君がため
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
大きなお世話だったと謝る千歌をみて、無意識ながら握る手に力がこもった。
父、友人、そして師が自分のもとから去り、多くの人を見送ってきた。そんな自分が生き延び続けていることへの罪悪感。
ピクッと千歌の手が揺れたことに気付き、ふと彼女の顔を見ると
「(真っ赤だ…)」
耳まで真っ赤だった。さっきまで遠慮なくこちらに触れていた時とのギャップが可笑しくて笑ってしまう。
見つかる前に立ち上がり、その場は事なきを得た。
*
千歌が副店長と話をする間、店内を見て回った。農作物から化粧品、生活用品と幅広く取り扱っている。
ふと、手鏡が目に入り、そういえばガイのやつがよく忘れるなと友人を思い出した。置いてあるのは丸い薄型で、あまり場所を取らなそうだ。
「カカシ?その手鏡、欲しいの?」
立ち止まって見ていたからか、話を終えたのだろう千歌がくいと袖をひいた。
そんなつもりなかったが、「いえ…」と答えるより先に千歌が手鏡を手に取る。
「お客様、お目が高いですね!こちら、強度があって割れにくい上かなり小型で持ち運びやすい!うつりも鮮明で、なんと裏には櫛が収納されてます!かくゆう私も一枚持ってますよ!裏は色が違って、12種類からお選び頂けます!贈り物にも最適!お土産にいかがですか?」
帯の隙間から同じ鏡を出し、後ろをくるりと見せながら笑う千歌をポカンと眺めた。
「フッ、ハハハっ!商売上手すぎでしょ!」
「へへっ」
「あ、いや。失礼しました」
「あぁ、いいの。今は若葉マートの店長兼オーナーってだけだから。気楽に接してくれると助かる」
「はぁ」
そんなものか。
千歌は帰り道簡単に事情を説明してくれた。自身の小遣いを使いながら、初めは献上品で気に入ったものを参考に、各店舗や個人に直談判し、品を集めて行ったこと。今は五カ国のみならず、近隣の小国にもチェーン店を展開していること。千歌本人は経営にはあまり関与せず、品物を卸すときに必ず自身を通すようにしており、千歌が認めた品は各店舗が顧客層に応じて配置するようになっているそうだ。
「私が気に入らない品は絶対取り扱わないから、私の宝物を集めたお店なの。それで、これから全部の国にチェーン店を拡大するのと、やっぱり武具や火薬製品、忍具の取扱とかを今後どうしていこうか考えてて、危険だから店員に研修も必要だし…」
ふと視線を感じて立ち止まる。
千歌は様子が変わったカカシに気付いたようで「何?」と声を低くした。
「いえ、すみません。逃げられました。何者かの視線を感じたのですが…」
「そうだったの?…まだいるかしら…」
顔を曇らせる千歌に、不安を感じる姿はやはり年頃の女の子だなと感慨にふける。
「では、振り切りましょうか」
「へっ?え?きゃ!」
「高いところが苦手なら、目を瞑っていてくださいネ」
彼女に近づき、膝裏に腕を回すとまた甘い香りに一瞬クラッとしたが、遠慮せず千歌を抱える。所謂お姫様抱っこ(本当にお姫様だけど)だ。
ヒュッと屋根上に登り、そのまま屋根伝いに走った。
千歌は最初こそカカシに縋り付いて目を閉じていたが、安定した走りからか目を輝かせている。こんなに無邪気な顔を見るとあの姿絵とは全く違う印象だ。
*
「では、カカシ。風呂へ行く。ついてまいれ」
「はっ」
帰って今度は夕食をいただき(今回の食事は千歌のそばで毒味も兼ねた)、諸大名への季節の挨拶の手紙を書くのを見守り(本当は千歌の父の仕事だが、護衛の件で借りがあるから仕方ないそうだ)、女中も交代があった後に声をかけられる。
「ではそこで見張っておれ」
了承の意味で頷くと、彼女は一人で湯殿に入って行った。ちらりと横の女中頭を見ると、厳格そうな口調で「この場を動くでないぞ。姫さまは入浴中は一人で過ごされる」と話した。
普通何人かついて着替えを手伝ったり身体を洗ったりしそうだが…。
「…昔、湯殿の中で世話係の女中が姫さまに切りかかったのだ。それ以来、決してお供を連れて入らぬ」
…忍でもゾッとする。
何も武器を持たず、完全にリラックスしている状況での襲撃。昔、ということは幼い少女にはどれほど恐ろしかったか。
