しのぶれど
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「…スキ、ですっ」
「……そ…ス、えっ?」
どうしてこうなったか、千歌にはわからなくなった。相手もわかっていないようで、片方しか見えない目を見開き、こちらを凝視する。
「(なんでっ…なんでこんなことにっ…)」
とりあえず今この状況になり、原因をつくった同期二人が店の隅っこから申し訳なさげに手を合わせながら謝っている様子だけは見えた。賑やかな居酒屋で、背に汗が流れる感覚に耐えながら、目の前で飲んでいた先輩方のもとから逃げたい気持ちをもみ消すようにぎゅっと目をつむる。
アスマ、紅、ガイそしてカカシの4人で個室に近いお座敷に座っていた所に偶然にも通りかかってしまったのが運の尽きだった。どうして今日に限ってこんな…こんな最悪のタイミングで人生初めての告白をしないといけなかったのだろう。
「(これ、どうしたらいいの…っ)」
*
千歌は、ごくごく普通の忍だ。普通というと変かもしれないが、上忍には運良くなれたものの、これといって特筆すべき技もなく、あえて言うなら少しだけ、人より隠密行動に長けているくらい。
と、いうのも自分でも驚くぐらいに消極的かつ内向的性格で、相手に話しかけたりするのもものすごく時間がかかるタイプだった。
そんな性格のため、千歌の初恋は遅かった。
数年前から実家近くのお寺で、掃除や食事のお手伝いをさせてもらうようになり、そこで初めてカカシに出会った。恐らくカカシ本人は最初の出会いなど覚えてもいないだろうが。
梅の香りが辺り一面に漂う、凍て付く寒さが少しだけ緩み出した頃。
「千歌ちゃん、掃除は終わったかね?」
「あ、はい。和尚様」
「ちょっとすまないが、ちょうどお客さんが来られてね。お茶を出してあげておくれ」
「承知しました」
庭掃除が終わり、床を磨こうと用意していたところに声をかけられた。たまに修行中の僧や墓参り帰りの檀家の方々がふらりとやってきては和尚様とお茶をすることはよくあり、その日もいつも通り茶菓子を添えてお茶を運んだ。
「(…!あの人!)」
庭が見える縁側に腰掛け、ぼーっと梅の花を見ている男性がいた。特徴的な銀髪に額当て。マスクで口元も見えず、右目だけが咲き誇る梅の木々を映していた。
なんだか儚げで、美しいと感じた。
鍛えられた体躯に白くしなやかな指先が綺麗だ、と。
ゆっくり顔が動き、千歌の方に向くまで、スローモーションのように1秒1秒が長く感じる。
「あれ、和尚様に声、かけてもらったんだけど…」
「あ!あ、の…わたしっ」
両手で持っているお盆の存在さえ忘れてしまっていた千歌は、顔が熱くなるのを感じながらも、やっとのことで声を絞り出した。
「千歌、と申します。お寺のお手伝いをしてまして…。和尚様でしたら、まもなくいらっしゃると思いますっ!」
「そっ?あぁ、お茶か。ありがとーね」
「い、いえ!はい!」
一体どっちだとつっこまれなかっただけ良かった。その人は少し小首を傾げて、フワリと優しく笑う。
ドクッと耳のすぐ横で音が聞こえた気がした。それが自分の心臓が跳ねた音だと気付いて、ブンブンと軽く頭を振る。
「俺は、はたけカカシ。ちょうど近くで修行してて、通りかかった時に休んだらって言ってもらえてネ。梅の花がキレイで、いい匂いだなーってみてたのよ」
存じております。あなたのことは。
そう、内向的な千歌でさえ知っている。写輪眼のカカシーーーエリート中のエリートだ。実力もさることながら、隠された素顔もミステリアスで素敵だと、同期に限らず年上年下のくノ一の多くから絶大な人気を得ている。
千歌は、緊張もあいまって失礼にならない程度の距離に腰をおろしながら、コクコク頷くことしかできない。何とかお盆をカカシの方へ押し出すと、さっきまで見ていた顔も見れず、俯きがちに「あの、ごゆっくりっ!」と言うのが精一杯だった。急ぎ踵を返し、その場から早足で離れようとした。
「(わーーー!カッコいいっ!知ってたけど、やっぱりカッコいい!)」
自分が俗に言う一目惚れをするなんて思ってもみなかった。でもあんなに、あんなに優しい顔で微笑まれたら、男に免疫のない千歌は早鐘のように心臓が鳴った。
「あ、ちょっと。もし時間あったらサ」
「?」
「和尚様来られるまで、ちょっと話に付き合ってもらえない?」
「…!?」
*
第一印象は大人しそうな、でもそれでいて凛とした空気をまとう子。
梅の花に惹かれてそのお寺を覗いたのは偶然だった。庭を箒ではく女性を見つけて、足が止まる。
美しさももちろんだが、それだけではない。一つ一つの所作が非常に綺麗で、見惚れた。
