第一部
名前変換
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翌朝、日の光が入らないベッドで、名前はゆっくりと目を覚ました。周りの生徒たちがバタバタと身支度をする音に起こされたようだ。昨日まではアニーが名前を起こしに来たが、もう二度とそんなことは無いだろう。
名前は眠い目をこすりながら身を起こした。顔に何か冷たいものがあたった感触で、昨夜ミランダに渡された石の指輪をつけていたのを思い出した。
名前がホグワーツに来てから、はじめての金曜日だ。長い一週間だった。名前は緑のローブに着替えながら、壁に貼った時間割を眺めた。今日は午前に、飛行訓練と変身術の授業がある。
名前は魔法界で育ったが、箒に乗ったことは一度も無かった。むしろ少し恐怖を感じるほどだ。自分の隠れた才能がクィディッチ選手並みの技量だとしたら笑えるなー…そう思いながら、名前は身だしなみを整えて、談話室へと向かった。
大広間での朝食に向かうため、生徒達がぞろぞろと談話室から出ていく。名前はミランダとの約束のため、暖炉のわきに一人立ちながら彼女を待っていた。他の誰かに声をかけられないよう、名前はミランダの姿を見つけてから"気配消しの石"を外す事にした。
実際これは正しい判断だった。生徒たちの列で混雑した談話室の中で、アニーが名前とほんの2mくらいの距離のところに立っていた。しかし名前には気付いていないようで、自分の高価な髪飾りを取り巻きの友人たちに自慢していた。昨日セブルスに切りつけられた傷はどこへやら、アニーはすっかり新品のローブに身を包んでいる。
談話室の人の波が少し落ち着いた頃、やっとミランダがやってきた。名前は慌てて指輪を外し、ポッケに入れていた麻袋に収めて、彼女に声をかけた。
「おはよう。」ミランダは昨日と同じく、手にも首にも石を無数につけている。
「あの…これ、ありがとう」名前はミランダに"気配消しの石"の入った袋を手渡した。「おかげでアニーに睨まれないで済んだよ。」
ミランダは石を差し出した名前の手を優しく握って、それを名前に押し返した。
「この指輪は友情のしるしにあげるわ。大事に使ってね。」
「いいの?」名前は驚いて声をあげた。まさか貰えるとは思っていなかった。
「ええ、ええ。」ミランダが頷くと、首元の石も一緒に揺れてジャラジャラと音を立てた。「ただし、授業中はしまっておいてね。最悪の場合欠席扱いになるだろうから」
二人は談話室の扉を抜けて、大広間へと向かった。卵料理と焼きたてのパンの匂いが地下通路いっぱいに広がっている。このあたりに厨房があるのだろうか、と名前はあたりを見渡した。
「誰かと一緒に朝食へ向かうなんて、初めてだわ」ミランダはまっすぐ前を向いていたが、その顔は明るく輝いていた。
彼女がいなければ、自分もそうなっていたのだろう。すでに一年も孤独に耐えてきたミランダに、名前は同情と尊敬が入り交じった眼差しを向けた。
「2年生も、純血主義の生徒でいっぱいなの?」階段を上りながら名前は訊ねた。
「基本的にはそうね」ミランダは答えた。「それと、私は生まれた家の関係で、特に慎重に友達を選ばなきゃならないの」
それを聞いて名前は首をかしげた。慎重と言うわりには、ミランダは話したことも無かった自分を友人に選んでいる。それを不思議に思うと同時に、名前はミランダの家のことも気になり始めた。しかしそれをたずねようとした矢先、ミランダが「あとでね」と名前の口を封じた。
地上階に出ると、曇り空ではあったが、朝の光が差し込んできた。元気いっぱいのグリフィンドール生たちが廊下を走っていった。彼らの寮は塔の上にあるという。きっと日差しをいっぱいに浴びて、心地よい目覚めを迎えるんだろうー。それだけでも、名前には他の寮が羨ましかった。
