瀬をはやみ
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おばあさんが一人で切り盛りしているという定食屋“またたび”。本当に美味しかった。千歌はお米の最後の一粒までキレイに食べ切り、ご馳走様でしたと手を合わせる。
店の厨房を見ると、少し動きづらそうにしているおばあさんが目に入った。
「(…よしっ)」
少し思うところがあり、立ち上がった。カカシくんがキョトンとこちらを見てくるので、「ちょっとお手伝い!カカシくんはここで待っててね!」と声をかけて食べ終わったお盆を持って厨房へ向かった。
*
「ちょっ」
「あれ?カカシじゃない?」
「…アンコか」
あっという間に千歌は厨房へ行ってしまい、追いかけようと腰を上げかけた所で声をかけられた。
とりあえず横目で千歌の動向を把握しながら、アンコに意識を向けた。
「あ、さっきのが噂の初恋の人?」
「…だから、どうして噂になってるわけ?」
「まぁいいじゃない!私達はあんたが無事恋人できて一安心よ」
じとっとアンコを睨む。まだ恋人じゃないなんて口が裂けても言えそうになかった。
アンコはこれ以上はカカシが不機嫌になると踏んだのか、さっさと席に着いてカツ丼定食を注文していた。
「お待たせっ!帰ろっか!」
上機嫌な千歌が帰ってきたので、さっきまでの不機嫌オーラは取っ払い、笑顔を貼り付ける。
「?何かあったの?」
カカシは何もないよと千歌の手を握り、帰路に着いた。
*
「へ?住み込みでアルバイト?」
「うん!さっきの定食屋さん。…ダメ?」
カカシは千歌が入れてくれたコーヒーを一瞬こぼしそうになった。
ダメ?と聞きながら目をウルウルさせるのはずるいだろう。向かいに座っていた千歌は、カカシが同意しない様子を感じとり、背後に回って肩を揉んできた。
「ね、ちょっとは私も働いた方が気も紛れるし。おばあちゃ…店長に聞いたら部屋は空いてるって」
だからいーでしょー?と肩越しに覗き込んでくる。カカシはドギマギしながらも千歌の手を握って動きを止めた。
「働くのは良いけど、住み込みはダーメ。護衛も兼ねてるんだし」
と伝えると明らかに落胆する千歌。
しまった、伝え方を間違えた。
「待って、護衛云々は建前だった。オレが一緒にいて欲しい。家に帰って千歌さんがいてくれたら癒されるし、出来る限りそばにいたい」
「っ!」
真摯に伝えると、千歌は真っ赤になってムスッとする。なぜ拗ねるのだろうか。
「店長が言ったとおり…」
「?あのお店の?」
「そう、あんたの彼氏は住み込みなんて許すはずないって…。あ、や、彼氏じゃないってちゃんと言ったけどっ」
流石長年経営もやってきた料理人だ。人の機微には敏感なのだろう。カカシは可笑しくなってつい笑ってしまった。その後、あえて握った手を引き寄せて、その手に軽く口付ける。
「オレは彼氏になりたいけどね」
「!」
からかい過ぎたのか、真っ赤になった千歌の頬は、しばらくリスのように膨れていた。
それから数日が経ち、千歌も定食屋で働くのに慣れてきたようだ。
そして閑古鳥が鳴きそうな状態だった店も、千歌という手足を得たことで人気店に返り咲いた。
もともとおばあちゃんがしんどそうと行くのを控えていた常連が戻ってきたというのもある。が、千歌目当てにやってくる客も一定数いるようだ。
カカシは定期的に顔を出しては、千歌に群がる虫達を退治するようにしていた。
「こんにちはー」
「あ、いらっしゃいませー!…ってイルカ先生!今日はナルトくんは一緒じゃないんですか?」
「あー、はははっ。そんないつも一緒というわけでは…」
「あ、そうだ。前来られた時、先生のお名前、私のネックレスと同じですねって言いたかったのに忘れてました!ほらっ」
「え!?」
何やら赤くなっているイルカ先生が席に着くのを、店の入り口で気配を消しながら見ていた。
「あれ?カカシくん。いつ来てたの?」
「え!?あ、カカシさんっ!あの、これは別にやましいことは何もっ」
カカシが来たのに気づいた千歌にニコリと笑顔を返しながら暖簾をくぐる。真っ青になったイルカ先生が慌てているのが見えた。
そんな中千歌が近づいて、席を案内してくれる。