「おや、修行帰りですか?」
「!?」
忍のくせに、声をかけられるまでぼんやりしていた自分に驚いた。カカシの格好から、近くの修練場からの帰りと気付いた和尚様が声をかけてくれたようだ。慌てて答える。
「えぇ、えーっと。…見事な梅ですね。」
「あの子はねぇ、千歌と申しまして、時折来ては色々と手伝いをしてくれるのですよ」
良い子でしょう?とにこやかに言う和尚様に、先程までの視線の先にあるものが梅ではなかったのは丸わかりだったようだ。こちらも愛想笑いを返す。
名前を聞いて思い出した。千歌自身は知らないようだが、実はかなりモテるので有名だった。
普段から自己主張をするタイプではないが、美人な上気遣いが素晴らしく、男共からしたら、一度気を許してくれた時に見れる笑顔がとんでもなく可愛い、だそうだ。
「よろしければお茶でもいかがですか?縁側にでも腰掛けて、愛でていただければ花達も喜びましょう」
「……では、失礼します」
見抜いた上でこちらを招き入れるということは、一応お眼鏡にかなったと思って良いのだろうか。
*
またカカシのそばに座り直した千歌は、まだ頰の赤みが引いていない気がしたが、さっきよりは冷静さを取り戻して会話ができた。
修行のこと、好きな食べ物、嫌いな食べ物、趣味、最近楽しかったこと…
カカシはさりげなく会話が途切れないようにしてくれ、千歌は聞かれたらことだけでなく自分からも少しだけ質問することもできるようになった。
「えっと、あ。名前、千歌ちゃんでイイかな?俺は、カカシでも何でもいいよ」
「(な、名前呼びっ!?)はい!大丈夫、です!」
「ありがと。また会えたら話してくれる?」
「それは!あの、はい!」
もちろんですと言いたかったけど、さすがに生意気に聞こえるのではないかという気持ちもあって、頷くだけにとどめた。
それからカカシは会うたびに声をかけてくれるようになり、千歌もだんだんと肩の力を抜いて話が出来るようになっていき、今度は声をかけられる前にもつい目がカカシを追うようになっていた。
忍者詰所に行く時、お寺の手伝いをする時、事あるごとに姿を探してしまう。
これが恋だと気付いたら、もうとまらない。
*
「そういえば知ってる?最近カカシ先輩に彼女出来たらしいよ」
「えっ?」
久しぶりの仲の良い同期二人とのランチ。ふと聞いた噂は千歌の血の気を一気に引かせるには充分だった。まるで足元から何か崩れていくみたい。
「えー!ついに?いつそうなるかなーって思ってたけど。相手は誰なの?」
「それがわかんないんだよね。ガイ先輩と話してるのを友達が聞いたから、正確な情報かはわかんないけど」
呆然としすぎて、二人の声がフィルターを通して届くような感覚。
カカシさんに、彼女…。そっか、今までいなかった方がおかしいよね。でも仲良くなれたと思ってたのに、彼女がいるそぶりを全く見せないカカシを思い出して、胸の奥がモヤモヤした。
それから千歌は、カカシを避けるようになった。初めての恋の初めての失恋。気持ちを整理する方法も知らなければ、上手い立ち回りもわからない。
姿を見れば胸は高鳴るのに、彼はもう知らない誰かと同じ時を過ごして笑い合っているんだと思うと、その場をすぐに立ち去っていた。
*
「最近千歌さ、様子おかしくない?悩みでもあんの?」
ランチをしてからしばらく、久しぶりに飲み会でもと誘われて行くと、開口一番に投げかけられた疑問。
「う、それが…」
自分一人で抱え続けるのに限界を感じていたこともあり、名を伏せたまま好きな人に彼女が出来て実質振られたことを話す。
「は?千歌を振った?え、だれそいつ。土に埋める」
「ちょっと落ち着きなよ。その、それはさ、千歌が告白して想いを伝えて振られたって訳ではないんだよね?」
「うん…」
「そっか。ちゃんと言葉にしないと伝わらないことってあるし、もし千歌の中でまだ気持ちが消化しきれてないなら、思い切って伝えちゃうのも一つの手かも。キチンと振ってもらって、気持ちに区切りをつけて、次に目を向ける」
「区切り…」
終わっちゃうんだ。と思えばじわっと涙が溢れる。いやいや、泣いてたらダメだと「ごめん、ちょっとトイレっ!」と席を立つ。
その時だった。
「俺、もしかして千歌ちゃんに嫌われてちゃってる?」
「嫌われてるかはわからないけど、避けられてはいるわよね」
今の声、間違いない。カカシの声はどんな喧騒の中でも聞き取れる自信があった。しかも自分の名前だ。スリッパを履いて腰をあげていた千歌は、部屋の中の友人二人と視線をかわす。
え?避けている自覚はあったけど、避けるイコール嫌いになってる?それだけは違う。そう思われているのは嫌だ。
「待って!待ってください!
