第一部
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ホグワーツでの最初の土日はあっという間に過ぎ去り、また新しい1週間がやって来た。
この土日、名前はミランダが言った「窓に魔法をかける」方法について図書館で調べていた。非常に興味深くワクワクするような魔法だったが、物を浮かす基本呪文さえ習得していない自分が手を出すにはあまりに難しすぎるように思えた。結局名前は日の入らない陰気なベッドで、8回目の朝を迎えた。
眠さで目を半開きにしながら、名前は談話室でミランダと落ち合った。ミランダはスッキリとした顔つきで、まるで高原の朝日を浴びて目覚めたかのような清々しさに満ちている。名前は彼女が指にはめている太陽の石を羨ましげに見つめた。
「今日あたり返事がくると思うんだけど」
そう言って、ミランダは名前の背中を押して談話室の扉を開かせた。ミランダは土曜の朝一番に、太陽の石を名前に譲れないかという内容の手紙を家に送ってくれていた。
大広間に広がるトーストの香ばしい匂いを嗅いで、やっと名前は目が覚めてくるのを感じた。焼き目のついた温かいトーストにベーコンエッグを乗せ、名前は一日の始まりを噛みしめるようにかぶりついた。
周りの生徒は以前ほど名前とミランダをじろじろと見なくなった。アニーたちの冷ややかな視線も、今となってはさほど気にならない。
これが慣れというものだ。永遠に補充され続ける料理も、朝の大広間に訪れるふくろう便の大群も、名前にとっては既に見慣れた光景と化してきていた。
「あ、ほら、噂をすればよ」
ミランダが天井を指差した。灰色のフクロウが名前たちのテーブルに向かってくるところだった。
フクロウは器用にスウーッとミランダの前に着地し、小包をその手元に置いた。雪のようにフワフワした毛のフクロウだ。名前は思わず触りたくなって手を伸ばしたが、名前の手が届こうとする寸前にフクロウは飛び去ってしまった。
ミランダは小包の中に入っていた手紙をまず広げて、5秒ほどでさらっと読んだ。そして同梱されていた小さな麻袋の中身を確認し、それを名前に差し出した。
「はい、どうぞ」
それが何かは、名前にもすぐに分かった。袋の口を開けると、中にはキラキラと輝くオレンジ色をした石の指輪が入っていた。石の輝きは太陽と同じくらい眩しい。紛れもない太陽の石だ。
「わあ…!本当に…ありがとう…!」
名前は嬉しさで胸がいっぱいになった。まだ月曜が始まったばかりなのにも関わらず、これがこの1週間で一番素晴らしい出来事に違いないと確信が持てる程だ。
ミランダは石の秘密を気にする。名前は人目につくところで指輪をはめるのはまずいだろうと思い、麻袋の口紐を閉めてポケットにしまおうとした。しかし意外にもミランダは、今つけてしまいなさいと催促してきた。
「いいの?」名前は驚いて彼女を見た。
「他の人に知られたらまずいんじゃ…」
「秘密を知られるのはまずいけど、あなたに石をあげた事くらいは知られたっていいわ」
ミランダは余裕たっぷりにコーヒーをカップに注いだ。
「太陽の石は毎日つけるんだもの。あなたが石を持ってるって、遅かれ早かれみんな気付くでしょ?」
それもそうだ、と納得して名前は太陽の石をはめた。その瞬間、頭の中に風が吹くような感覚が走った。とても爽やかな、心地よい風だ。目を塞ごうとする重だるさや、ぼんやりとした思考が全て吹き飛ばされていく。
名前は目をしばたいて石を見つめた。もう眠気のひとかけらも残っていない。肺がひろがって、吸う空気の量さえも増えた気がする。
「これ…これ、思ってたよりもずっと凄い」
両目が2倍の大きさになったような感覚を伴いながら、名前はミランダを見た。ミランダはさっきから興味深そうに名前の反応を眺めている。
「そっかあ、初めての感覚だとそんなに感動してくれるのね」
ミランダは肘をつきながら、面白そうに言った。
「私は物心ついた時から、毎朝その石を身につけてたから…」
ミランダと大広間の前で別れ、名前は呪文学の教室へと向かった。塔へ登る階段の窓からは今日も光が差し込みつつも、季節は確実に秋へと変わっている。晴れ渡った空を見れるのはもうあと何日だろうかと気をもんでいた名前だったが、そんな心配は既に過去のものとなった。今日からはこの素晴らしい石がついているのだ。
教室へ入ると、廊下をはさんでスリザリンとグリフィンドールが各々の席に分かれて座っていた。名前は何の迷いもなく、教室の隅に佇むセブルスの隣に座った。
名前もセブルスも寮での友人は年上の一人だけで、特に仲良くしている同級生はいない。少なくとも名前からするとそういう認識だった。果たしてセブルスは自分の事を友人として見ているだろうか。そんな事を思いつつ、名前は先生がまだ到着していないのを確認して、セブルスに話し掛けた。
「いい土日だった?」
「…分からないが、君よりは有意義に過ごせたと思う」
セブルスの皮肉や毒づきも、大広間の魔法と同じくらい名前には慣れ親しんだものになってきていた。聞き慣れすぎて、もはやそれをユーモアに感じるほどだ。
「私だってかなり有意義でしたよ」
名前は図書館で「窓に魔法をかける方法」について調べた事を話した。窓から見える景色や天気を自由に変えられるその魔法に、セブルスは興味を示したようだった。
「それで?実際に寝室の窓を変えてみたのか?」