大広間はいつも通り、生徒達のガヤガヤ声で溢れていた。ミランダと歩く名前を、テーブルに座るスリザリン生たちがじろじろと見てくる。アニーも今度は名前に気付いたようで、昨夜よりも不審そうな表情を浮かべながら、また仲間内にヒソヒソと耳打ちをした。
二人は大広間の奥の席に腰掛けた。ほぼ全ての生徒が自分たちに視線を向けてくるようで、名前は気になった。
「私が友達を作ったことにみんな驚いているのよ」朝食のスクランブルエッグを皿に取り分けながら、ミランダが言った。
「どうして?」名前は怪訝な顔をして聞いた。「あなたに友達が出来るのって、そんなにおかしな事なの?」
「そうね…」ミランダはスプーンを動かす手を止めて、名前に向き直った。
「昨日、私の家は石の専門店だって言ったけどー…ただの店じゃないの」鮮やかな色の石たちが、ミランダの指元でキラキラと光った。
「私の家は代々、石の生産者でもあり、番人でもある。言ってること、わかる?」
「ぜんぜん」名前は首を振った。魔法の石の事など、今まで聞いたこともない。
「つまりね……私の家は、何百という魔法の石を扱っているけど、その中には強大な力を持つ石もあるの。人を、場合によっては世界を変えてしまうものもある」
「たとえば?」名前の問いかけに、ミランダは声をひそめて答えた。
「死を遠ざける石や、死者を蘇らせる石なんかがそれよ」
名前は目を丸くした。そんな奇跡みたいな力を持つものが、この世にあるのだろうか。胡散臭い占い師のような姿のミランダが、急に古代の巫女のように思えてきた。
「そういう石は、決して人の手に渡ってはいけないわ。私たちの家族は代々それを守っているの。」ミランダは一呼吸置いて続けた。
「それにね、そもそも誰かれ構わず石を売るわけじゃない。ごく一部の限られた魔法使いだけ。本当に信頼に値する人物だけが、私たちの店の場所を知っていて、石を求めることが出来るのよ」
それを聞いて、名前はポケットに入っている石が急に重たくなったように感じた。
「そんな…そんな大切な物なのに、あなたはさっき軽々と私に渡してしまったじゃない」
名前は焦ってオートミールの皿をひっくり返しそうになった。「本当に大丈夫なの?ご両親に知られたら、すごく怒られるんじゃ…」
名前の憔悴っぷりを見て、ミランダはクスクスと笑った。「落ち着いて」と彼女は名前の肩に手を置いてなだめた。
「小さな"気配消しの石"くらいなら大丈夫よ。いたずら道具程度のものだわ」ミランダは優雅にスープをすすりながら言った。
「それに昨日も言ったけど、私はあなたを待っていたの、名前。あなたは私にとって、石を譲るに十分ふさわしい、信頼のおける人物だわ」
「どうして?」名前は彼女の言葉を不思議に思った。もちろん悪事をはたらく気はないし、自分は善人だとも思う。しかしミランダに対して信用を示すような事は何もしていない。
「分かるのよ」ミランダは答えた。「ただ、分かるのよ。石を持っているとそういう事もあるの。」
名前はミランダが身につけている数々の石をじっと眺めた。この中のどれかが、人を見破る力を持つ石だったりするのだろうか。それぞれ色の違う石たちが、朝の光に反射して強い輝きを放っている。
「つまりね、私の家のことを知ってる人たちが、私が入学した直後から取り入ろうとしてきたのよ。」
ミランダはあたりを見回してから、声をひそめて言った。
「ルシウス・マルフォイなんかは特にしつこかった…。それで、暗に秘密を探られる可能性もあるから、誰かとお喋りすることも極力避けてきたの。でもこうして私、とうとう友達を選んだわ。それでみんな私達を見てくるのよ。」
