第一部
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不幸中の幸いか、散らかりきった心を整理するのに、魔法史の授業はぴったりだった。
ゴーストのビンズ先生は生徒の授業態度など視界にすら入っていないらしく、一本調子で延々と教科書を読み上げるだけだった。その話し方はまるで催眠術のようで、授業が始まって30分も経つ頃には生徒の大半が机に突っ伏していた。昼食後すぐの授業がよりによってこれとは。あのセブルスでさえも、拳で額を支えるように肘をつきながら眠っているようだった。
名前は教科書の余白を見つめながら、様々な思いを張り巡らせていた。リリーと別れた際にあふれた涙は止まり、徐々に冷静さを取り戻しつつあった。
泣いてわめいたところで、スリザリン生である現実は変わらない。こうなった以上、帽子のあの言葉を信じるしかない。勉強しよう。強くなるんだ。
4限目の闇の魔術に対する防衛術の授業が終わる頃には、外はすでに暗くなっていた。
大広間での夕食までは、まだ時間がある。名前は一人図書館へ向かった。何万冊もの本が並ぶ中、生徒のために自習用の席がいくつも設けられている。
名前は窓際の一人席に着き、魔法史の宿題を広げた。ビンズ先生から最初に課された宿題は、ホグワーツの歴史に関するものだった。
ホグワーツ4寮の創始者について調べ、それぞれの特徴について述べること…。本をうつすだけで様になりそうな、簡単な内容だった。
しかしサラザール・スリザリンの項目を書き写すうちに、名前は心が再び重くなっていくのを感じた。
スリザリンは純血主義者で、ホグワーツにマグル出身の者を入学させるのに反対した。それが理由でグリフィンドールと対立し、彼は学校を去ったー。
夕食の時間が近づいてきた。周りの生徒たちは次々に勉強を切り上げ、図書館を後にしていく。
名前は机に羊皮紙を広げたまま、立ち上がるのをためらっていた。スリザリンのテーブルに行けば、嫌でもアニーと顔を合わせる事になるだろう。
しかし、どのみち夜は寮に帰らなければいけない。あの緑と銀のベッドで、アニーと隣同士で寝なければならないのだ。
考えれば考えるほど、名前の気分は沈んでいった。胸の奥にどんよりとモヤがかかったようだ。
図書館にはもう名前以外に生徒は誰もいなかった。一人になった瞬間、棚に納められた全ての本がじっと自分を見つめているような気がしてくる。
仕方なく名前は机の上を片付け、重たい足取りで大広間へと向かった。
大広間では、案の定全生徒が食事を始めていて、そのお喋りの声は遠くの廊下まで響いていた。
真っ黒な夜でも、浮かぶ何千という蝋燭の灯りのおかげで、大広間は昼間のようにキラキラと明るかった。
スリザリンのテーブルに目をやると、アニーが一年生の女の子3人と笑いながらプディングを食べていた。
名前は彼女を見ないふりして、テーブルに空席を探しながら歩き始めた。しかし向こうはすぐに名前に気付いて、アニーがコソッと周りの子たちに何か耳打ちした。それを聞いたみんなが名前を見て、クスクス笑っている。
気にしちゃダメだ。名前は脇目をふらずに歩き続けた。
ほどなくして、テーブルの奥、先生たちの列に近い側に、セブルスが一人で座っているのを見つけた。
彼もアニーと極力距離をとって席を選んだように思えた。名前は迷わずそこへ歩いていき、セブルスの隣に座った。
セブルスは反射的に顔をあげたが、それが名前だと分かると、何も言わず前に向き直り、大豆スープをすすり始めた。
名前も黙って目の前のニシンを皿によそった。アニーたちはまだこちらを見てヒソヒソと言い合っているようだったが、なるべく気にしないように努めた。名前は無理矢理にでも別の事を考えるようにした。
ルシウスがホグワーツの食事は全て屋敷しもべ妖精が作っていると言っていたけど、こんな量を1日3回も用意するなんて彼らはどんな魔法を使っているんだろう。
屋敷しもべ妖精には、魔法使いをも凌ぐ魔力があると聞いたことがある。彼らがしもべとして生まれてきたのは、魔法使いにとって幸いだった。さもなくば、彼らは人間が知る由もない魔法を使って……知る由もない魔法……
「セブルス」名前は思わず隣人に話しかけた。「昼間のあれ、あの魔法は一体どこで覚えたの?」
「…僕が勉強家だと言ったのは君だろう」セブルスは面倒くさそうに答えた。
「あの魔法は危なくないの?」セブルスにその気が無かったとしても、狙いが少しでも外れればアニーの足に傷を負わせるところだった。名前は真剣な表情で彼を見た。