千歌の強さはその経験からくるものなのだろう。
などと、冷静でいれたのは千歌が出るまで。湯上がりにほてった千歌は煽情的で、軽くまとめた髪にしなやかなうなじ。今日見た中で一番薄着だ。浴衣の袖からのぞく手さえも、今日自分の手の中にあったことを思い出してカカシは拳を握りしめた。
「今日から、護衛がおるゆえそなた達はさがれ」
「(ん?え、ちょっと待ってちょーだいよ。
まさか俺と二人きりなんてさせないでしょ、さすがに)」
カカシの予想は裏切られ、女中は全員部屋から出て行き、カカシは血の気が若干引いたのを感じた。
「?どうしたカカシ。顔が青いが…」
なんともないですと言うしかない。間に立派な絵が描いてあるついたてがちょこんとあるだけで、そこまで離れてない布団が二組。
「一応聞きますが、護衛はいつも同じ部屋で寝るんですか?」
「いや?今日が初めてじゃ」
まだ近くに女中がいることを気にしているようで、堅い口調の千歌。カカシとしては胸を撫で下ろす。
「(こんなに無防備な人っているんだ)」
男というのを知らなすぎる。
いや、あくまで護衛なのだが、これだけ美しく、無防備な女性が隣で寝てたら間違いをおかす者が絶対にいる。
カカシがダラダラと思考(というか現実逃避)にふけっていると、千歌は意を決したように「しばし待てと」後ろを向いた。
ーーーぱさっ
「!?」
何故か帯を解いた千歌にギョッとして後ずさる。スルッと浴衣が下にズレていくのが、一瞬一瞬目に焼きついてはなれそうもない。
千歌は腰のあたりまで見えるように浴衣をずらしてみせた。
その背には一本の刀傷が、右肩から左の腰にかけて残っていた。
「今日、カカシのことをいっぱい聞かせてもらって、私だけ話さないのはフェアじゃないかなって思ったの。この傷、12の時に女中にやられた」
カカシは改めて傷をみる。
年頃の娘が、人に見せたいはずない傷を自身に晒している覚悟に、真剣に応えたいと思った。
「この傷を負ったとき、生死の境を彷徨ったって父上から聞いた。私、傷つけられた時思ったの…私はこれまで、ほんとにやりたいことをやってないんじゃないかやれば良かったって。大好きな物を集めて、それを他の人と共有したり…好きな人と結婚して、おじいちゃんおばあちゃんになっても一緒にお茶飲んだり…誰か同じように傷つく人がいたら、私は手を差し伸べる自分でいたいって」
なんて、眩しいんだろうと思った。
「…じゃあ、この傷が今の千歌様を形造ったんですね」
「!…そう、そうかも。そう言われたのは初めて!」
ニコッと身体を振り向きかける千歌の両肩をホールドして留めた。
「いや、服着てください」
*
それから1週間後、カカシは千歌と共に紅葉狩りに来ていた。勿論千歌に誘われてのことである。
あれから、公務やマートに行ったり来たりの千歌についてまわり、夜休む際にもようやく理性と欲望の狭間を無の心で穏やかに過ごせるようになってきた。というか、「おやすみ」とにこやかに言う千歌を見て、「(あー、男として見られてないなこれ)」と毎度がっかりする。
途中、女中たち3人と手合わせで組み手をしたが、圧倒的に勝ってしまい兎角尊敬された。彼女達は三姉妹で、松代、竹子、梅乃と言った。それぞれ交代で千歌の護衛についている。
また、女中頭は笹沖という名で、千歌の母が幼くして亡くなってからの母親がわりだそうだ。なるほど、カカシに厳しい目を向けていたわけだ。
「(おい、おい!まさかあの方はっ)」
「(しっ!お見かけしてもお忍びの時は町人同然として接するようにと暗黙の了解だろうがっ)」
「(隣の男の子カッコいいー!)」
「(千歌様、ますますお美しい…)」
見事な紅葉を見に来た観光客のざわめきは、カカシにとってはよく聞こえた。千歌は聞こえないだけでなく、全く気にしていない様子だ。
「きれい…」
「…そうですね」
ギャラリーがいなけりゃなお良かったが。
「え!?料理を?」
「そう。料理長直伝だから、味は美味しいと思うけど。お弁当なんて作ったのは初めて!小さい時からよく料理長のお手伝いをしてたのよ」
