かくとだに
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気がつくと、もう雪が散らつく季節になっていた。
「はぁ…」
寒すぎてマフラーに顔をうずめたカカシは、ため息を無意識に一つ吐いてから車から降りた。
今日はどうにも散々な一日だった。
と言うのも、ところかしこで生徒達が騒いでいるし、受験生達は大学入学共通テストを終え、前期日程に向けて追い込みをかけているためかなりピリピリしている。
カカシ自身の受験とは違って、生徒達の受験というのはどうも神経を使う。
教科こそ、大学進学に関係ないが、出願の手伝い等やるべきことが目白押しだ。
「(その上…)」
車に鍵をかけてもう一度真っ白なため息をつく。
今日は千歌と目が合って嬉しかったのも束の間、ものすごい勢いで逸らされてしまったのだ。
傷つくなと言う方が厳しいとカカシは雪が積もりかけたアパートの階段を登った。
「…?」
カカシの部屋の扉に、誰かがしゃがみ込んでいる。こんな日に何をしているとついにはイライラしだして、少し足早に距離を詰めた。
「あ、せんせ…」
「!?」
俯いていた顔を見て、カカシも動きを止める。なんで千歌がここに?それもわざわざ着替えているようで、最初生徒だとわからなかった。
「せんせぇ、おそ…めっちゃ待ったよ」
小さな声で話す千歌の一音一音を聞き逃さまいと耳をそばだてる。千歌は「よいしょ」と立ち上がり、手に持っていた紙袋を差し出してきた。
「はいこれ」
「…ナニ?」
「何って、バレンタインチョコ!カカシ先生、今日が何の日かわかってなかったの?」
どういう、ことだ?
今の今まで無視して、どうして突然チョコを渡してくれる?
カカシは疑問いっぱいで立ち尽くしていた。そんなカカシを見かねたのか、千歌は「はい!」と無理矢理カカシの手に渡してくる。
「!冷たっ!」
「え?あ、ごめんね。冷たかった?…ってえ!?」
あまりの手の冷たさに、慌てて掴み返した。
「ちょ!あの!」
「いったいどんだけ待ってたの!女の子が身体冷やしちゃダメでしょーが!」
両手とも冷たい。カカシはひとまず鍵を取り出して扉をあけ、千歌の手を引いた。ポカンとしていた彼女は、いとも簡単にカカシの部屋に入った。
「とにかくあがって!外よりマシでしょ?今、なんかあったかいもの用意するから」
カカシは、久しぶりに話せた喜びやチョコをもらえた嬉しさよりも、とにかく心配が先に立ち、千歌の肩を持ち、部屋に押し込んだのだった。
*
「(ど、どうしよ)」
まさか部屋に入れてくれるとは思っていなかった千歌は、緊張と興奮で寒さを忘れかけていた。
「(カカシ先生のお部屋…)」
早速コタツの電源を入れてくれたので、千歌は遠慮がちに足をいれる。
「はい、これかぶってて」
「わぶっ」
バサっと毛布を頭からかけられ、モゾモゾ顔を出すともうカカシは台所へ向かっていて背中しか見えなかった。
「(これ、カカシ先生の匂いで包まれてるみたいっ)」
ギュッと抱きしめられる妄想をしてしまい、千歌は頭をふった。
「(ダメダメ!先生は年下は対象外だから!期待しちゃダメ!)」
文化祭のあの日、あの一言を聞いてから千歌は心を落ち着けるのに途方もない時間がかかった。
カカシの姿が少しでも目に入れば、気持ちが溢れてしまって…でも報われない現状が辛くて、悲しくて…複雑な思いを消化できずにいた。
そんな自分を見られたくなくて、カカシを避ける千歌を見たサクラ達は心配してくれたものだ。
ーーーでも今日くらいなら…
バレンタインデーという今日くらいなら、カカシだって気持ちを受け取ってくれるのではないかと考えた。
今日許されない想いがあるものなのか。
とにかく学校では歴とした「教師と生徒」になってしまうので、こうして家まで押しかけてしまったわけである。
「ごめんね、今こんなんしかないけど」
「あ、ありがと」
そっと差し出されたマグカップをゆっくりと受け取る。湯気が出ていたので熱そうだと恐る恐る覗くと、ホットミルクだ。
なんだか意外だと正面に腰を下ろすカカシを見ると、同じようにマグカップを手にしている。中はコーヒーのようだった。
「飲んでね。早くあったまって」