なるほど、と名前は頷いた。そしてふと、大層な友人に自分が選ばれた事に対して、ある考えがよぎった。組分け帽子の言葉だ。
「ねえミランダ…」名前は遠慮がちにたずねた。
「色んな石を持ってるって言ってたけど…その、何かの才能を伸ばす石なんかもあるの?」
「どうして?」ミランダはオートミールをすくう手を止めて、少しだけ眉をひそめた。
名前はせっかく築いた信頼を崩したくないと思い、ミランダに自分がスリザリンに組分けされた理由を話す事にした。何かに秀でた才能があり、その能力を伸ばすきっかけがスリザリンにあると帽子は言った。
今までは見当もつかなかったが、もしかするとミランダとの出会いこそが、そのきっかけの一部なのではないか。才能を最大限に発揮させるような、そんな力を持った石があるのだとしたらー…。
「なるほどねえ」名前の話を聞き終えてから、ミランダは興味深そうに手元の石たちを眺めて言った。
「そんな気もするし、そうじゃない気もする。ただ言える事は、才能を伸ばす石は私持ってないの」
それを聞いて、名前はがっくり肩を落とした。都合よく貰えるとは思っていなかったが、これまでで一番合点のいく仮説のような気がしていたのだ。
「でも名前、きっかけっていうのは、何も物質に限った事じゃない。あの帽子の言うことだから。もっと深い意味があるのかもしれないわ。」
ミランダが励ますように名前の肩をたたいた。それもそうだ、と名前は受け入れる事にした。一口にきっかけと言っても、それは物かもしれないし、人かもしれないし、目に見えない何かかもしれない。帽子の言葉にはきっと深い意味があるに違いない。
「私は、あなたがきっかけだと思いたいな」
名前は願いを込めて、ミランダの目を見て言った。深いブルーの瞳の奥で、光が美しく輝いている。
「そうね…」ミランダは曖昧に笑った。「まあ、でも今そう決めつけるのは時期尚早だわ。私はあなたがスリザリン生じゃなくても、いずれ声を掛けていただろうから…」
気が付けば、周りの生徒たちは食事を切り上げて徐々に席を立っていた。もうすぐ一限目の授業がはじまる。
「じゃあまた夕食の時間に会いましょ」オートミールをかきこみながら、ミランダが言った。名前も食事の最後の一口を詰め込んだ。これを飲み込んだら、飛行訓練の授業に行かなくてはならない。
「あ、そうそう。名前、明日は何か予定があって?」
「何もないよ」明日はホグワーツで最初に迎える土曜日だ。名前は口まわりをナプキンで拭いながら答えた。「宿題を少しやるくらい」
「良かったら私が持っている石の話をしてあげるわ。色々聞きたいでしょう?」
ミランダの提案に、名前はすぐさま頷いた。スリザリンのきっかけ云々の前に、ミランダがじゃらじゃらと身につけている石たちが気になって仕方なかった。
2人は大広間の扉の前で分かれ、それぞれ逆方向に歩いていった。名前は階段を下り、トロールが2人肩を並べても通れるくらい大きな扉を抜けて、校庭に出た。朝特有の、草木のさわやかな香りが漂っている。石畳に沿って歩いていくと、次第に訓練場が見えてきた。
訓練場には、生徒の数だけずらっと箒が用意されていた。お世辞にも綺麗とは言えない箒が、一定の間隔を空けて地面に並べられている。
黄色のローブが目に入って、名前は初めてハッフルパフとの合同授業なのだと気付いた。穏やかそうな雰囲気の女子たちが箒のそばでお喋りしている。名前の頭に思わず家族の顔が浮かんだ。
アニーとなるべく顔を合わせないよう注意しながら、名前はスリザリン側の列に向かった。周りを避けると必然的に列の端に加わることになる。そして同じことを考えている生徒と隣合わせになるものである。