名前の態度とは対照的に、セブルスはなんでもない事だと言わんばかりに鼻で笑った。
「ごく一般的な切り裂き呪文だ。あの程度で危ないなんて思ってるようじゃ、君は2年生にも上がれないな」
入学して数日しか経ってないんだから、知らない呪文に驚くのなんて当然だろう。名前はそう文句をつけようとしたが、ああ言えばこう言うだ。言い返したところで、またセブルスは一枚上手の嫌味で返してくるに違いない。
ほとんどの生徒たちが食事を終え、席を立って寮へと帰り始めた。遅れてきた名前はまだ食事の真っ最中で、マッシュポテトを一生懸命皿によそっていた。
名前がポテトを口に運んだちょうどその時、ルシウスが名前とセブルスの方へやって来て、2人の前に腰を下ろした。
「やあ、二人とも。魔法薬の授業での事をスラグホーン先生から聞いたよ」ルシウスの目は相変わらずギラギラと光っていた。
「セブルス、君の魔法薬はクラスで一番だったんだってな。先生が褒めてたぞ。君もその内スラグ・クラブに入れるな」
「スラグ・クラブって?」セブルスが眉をひそめて訊ねた。名前は魔法薬の話なら自分には関係ないなと思い、マッシュポテトをたいらげてデザートのプディングをスプーンですくった。
「スラグホーン先生のお眼鏡にかなった生徒達が招待される、言わば選ばれし者の会合さ」誇らしげにそう語るあたり、ルシウスもその一員らしかった。
セブルスはふうん、と生返事をした。名前はプディングの美味しさに夢中で、大皿からおかわりを取ろうとしていた。
「名前は…」その様子を見て、ルシウスが言った。「もう少し頑張れば…その、まあ可能性は無くはないかもな」
セブルスは勝ち誇ったような顔で名前を一瞥した。そして立ち上がったルシウスを追うように、席を立って大広間を後にした。
今に見てらっしゃい。プディングを頬張りながら、名前は心の炎がメラメラと燃え上がるのを感じた。帽子の言ってた才能を早く見つけて、セブルスたちを驚かせてやるー。
食事の後、名前は寮へ戻る前にもう一度図書館へ立ち寄った。
夕食後は一日のなかでも特に、談話室が生徒でいっぱいになる。そんな中ノコノコ現れるのはごめんだった。
本音を言えば、もう寮へは帰りたくないのだー。
しかしそうも言ってられない。図書館での時間はあっという間に過ぎ、寮へ戻らなければならない時刻となった。
一人、また一人と生徒が立ち去っていく。名前は最後の最後まで粘ったが、ついに司書から厳しく睨まれ、とぼとぼと図書館をあとにした。
誰もいない廊下を歩き、薄暗い階段を下り、冷たく不気味な地下牢を通ってー…名前はとうとう、湿った石が敷き詰められた壁の前にたどり着いた。
時刻は真夜中に近かった。もうあと数分で、消灯の時間だ。週末でもないし、談話室に残っている生徒はほとんどいないだろう。
それでも名前は入るのを躊躇った。このまま壁の前で寝起きして、誰にも咎められずに暮らせないだろうか。
そんな馬鹿げた考えは、通路の奥から鳴る足音によって一瞬で吹き飛ばされた。名前は慌てて合言葉を言い、現れた扉を開いて中へと入った。
名前の予想通り、談話室にはもう誰もいなかった。
荘厳な彫刻が施された暖炉の中で、火がバチバチと燃えている。天井から吊り下がっている緑の怪しげなランプよりも、暖炉の方が明るさを放っていた。
名前は緑色の大きなソファに腰掛けた。窓の外は、もう真っ暗で何も見えない。
いっそここで眠ってしまいたい。そしてみんなが起きる前に、寮から抜け出そうー。そんな事を思いながら、名前はゆっくり目を閉じた。
その瞬間、誰かが名前の肩を叩いた。
心臓が止まる思いがした。ゴーストか?恐ろしさの中、名前はバッと後ろを振り返った。
そこに立っていたのは、ゴーストのようで、ゴーストではなかった。
その印象はまさしくゴーストそのものだったが、体が透明になっていないところを見ると、人間なのだろう。
見たことのない女子生徒だ。ウェーブのかかった長い黒髪をかきあげ、うっすらと笑みを浮かべながら名前を見ている。
名前は驚きのあまり、口を半開きにしたまま彼女を眺めた。
古い人形のような青い目が名前の姿をじっと捉えていた。真っ白な肌が、ランプに照らされて薄く緑に染まっている。何より不気味だったのは、彼女が首元にも手首にも、石のアクセサリーをいくつもぶら下げていることだった。
彼女は名前の後ろにぴったりとくっ付いていた。こんなに近くにいたのに、肩を叩かれるまでその気配に全く気付かなかった。
「あなたを待っていたわ、名前・苗字」
彼女は霧の中で鳴る鈴のような声で名前に話しかけた。名前は思わず口をパクパクさせた。待っていた?なぜ?どうして自分の名前を?
