君がため
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「千歌様!父君が倒れられました!」
「なん、で…?」
屋敷に戻り、駆けつけてきた家臣が開口一番に告げた。千歌は一瞬目の前が暗くなるが、弟カエデに心配をかけてはならないと踏ん張る。
いかなる時も悠然と構えなければならない。
ふぅと息を整えて踏み出した。
「案内せよ!」
少し歩いて、カカシが共に来てくれる気配を感じて止まる。
父が倒れたとあっては、もしもの時は千歌が矢面にたつ必要がある。まだカエデは幼いし、今度の演奏会で父を騙すなどしている場合ではないかもしれない。
たったさっき自覚した恋心は、今この状況にあっては望ましくない。この気持ちが育つ前に、断ち切らねばならない。
*
「…カカシは、部屋で待機しておれ」
立ち止まって振り返ることなく、千歌はそう言って母屋に向かった。カカシは待機を命じられ、ついて行くことはできない。しかし、すぐ部屋に戻る気にもなれなかった。
千歌が拐われたと気付き、急いで忍犬を口寄せ。後を追った。幸い忍を雇っている様子はなく、千歌が自らの足で出てきたことは驚いたが…。
こんなにも、何かを愛おしいと思えたことはない。自身の腕に閉じ込めて、このまま連れ去ってしまえたらどんなに良かっただろうか。
カカシを惹きつけてやまない笑顔も、惑わす香りも、全て自分のものにできたらどんなに…。
その晩、千歌は部屋に戻って来なかった。そのため、千歌の自室ではなく、待機のために用意されていた部屋で一晩を明かし、着替えを終えて部屋を出ようとした時だった。
「カカシ、千歌様から言伝を預かった」
音もなくやってきたのは、女中頭の笹沖だ。カカシは「何です?」と慎重に返し、彼女を中に入れた。
「…長いことご苦労であった。本日をもって、護衛の任は終了とする。期間が少し早まったが…」
そんな気は、していた。守れなかった。当然の結果だろう。
笹沖が褒賞の金額については満額支払うという話をしていたが、右から左に聞き流す。
せめて、もう一度くらいは会いたかった。そう気軽に会える身分ではないことを再認識し、吊り目がちな瞳が自分を写すことはもう無いのだと思うと、胸が締め付けられる。
2週間だったが、世話になった人達に挨拶をしてまわる。
「お疲れ様です。良かった、来てくださって」
「?」
「お話しがあると、殿が」
「え」
倒れたというのに、会いに行って良いものなのか。厩番に声をかけたところ、あれよあれよという間に殿の部屋に通された。
*
「そちを呼んだのは千歌のことでな。クビにされたそうじゃが、もともとそちの雇用主は予じゃ。よって追加の依頼を頼みたい」
布団に横になったまま話す殿に頭を下げたままそばに控える。チラリと様子を伺うカカシに気付いたようで、「予も流石に、娘が拐かされたと聞けば腰も抜かす」とカラリと笑った。
さすがに大名ともなると情報が早い。良い忍がそばに仕えているのだなと思いつつ、背筋が凍る思いで次の言葉を待った。
「そちが護衛の任をかまけ、一度でも千歌に手を出そうものならとっとと追い出したのだが、そなたは依頼者と忍という立場を守り抜いた。信じるに値する男と見込んでの頼みじゃ」
なんという狸ぶり、という気持ちがコッソリ湧いたが、あのあまりに無防備な千歌を思い出し、親なら当然心配するだろうと頭を一段階深く下げた。
「そなた、千歌を生涯守りぬくことができるか?」
「…は?」
思わず顔を上げて目を見開いてしまう。
生涯って、それって…。
「どうなのじゃ?嫁にやるというておるぞ」
「…本気ですか?」
「嘘はつかぬ。こたび思うことがあってな…。あの子は、予に何かあれば自分を犠牲にしようとする。千歌には、自由がよう似合う…」