「おはよう」名前は先に列の端に立っていたセブルスに声をかけ、その横に並んだ。
朝が苦手なのか、箒の授業が嫌なのか、セブルスはいつもに増して不機嫌そうだった。リリーだったらこの機嫌の悪さも直せるのだろうか。名前がそんな事を思った矢先、城の方から先生がやって来た。
短い白髪に黄色い目のフーチ先生は、まるで鳥のようだった。先生のキビキビとした掛け声に、みんな眠気が覚めたようだった。
生徒たちは全員箒の横に立つよう指示され、スリザリンとハッフルパフが一列に向かい合う形になった。今日の授業はまず箒を手に取る練習から始めるという先生の言葉に、数人のスリザリン生が鼻で笑った。
「僕は3歳の頃から箒に乗って遊んでたんだよ。今日の授業は随分暇になるなあ…」
声の主が誰か、名前は探す気にもならず、目の前の箒に集中するので精一杯だった。生まれてから一度も、名前は箒に乗ったことがない。魔法使いの家に生まれたが、移動はいつも煙突飛行だった。箒自体、こんなに間近で見るのは初めてなような気がした。
フーチ先生の合図と共に、生徒たちは一斉に箒に向かって叫び始めた。
「上がれ!」
名前は力を込めて、瞬きもせずに箒を見つめて言った。しかし箒はブルっと地面で揺れただけで、少しも浮き上がらない。
列の奥の方から「こんなの、赤ん坊だって出来る!」と嘲るような声が聞こえてきた。名前は焦って目の前を見たが、ハッフルパフの列はまだ誰も箒を掴めてはいなかった。そして驚いたことに、名前の隣に立つ生徒も不動の箒とにらめっこをしていた。
「セブルスにも苦手な事あるんだね!」
名前は嬉しくて思わず口に出してしまった。それを聞いたセブルスはこれでもかと言うくらい睨みをきかせて、名前の方を見た。
「他人の心配をしてる余裕があったら、とっととその辺を飛び回ってこい…」
セブルスの機嫌をこの上なく最悪のものにしてしまったと気付き、名前は慌てて箒に向き直った。
「上がれ!上がれ?…上がれ!!」
丁寧に言ってみたり、威圧的に言ってみたり。様々なやり方を試しながら悪戦苦闘した末、箒が名前の手におさまったのはそれから15分も後の事だった。
初めての箒での飛行は、想像を絶するほどに緊張するものだった。少し浮いてみる程度の練習のはずが、ハッフルパフの小柄な男の子が地面を大きく蹴ってしまい、バランスも取れないまま塔の5階くらいの高さまで飛び上がってしまったのだ。
パニックになりながら箒にしがみつく彼のあとをフーチ先生が慌てて追い、なんとか引っ張って地面に下ろした。それを見てほとんどのスリザリン生がゲラゲラと笑っていたが、名前にはとても他人事に思えなかった。その横でセブルスも呆然と同じ光景を眺めていた。
結局とんでもない高さに飛び上がることはなかったものの、名前の怯えが箒に伝わったのか、たいして浮くことも出来ないまま初回の授業は終わってしまった。自分に飛行の才能が無いのは明らかだった。
普段使わない筋肉に力を込めたせいで、身体中のあちこちが強ばっている。名前は早足で城へ向かうセブルスの後を追いながら、一緒に変身術の教室へ向かった。
「やっぱり、セブルスの方が私より箒の才能もあるかも、ね?」
名前はセブルスのご機嫌を直そうとおだてて話しかけたが、あまり意味は無いようだった。
「君とあのハッフルパフの2人勝ちのような授業だったな…」
セブルスのぼやきに、そこまでではないでしょと反論しながら名前は廊下を突き進んだ。セブルスはそれから一言も喋らなかった。
変身術の教室からは入れ替わりでグリフィンドールの上級生たちが出てきた。セブルスの隣の席に座りながら、飛行訓練がグリフィンドールとの合同でなくてまだ良かったと名前は思った。スリザリンに負けず劣らず、調子に乗りそうな子がいっぱいいる。特にあの眼鏡の男の子…。
