かくとだに
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文化祭当日、カカシがダラダラと見回りをしていたらイタチに声をかけられた。
「カカシさん、今日は千歌さんの教室はのぞかないんですか?」
「…あとでね」
あまりにも強烈なアプローチにより、全校生徒のみならず教師まで千歌のことをからかってくる。校長(三代目)にも「いつ結婚するんじゃ?」とニヤニヤ顔でからかわれ、若干ウンザリしつつ、むしろどうして反対する者が一人もいないのか疑問である。
「カカシさんも、そろそろ観念したらいいのに」
爽やかな顔して何てことを言うんだイタチ。
「あのねぇ、教え子に手、出せるわけないでしょ?」
呆れて声に出すと、全くその通りだと自分に言い聞かせている気になった。どうして今までその答えが無かったのかと目から鱗である。しかし、そんなカカシの納得した様子を見て、一息ついたイタチがまた笑顔を作った。
「…その理屈だと、教え子じゃなくなったら問題ないですね?」
「…」
正論すぎて言葉に詰まる。落ちた鱗を懇切丁寧に拾わなくてもと、イタチをジロリと睨みつけた。
イタチはこれ以上話しても無駄だとばかりに肩をすくめて去っていく。
*
千歌を初めて認識したのは、4月の桜が盛りの頃。
赴任して間もなかったカカシは、資料室に資材を運ぶよう頼まれて、しかし場所がいまいちわからずうろついていた。
するといつのまにかペンが落ちていたようで、「はい」と声をかけられて振り返る。
「っ!」
振り返ると、そこには美少女が立っていた。その手にカカシが落としたペンが握られていることに、すぐには気付かず彼女を凝視してしまう。
可愛らしい声も、姿形も全てがカカシが思い描く理想の女性だった。
「…あ、どーも」
返事をしていないことにようやく気づいて、止まっていた時が動いた。ペンをやっとのことで受け取る。
「どっか教室探してるの?」
「…資料室を…」
「それなら、」
そこからあまり覚えていないが、彼女の口から紡がれる言葉をぼんやりと聞いていた。というより口元をじっとみていた。あとから考えると気持ち悪すぎる奴だが、千歌はなんともないようで場所を教えて去っていった。
夏になって、あまりの暑さに耐え切れず、涼しい保健室でいつものイチャイチャパラダイスを読み耽っていた。
こっそりベッドに近づいてくる気配に気付かずに。
「せーんせっ!」
耳元で声をかけられて、慌てて本から視線をはなしたカカシは、ようやく千歌の姿をとらえた。夏服になって輝かしさが増した気がする。つい眩しさから目を細めた。
「なんだ、奈良千歌か。何?ケガ?病気?」
内心の動揺を悟られまいと少しきつい言い方になったと反省しながら本をたたむ。その本を使ってしっしっと千歌をどかそうと試みる。男が寝転ぶベッドに近づいてくるなんて、どれだけ無防備なんだコノ子。
しかし、彼女はどけるどころかベッドに片膝をついた。
「先生なのに18禁小説片手に生徒指導ってどーなんですかー?先生保健体育の教師でしょ?せっかくなんで手取り足取り、色々教えてくださーい」
ブチッ
と、理性の糸が切れる音がした。
「…じゃあ、特別授業でもする?」
「…へ?」
千歌の細い手首を掴み、気づいたらカカシの腕の中に千歌が寝転んでいた。状況が飲み込めていないのか、彼女の大きな瞳がカカシを捉えて離さない。
なんだか息苦しく感じて、するりとマスクを下ろす。
そのまま千歌の首筋に唇を近づけると、彼女の身体がビクッと揺れて、カカシは冷静さをようやく取り戻した。
「(アホかオレは。こんな無理矢理手ぇ出して傷つける気か…)」
「?」
「くくくっ」
まさかここまで自分がケモノ同然に人を襲うとは思っていなかったカカシは、バカな自分とあまりに無抵抗な千歌がなぜか面白くなって笑ってしまう。
「じょーだん。何もしないよ。これに懲りたら人をからかったりしないよーに」
千歌が真っ赤になって、鯉のように口をハクハクさせているのを横目に、カカシはベッドをギシッときしませながら降りて、サイドテーブルへ向かった。
竹刀を手に取り、水滴したたるアイスコーヒーも持ち上げる。その様子をぼーっとしながら見てくる千歌に、コーヒーを押し当てた。
「!?ひゃっ?!」
…変な声を出すなと言いたかったが、代わりにコーヒーを千歌の目の前に差し出す。
「あ、ありがと」
「どーいたしまして。顔、早く冷やしたほーがいいよ」
真っ赤だからと言い添えて、保健室を出たカカシは、何食わぬ顔で職員室に戻って猛反省会をした。
あんなことをしてしまったら、敏感な年頃の女の子なんて、カカシのことを嫌ってしまうに違いない。
なんてことは杞憂に終わった。
次の日からカカシもビックリな公開プロポーズが始まり、とにかく素っ気ないそぶりで対応するのに苦労する羽目になった。
*
夏祭り。
何が楽しくて教員で見回りなんてする必要があると、校長にボソリと抗議したが軽くいなされてしまった。
せっかくだから浴衣で見回れと追加で面倒な命令を引き受ける羽目になり、失敗だったとため息をつきながら歩いていると、
「ねー、ちょっと人多すぎて上手く歩けない〜」
「っておい、ひっつくな。余計あちーだろーが」
「いいじゃんー。…あ、食べたいもの発見ー!シカマルはクレープ買っといて!」