「あ…」混乱の中、名前は声を絞り出した。「あなたは誰?」
怪しげな占い師のような格好をした女の子はクスクスと笑った。
「私はミランダ・フラメル。2年生よ」
そう言いながら、彼女は右手の人差し指にはめていた透明な石の指輪を外した。よく見ると、彼女の両手指にも指輪がびっしりはめてある。
名前はその手をあっけにとらえて見た。ミランダは指輪をローブのポケットにしまって言った。
「名前、あなた、私と友達になるといいわ。」
名前は思わず目を見開いてミランダを見た。今の彼女はゴーストには見えない。身体の輪郭がはっきりしたような、人間らしさが戻ってきたような印象だ。しかしそれよりも、名前には聞きたいことがいっぱいだった。
「どうして私の名前を知ってるの?」
「組分けの儀式は全生徒が見ているのよ。」ミランダは相変わらず静かに笑みをたたえている。
それもそうかと名前は納得しかけたが、一度名前を聞いただけでそれを記憶する事なんて出来るんだろうか。もやもやを抱えつつ、名前は二つ目の質問をした。
「その…あの、初めて会ったばかりなのに、どうして私と友達になりたいの?」
言葉を選んでいる余裕はない。名前は直球で訊ねた。
「あなたが偏見を持たない人だから」ミランダは瞬きせず答えた。「今日、あなたがアン・パーキンソンに立ち向かってくのを見たわ。私、そういう人をずっと待っていたの。」
昼間の出来事を見られていたのか。名前の体が緊張で少しだけ強ばった。
そんな名前を見て、ミランダは腰に下げていたポシェットのような麻袋を取り出して何やらゴソゴソしはじめた。袋には何が詰まっているのか、パンパンに膨れ上がっている。
「右手を出して」ミランダにそう言われ、名前は恐る恐る手を差し出した。
名前の手をとると、ミランダはその親指に緑の大きな石がついた指輪をはめた。指輪を見た瞬間名前はぎょっとしたが、いざそれをはめると、不思議と心が穏やかに静まり返るようだった。
「私の家は、魔法の石の専門店なの」ミランダは自分の両手いっぱいにはめた指輪を見せながら言った。
「今、あなたに"落ち着きの石"を渡したわ。これで少し整理がしやすくなったでしょう。」
確かにその通りだった。混乱していた頭が、次第にすっきりし始めて、何から順序だてて聞くべきかを考えられるようになってきた。
一息ついて、名前は話し始めた。
「あなたは私を入学の日に知って、今日のお昼、私がアンと言い争ってるところを見た。そして、あなたは2年生で、マグル出身に対する偏見が嫌いで、自分と同じ考えを持つスリザリン生を待っていた」
一度も止まらずに、驚くほどスラスラと言葉が出てきた。普段の自分なら絶対に取れない行動だ。名前は思わず指にはめた緑の石を凝視した。
「そう、その通りよ、名前」ミランダが小さく拍手をした。
「あなたー…さっき、気配が全然なかった」
名前は再び疑問を投げかけた。「あれはどうやったの?」
ミランダは何も言わずに、ポケットから透明の石を取り出した。さっきまで彼女が右手にはめていた指輪だ。
「これは"気配消しの石"。身につけていると、多少の気配を消せるのよ。」
名前はミランダの全身を改めて眺めた。少なくとも20個は石を身につけている。それぞれが何かしらの効果を持っているのだろうか。
「とりあえず」ミランダは、今度は右手の中指にはめていた指輪を外した。太陽のようなオレンジ色だ。はずした瞬間、彼女は大きくあくびをした。
「あなた、これから私と一緒に行動するといいわ。明日の朝、大広間に行く前に、ここで落ち合いましょう。」