授業が始まるまであと10分ある。鞄からペンや教科書を取り出すセブルスをよそに、名前は目を閉じて机に突っ伏した。
名前は眠い目をこすりながら身を起こした。顔に何か冷たいものがあたった感触で、昨夜ミランダに渡された石の指輪をつけていたのを思い出した。
名前がホグワーツに来てから、はじめての金曜日だ。長い一週間だった。名前は緑のローブに着替えながら、壁に貼った時間割を眺めた。今日は午前に、飛行訓練と変身術の授業がある。
名前は魔法界で育ったが、箒に乗ったことは一度も無かった。むしろ少し恐怖を感じるほどだ。自分の隠れた才能がクィディッチ選手並みの技量だとしたら笑えるなー…そう思いながら、名前は身だしなみを整えて、談話室へと向かった。
大広間での朝食に向かうため、生徒達がぞろぞろと談話室から出ていく。名前はミランダとの約束のため、暖炉のわきに一人立ちながら彼女を待っていた。他の誰かに声をかけられないよう、名前はミランダの姿を見つけてから"気配消しの石"を外す事にした。
実際これは正しい判断だった。生徒たちの列で混雑した談話室の中で、アニーが名前とほんの2mくらいの距離のところに立っていた。しかし名前には気付いていないようで、自分の高価な髪飾りを取り巻きの友人たちに自慢していた。昨日セブルスに切りつけられた傷はどこへやら、アニーはすっかり新品のローブに身を包んでいる。
談話室の人の波が少し落ち着いた頃、やっとミランダがやってきた。名前は慌てて指輪を外し、ポッケに入れていた麻袋に収めて、彼女に声をかけた。
「おはよう。」ミランダは昨日と同じく、手にも首にも石を無数につけている。
「あの…これ、ありがとう」名前はミランダに"気配消しの石"の入った袋を手渡した。「おかげでアニーに睨まれないで済んだよ。」
ミランダは石を差し出した名前の手を優しく握って、それを名前に押し返した。
「この指輪は友情のしるしにあげるわ。大事に使ってね。」
「いいの?」名前は驚いて声をあげた。まさか貰えるとは思っていなかった。
「ええ、ええ。」ミランダが頷くと、首元の石も一緒に揺れてジャラジャラと音を立てた。「ただし、授業中はしまっておいてね。最悪の場合欠席扱いになるだろうから」
二人は談話室の扉を抜けて、大広間へと向かった。卵料理と焼きたてのパンの匂いが地下通路いっぱいに広がっている。このあたりに厨房があるのだろうか、と名前はあたりを見渡した。
「誰かと一緒に朝食へ向かうなんて、初めてだわ」ミランダはまっすぐ前を向いていたが、その顔は明るく輝いていた。
彼女がいなければ、自分もそうなっていたのだろう。すでに一年も孤独に耐えてきたミランダに、名前は同情と尊敬が入り交じった眼差しを向けた。
「2年生も、純血主義の生徒でいっぱいなの?」階段を上りながら名前は訊ねた。
「基本的にはそうね」ミランダは答えた。「それと、私は生まれた家の関係で、特に慎重に友達を選ばなきゃならないの」
それを聞いて名前は首をかしげた。慎重と言うわりには、ミランダは話したことも無かった自分を友人に選んでいる。それを不思議に思うと同時に、名前はミランダの家のことも気になり始めた。しかしそれをたずねようとした矢先、ミランダが「あとでね」と名前の口を封じた。
地上階に出ると、曇り空ではあったが、朝の光が差し込んできた。元気いっぱいのグリフィンドール生たちが廊下を走っていった。彼らの寮は塔の上にあるという。きっと日差しをいっぱいに浴びて、心地よい目覚めを迎えるんだろうー。それだけでも、名前には他の寮が羨ましかった。