このお姫様は本当に何でもしているんだなと感心してしまう。普通は恐らく親や家臣は止めるようなことも容認されている所をみると、千歌は可能な限り自由に過ごせるよう配慮されていたのだろう。というか、ここまで自由にさせる父親も相当強者な気がする。
弁当を嬉しそうに広げ、ニコッと微笑んで座った千歌はそのままじっとしている。その様子を隣に腰掛けたカカシはしばし見ていたが、はっと気が付いた。
「(あ、配膳は俺なのね)えーと、千歌様はどれをお取りしましょうか?」
「一通り全部。そういえば、カカシはどんな料理が好きなの?この前味噌汁にがっかりしてたでしょう?」
「え!してました?いやぁ、その…ナスの味噌汁が好きなんですが、冷めてたのが残念で」
「そっか…運ばれるまでに時間、だいぶ経つから」
そこまで残念がってはいないと思うが、些細な変化を感じ取ってくれたのが嬉しかった。周りをよく見ている。
二人分の弁当を完食し、お茶を飲み一息ついた時、千歌はカカシを覗き込みながら聞いてきた。
「ね、カカシは気になる人っていた?どんな人?」
「(それ、今気になる人に言うのはどうなのかね…)んー、いましたけど…どんな…と言われると難しいですね」
ふと、リンのことを思い出す。笑顔と、最期の顔。オビトがリンのことを好きだったのは知っていた。それでも、リンと視線が合うことが多いから気になった。いや、カカシの方がリンを見ていたからよく目が合ったのか。
今となってはわからない。あの時、気持ちに応えていたら最期は違っていたのでないか。
「どんなってそうね…性格とか、見た目とか…」
「えーと、元気は良かったですね。気が強い方というか、芯が通ったヒト…」
と、つい千歌を見てしまった。
それってそのまま千歌にも当てはまらないか?慌てて前を向き直り、「でも」と空を仰ぐ。
「任務を優先して、一度彼女を見捨てた。…俺には、彼女を愛する資格なんてないんです」
「…え?好きになるのに理由も資格もいらないでしょう?それに、一度ってことは、そのあと助けたんでしょ?人間なんだから失敗しない方がおかしいわよ」
あまりにも自然に、あまりにも堂々と宣う千歌に目を見開いてしまう。適当に言ったのではない。心から思っているのがわかる。
「(あぁ、理由って確かに一言でいえない…けど、好き、だなぁ…)そうですね」
「?なぁに?ニヤニヤして」
「いや、ニヤニヤなんてしてません」
「いやいや、してたわよ。何で隠すの?確認するから手を離してよ」
しばらく問答するも、千歌の「あ!」という驚きに遮られる。
「そういえば、デザートも作ってたんだ!はい!甘くないから、カカシでも食べれると思うんだけど」
「…甘いの苦手ってよく分かりましたね」
わらび餅だった。すでに苦手を見破られており、相変わらず気を抜けないなと再認識した。
*
そして2週間が過ぎようとした頃、事件が起きた。
千歌はカカシと共に若葉マートにきて、新しい商品のチェックをしていた。最近のお決まりのように、その間はカカシに店内で待機してもらい、千歌だけが担当者と確認をしていく。今日はタンスの納品があったため、外に停めてあるトラックから品をおろすのを見ていた。
「(うーん、それにしても…あと少しで演奏会になっちゃうし…そろそろカカシに恋人役をお願いしないと…)あら?」
ふと路地裏を見ると、背中を向けてうずくまっている男性が見えた。千歌は担当者にタンスが問題ないことを伝え、先に戻るよう声をかけた。
「大丈夫?具合でも悪いの?」
「…えぇ。ちょっと、手をかしてもらえますか」
息苦しそうに小声で話すため、自然と近づき手を伸ばしていた。手を掴まれた瞬間、グッと引かれて体勢を崩す。口に布を当てられ、薬をかがされたとわかった一瞬で、意識が遠のいていった。
*
「…すん…だ!…じゃすまねぇ……だい…の…!」
「でも!…おやっさん!…こいつもっ……」
ふと目が覚めた。香ばしい香りが鼻を抜けて周りの雑音が気にならないくらいに心地良い。
「(この香り…)」
この前の紅葉狩りでカカシと飲んだお茶と同じ香り。
そうだ、油断してた。多分千歌が誘拐されたと気付いたカカシは驚いてるだろうなぁと呑気に身体を起こす。
カカシが店内にいるからと気を抜いてしまっていた。これがバレたら父がまたうるさく言ってくるだろうなとゲンナリした。