セブルスが何か知りたそうに質問してくるのはこれが2度目だ。いつもほとんど無視されている分、名前は少し嬉しくなった。
「まさか」セブルスの問いに名前は笑いながら首を振った。
「一年生には難しすぎるわ。それに、そもそも窓が見当たらないし…まずはそれよりも窓を作る魔法を覚えなきゃ…」
それを聞いて、セブルスは呆れたようにため息をついた。名前の話への興味が一気に削がれたようだ。
「魔法を習得しないでも、有意義な土日だったと言えるなんて…まったく君はおめでたいな」
「私にとっては新しい魔法を知れただけで十分なんです」
セブルスにしかめっ面を突きつけてから、名前は小声で呟いた。「それに、もう必要ないんだ…」
間もなくして、リリーが数人の女生徒と一緒に教室に入ってきた。友人たちの輪の中心にいる事からも、彼女が人気者だというのが分かる。
リリーは名前とセブルスに気付き、おはようと笑顔で手を振った。名前はそれが嬉しくて、思わず両手で振り返した。しかしリリーのすぐ後に例のメガネの男の子とハンサムが続いて現れたので、名前もセブルスも表情が曇った。
その日の授業で、名前はやっと浮遊呪文を習得することが出来た。
前回のうちに見事な成功をおさめたセブルスは退屈そうで、何度も失敗を繰り返す名前を横目に、軽いものから重い教科書までをヒョイヒョイ宙に浮かしていた。名前は悔しさと焦りから集中に集中を重ね、とうとうコツを掴むことが出来た。空気をなでるように軽くスナップを効かせてから、丁寧に杖を下ろす。目の前の羽がフワリと浮き上がった瞬間、名前は感動のあまり思わず声を上げた。セブルスはやっとか、と言わんばかりにそれを鼻で笑ったが、名前は変身術では自分の方が進んでいることを忘れてはいなかった。
「誰にだって得意不得意があるんだからね」
羽を自分の頭より高くまで上げるのはまだ難しい。試行錯誤しつつ、名前はセブルスに苦言を呈した。
「私もあなたも飛行訓練では遅い方だし、変身術に関して言えば私はクラスで一番最初に出来たんだからね?」
それを聞いてセブルスは不愉快そうに顔をしかめ、名前の手をちらりと見た。
「変身術は石のおかげじゃなかったのか?」
名前はセブルスの視線の先にある、オレンジに輝く太陽の石に目を向けた。今なら自信を持って否定できるのだ。生徒たちが大声で呪文を唱えたり悲鳴をあげたりするせいで、教室はガヤガヤとうるさく自分の話を聞いている人はセブルス以外いない。名前は勝ち誇ったように笑って言った。
「残念でした!あれは私の実力なんだって。そしてこれは眠気をとっぱらってくれるだけの石で、授業には関係ないの」
セブルスは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐにいつもの呆れ顔に戻った。
「つまり君は魔法の石がないと起きてすらいられないのか」
名前はむっとしてセブルスを睨み、即座に言い返した。
「あんな日の入らない部屋ですっきり起きれる人なんている?あなただって毎朝眠くて仕方ないでしょ?」
「僕は平気だ」セブルスは涼しい顔をして言った。
しかし名前はすぐにそれが嘘だと思った。セブルスのような青白い顔の生徒が、朝から元気にベッドから起き上がれるわけがない。実際、朝一番に会う彼は一日の中で最も不機嫌そうな雰囲気を漂わせている。
「セブルスに石はあげられないってミランダが言ってたよ」名前はわざと意地悪を言った。
「あなたこそ窓の呪文を覚える必要があるんじゃない?」
「ああそうだな、僕なら一日で覚えられるだろうから」
セブルスは乱暴に羽根を振り回しながら答えた。
「呪文を知っただけで終わらせる君と違って」
窓の天気を変える呪文は浮遊呪文なんかと比べ物にならないくらい難しいのだ。名前が不満げにそう言いかけた時、教室の前方あたりからガッシャーンと派手に何かが割れる音がした。
驚いて音がした方向を見ると、教室の窓が粉々に割れていた。えらく開放的になった窓枠から、秋風がヒューヒューと吹き込んできている。
「ポッター、ブラック!!」
フリットウィック先生がキーキーと叫んだ。先生が怒るのは初めての事だったので、全員が手を止めて何事かと見守った。
「浮遊呪文をいたずらに使ってはいけない!君たちはわざと椅子を窓に仕向けましたな!?」
さっきのは椅子が窓から飛び出ていった音だったのか、と名前は理解した。ポッターとブラックとは誰なんだろう。名前はフリットウィック先生の視線の先を追った。
「そんな、先生、違います」グリフィンドールの列に座るメガネの男の子が、ヘラヘラと笑いながら答えた。
「椅子が重すぎて、ついコントロール出来なくなっちゃったんです。そうだよな、シリウス?」
シリウスと呼ばれたハンサムな男の子も、愉快そうに笑いながら同調した。
「そうです、ジェームズがあまりに"下手"だったので」
彼らはニヤニヤと互いに顔を見合わせていた。
「私に嘘は通用しませんぞ!」フリットウィック先生は全てお見通しだというように叫んだ。
「君たちは正確に窓を狙っていたはずだ。その技量は見事かもしれないが、故意に教室を破壊するのは褒められた事ではない。グリフィンドール5点減点!」
先生の言葉を聞いて、スリザリン生の何人かが嘲るように笑った。しかしポッターたちは微塵も気にしていないようだった。2人とも余裕たっぷりに薄ら笑いを浮かべている。