大広間はいつも通り、生徒達のガヤガヤ声で溢れていた。ミランダと歩く名前を、テーブルに座るスリザリン生たちがじろじろと見てくる。アニーも今度は名前に気付いたようで、昨夜よりも不審そうな表情を浮かべながら、また仲間内にヒソヒソと耳打ちをした。
二人は大広間の奥の席に腰掛けた。ほぼ全ての生徒が自分たちに視線を向けてくるようで、名前は気になった。
「私が友達を作ったことにみんな驚いているのよ」朝食のスクランブルエッグを皿に取り分けながら、ミランダが言った。
「どうして?」名前は怪訝な顔をして聞いた。「あなたに友達が出来るのって、そんなにおかしな事なの?」
「そうね…」ミランダはスプーンを動かす手を止めて、名前に向き直った。
「昨日、私の家は石の専門店だって言ったけどー…ただの店じゃないの」鮮やかな色の石たちが、ミランダの指元でキラキラと光った。
「私の家は代々、石の生産者でもあり、番人でもある。言ってること、わかる?」
「ぜんぜん」名前は首を振った。魔法の石の事など、今まで聞いたこともない。
「つまりね……私の家は、何百という魔法の石を扱っているけど、その中には強大な力を持つ石もあるの。人を、場合によっては世界を変えてしまうものもある」
「たとえば?」名前の問いかけに、ミランダは声をひそめて答えた。
「死を遠ざける石や、死者を蘇らせる石なんかがそれよ」
名前は目を丸くした。そんな奇跡みたいな力を持つものが、この世にあるのだろうか。胡散臭い占い師のような姿のミランダが、急に古代の巫女のように思えてきた。
「そういう石は、決して人の手に渡ってはいけないわ。私たちの家族は代々それを守っているの。」ミランダは一呼吸置いて続けた。
「それにね、そもそも誰かれ構わず石を売るわけじゃない。ごく一部の限られた魔法使いだけ。本当に信頼に値する人物だけが、私たちの店の場所を知っていて、石を求めることが出来るのよ」
それを聞いて、名前はポケットに入っている石が急に重たくなったように感じた。
「そんな…そんな大切な物なのに、あなたはさっき軽々と私に渡してしまったじゃない」
名前は焦ってオートミールの皿をひっくり返しそうになった。「本当に大丈夫なの?ご両親に知られたら、すごく怒られるんじゃ…」
名前の憔悴っぷりを見て、ミランダはクスクスと笑った。「落ち着いて」と彼女は名前の肩に手を置いてなだめた。
「小さな"気配消しの石"くらいなら大丈夫よ。いたずら道具程度のものだわ」ミランダは優雅にスープをすすりながら言った。
「それに昨日も言ったけど、私はあなたを待っていたの、名前。あなたは私にとって、石を譲るに十分ふさわしい、信頼のおける人物だわ」
「どうして?」名前は彼女の言葉を不思議に思った。もちろん悪事をはたらく気はないし、自分は善人だとも思う。しかしミランダに対して信用を示すような事は何もしていない。
「分かるのよ」ミランダは答えた。「ただ、分かるのよ。石を持っているとそういう事もあるの。」
名前はミランダが身につけている数々の石をじっと眺めた。この中のどれかが、人を見破る力を持つ石だったりするのだろうか。それぞれ色の違う石たちが、朝の光に反射して強い輝きを放っている。
「つまりね、私の家のことを知ってる人たちが、私が入学した直後から取り入ろうとしてきたのよ。」
ミランダはあたりを見回してから、声をひそめて言った。
「ルシウス・マルフォイなんかは特にしつこかった…。それで、暗に秘密を探られる可能性もあるから、誰かとお喋りすることも極力避けてきたの。でもこうして私、とうとう友達を選んだわ。それでみんな私達を見てくるのよ。」
なるほど、と名前は頷いた。そしてふと、大層な友人に自分が選ばれた事に対して、ある考えがよぎった。組分け帽子の言葉だ。