手足がそれぞれ縛られているが、他は何ともない。しかもこの縛り、かなりゆるい。
「(ヨイショ…)」
忍びでもある女中達に教わった縄抜けを試みるとすぐ外れた。話し声がする扉に近づいて中の様子を伺う。
人数は、話し声からして2人から3人か。何やら揉めているようだ。
「誰がこんなマネ頼んだ!」
「だってよぉ!おやっさんのお茶をバカにして!」
「そうです!ただでさえ経営も危ないのに!」
「んなこた関係ねーだろーが!卸してもらえなかったのはお眼鏡に敵わなかったってだけだ!もう潮時なんだよ!それに、どこの世界に社長誘拐して脅す計画たてるバカがいんだ!!」
「あのー」
会話内容から口を挟んでも問題なさそうと判断し、扉を開けた。
「あなたは確か、まったり茶の社長ね?この前うちが契約できなかった」
「なっ!出来なかったじゃないだろ!」
「馬鹿野郎!頭下げろ!… 千歌様申し訳ございません。うちのアホどもの教育ができてませんでっ…どうか責任は俺一人に…」
「社長、今の私は若葉マートの社長。同じ立場なんだから、あまりかしこまらないで」
どうやら恐縮してしまっているが、この社長なら話をわかってくれそうだ。千歌はほっとため息をついた。
「それで、あなた達はちゃんと社長に伝言してくれたの?」
「へ?」
「…やっぱり。うちが断った時、改善事項を伝えたはずだけど、あなたたちショックからか随分ぼーっとしていたものね。お茶の味には文句のつけようがなかったけど、賞味期限が近い商品が多すぎたと言ったでしょう?」
従業員二人は前回同様呆然とした。外から犬の遠吠えが聞こえた気がする。最後まで、毅然とした態度でいなければ…。
「調査班から、御社が在庫管理と帳簿がずさんだと報告を受けてるわ。これから我が社の管理マネジメントチームを派遣するから、改善して再度納品審査を行うこと。…私の落ち度だわ…口頭じゃなくて、きちんと書面にして渡すべきだったわね…」
「え、じゃあ」
「取り扱いダメって、わけじゃ…」
「そんなわけないでしょ、私、気に入って家でも飲んでるのよ?」
社長は緊張した面持ちながらも、肩の力を抜いて座り込んだ。従業員二人も同様に涙を流している。
「ただし、今回のこれはいただけないので、罰として2ヶ月分を無償で提供すること。それから、私は自分からここに来たってことにします。誘拐については他言無用ね」
そうじゃなければこちらも困るとゴリ押しして玄関の扉に手をかけた。
「じゃ、私は帰るわ。ちょうど迎えも来たみたいだし」
「千歌様!」
「行きましょう。話はついたから」
やってきたカカシが中の方を覗こうとするのを手で遮って、先に歩き出した。カカシは尚も言いたそうにしたが、すぐ千歌に着いてくる。しばらく歩いて、人気がない所に来てからガクッと尻餅をついた。
「千歌!?怪我を!?」
「ううん…けが、ない……こ、怖かったぁ」
カカシが来てくれた時、心から安堵した。絶対来てくれると信じていたから、強気でいられたしなんとかしてみせると思えた。
全部強がりだ。誰にも悟られてはいけないものだった。でもカカシの前ではありのままの自分でいたい。いてしまう。
汗だくで駆けつけてくれたカカシが、心配そうに傍に跪く。そんな顔にさえキュンとしてしまう。
優しく触れてくれる手も、差し出されるハンカチからするカカシのにおいも、全部安心する。
「(私、私って…カカシのことすごい好きだ)」
どうして今気付いたのかはわからない。この広い胸に抱きついて、思い切り泣いてしまいたい。
でも、遅くなってしまった。いったん屋敷に帰らねば、父から何を言われるかわからない。
千歌は立ち上がりかけたが、カカシが以前のようにお姫様抱っこで抱え上げてくれた。
「(か、顔がっ近い!わたし、何でこの前は平気だったの!重いって思われてたらどうしよう!腕が、カカシの腕が!あれ、さっきから犬が後ろからついてきてる?)」
あまりに動揺してまとまらない思考。羞恥から顔を隠すが、カカシはさっきの恐怖からと勘違いしているようだ。「もう大丈夫です」と繰り返し言ってくれるが、それもまた耳元で囁かれて脊髄が疼いた。
.