名前は何だかそれに腹が立った。自分が彼らと同じ寮だったら、もっとイライラして仕方ないだろう。
ふと、仏頂面で浮遊呪文を練習するリリーが目に入った。彼女は恨めしそうにポッターたちを睨みつけ、ため息をついてからまた練習に戻った。
授業が終わり、生徒たちが杖や教科書を抱えて次の教室へ向かおうとする雑踏の中で、リリーが名前とセブルスに駆け寄ってきた。3人は改めて朝の挨拶を交わした。
「ねえ、もし予定が無かったら、今日も3人で一緒にお昼を食べない?」リリーは扉付近で待つ友人をちらちら気にかけながら聞いた。
「うん、もちろん!」
名前はリリーの申し出を喜んで受け入れた。セブルスは満面の笑みを浮かべる名前を一瞬迷惑そうに見たが、リリーの言葉に対しては無言で頷いた。
「良かった、じゃあお昼にまたあの木の所でね!今日もお天気がいいから」
早くしないと良い箒が取られちゃう、と呼び掛ける友人に適当な返事をして、リリーは慌ただしく教室を出て行った。どうやらグリフィンドールは飛行訓練の授業らしい。
スリザリン生はそのまま4階の廊下を渡り、闇の魔術に対する防衛術の教室へ向かった。
名前は窓からグリフィンドールの飛行訓練の様子が見えないかと、授業中も隙あらば外を眺めていた。マグル生まれのリリーがどんな風に箒を乗りこなすかに興味があった。
しかし4階の窓の高さまで飛んできたのは、よりによってあのメガネのポッターだった。自慢げに飛び回る姿がなんとも鼻持ちならない。
名前は咄嗟に窓から目を逸らし、何も書かれていない黒板を食い入るように見つめた。調子に乗ってフーチ先生に怒られればいいのに。呪文学で減点された時の彼のヘラヘラ笑いを思い出して、名前は苛立ちがぶり返すのを感じた。
終業のベルとともに、名前はセブルスを連れて走るように大広間へ降り、適当な昼食をつかんで中庭へと向かった。空には秋の太陽が輝き、頬を優しくなでるように涼しい風が吹いている。菩提樹の隣で手を振るリリーを見て、名前はこの上なく幸せな気持ちになった。
「リリー、箒で飛べるようになった?」
スモークターキーがふんだんに詰まったサンドイッチを頬張りながら、名前はたずねた。結局4階の窓から見えたグリフィンドール生はポッターだけだったのだ。
「ぜんぜん!」
リリーが声を上げて否定したので、名前はほっとした。自分と同じで、未経験の生徒は誰しも飛行訓練に戸惑うはずなんだ。そんな確信が持てた。
「だって箒ってお掃除に使うものよ?それで飛ぼうとするなんて、すごく変な感じ!」
よく見るとリリーの手の甲にはうっすらと擦り傷がある。箒から転んで怪我をしたのかもしれない。
「僕、言わなかったっけ?魔法使いが箒で飛ぶこと…」
セブルスが遠慮がちにリリーに言った。自分に対するものとはあまりに違うその態度に、名前は目をぱちくりさせた。
「うん、教えてくれたわ」リリーは笑顔で答えた。
「でもセブだって乗ったことないって言ってたじゃない。だからそんなに使うもんじゃないと思ってた」
今日の中庭はいつもよりも人が多く賑わっていた。暗い冬の曇り空になってしまう前に、目いっぱい太陽を浴びておこうと皆が考えているかのようだった。
名前の斜め前のグループはサンドイッチを片手にゴブストーンをしている。その隣は蛙チョコレートのカード交換会だ。皆が平和に昼休みを満喫していた。
今日は大広間からツカツカと、自分たちに文句を言いにくる同級生だっていない。名前は幸福感のなか深呼吸して、菩提樹の香りを吸い込んだ。
太陽の石の効果なのか、昼食後にありがちな眠気も今日は全く感じられない。名前の目はしっかりと開いて、リリーや周りの生徒たちをくっきり鮮やかに映している。
そしてふと向きを変えた視線の先で、名前は見知った顔を捉えて思わず声をかけた。
「リーマス!」
リーマスは声の主を探してキョロキョロと辺りを見回した。名前は大きく手を振り、彼に自分の居場所を伝えた。リーマスは安心したようにニッコリと微笑み、名前たちの方へ近付いてきた。どうやら彼一人のようだ。
「名前!リリーと友達だったんだ?」
リーマスは驚いたように二人を見つめた。そしてセブルスの存在に気付くやいなや、少し気まずそうな顔をした。
「リーマスこそ、名前と友達だったの?知らなかった!」リリーが嬉しそうに言った。
「二人ともいつの間に仲良くなったの?」
「「ホグワーツ特急で」」思わず声が被り、名前とリーマスは目を見合わせて笑った。
「汽車で同じ席だったんだ」リーマスは提げていた鞄を地面に置き、名前の隣に座り込んだ。
「と言っても、僕が後から座らせてもらったんだけど。長旅だったから、ずいぶん色んな事を話したよね」
「そうだったの」リリーは変わらずニコニコと嬉しそうだ。
「私、行きの汽車ではずっとセブと一緒にいたから…あっ、じゃあリーマスはセブとは初めましてかしら?」
リリーの純粋な質問にリーマスは少し戸惑ったようだった。彼は困ったような笑顔を浮かべながら、セブルスの方を向いた。
「えっと、そうだね、初めまして。あーウン、いや、話すのは初めまして…」
セブルスの非友好的な目つきにリーマスは思わず目線を逸らした。それを見たリリーがセブルスを小突き、最終的に彼らはぎこちない握手をさせられた。