「ねえミランダ…」名前は遠慮がちにたずねた。
「色んな石を持ってるって言ってたけど…その、何かの才能を伸ばす石なんかもあるの?」
「どうして?」ミランダはオートミールをすくう手を止めて、少しだけ眉をひそめた。
名前はせっかく築いた信頼を崩したくないと思い、ミランダに自分がスリザリンに組分けされた理由を話す事にした。何かに秀でた才能があり、その能力を伸ばすきっかけがスリザリンにあると帽子は言った。
今までは見当もつかなかったが、もしかするとミランダとの出会いこそが、そのきっかけの一部なのではないか。才能を最大限に発揮させるような、そんな力を持った石があるのだとしたらー…。
「なるほどねえ」名前の話を聞き終えてから、ミランダは興味深そうに手元の石たちを眺めて言った。
「そんな気もするし、そうじゃない気もする。ただ言える事は、才能を伸ばす石は私持ってないの」
それを聞いて、名前はがっくり肩を落とした。都合よく貰えるとは思っていなかったが、これまでで一番合点のいく仮説のような気がしていたのだ。
「でも名前、きっかけっていうのは、何も物質に限った事じゃない。あの帽子の言うことだから。もっと深い意味があるのかもしれないわ。」
ミランダが励ますように名前の肩をたたいた。それもそうだ、と名前は受け入れる事にした。一口にきっかけと言っても、それは物かもしれないし、人かもしれないし、目に見えない何かかもしれない。帽子の言葉にはきっと深い意味があるに違いない。
「私は、あなたがきっかけだと思いたいな」
名前は願いを込めて、ミランダの目を見て言った。深いブルーの瞳の奥で、光が美しく輝いている。
「そうね…」ミランダは曖昧に笑った。「まあ、でも今そう決めつけるのは時期尚早だわ。私はあなたがスリザリン生じゃなくても、いずれ声を掛けていただろうから…」
気が付けば、周りの生徒たちは食事を切り上げて徐々に席を立っていた。もうすぐ一限目の授業がはじまる。
「じゃあまた夕食の時間に会いましょ」オートミールをかきこみながら、ミランダが言った。名前も食事の最後の一口を詰め込んだ。これを飲み込んだら、飛行訓練の授業に行かなくてはならない。
「あ、そうそう。名前、明日は何か予定があって?」
「何もないよ」明日はホグワーツで最初に迎える土曜日だ。名前は口まわりをナプキンで拭いながら答えた。「宿題を少しやるくらい」
「良かったら私が持っている石の話をしてあげるわ。色々聞きたいでしょう?」
ミランダの提案に、名前はすぐさま頷いた。スリザリンのきっかけ云々の前に、ミランダがじゃらじゃらと身につけている石たちが気になって仕方なかった。
2人は大広間の扉の前で分かれ、それぞれ逆方向に歩いていった。名前は階段を下り、トロールが2人肩を並べても通れるくらい大きな扉を抜けて、校庭に出た。朝特有の、草木のさわやかな香りが漂っている。石畳に沿って歩いていくと、次第に訓練場が見えてきた。
訓練場には、生徒の数だけずらっと箒が用意されていた。お世辞にも綺麗とは言えない箒が、一定の間隔を空けて地面に並べられている。
黄色のローブが目に入って、名前は初めてハッフルパフとの合同授業なのだと気付いた。穏やかそうな雰囲気の女子たちが箒のそばでお喋りしている。名前の頭に思わず家族の顔が浮かんだ。
アニーとなるべく顔を合わせないよう注意しながら、名前はスリザリン側の列に向かった。周りを避けると必然的に列の端に加わることになる。そして同じことを考えている生徒と隣合わせになるものである。
「おはよう」名前は先に列の端に立っていたセブルスに声をかけ、その横に並んだ。
朝が苦手なのか、箒の授業が嫌なのか、セブルスはいつもに増して不機嫌そうだった。リリーだったらこの機嫌の悪さも直せるのだろうか。名前がそんな事を思った矢先、城の方から先生がやって来た。