名前はまだ聞きたいことがいっぱいだった。引き止めようと口を開きかけた時、ミランダが名前の眼前に一本指をつきつけた。
「今日の質問は、あと一つだけね」ミランダが言った。
普段ならそんな事を言われた瞬間、焦って言葉に詰まってしまう。しかし今の名前には、石の力がしっかりと働いているようだった。
名前は様々な疑問に優先順位をつけてから、一つだけ訊ねた。
「寝室がアン・パーキンソンと隣同士なんだけど、顔を合わせたくないの。どうすればいい?」
ミランダは微笑んで、先程しまった透明の石の指輪をまた取り出した。
「さっきのあなたに対する私のように、あなたも寝室での気配を消せばいいわ」彼女は名前の親指から"落ち着きの石"を外して、代わりに"気配消しの石"の指輪をはめた。
「明日、私と落ち合うときには外していてね。この袋に入れておけば効力はないから。それじゃあ、おやすみなさい」
名前に小さな麻袋を手渡して、ミランダは2年生の部屋へと消えていった。
名前はあっけにとらえながら、自分の部屋へと向かった。歩きながら、また溢れんばかりに、数々の疑問がわきあがってきた。
一年生の部屋はしんと静まり返っていた。皆、疲れて熟睡しているようだ。
名前はフラフラとベッドに腰掛けた。部屋を隔てるカーテンがしっかり閉まっており、アニーの姿は見えない。名前はほっと胸を撫で下ろして、パジャマに着替えて横になった。
ランタンの明かりを消す前に、自分の親指に大きな石の指輪がしっかりはめられている事を確認した。
そしてそれをお守りのように左手で握りしめながら、名前はぎゅっと目を閉じた。
ゴーストのビンズ先生は生徒の授業態度など視界にすら入っていないらしく、一本調子で延々と教科書を読み上げるだけだった。その話し方はまるで催眠術のようで、授業が始まって30分も経つ頃には生徒の大半が机に突っ伏していた。昼食後すぐの授業がよりによってこれとは。あのセブルスでさえも、拳で額を支えるように肘をつきながら眠っているようだった。
名前は教科書の余白を見つめながら、様々な思いを張り巡らせていた。リリーと別れた際にあふれた涙は止まり、徐々に冷静さを取り戻しつつあった。
泣いてわめいたところで、スリザリン生である現実は変わらない。こうなった以上、帽子のあの言葉を信じるしかない。勉強しよう。強くなるんだ。
4限目の闇の魔術に対する防衛術の授業が終わる頃には、外はすでに暗くなっていた。
大広間での夕食までは、まだ時間がある。名前は一人図書館へ向かった。何万冊もの本が並ぶ中、生徒のために自習用の席がいくつも設けられている。
名前は窓際の一人席に着き、魔法史の宿題を広げた。ビンズ先生から最初に課された宿題は、ホグワーツの歴史に関するものだった。
ホグワーツ4寮の創始者について調べ、それぞれの特徴について述べること…。本をうつすだけで様になりそうな、簡単な内容だった。
しかしサラザール・スリザリンの項目を書き写すうちに、名前は心が再び重くなっていくのを感じた。
スリザリンは純血主義者で、ホグワーツにマグル出身の者を入学させるのに反対した。それが理由でグリフィンドールと対立し、彼は学校を去ったー。
夕食の時間が近づいてきた。周りの生徒たちは次々に勉強を切り上げ、図書館を後にしていく。
名前は机に羊皮紙を広げたまま、立ち上がるのをためらっていた。スリザリンのテーブルに行けば、嫌でもアニーと顔を合わせる事になるだろう。
しかし、どのみち夜は寮に帰らなければいけない。あの緑と銀のベッドで、アニーと隣同士で寝なければならないのだ。