そんな様子を横目で見つつ、名前にはセブルスの気持ちが少し分かるような気がした。あの癪に障るメガネとハンサムと、リーマスはいつも一緒にいる。セブルスがまとめて敵対心を持ってしまうのも無理はない。
「いつも一緒の人達はどうしたの?」
彼らへの嫌悪が伝わらないよう、名前はそれとなくたずねた。
「ああ、ジェームズとシリウスはフリットウィック先生に呼び出されてる」
リーマスは呆れたようにため息をついた。
「ほら、さっきの授業でバカをやっただろ…マグル式で割れた窓ガラスの掃除をさせられるんだって。ピーターは今日までの宿題が終わってないって、さっき図書館に走ってったよ」
マグル式の掃除とはいい気味だ、と名前とセブルスがほとんど同時に鼻で笑った。ピーターが誰のことかは分からなかったが、名前はそれ以上聞かなかった。
「それにしても驚いたよ、名前、君がスリザリンになるなんて。ずっとその事を聞きたいと思ってたんだ」
リーマスはうずうずと名前に向き直った。組分けの儀式以来リーマスと落ち着いて会話する機会が無かったため、名前も彼に話したいことが山のように溜まっていた。
「でしょう?」名前は苦笑いしながら、素直に事実を打ち明けた。
「帽子にスリザリンでしか伸びない才能があるって言われて、思わず頷いちゃったの」
それから名前はこれまであったことを手短に話した。アンと絶交したこと、2年生のミランダと友達になったこと、スリザリンの純血主義に嫌気がさしていることー…。リーマスは同情しながら、見事な聞き役となって名前を励ましてくれた。
「そういえば名前、才能に関しては何か見つけられた?」昼食を食べ終え、リリーが緑の瞳をキラキラさせながらたずねた。
「週末に何か分かったりした?」
「あー」
実際のところ、名前は自分の才能に関して真剣に考えるのをやめていた。金曜の夜はミランダの石に夢中だったし、土日は窓の魔法を調べては、その難易度に挫折していたのだ。
「うーん、まだ分からないかなあ…」
そう呟いてから、名前は金曜日の変身術の授業を思い出した。
「あ、でも得意な事なら見つかったかも。変身術の最初の授業で、クラスで最初にマッチ棒を針に変えられたんだ」
「本当!?」リリーが驚いて声を上げた。
「グリフィンドールはまだ誰も出来てないはずよ!ね、リーマス?」
リリーの言葉にリーマスは頷き、賞賛するような眼差しで名前を見た。
「すごいなあ。どれくらい練習した?」
「えっと…まあ、ちょっと」
名前は思わず謙遜して答えた。二人の反応を見る限り、5分もかからなかったとはとても言えない。
「名前、あなたの才能ってもしかして変身術なんじゃない?」
リリーが嬉しそうに名前の肩に両手を置いた。
「スリザリンにどう関係あるかは分からないけど、私そんな気がする!」
「そうかな?」
名前はリリーとリーマスの視線に、思わず顔を赤らめた。そしてまんざらでもないような思いが湧いてきた。もし、変身術が学年で一番得意なのが自分だったら…その説も、あり得なくはないかもしれない。
「でもまだマッチ棒を針に変えただけだろう?」
三人のやり取りを遠巻きに見ていたセブルスが、突然口を開いた。
「一年生の最初の授業じゃないか…それだけで自分に選ばれた才能があるなんて、僕なら思わない」
高揚していた気持ちに一気に水を差すような言葉を受けて、名前は反射的にセブルスを睨みつけた。自分はあの授業で出来なかったくせに。
思わずそう言い返すところだったが、セブルスの言い分は正しいようにも感じられた。たった一回の授業で浮かれるなんて、傲慢で愚かな人のする事だ。名前の頭に、勝ち誇った顔で箒を乗り回すメガネの男の子がちらりと浮かんだ。
「どうしてそんな意地悪言うの!」リリーがセブルスに怒って言った。
「些細なきっかけでもいいじゃない、凄いことだわ!?」
「別に、意地悪じゃないよ」セブルスは言い訳がましくボソボソと呟いた。
「君が言ったことも、まあ、無いとは言わないけど…」
リリーの機嫌を取ろうとしているのが見え見えだ。名前はセブルスのその様子に少し腹が立った。自分には散々嫌味ばかり言っておいて。リリーと自分とでは違いすぎるセブルスの態度の違いに、名前は胸のモヤモヤが膨らむのを感じた。
「いいわよ、私、セブルスにも才能だって言ってもらえるまで頑張るから」
名前は思わず挑戦的に、セブルスに向かって言い放った。その言葉を聞いた瞬間、セブルスは嘲るように笑った。
「本気で言ってるのか?変身術の才能があるって、どういう事か分かってるのか?」
セブルスがいつもの調子で名前に食ってかかった。隣でリリーが見ている事を忘れているようだ。
「分かんない!」
名前はほとんど自暴自棄になって言った。自分でもなぜこんなに頑固になっているか不思議だった。内なる衝動が勝手に口をついて出るようだ。
「でも、いいわ、私絶対セブルスに認めてもらうから」
名前は毅然とした態度でセブルスを見つめた。
セブルスは呆れたように顔をしかめたが、すぐに何かを思いついたように口元を上向きに歪めた。
「真に変身術の才能があるやつは、動物もどきになれるんだ」
顎に手を置いて、セブルスは試すように名前の目を見た。
「君が在学中にそれになれたら認めてやる」
動物もどき。名前は一瞬たじろいだ。聞いたことはあるが、それがどのくらい難しいかは見当がつかない。授業で習うんだろうか?魔法の窓よりも複雑だったらどうしよう。
しかし困惑する頭とは裏腹に、名前はセブルスに面と向かってしっかりと宣言していた。