これは、追い出そうとせかしているわけではない…と信じたい。千歌は両手を温めるようにマグカップを包みながら、ゆっくり飲んだ。
カカシもマスクをずらして「ずずっ」とコーヒーをすする。
「…ねぇ」
「?」
沈黙がいたたまれない気持ちだったが、カカシから声をかけてくれる。千歌は顔を上げた
。
カカシは先程受け取った紙袋からチョコを取り出してまじまじと見ていた。
「これもらえるってことは、オレは期待しちゃっていいの?」
「…へ?」
「あれ、違った?これ義理チョコ?」
「ち!がいます!」
あんなに懸命に待ちぼうけをくらわされて、その扱いはないとついムキになる。しかしカカシはもしかしたらわざと煽ってきたのかもしれない。
「そっか」
ニコッと嬉しそうに微笑むので、千歌は突然恥ずかしくなった。
「(きたい…期待って何?!なんだっけ?どう言う意味なの?)」
とにかく混乱のため、再び顔を俯かせた。
*
「おじゃま、しました」
「ん。もうちょっと自分を大事にしてちょーだいね」
「はぁい…」
あの後、別に何を言われるでもなく、カカシは沈黙を守っていた。千歌は少し拍子抜けした思いで玄関で靴を履き、背中越しに返事を返す。
「…左手、貸して」
「?はい」
カイロでもくれるのだろうかと振り返って手のひらを上にして差し出す。
カカシはそっとその手首を掴み、少し引き上げた。
ーーーチュッ
左の薬指にカカシの唇が触れた。
「!?…?!!」
訳が分からずカカシの唇を凝視してしまう。いま、自分はもしかしたら溶けてしまっているのではないか、それぐらいに体温が急上昇していた。
「オレの愛、重いから覚悟してね」
*
バレンタインデーのあの日、どうやって家まで帰ったのか記憶にない。
試験も特に困ることなく、滞りなく終わって過ぎ去り、あっという間に卒業式となった。
「ねぇ千歌。ほんとに大丈夫?ここ最近心ここに在らずだけど」
「え!?何が?平気だけど!」
またサクラ達に心配をかけてしまっているが、こればかりは自分でも夢か現か自信がなかった。
「あ、やっと見つけた」
「ピッ!?」
「ピッってあんたね…」
突然のカカシの声に驚いて鳥の囀りのような声が出た。カカシはさほど気にせず、近くまでやってくる。
ドッドッドッドッと、心臓が早鐘を打つ。
「はい、これ」
渡された紙袋を見て、そういえばホワイトデーはまだ先だっけとぼんやり思い出す。そっと受け取ると、
「ソレ、校門出てから開けて。餞別。」
「せんべつ」
取り出そうとした手を止めて考える。餞別って、新しい地でも頑張りなさいよってこと?ここではお別れだから?
ぐっと涙をこらえる。
バレンタインデーのあの日、言われたセリフを何度も何度も反芻しては千歌なりに覚悟を決めてきた。
その結果がこれなのだろうか?
「カカシ先生ありがとう。おかげてこの一年楽しかった…」
じゃあね!と言うと、カカシの返事も待たずに足早に歩き去った。
*
ようやく校門を抜ける。涙こぼしながら箱の包装をあける千歌の姿を見て、皆卒業が辛いと思っていそうだ。父兄に卒業生、在校生に先生方と、結構な人数が校庭にいた。
がさっと取り出すと小さな箱。
なんだろうか、クッキー?と開けると、中にはダイヤがついた指輪がある。
パッと顔を開けると、校舎近くにカカシが立っているのが見えた。こちらをじっと見ている。
千歌は耐えられずに叫んだ。
「カカシせんせー!結婚してー!」
*
「久しぶりね、あれ」
「お、やってんなぁ」
カカシが前に進むたびに声をかけられる。一種の名物のような扱いもどうかと思うが、と千歌の目の前に立つ。
ここはもう学校の敷地外だ。
「いーよ!」
カカシがにこやかに言うと、周りがどよめいたのがわかった。「嘘ー!お姉様ー!」「え!どゆこと!?」「ついに覚悟決めたんですね」などなど。
「(外野うるさいなぁ)」
そう思って、真っ赤な顔の千歌の耳元に囁く。
「もう、逃げられないからネ。千歌チャンに相手してもらえなかった間、今までどう過ごしたのかってくらい退屈だったから」
かくとだにえやは伊吹のさしも草 さしも知らじな燃ゆる思ひを
(ふふっカカシ先生って結構さみしがりやさん)
(…可愛い受け取り方するのね)
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