悲しそうな微笑みを浮かべる、父親の顔。カカシはふと自分の父親を思い出した。
「実はのぅ、来週見合いを考えておったのじゃが」
「(見合い!?)」
自分の動揺が抑えきれず、それを感じとったのか殿は少しイタズラ好きそうな笑みを浮かべた。
「まぁ多分、行きたがらんじゃろーなぁ。千歌はそちのような男が好きじゃからのぉ…顔とか」
「…はぁ」
「で?答えは?」
まさかこんな機会がくるとは思わなかった。カカシは握りしめた拳を見て、顔を上げた。
*
「(カカシ、今何してるのかなぁ…)」
演奏会当日。身体の隅々まで洗って香油を塗りたくられ、化粧を終え、最後に髪結。笹沖が櫛の位置をチェックしている最中、ふと思い出してしまいグッと目を閉じる。
その様子が普段の千歌と違うことに気づいた笹沖は「千歌様?」と声をかけてきた。声色だけでわかる、心配してくれているのだろう。
「いや、大事ない」
「さようでございますか」
問題なかったようで、千歌が座る前に回り、頭を下げた。
「千歌様…千歌様にお仕えできたこと、この笹沖生涯忘れませぬ。…私はあなた様がどのような選択をしたとしても、千歌様のご意志を信じております」
「ふっ…急にいかがいたした?」
「いえ、これだけはお伝えしたかったのです」
笹沖も、この演奏会が見合いの場だと知っているだろう。それにしては大仰な…と思ってしまうのはこれから誰かを選ばなければならない億劫さと、現実味のなさからか。
千歌は、それでも千歌を大事に思ってくれる人がいてくれると思えて、嬉しくなる。
「行って参る」
*
部屋から出て、カゴ乗り場に向かうといつもと様子が違った。目の前に2台用意され、一台は華美な一人用のカゴ、もう一台は質素な遠乗り用のカゴだ。どちらも御簾が半分ほどおろされている。
父達はそろって後ろの大きめのカゴに乗るはずだ。
疑問に思って後ろを振り返ると、ちょうど父と弟がやってくるところだった。
「父上?お加減はよろしいのですか?」とまずは確認する。「うむ。だいぶ良い」とゆっくりながらも、確かな足取りに安堵する。カエデは嬉しそうにニコニコと微笑んでいた。
「(久しぶりの父上との外出だから、嬉しいのかな?)」
「さて、千歌や。今日、この場でどちらのカゴに乗るか選んでもらう」
「?」
「一つは予定通り、演奏会に向かうカゴじゃ。そしてもう一つを選んだ場合、千歌は会場には赴かず死んだことになる」
「!?ど、どういうことです!」
「そっちに乗れば、演奏会場は葬儀会場に様変わり。盛大な葬式を執り行うつもりじゃ。つまり、大名の千歌は社会的に死んでしまうことになる」
「では、私は…どこに行くのです?」
父はニヤリと笑いながらあごで示す。
「中の者に聞いてみてはどうじゃ?」
中に人が?と目を凝らす。
確かに遠出用のカゴには誰かいる。暗くて見えにくいが、座っているのかあぐらをかいた足が見えた。
誰か気になり、近づいていく。
「(…まさか…)」
直感でしかない。
でもきっと、中にいるのは…
はやる気持ちが抑えきれず、最後は小走りに近づいて御簾をあげた。
俯きがちに座っていた男が顔をあげる。どれほど焦がれたか、たったさっきも思い出していた銀髪も、困ったような笑顔も、全部目の前にあった。
「カカシ…」
「…どーも」
「どーもって…」
軽すぎるだろう。千歌は込み上げた涙をグッと堪えた。カカシはスッと右手を差し出す。
「千歌様。……俺が生涯守ります。だから、こっちのカゴに乗りませんか?」
「しょう、がい?」
「結婚しましょ、ってことです」
シビビッとまるで雷にでも打たれたような衝撃だった。心臓が早鐘のように鳴って、カカシの手に重ねようとする指先まで脈打つ。