「分かった。私、卒業するまでに動物もどきになってみせる!」
この土日、名前はミランダが言った「窓に魔法をかける」方法について図書館で調べていた。非常に興味深くワクワクするような魔法だったが、物を浮かす基本呪文さえ習得していない自分が手を出すにはあまりに難しすぎるように思えた。結局名前は日の入らない陰気なベッドで、8回目の朝を迎えた。
眠さで目を半開きにしながら、名前は談話室でミランダと落ち合った。ミランダはスッキリとした顔つきで、まるで高原の朝日を浴びて目覚めたかのような清々しさに満ちている。名前は彼女が指にはめている太陽の石を羨ましげに見つめた。
「今日あたり返事がくると思うんだけど」
そう言って、ミランダは名前の背中を押して談話室の扉を開かせた。ミランダは土曜の朝一番に、太陽の石を名前に譲れないかという内容の手紙を家に送ってくれていた。
大広間に広がるトーストの香ばしい匂いを嗅いで、やっと名前は目が覚めてくるのを感じた。焼き目のついた温かいトーストにベーコンエッグを乗せ、名前は一日の始まりを噛みしめるようにかぶりついた。
周りの生徒は以前ほど名前とミランダをじろじろと見なくなった。アニーたちの冷ややかな視線も、今となってはさほど気にならない。
これが慣れというものだ。永遠に補充され続ける料理も、朝の大広間に訪れるふくろう便の大群も、名前にとっては既に見慣れた光景と化してきていた。
「あ、ほら、噂をすればよ」
ミランダが天井を指差した。灰色のフクロウが名前たちのテーブルに向かってくるところだった。
フクロウは器用にスウーッとミランダの前に着地し、小包をその手元に置いた。雪のようにフワフワした毛のフクロウだ。名前は思わず触りたくなって手を伸ばしたが、名前の手が届こうとする寸前にフクロウは飛び去ってしまった。
ミランダは小包の中に入っていた手紙をまず広げて、5秒ほどでさらっと読んだ。そして同梱されていた小さな麻袋の中身を確認し、それを名前に差し出した。
「はい、どうぞ」
それが何かは、名前にもすぐに分かった。袋の口を開けると、中にはキラキラと輝くオレンジ色をした石の指輪が入っていた。石の輝きは太陽と同じくらい眩しい。紛れもない太陽の石だ。
「わあ…!本当に…ありがとう…!」
名前は嬉しさで胸がいっぱいになった。まだ月曜が始まったばかりなのにも関わらず、これがこの1週間で一番素晴らしい出来事に違いないと確信が持てる程だ。
ミランダは石の秘密を気にする。名前は人目につくところで指輪をはめるのはまずいだろうと思い、麻袋の口紐を閉めてポケットにしまおうとした。しかし意外にもミランダは、今つけてしまいなさいと催促してきた。
「いいの?」名前は驚いて彼女を見た。
「他の人に知られたらまずいんじゃ…」
「秘密を知られるのはまずいけど、あなたに石をあげた事くらいは知られたっていいわ」
ミランダは余裕たっぷりにコーヒーをカップに注いだ。
「太陽の石は毎日つけるんだもの。あなたが石を持ってるって、遅かれ早かれみんな気付くでしょ?」
それもそうだ、と納得して名前は太陽の石をはめた。その瞬間、頭の中に風が吹くような感覚が走った。とても爽やかな、心地よい風だ。目を塞ごうとする重だるさや、ぼんやりとした思考が全て吹き飛ばされていく。
名前は目をしばたいて石を見つめた。もう眠気のひとかけらも残っていない。肺がひろがって、吸う空気の量さえも増えた気がする。
「これ…これ、思ってたよりもずっと凄い」
両目が2倍の大きさになったような感覚を伴いながら、名前はミランダを見た。ミランダはさっきから興味深そうに名前の反応を眺めている。
「そっかあ、初めての感覚だとそんなに感動してくれるのね」
ミランダは肘をつきながら、面白そうに言った。
「私は物心ついた時から、毎朝その石を身につけてたから…」
ミランダと大広間の前で別れ、名前は呪文学の教室へと向かった。塔へ登る階段の窓からは今日も光が差し込みつつも、季節は確実に秋へと変わっている。晴れ渡った空を見れるのはもうあと何日だろうかと気をもんでいた名前だったが、そんな心配は既に過去のものとなった。今日からはこの素晴らしい石がついているのだ。
教室へ入ると、廊下をはさんでスリザリンとグリフィンドールが各々の席に分かれて座っていた。名前は何の迷いもなく、教室の隅に佇むセブルスの隣に座った。
名前もセブルスも寮での友人は年上の一人だけで、特に仲良くしている同級生はいない。少なくとも名前からするとそういう認識だった。果たしてセブルスは自分の事を友人として見ているだろうか。そんな事を思いつつ、名前は先生がまだ到着していないのを確認して、セブルスに話し掛けた。
「いい土日だった?」
「…分からないが、君よりは有意義に過ごせたと思う」
セブルスの皮肉や毒づきも、大広間の魔法と同じくらい名前には慣れ親しんだものになってきていた。聞き慣れすぎて、もはやそれをユーモアに感じるほどだ。
「私だってかなり有意義でしたよ」
名前は図書館で「窓に魔法をかける方法」について調べた事を話した。窓から見える景色や天気を自由に変えられるその魔法に、セブルスは興味を示したようだった。
「それで?実際に寝室の窓を変えてみたのか?」
セブルスが何か知りたそうに質問してくるのはこれが2度目だ。いつもほとんど無視されている分、名前は少し嬉しくなった。