考えれば考えるほど、名前の気分は沈んでいった。胸の奥にどんよりとモヤがかかったようだ。
図書館にはもう名前以外に生徒は誰もいなかった。一人になった瞬間、棚に納められた全ての本がじっと自分を見つめているような気がしてくる。
仕方なく名前は机の上を片付け、重たい足取りで大広間へと向かった。
大広間では、案の定全生徒が食事を始めていて、そのお喋りの声は遠くの廊下まで響いていた。
真っ黒な夜でも、浮かぶ何千という蝋燭の灯りのおかげで、大広間は昼間のようにキラキラと明るかった。
スリザリンのテーブルに目をやると、アニーが一年生の女の子3人と笑いながらプディングを食べていた。
名前は彼女を見ないふりして、テーブルに空席を探しながら歩き始めた。しかし向こうはすぐに名前に気付いて、アニーがコソッと周りの子たちに何か耳打ちした。それを聞いたみんなが名前を見て、クスクス笑っている。
気にしちゃダメだ。名前は脇目をふらずに歩き続けた。
ほどなくして、テーブルの奥、先生たちの列に近い側に、セブルスが一人で座っているのを見つけた。
彼もアニーと極力距離をとって席を選んだように思えた。名前は迷わずそこへ歩いていき、セブルスの隣に座った。
セブルスは反射的に顔をあげたが、それが名前だと分かると、何も言わず前に向き直り、大豆スープをすすり始めた。
名前も黙って目の前のニシンを皿によそった。アニーたちはまだこちらを見てヒソヒソと言い合っているようだったが、なるべく気にしないように努めた。名前は無理矢理にでも別の事を考えるようにした。
ルシウスがホグワーツの食事は全て屋敷しもべ妖精が作っていると言っていたけど、こんな量を1日3回も用意するなんて彼らはどんな魔法を使っているんだろう。
屋敷しもべ妖精には、魔法使いをも凌ぐ魔力があると聞いたことがある。彼らがしもべとして生まれてきたのは、魔法使いにとって幸いだった。さもなくば、彼らは人間が知る由もない魔法を使って……知る由もない魔法……
「セブルス」名前は思わず隣人に話しかけた。「昼間のあれ、あの魔法は一体どこで覚えたの?」
「…僕が勉強家だと言ったのは君だろう」セブルスは面倒くさそうに答えた。
「あの魔法は危なくないの?」セブルスにその気が無かったとしても、狙いが少しでも外れればアニーの足に傷を負わせるところだった。名前は真剣な表情で彼を見た。
名前の態度とは対照的に、セブルスはなんでもない事だと言わんばかりに鼻で笑った。
「ごく一般的な切り裂き呪文だ。あの程度で危ないなんて思ってるようじゃ、君は2年生にも上がれないな」
入学して数日しか経ってないんだから、知らない呪文に驚くのなんて当然だろう。名前はそう文句をつけようとしたが、ああ言えばこう言うだ。言い返したところで、またセブルスは一枚上手の嫌味で返してくるに違いない。
ほとんどの生徒たちが食事を終え、席を立って寮へと帰り始めた。遅れてきた名前はまだ食事の真っ最中で、マッシュポテトを一生懸命皿によそっていた。
名前がポテトを口に運んだちょうどその時、ルシウスが名前とセブルスの方へやって来て、2人の前に腰を下ろした。
「やあ、二人とも。魔法薬の授業での事をスラグホーン先生から聞いたよ」ルシウスの目は相変わらずギラギラと光っていた。
「セブルス、君の魔法薬はクラスで一番だったんだってな。先生が褒めてたぞ。君もその内スラグ・クラブに入れるな」