もう少しでカカシの手に触れる直前で、千歌は後ろを振り返った。
「(!…みんな…)」
父と弟の周りには、屋敷のみんなが控えてくれていた。みんな微笑んで見守ってくれている。
その中に笹沖の顔を見つけ、先ほどの言葉が蘇る。
ーーー私はあなた様がどのような選択をしたとしても、千歌様のご意志を信じております
あれは、きっとこのことを指してたんだとわかった。
千歌が演奏会に行き、大名としてのこれからを歩んでも、自らの地位を捨て、今までの積み重ねを無に帰すとしても、千歌を信じてくれると。
なんて心強いのか。
千歌は涙がついに溢れた。
しかし、笑顔は絶やさない。大名の千歌としての最後の顔は、みんなに覚えていて欲しい顔は笑顔だったから。
父が小さく頷く。
「行って良い」と言ったのだ。
「父上、ありがとう!カエデ、みんなの言うことよく聞いて、良い子でいるのよ!みんな、二人のこと、よろしく頼みます!」
在らん限りの大声をだし、手を振った。
「カカシ!お待たせ!」
カゴに乗り、カカシに抱きついた。勢いあまって飛びついたと言う方が的確かもしれないが、カカシは「おっと」と体勢を崩さず受け止めてくれた。
ぎゅっと腕に力を入れると、カカシは遠慮がちに背中をポンポンと撫でてくれる。
「じゃあ、出発しましょうか。木の葉隠れの里へ…」
言いたいことはたくさんあったが、今言えばまた泣いてしまう気がして、コクコクと頷くに留めた。
*
緊張した、などと言う言葉では言い表せない。カカシはまだおさまらない動悸を落ち着けようと息を吐いた。カゴが揺られ、千歌は気付かなかったようだ。
抱きつかれ甘い香りに満たされて、一瞬夢なんじゃないかと思えた。
「カカシから、生涯って言葉が出るなんて…ビックリした」
「?」
「ほら、自分は死んでも仕方ないって言ってたから」
「あぁ、ですね。…でもあなたを守るためにも、これからずっとそばで、長生きしたいなって思ってますよ」
ふふと嬉しそうに微笑む千歌が眩しい。1週間会えなかっただけでこんなにも心ときめいていて大丈夫だろうか。
「ところで、いい加減敬語はやめてね」
めちゃくちゃいい笑顔で言われた。善処しますと頭をかく。
「…あ!そういえば若葉マートどうしよう!?」
「それなら、名義変更でどうにかなりそうだよ。もともと名字は適当に若葉千歌ってしてたでしょ。木の葉隠れの里で戸籍登録したら、はたけ千歌に変えたらいいよ」
この1週間で確認したことを告げると、千歌は顔を真っ赤にした。
「え、どしたの?尋常じゃなく赤いけど」
「あ、いや。実感して…はたけ千歌になるんだなぁって」
かわいい。
これ、抱きしめていいかな。
「はたけ、になるからご両親に挨拶したい」
「あ、いや…」
「亡くなってるんでしょ?前言ってたじゃない。墓前に御報告したいの。案内してね?…って、わ!」
家族を大事に思ってくれているのがわかる。カカシはついに我慢ができず、千歌に抱きついた。最初こそ驚いたようだが、千歌は「甘えん坊ね」と笑いながら頭を撫でてくれた。
頭を撫でられるなんていつぶりだろうか。
「うーん、それでも本店には通えなくなるし…そこは副店長を社長にあげちゃって、木の葉隠れ支店に情報統括部を置いて、そこに審査認定関係を統一しちゃおっかなぁ…」
撫でながらすでに先のことに思いを馳せているようだ。もう少しカカシとの生活についても思いを馳せて欲しい。
必要な家具や物品については、殿からのお達しで準備済み。火影様にも戸籍登録について必要な手続きは確認してある。
「カカシ」
「ん?」
「道中、カカシのことたくさん教えてね?」
「!…あぁ、りょーかい」
あまり自慢できる過去ではないが、千歌には知っていて欲しいと思う。