「まさか」セブルスの問いに名前は笑いながら首を振った。
「一年生には難しすぎるわ。それに、そもそも窓が見当たらないし…まずはそれよりも窓を作る魔法を覚えなきゃ…」
それを聞いて、セブルスは呆れたようにため息をついた。名前の話への興味が一気に削がれたようだ。
「魔法を習得しないでも、有意義な土日だったと言えるなんて…まったく君はおめでたいな」
「私にとっては新しい魔法を知れただけで十分なんです」
セブルスにしかめっ面を突きつけてから、名前は小声で呟いた。「それに、もう必要ないんだ…」
間もなくして、リリーが数人の女生徒と一緒に教室に入ってきた。友人たちの輪の中心にいる事からも、彼女が人気者だというのが分かる。
リリーは名前とセブルスに気付き、おはようと笑顔で手を振った。名前はそれが嬉しくて、思わず両手で振り返した。しかしリリーのすぐ後に例のメガネの男の子とハンサムが続いて現れたので、名前もセブルスも表情が曇った。
その日の授業で、名前はやっと浮遊呪文を習得することが出来た。
前回のうちに見事な成功をおさめたセブルスは退屈そうで、何度も失敗を繰り返す名前を横目に、軽いものから重い教科書までをヒョイヒョイ宙に浮かしていた。名前は悔しさと焦りから集中に集中を重ね、とうとうコツを掴むことが出来た。空気をなでるように軽くスナップを効かせてから、丁寧に杖を下ろす。目の前の羽がフワリと浮き上がった瞬間、名前は感動のあまり思わず声を上げた。セブルスはやっとか、と言わんばかりにそれを鼻で笑ったが、名前は変身術では自分の方が進んでいることを忘れてはいなかった。
「誰にだって得意不得意があるんだからね」
羽を自分の頭より高くまで上げるのはまだ難しい。試行錯誤しつつ、名前はセブルスに苦言を呈した。
「私もあなたも飛行訓練では遅い方だし、変身術に関して言えば私はクラスで一番最初に出来たんだからね?」
それを聞いてセブルスは不愉快そうに顔をしかめ、名前の手をちらりと見た。
「変身術は石のおかげじゃなかったのか?」
名前はセブルスの視線の先にある、オレンジに輝く太陽の石に目を向けた。今なら自信を持って否定できるのだ。生徒たちが大声で呪文を唱えたり悲鳴をあげたりするせいで、教室はガヤガヤとうるさく自分の話を聞いている人はセブルス以外いない。名前は勝ち誇ったように笑って言った。
「残念でした!あれは私の実力なんだって。そしてこれは眠気をとっぱらってくれるだけの石で、授業には関係ないの」
セブルスは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐにいつもの呆れ顔に戻った。
「つまり君は魔法の石がないと起きてすらいられないのか」
名前はむっとしてセブルスを睨み、即座に言い返した。
「あんな日の入らない部屋ですっきり起きれる人なんている?あなただって毎朝眠くて仕方ないでしょ?」
「僕は平気だ」セブルスは涼しい顔をして言った。
しかし名前はすぐにそれが嘘だと思った。セブルスのような青白い顔の生徒が、朝から元気にベッドから起き上がれるわけがない。実際、朝一番に会う彼は一日の中で最も不機嫌そうな雰囲気を漂わせている。
「セブルスに石はあげられないってミランダが言ってたよ」名前はわざと意地悪を言った。
「あなたこそ窓の呪文を覚える必要があるんじゃない?」
「ああそうだな、僕なら一日で覚えられるだろうから」
セブルスは乱暴に羽根を振り回しながら答えた。
「呪文を知っただけで終わらせる君と違って」
窓の天気を変える呪文は浮遊呪文なんかと比べ物にならないくらい難しいのだ。名前が不満げにそう言いかけた時、教室の前方あたりからガッシャーンと派手に何かが割れる音がした。
驚いて音がした方向を見ると、教室の窓が粉々に割れていた。えらく開放的になった窓枠から、秋風がヒューヒューと吹き込んできている。
「ポッター、ブラック!!」
フリットウィック先生がキーキーと叫んだ。先生が怒るのは初めての事だったので、全員が手を止めて何事かと見守った。
「浮遊呪文をいたずらに使ってはいけない!君たちはわざと椅子を窓に仕向けましたな!?」
さっきのは椅子が窓から飛び出ていった音だったのか、と名前は理解した。ポッターとブラックとは誰なんだろう。名前はフリットウィック先生の視線の先を追った。
「そんな、先生、違います」グリフィンドールの列に座るメガネの男の子が、ヘラヘラと笑いながら答えた。
「椅子が重すぎて、ついコントロール出来なくなっちゃったんです。そうだよな、シリウス?」
シリウスと呼ばれたハンサムな男の子も、愉快そうに笑いながら同調した。
「そうです、ジェームズがあまりに"下手"だったので」
彼らはニヤニヤと互いに顔を見合わせていた。
「私に嘘は通用しませんぞ!」フリットウィック先生は全てお見通しだというように叫んだ。
「君たちは正確に窓を狙っていたはずだ。その技量は見事かもしれないが、故意に教室を破壊するのは褒められた事ではない。グリフィンドール5点減点!」
先生の言葉を聞いて、スリザリン生の何人かが嘲るように笑った。しかしポッターたちは微塵も気にしていないようだった。2人とも余裕たっぷりに薄ら笑いを浮かべている。
名前は何だかそれに腹が立った。自分が彼らと同じ寮だったら、もっとイライラして仕方ないだろう。