…スキ、です。…カカシさんのことっ」
*
「カカシ!最近どうも楽しそうだな!何かあったのか!」
そう声をかけてきたのは、相変わらず元気の良い、というか良すぎるガイだ。ここ最近は千歌がだいぶ心を許してくれるようになったのか、クルクルと変わる表情が可愛い。そして誰もがこの可愛さを知ってる訳ではないのだという優越感から、カカシはかなり機嫌が良かった。
そろそろ食事にでも誘ってみようかと思っていた矢先、まさかガイにまで気取られるとは。自身が目立つことを知っていたため、出来るだけ周りは気付かれないように気を付けていたのだが。
「いや、まぁネ」
「そうか!わかったぞ!彼女でもできたな!この幸せ者め!」
「いやいや、ちょっとなんでそうなるのよ」
できたらイイなと思ってるけど、と心で付け足しながらそのまま歩き出す。ガイの大きな声だけ聞き取った後輩によって千歌にとんでもない勘違いを伝えてしまうこととは知らずに。
*
「最近お前調子悪そうだな」
「…う」
千歌に避けられるようになって、カカシは今まで一体何が悪かったか、どうすべきか考えあぐねていた。
そんな時飲みに誘われて、お酒も入り、つい口をついた。
「あのさ、千歌ちゃんって知ってる?」
「知ってるぞ。あのリスみたいな子だろ」
「丁寧に仕事をする子だな!報告書を任せたことがある!」
「最近あんたが熱上げてる子ね」
小声できいたから、ガイ以外は小声で返してくれた。三者三様の答えに少し笑える。紅にはお見通しのようだった。
「俺、もしかして千歌ちゃんに嫌われてちゃってる?」
「嫌われてるかはわからないけど、避けられてはいるわよね」
やっぱそうだよねとため息をつく。
すると
「待って!待ってください!
…スキ、です。…カカシさんのことっ」
「……そ…ス、え!?」
突然背後に千歌本人が現れて、突然告白をされた。あまりに聞きたい言葉だったが故にこれは幻覚幻聴の類いではないかと耳を疑う。
顔を真っ赤に染めてキュッと目を瞑った千歌を見て、ようやく現実だと慌てて酒を置いた。
「あの、スミマセンこんな…。声が聞こえちゃって、あの…失礼しました!」
「あ」
瞬身で逃げられた。
*
「待って!」
パシッと手をひかれ、あっという間に追いつかれたことを知る。千歌は逃げることを諦めて、俯いたままカカシに向き直った。
考えるまでもなく、カカシは追跡のプロだった。逃げることの無意味さを感じたものの、流石に人の家の屋根でするには気が引ける話だ。
千歌のその思いに気づいたのか、「ちょっとイイ?」と腕を引かれて、火影岩の上まで連れてきてくれた。
「(優しいなぁ…)」
いや、彼女いる人に堂々告白して優しさにときめいてる場合なのか。
「あの、ごめんなさい。誤解されたら大変ですよね」
「えっ!誤解なの?スキって」
「え!?いえ!スキなのは!間違い…ない、です…」
言っていてだんだん恥ずかしさが増し、最後はかなり小声になったが、カカシは聞き取れたのかニコリと笑った。
少し頬が赤く見えるが、やはりこれだけモテる人でも、人の好意は嬉しいんだな。
千歌はのん気にそう思いながら、また視線を足先に落とす。
「(区切り、区切りのためだ…)」
「俺も、千歌ちゃんのことスキだよ」
「…えっ?」
だから嬉しいと照れたように頬をかくカカシをつい見つめる。
「あの、彼女さんが、いるのでは?」
「?…いや?まだいないけど、なってくれる?彼女」
千歌は自分と友人が勘違いをしていたことをやっと理解した。
しのぶれど色に出けりわが恋は 物や思うと人の問うまで
(てゆかさ、千歌ちゃんお店のスリッパで出てきちゃってるから。もどろっか一回)
(え!…あ!)
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