この喧騒の中でさえ、見間違うはずがない。浴衣姿に後毛がエロすぎる…じゃないくて、なんだこの光景はと自分の腹の中にどす黒い何かが流れ込んできた気がした。
千歌はするりと猫のようにシカマルとやらの腕から離れると、イカ焼きの屋台の列に並んだ。
「(いつも結婚だ何だとオレに言ってきてるアレはなんなの?夏祭りにそんなオシャレしてくっついて遊ぶ彼氏がいたワケ?)」
グルグルと暑さなのかわからないが目の前が回っている。
「はい、イカ焼き二つね!タレこぼれないよーに気を付けて!」
「わーい!ありがとー!」
嬉しそうにイカ焼き受け取る千歌の声にはっとなり、男二人がニヤニヤしながら彼女に近づいていることに気付くのに遅れてしまった。
「ねー、君可愛いねぇ!良かったら一緒に花火見よーよー」
「この辺の子?めっちゃモテるでしょ?なんかもー、エロいもんね。全体的に」
うざ。
と、顔に書いてある。カカシはマスクを下ろして急いで千歌に近寄った。
「ほら、早くいこーよ!なんならジュースおごるよ」
「こっちに良い穴場があんだよー」
「ちょっと!」
男達はついには千歌の後ろに回り込み、一人の腕が彼女の肩に乗る。
「あのさぁ。悪いんだけど、その子オレのだから、他あたってくんない?」
苛立ちを隠せそうにないが、気にせず声をかけた。
「カ…ッ!」
千歌は驚いたのか声も出ないようだ。カカシはつい殺気を放ってしまい、男達は気圧されたのか、千歌の肩から腕が外れた。
「おいで、千歌」
心の中では何度も呼んでいた名前を、まさかここで言うことになるとは思わなかった。思いの外自分から出た甘え声に戸惑いつつ、慌ててカカシの後ろに隠れる千歌の可愛さに胸がキュンとする。
「じゃあ悪いけど、サヨウナラ」
千歌の右肩をそっと掴み、男達と反対側へ誘導しつつ、肩越しに振り返って言った声が我ながら冷たすぎて、完全に血の気が引いた男達を見て少し溜飲を下げた。
しばらく歩くと、少し人通りが減り、道の端に寄る。
「ふぅ…」
ため息とともに千歌から少し離れ、周りを警戒しながら、下ろしていたマスクを元に戻した。
なぜか視線を感じて千歌の方を見ると、パチっと目が合い、カカシはすぐ視線を逸らす。
「あのね、あんま見つめないでちょーだい」
綺麗な瞳にさっきまでの嫉妬の塊だった自分が映っていたのかと思うと、気恥ずかしい気がしてしまう。
「あの、ありがと。先生もお祭り?」
「ん?いや、見回りね。イタチ先生や紅先生も来てるよ」
「そ、なんだ。そっか…」
千歌は視線を落とし、手元のイカ焼きを見ている。それを見たカカシは、これではスマホも出せないかと手を伸ばした。
「これ、持ってたら連絡できないデショ?…さっさと彼氏に電話したら?」
自分で言っておいて、なぜか拗ねたような声音になってしまったと気づいた時にはまた千歌と目が合い、そっぽを向く。
横目で見ていると、千歌ははてなマークを頭上に掲げながら小首を傾げた。その様子を見たカカシも同じように首を傾ける。
「?…さっき、腕組んで歩いてたじゃない」
「うで…さっき…?あ!シカマル?あれはイトコです!!」
慌てて身を乗り出してきた彼女にまたドキッとして、カカシは少しのけぞって「そう」とだけ言って反対を向いてしまった。
いや、もっと他に返事のしようもあったろうに…ときめきで直視もできないなんて、中学生かと自問自答した。
その間に連絡を終えたらしい千歌が、なぜかご機嫌で話しかけてきた。
「せんせー、お腹空かない?イカ焼き一本あげる!お礼ね」
「…」
複雑な心境のまま、イカ焼きを受け取る。二人でイカ焼きを食べ終わる頃、気怠げなシカマルがやって来た。
*
「千歌がメイドなんてしたら、他校の男子が列を成して告白しにきますよ」
文化祭の準備に沸く校内を歩き回って、何気なく足が向いてしまった千歌のクラスで、説得に協力しろと耳打ちされた内容に、カカシも確かにと納得した。
「いや、まぁ校内の安全の確保も教師の務めだしね」
もごもごと言い訳を並び立てたのちに言ったセリフは、あまりに棒読みになったが、千歌は執事をする気になってくれたようだ。
*
文化祭の日から突然、千歌がカカシを避けるようになった。もちろん内心では動揺の嵐なわけだが、そんな様子はおくびにもださず、カカシは平常を装っていた。
「最近奈良からの結婚してー!が聞こえんなぁ」
「確かに。どうしたんでしょう?」
「いや、ほら、一応受験生だし。そこらへんわきまえてじゃないか?」
「それか、カカシ先生に愛想つかしたとか」
「おい!しっ!」
職員室で話をしていた先生達が、カカシがやって来たのを見て蜘蛛の子を散らすかの如く逃げていく。
別にこちらとしては願ったり叶ったりというか、教え子に迫られて困ってたのはこっちであって、なんでこっちが何か悪いことでもしたかと気を揉まないといけないのか。
「…」
女心は秋の空なんて言うが、まさしくそれなのか。
机に座ってテストの採点をしていると、訳知り顔のイタチと目が合う。何か言いたそうな様子だが、カカシは視線を逸らした。
ーーー振り回されてちゃダメでしょ。俺は教師で、千歌は生徒なんだから…
結婚してと迫られるたび、オレの想いがどれほどかなんて、言えるはずもない…そう思った。
ーーーだから知りもしないだろうね…オレの本当の気持ちを。