ふと、仏頂面で浮遊呪文を練習するリリーが目に入った。彼女は恨めしそうにポッターたちを睨みつけ、ため息をついてからまた練習に戻った。
授業が終わり、生徒たちが杖や教科書を抱えて次の教室へ向かおうとする雑踏の中で、リリーが名前とセブルスに駆け寄ってきた。3人は改めて朝の挨拶を交わした。
「ねえ、もし予定が無かったら、今日も3人で一緒にお昼を食べない?」リリーは扉付近で待つ友人をちらちら気にかけながら聞いた。
「うん、もちろん!」
名前はリリーの申し出を喜んで受け入れた。セブルスは満面の笑みを浮かべる名前を一瞬迷惑そうに見たが、リリーの言葉に対しては無言で頷いた。
「良かった、じゃあお昼にまたあの木の所でね!今日もお天気がいいから」
早くしないと良い箒が取られちゃう、と呼び掛ける友人に適当な返事をして、リリーは慌ただしく教室を出て行った。どうやらグリフィンドールは飛行訓練の授業らしい。
スリザリン生はそのまま4階の廊下を渡り、闇の魔術に対する防衛術の教室へ向かった。
名前は窓からグリフィンドールの飛行訓練の様子が見えないかと、授業中も隙あらば外を眺めていた。マグル生まれのリリーがどんな風に箒を乗りこなすかに興味があった。
しかし4階の窓の高さまで飛んできたのは、よりによってあのメガネのポッターだった。自慢げに飛び回る姿がなんとも鼻持ちならない。
名前は咄嗟に窓から目を逸らし、何も書かれていない黒板を食い入るように見つめた。調子に乗ってフーチ先生に怒られればいいのに。呪文学で減点された時の彼のヘラヘラ笑いを思い出して、名前は苛立ちがぶり返すのを感じた。
終業のベルとともに、名前はセブルスを連れて走るように大広間へ降り、適当な昼食をつかんで中庭へと向かった。空には秋の太陽が輝き、頬を優しくなでるように涼しい風が吹いている。菩提樹の隣で手を振るリリーを見て、名前はこの上なく幸せな気持ちになった。
「リリー、箒で飛べるようになった?」
スモークターキーがふんだんに詰まったサンドイッチを頬張りながら、名前はたずねた。結局4階の窓から見えたグリフィンドール生はポッターだけだったのだ。
「ぜんぜん!」
リリーが声を上げて否定したので、名前はほっとした。自分と同じで、未経験の生徒は誰しも飛行訓練に戸惑うはずなんだ。そんな確信が持てた。
「だって箒ってお掃除に使うものよ?それで飛ぼうとするなんて、すごく変な感じ!」
よく見るとリリーの手の甲にはうっすらと擦り傷がある。箒から転んで怪我をしたのかもしれない。
「僕、言わなかったっけ?魔法使いが箒で飛ぶこと…」
セブルスが遠慮がちにリリーに言った。自分に対するものとはあまりに違うその態度に、名前は目をぱちくりさせた。
「うん、教えてくれたわ」リリーは笑顔で答えた。
「でもセブだって乗ったことないって言ってたじゃない。だからそんなに使うもんじゃないと思ってた」
今日の中庭はいつもよりも人が多く賑わっていた。暗い冬の曇り空になってしまう前に、目いっぱい太陽を浴びておこうと皆が考えているかのようだった。
名前の斜め前のグループはサンドイッチを片手にゴブストーンをしている。その隣は蛙チョコレートのカード交換会だ。皆が平和に昼休みを満喫していた。
今日は大広間からツカツカと、自分たちに文句を言いにくる同級生だっていない。名前は幸福感のなか深呼吸して、菩提樹の香りを吸い込んだ。
太陽の石の効果なのか、昼食後にありがちな眠気も今日は全く感じられない。名前の目はしっかりと開いて、リリーや周りの生徒たちをくっきり鮮やかに映している。
そしてふと向きを変えた視線の先で、名前は見知った顔を捉えて思わず声をかけた。
「リーマス!」
リーマスは声の主を探してキョロキョロと辺りを見回した。名前は大きく手を振り、彼に自分の居場所を伝えた。リーマスは安心したようにニッコリと微笑み、名前たちの方へ近付いてきた。どうやら彼一人のようだ。
「名前!リリーと友達だったんだ?」
リーマスは驚いたように二人を見つめた。そしてセブルスの存在に気付くやいなや、少し気まずそうな顔をした。
「リーマスこそ、名前と友達だったの?知らなかった!」リリーが嬉しそうに言った。
「二人ともいつの間に仲良くなったの?」
「「ホグワーツ特急で」」思わず声が被り、名前とリーマスは目を見合わせて笑った。
「汽車で同じ席だったんだ」リーマスは提げていた鞄を地面に置き、名前の隣に座り込んだ。
「と言っても、僕が後から座らせてもらったんだけど。長旅だったから、ずいぶん色んな事を話したよね」
「そうだったの」リリーは変わらずニコニコと嬉しそうだ。
「私、行きの汽車ではずっとセブと一緒にいたから…あっ、じゃあリーマスはセブとは初めましてかしら?」
リリーの純粋な質問にリーマスは少し戸惑ったようだった。彼は困ったような笑顔を浮かべながら、セブルスの方を向いた。
「えっと、そうだね、初めまして。あーウン、いや、話すのは初めまして…」
セブルスの非友好的な目つきにリーマスは思わず目線を逸らした。それを見たリリーがセブルスを小突き、最終的に彼らはぎこちない握手をさせられた。
そんな様子を横目で見つつ、名前にはセブルスの気持ちが少し分かるような気がした。あの癪に障るメガネとハンサムと、リーマスはいつも一緒にいる。セブルスがまとめて敵対心を持ってしまうのも無理はない。