「スラグ・クラブって?」セブルスが眉をひそめて訊ねた。名前は魔法薬の話なら自分には関係ないなと思い、マッシュポテトをたいらげてデザートのプディングをスプーンですくった。
「スラグホーン先生のお眼鏡にかなった生徒達が招待される、言わば選ばれし者の会合さ」誇らしげにそう語るあたり、ルシウスもその一員らしかった。
セブルスはふうん、と生返事をした。名前はプディングの美味しさに夢中で、大皿からおかわりを取ろうとしていた。
「名前は…」その様子を見て、ルシウスが言った。「もう少し頑張れば…その、まあ可能性は無くはないかもな」
セブルスは勝ち誇ったような顔で名前を一瞥した。そして立ち上がったルシウスを追うように、席を立って大広間を後にした。
今に見てらっしゃい。プディングを頬張りながら、名前は心の炎がメラメラと燃え上がるのを感じた。帽子の言ってた才能を早く見つけて、セブルスたちを驚かせてやるー。
食事の後、名前は寮へ戻る前にもう一度図書館へ立ち寄った。
夕食後は一日のなかでも特に、談話室が生徒でいっぱいになる。そんな中ノコノコ現れるのはごめんだった。
本音を言えば、もう寮へは帰りたくないのだー。
しかしそうも言ってられない。図書館での時間はあっという間に過ぎ、寮へ戻らなければならない時刻となった。
一人、また一人と生徒が立ち去っていく。名前は最後の最後まで粘ったが、ついに司書から厳しく睨まれ、とぼとぼと図書館をあとにした。
誰もいない廊下を歩き、薄暗い階段を下り、冷たく不気味な地下牢を通ってー…名前はとうとう、湿った石が敷き詰められた壁の前にたどり着いた。
時刻は真夜中に近かった。もうあと数分で、消灯の時間だ。週末でもないし、談話室に残っている生徒はほとんどいないだろう。
それでも名前は入るのを躊躇った。このまま壁の前で寝起きして、誰にも咎められずに暮らせないだろうか。
そんな馬鹿げた考えは、通路の奥から鳴る足音によって一瞬で吹き飛ばされた。名前は慌てて合言葉を言い、現れた扉を開いて中へと入った。
名前の予想通り、談話室にはもう誰もいなかった。
荘厳な彫刻が施された暖炉の中で、火がバチバチと燃えている。天井から吊り下がっている緑の怪しげなランプよりも、暖炉の方が明るさを放っていた。
名前は緑色の大きなソファに腰掛けた。窓の外は、もう真っ暗で何も見えない。
いっそここで眠ってしまいたい。そしてみんなが起きる前に、寮から抜け出そうー。そんな事を思いながら、名前はゆっくり目を閉じた。
その瞬間、誰かが名前の肩を叩いた。
心臓が止まる思いがした。ゴーストか?恐ろしさの中、名前はバッと後ろを振り返った。
そこに立っていたのは、ゴーストのようで、ゴーストではなかった。
その印象はまさしくゴーストそのものだったが、体が透明になっていないところを見ると、人間なのだろう。
見たことのない女子生徒だ。ウェーブのかかった長い黒髪をかきあげ、うっすらと笑みを浮かべながら名前を見ている。
名前は驚きのあまり、口を半開きにしたまま彼女を眺めた。
古い人形のような青い目が名前の姿をじっと捉えていた。真っ白な肌が、ランプに照らされて薄く緑に染まっている。何より不気味だったのは、彼女が首元にも手首にも、石のアクセサリーをいくつもぶら下げていることだった。
彼女は名前の後ろにぴったりとくっ付いていた。こんなに近くにいたのに、肩を叩かれるまでその気配に全く気付かなかった。
「あなたを待っていたわ、名前・苗字」
彼女は霧の中で鳴る鈴のような声で名前に話しかけた。名前は思わず口をパクパクさせた。待っていた?なぜ?どうして自分の名前を?
