を気にもせず、マクゴナガルはいつもの調子で淡々と説明を続けた。

「ひとつは私が学び、そしてあなたがこれから習得するであろう、超上級変身術としての一般的な方法です。もう一つに関しては、あまり知られていませんが…とある魔法薬を使います」

「えっ」
マクゴナガルの言葉に名前は驚いて声を上げた。
「動物もどきになれる魔法薬があるんですか?」

「大変貴重な薬ですが、あるのです。ですがはっきり言わせて頂くと、そんなものは邪道です」

マクゴナガルの厳しい目つきに、名前は開きかけていた口をぱっと閉じた。マクゴナガルがスプラウトのように陽気でフレンドリーだったら、「その魔法薬をください」と遠慮なく言ってしまっただろう。

「期待を抱かないために一応申し上げておきますが、計り知れないほど面倒な魔法薬だそうですよ。なんでもマンドレイクの葉を1ヶ月口の中に入れておかなければいけないとか」

「それは…嫌ですね」
名前は思わず顔をしかめた。24時間口の中に葉っぱがいる事を想像するだけで、そのストレスに耐えられないであろうことは明らかだ。

「まともな魔法使いであれば、変身術の正しい勉学の先に動物もどきがある事が理解出来るはずです。私はあなたに正しい道を期待しています」

動物もどきの概要から理論、利点とリスクなど一連の説明が続き、気付けば時計は既に12時を指していた。マクゴナガルは初日はここまでと杖を下ろし、名前は資料となる大量の羊皮紙やノートを抱えて教室をふらふらと後にした。


名前!」

変身術の教室を出てすぐのベンチに、リリーがセブルスと座っていた。久しぶりに3人でランチを過ごす約束をしていたのだ。名前の抱えた大量の資料に驚いて、リリーがすかさず駆け寄ってきた。

「すごい量。初日はどうだった?」

「うーん」
名前は背後のドアにマクゴナガルがいないのを確かめてから、小声で答えた。
「今日はあんまり…なんにもやらなかった…」

東側の廊下から中庭に向かい、馴染み深い菩提樹の下に腰を下ろしてから、3人は輪になるように向かい合った。リリーは準備よく3人分の昼食を既に大広間から持ち出してきていた。鞄の中からサンドイッチの入った袋を取り出し、3人が座る真ん中にそれらを広げながらリリーがたずねた。

「ミランダは今日ホグズミードに行ってるの?」

「うん」
そう答えて、名前はブラウンブレッドの一切れを手にとった。
「私がマクゴナガル先生の授業があるって言ったら、さすがに行くって。ミランダ今までホグズミードには行ってなかったんだよ」

「3年生なのに?信じられない!私、今からホグズミードに行くのが待ちきれないのに」
リリーは夢見るように緑の瞳を輝かせて言った。
「私、魔法使いの町ってダイアゴン横丁しか知らないから…ホグズミードってイギリスで唯一の魔法使いだけの村なんでしょう?」

「実は私も行ったことないの」
サンドイッチを半分口にくわえたところで、名前はちらとセブルスを見た。
「セブルスは?」

「無い」
猫背にかがみながら、セブルスがぶっきらぼうに答えた。

「セブも私と同じで、育った場所はマグルの町だから」
彼の肩をぽんぽんと叩くリリーを見て、それもそうだと名前は納得した。それと同時に、幼馴染同士の深い繋がりのようなものを目の当たりにしてしまったような気がして、どことなく心がざわつく思いがした。

「そういえば」
リリーとセブルスの共通点から目を逸らすように、名前は別の話題へと話をうつした。
「さっきマクゴナガル先生から聞いたんだけど、動物もどきになれる魔法薬があるらしいよ」

「すごい!」
リリーが目をキラキラさせながら名前の話に食いついた。セブルスも顔を上げ、興味深そうに名前を見ている。

「でも、すっごく面倒なんだって。マンドレイクの葉を1ヶ月ずっと口に入れとかなきゃいけないとか」

「そんな事だけで動物もどきになれるのか?」
セブルスが信じられないという顔で名前たずねた。

「そんな事って…セブルス、1ヶ月間も草を口の中に入れておくんだよ?そんなの出来ると思ってるの?」

「なんでそれが出来ないと思うんだ?」

顔をしかめて見つめ合う名前とセブルスを前にして、リリーがくすくすと笑った。

「セブルスの魔法薬に対する考えは普通とは違うのよ、名前。私もマンドレイクの葉をずっと口に入れてるなんて絶対無理!」

名前とリリーが向かいあって笑う中、セブルスが理解できないという顔でサンドイッチをくわえているのがまた可笑しく、名前はなかなか笑いを止めることが出来なかった。
なんて平和な世界だろう。ミランダの言っていた闇の魔法使いが名前の脳裏に浮かんでは、リリーの笑い声とともに弾けるように消えていった。


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