短い白髪に黄色い目のフーチ先生は、まるで鳥のようだった。先生のキビキビとした掛け声に、みんな眠気が覚めたようだった。
生徒たちは全員箒の横に立つよう指示され、スリザリンとハッフルパフが一列に向かい合う形になった。今日の授業はまず箒を手に取る練習から始めるという先生の言葉に、数人のスリザリン生が鼻で笑った。
「僕は3歳の頃から箒に乗って遊んでたんだよ。今日の授業は随分暇になるなあ…」
声の主が誰か、名前は探す気にもならず、目の前の箒に集中するので精一杯だった。生まれてから一度も、名前は箒に乗ったことがない。魔法使いの家に生まれたが、移動はいつも煙突飛行だった。箒自体、こんなに間近で見るのは初めてなような気がした。
フーチ先生の合図と共に、生徒たちは一斉に箒に向かって叫び始めた。
「上がれ!」
名前は力を込めて、瞬きもせずに箒を見つめて言った。しかし箒はブルっと地面で揺れただけで、少しも浮き上がらない。
列の奥の方から「こんなの、赤ん坊だって出来る!」と嘲るような声が聞こえてきた。名前は焦って目の前を見たが、ハッフルパフの列はまだ誰も箒を掴めてはいなかった。そして驚いたことに、名前の隣に立つ生徒も不動の箒とにらめっこをしていた。
「セブルスにも苦手な事あるんだね!」
名前は嬉しくて思わず口に出してしまった。それを聞いたセブルスはこれでもかと言うくらい睨みをきかせて、名前の方を見た。
「他人の心配をしてる余裕があったら、とっととその辺を飛び回ってこい…」
セブルスの機嫌をこの上なく最悪のものにしてしまったと気付き、名前は慌てて箒に向き直った。
「上がれ!上がれ?…上がれ!!」
丁寧に言ってみたり、威圧的に言ってみたり。様々なやり方を試しながら悪戦苦闘した末、箒が名前の手におさまったのはそれから15分も後の事だった。
初めての箒での飛行は、想像を絶するほどに緊張するものだった。少し浮いてみる程度の練習のはずが、ハッフルパフの小柄な男の子が地面を大きく蹴ってしまい、バランスも取れないまま塔の5階くらいの高さまで飛び上がってしまったのだ。
パニックになりながら箒にしがみつく彼のあとをフーチ先生が慌てて追い、なんとか引っ張って地面に下ろした。それを見てほとんどのスリザリン生がゲラゲラと笑っていたが、名前にはとても他人事に思えなかった。その横でセブルスも呆然と同じ光景を眺めていた。
結局とんでもない高さに飛び上がることはなかったものの、名前の怯えが箒に伝わったのか、たいして浮くことも出来ないまま初回の授業は終わってしまった。自分に飛行の才能が無いのは明らかだった。
普段使わない筋肉に力を込めたせいで、身体中のあちこちが強ばっている。名前は早足で城へ向かうセブルスの後を追いながら、一緒に変身術の教室へ向かった。
「やっぱり、セブルスの方が私より箒の才能もあるかも、ね?」
名前はセブルスのご機嫌を直そうとおだてて話しかけたが、あまり意味は無いようだった。
「君とあのハッフルパフの2人勝ちのような授業だったな…」
セブルスのぼやきに、そこまでではないでしょと反論しながら名前は廊下を突き進んだ。セブルスはそれから一言も喋らなかった。
変身術の教室からは入れ替わりでグリフィンドールの上級生たちが出てきた。セブルスの隣の席に座りながら、飛行訓練がグリフィンドールとの合同でなくてまだ良かったと名前は思った。スリザリンに負けず劣らず、調子に乗りそうな子がいっぱいいる。特にあの眼鏡の男の子…。
授業が始まるまであと10分ある。鞄からペンや教科書を取り出すセブルスをよそに、名前は目を閉じて机に突っ伏した。