「あ…」混乱の中、名前は声を絞り出した。「あなたは誰?」
怪しげな占い師のような格好をした女の子はクスクスと笑った。
「私はミランダ・フラメル。2年生よ」
そう言いながら、彼女は右手の人差し指にはめていた透明な石の指輪を外した。よく見ると、彼女の両手指にも指輪がびっしりはめてある。
名前はその手をあっけにとらえて見た。ミランダは指輪をローブのポケットにしまって言った。
「名前、あなた、私と友達になるといいわ。」
名前は思わず目を見開いてミランダを見た。今の彼女はゴーストには見えない。身体の輪郭がはっきりしたような、人間らしさが戻ってきたような印象だ。しかしそれよりも、名前には聞きたいことがいっぱいだった。
「どうして私の名前を知ってるの?」
「組分けの儀式は全生徒が見ているのよ。」ミランダは相変わらず静かに笑みをたたえている。
それもそうかと名前は納得しかけたが、一度名前を聞いただけでそれを記憶する事なんて出来るんだろうか。もやもやを抱えつつ、名前は二つ目の質問をした。
「その…あの、初めて会ったばかりなのに、どうして私と友達になりたいの?」
言葉を選んでいる余裕はない。名前は直球で訊ねた。
「あなたが偏見を持たない人だから」ミランダは瞬きせず答えた。「今日、あなたがアン・パーキンソンに立ち向かってくのを見たわ。私、そういう人をずっと待っていたの。」
昼間の出来事を見られていたのか。名前の体が緊張で少しだけ強ばった。
そんな名前を見て、ミランダは腰に下げていたポシェットのような麻袋を取り出して何やらゴソゴソしはじめた。袋には何が詰まっているのか、パンパンに膨れ上がっている。
「右手を出して」ミランダにそう言われ、名前は恐る恐る手を差し出した。
名前の手をとると、ミランダはその親指に緑の大きな石がついた指輪をはめた。指輪を見た瞬間名前はぎょっとしたが、いざそれをはめると、不思議と心が穏やかに静まり返るようだった。
「私の家は、魔法の石の専門店なの」ミランダは自分の両手いっぱいにはめた指輪を見せながら言った。
「今、あなたに"落ち着きの石"を渡したわ。これで少し整理がしやすくなったでしょう。」
確かにその通りだった。混乱していた頭が、次第にすっきりし始めて、何から順序だてて聞くべきかを考えられるようになってきた。
一息ついて、名前は話し始めた。
「あなたは私を入学の日に知って、今日のお昼、私がアンと言い争ってるところを見た。そして、あなたは2年生で、マグル出身に対する偏見が嫌いで、自分と同じ考えを持つスリザリン生を待っていた」
一度も止まらずに、驚くほどスラスラと言葉が出てきた。普段の自分なら絶対に取れない行動だ。名前は思わず指にはめた緑の石を凝視した。
「そう、その通りよ、名前」ミランダが小さく拍手をした。
「あなたー…さっき、気配が全然なかった」
名前は再び疑問を投げかけた。「あれはどうやったの?」
ミランダは何も言わずに、ポケットから透明の石を取り出した。さっきまで彼女が右手にはめていた指輪だ。
「これは"気配消しの石"。身につけていると、多少の気配を消せるのよ。」
名前はミランダの全身を改めて眺めた。少なくとも20個は石を身につけている。それぞれが何かしらの効果を持っているのだろうか。
「とりあえず」ミランダは、今度は右手の中指にはめていた指輪を外した。太陽のようなオレンジ色だ。はずした瞬間、彼女は大きくあくびをした。
「あなた、これから私と一緒に行動するといいわ。明日の朝、大広間に行く前に、ここで落ち合いましょう。」
名前はまだ聞きたいことがいっぱいだった。引き止めようと口を開きかけた時、ミランダが名前の眼前に一本指をつきつけた。
「今日の質問は、あと一つだけね」ミランダが言った。
普段ならそんな事を言われた瞬間、焦って言葉に詰まってしまう。しかし今の名前には、石の力がしっかりと働いているようだった。
名前は様々な疑問に優先順位をつけてから、一つだけ訊ねた。
「寝室がアン・パーキンソンと隣同士なんだけど、顔を合わせたくないの。どうすればいい?」
ミランダは微笑んで、先程しまった透明の石の指輪をまた取り出した。
「さっきのあなたに対する私のように、あなたも寝室での気配を消せばいいわ」彼女は名前の親指から"落ち着きの石"を外して、代わりに"気配消しの石"の指輪をはめた。
「明日、私と落ち合うときには外していてね。この袋に入れておけば効力はないから。それじゃあ、おやすみなさい」
名前に小さな麻袋を手渡して、ミランダは2年生の部屋へと消えていった。
名前はあっけにとらえながら、自分の部屋へと向かった。歩きながら、また溢れんばかりに、数々の疑問がわきあがってきた。
一年生の部屋はしんと静まり返っていた。皆、疲れて熟睡しているようだ。
名前はフラフラとベッドに腰掛けた。部屋を隔てるカーテンがしっかり閉まっており、アニーの姿は見えない。名前はほっと胸を撫で下ろして、パジャマに着替えて横になった。
ランタンの明かりを消す前に、自分の親指に大きな石の指輪がしっかりはめられている事を確認した。
そしてそれをお守りのように左手で握りしめながら、名前はぎゅっと目を閉じた。