「いつも一緒の人達はどうしたの?」
彼らへの嫌悪が伝わらないよう、名前はそれとなくたずねた。
「ああ、ジェームズとシリウスはフリットウィック先生に呼び出されてる」
リーマスは呆れたようにため息をついた。
「ほら、さっきの授業でバカをやっただろ…マグル式で割れた窓ガラスの掃除をさせられるんだって。ピーターは今日までの宿題が終わってないって、さっき図書館に走ってったよ」
マグル式の掃除とはいい気味だ、と名前とセブルスがほとんど同時に鼻で笑った。ピーターが誰のことかは分からなかったが、名前はそれ以上聞かなかった。
「それにしても驚いたよ、名前、君がスリザリンになるなんて。ずっとその事を聞きたいと思ってたんだ」
リーマスはうずうずと名前に向き直った。組分けの儀式以来リーマスと落ち着いて会話する機会が無かったため、名前も彼に話したいことが山のように溜まっていた。
「でしょう?」名前は苦笑いしながら、素直に事実を打ち明けた。
「帽子にスリザリンでしか伸びない才能があるって言われて、思わず頷いちゃったの」
それから名前はこれまであったことを手短に話した。アンと絶交したこと、2年生のミランダと友達になったこと、スリザリンの純血主義に嫌気がさしていることー…。リーマスは同情しながら、見事な聞き役となって名前を励ましてくれた。
「そういえば名前、才能に関しては何か見つけられた?」昼食を食べ終え、リリーが緑の瞳をキラキラさせながらたずねた。
「週末に何か分かったりした?」
「あー」
実際のところ、名前は自分の才能に関して真剣に考えるのをやめていた。金曜の夜はミランダの石に夢中だったし、土日は窓の魔法を調べては、その難易度に挫折していたのだ。
「うーん、まだ分からないかなあ…」
そう呟いてから、名前は金曜日の変身術の授業を思い出した。
「あ、でも得意な事なら見つかったかも。変身術の最初の授業で、クラスで最初にマッチ棒を針に変えられたんだ」
「本当!?」リリーが驚いて声を上げた。
「グリフィンドールはまだ誰も出来てないはずよ!ね、リーマス?」
リリーの言葉にリーマスは頷き、賞賛するような眼差しで名前を見た。
「すごいなあ。どれくらい練習した?」
「えっと…まあ、ちょっと」
名前は思わず謙遜して答えた。二人の反応を見る限り、5分もかからなかったとはとても言えない。
「名前、あなたの才能ってもしかして変身術なんじゃない?」
リリーが嬉しそうに名前の肩に両手を置いた。
「スリザリンにどう関係あるかは分からないけど、私そんな気がする!」
「そうかな?」
名前はリリーとリーマスの視線に、思わず顔を赤らめた。そしてまんざらでもないような思いが湧いてきた。もし、変身術が学年で一番得意なのが自分だったら…その説も、あり得なくはないかもしれない。
「でもまだマッチ棒を針に変えただけだろう?」
三人のやり取りを遠巻きに見ていたセブルスが、突然口を開いた。
「一年生の最初の授業じゃないか…それだけで自分に選ばれた才能があるなんて、僕なら思わない」
高揚していた気持ちに一気に水を差すような言葉を受けて、名前は反射的にセブルスを睨みつけた。自分はあの授業で出来なかったくせに。
思わずそう言い返すところだったが、セブルスの言い分は正しいようにも感じられた。たった一回の授業で浮かれるなんて、傲慢で愚かな人のする事だ。名前の頭に、勝ち誇った顔で箒を乗り回すメガネの男の子がちらりと浮かんだ。
「どうしてそんな意地悪言うの!」リリーがセブルスに怒って言った。
「些細なきっかけでもいいじゃない、凄いことだわ!?」
「別に、意地悪じゃないよ」セブルスは言い訳がましくボソボソと呟いた。
「君が言ったことも、まあ、無いとは言わないけど…」
リリーの機嫌を取ろうとしているのが見え見えだ。名前はセブルスのその様子に少し腹が立った。自分には散々嫌味ばかり言っておいて。リリーと自分とでは違いすぎるセブルスの態度の違いに、名前は胸のモヤモヤが膨らむのを感じた。
「いいわよ、私、セブルスにも才能だって言ってもらえるまで頑張るから」
名前は思わず挑戦的に、セブルスに向かって言い放った。その言葉を聞いた瞬間、セブルスは嘲るように笑った。
「本気で言ってるのか?変身術の才能があるって、どういう事か分かってるのか?」
セブルスがいつもの調子で名前に食ってかかった。隣でリリーが見ている事を忘れているようだ。
「分かんない!」
名前はほとんど自暴自棄になって言った。自分でもなぜこんなに頑固になっているか不思議だった。内なる衝動が勝手に口をついて出るようだ。
「でも、いいわ、私絶対セブルスに認めてもらうから」
名前は毅然とした態度でセブルスを見つめた。
セブルスは呆れたように顔をしかめたが、すぐに何かを思いついたように口元を上向きに歪めた。
「真に変身術の才能があるやつは、動物もどきになれるんだ」
顎に手を置いて、セブルスは試すように名前の目を見た。
「君が在学中にそれになれたら認めてやる」
動物もどき。名前は一瞬たじろいだ。聞いたことはあるが、それがどのくらい難しいかは見当がつかない。授業で習うんだろうか?魔法の窓よりも複雑だったらどうしよう。
しかし困惑する頭とは裏腹に、名前はセブルスに面と向かってしっかりと宣言していた。
「分かった。私、卒業するまでに動物もどきになってみせる!」