「あれ?そういえば朝から修行って言ってなかった?」
「もう終わったよ。それより今日、晩御飯はオレが作ろうと思って… 千歌さん、オムライス食べたいって言ってたでしょ?」
「うん!やったぁ」
「(カカシ先輩、同棲してますマウントすげぇ)」
「(あと千歌さんに手を出すなオーラもすげー)」
「(もしかしてさっきのやりとりまずかったか?)」
こうして今日もカカシは千歌を守っているのである。
*
千歌は、時々店長に料理のレシピを教わりながら、接客にレジ打ちにと忙しい日々を送っていた。
壺が割れてからしばらく経つが、カカシくん曰く、前と同じなら千歌の世界で7日、こちらの世界で28日間は猶予があるだろうとのこと。
その日までは、ひとまず一日一日を丁寧に過ごそうと決めている。
「この店も、あたしの代で終わりだと思ってたからねぇ。あんたが継いでくれたら嬉しいけどねぇ…」
この前、ふと店長が漏らした言葉に、返事ができなかった。
「(私は、元の世界に…)」
そこまで考えた時、カカシくんの顔が浮かんだ。それから第七班のみんなに3代目、出会った人たち。
「(私、迷ってる?)」
どうしたいか、まだ出来るだけ考えないようにした。
お昼時の混んでいる時間が過ぎ、ようやく客足が落ち着いた頃、カカシくんがまた来てくれた。
「あ、いらっしゃい!こっちのテーブル席でいい?」
「いいよ。ありがと」
注文を聞いてバタバタとサラダとご飯をお盆の上に置いたり、新たに来た客を案内したり、いつもと同じように忙しく過ごしていた。
そう、いつもなら何とも思わなかったはずだが、ふとカカシくんの方を見ると女性客が二人ほど声をかけているのが目に入った。
「(何あれ…ちょっと近すぎない?)」
少しむっとしても、「千歌ちゃん、こっちの日替わり定食運んどくれ」という声に引き戻され、後ろ髪を引かれる思いでその場を離れる。
何だろう、無性にムカムカと腹が立ってくる。
「えー!じゃあカカシさんもそこの店行ったことないのー?」
「良かったら今度行きましょーよー!」
無駄に響く声で、お皿を洗っている千歌の耳にも届いた。カカシくんはそこまで大きな声ではないので、どう返事したかは聞こえない。
「(カカシくんは、私のこと好きなのに…)」
あれ?もしかして、私…カカシくんのこと好き?今のって、嫉妬…。
ーーーガチャッ!!
「おや、どうした?怪我してないかい?」
「あ!ごめんなさい!ちょっとぼーっとしてたみたい!怪我はありません!!」
店長に心配されるも、その日は何とかつつがなく終えることができた。
足取り重く家に帰る。少し玄関のドアで立ち止まった。
「(私、ちょっと女の子とカカシくんが話してただけなのにあんな…。変な顔してたらカカシくんに心配されちゃう…)」
カチャとドアが開いて、カカシくんが「おかえり」と笑ってくれた。
きゅうんっ
カカシくんもさっき帰ったばかりなのだろう。まだマスクをつけていたが、袖なしの黒いシャツ姿だ。
というか、何をきゅんとしてしまっているのか。今までだって、ときめく笑顔はいっぱい…。
いやいやいや、落ち着け。
好きと気付いてから見えるこのキラキラフィルターは一体なんだ。
「あのね、カカシくん」
「ん?」
リビングまで入り、千歌は鞄を外しながらカカシくんに話しかけた。
「キス、していい?」
「…ん?」
静寂。台所の水道から、水滴が落ちる音が聞こえるほどの。
*
「千歌さんごめん。もっかい言ってもらえる?」
「あのね、キスしよ?」
ズイと目の前にやって来た千歌は、カカシを見上げてじっと見つめている。
カカシはやっとセリフが脳内に到達して、「えっ?」と声が出てしまう。
いったいぜんたい何がどうなったらこんな、自分に都合良い幻聴が聞こえるのかと思ってしまったが、どうやら現実だ。千歌をじっと見返すと、潤んだ瞳が何か迷っているように感じた。
これは、千歌の言う通りしても大丈夫なのか?普段から好意は伝えているのだから、さすがに千歌も冗談でこんなことを言ってくるとは思えない。
しかもこの機会を逃したら、貴重なファーストキスはもう二度とないかも…
チュッ
「カカシくん、真っ赤でかわいい」
ぐるぐると逡巡していた思考に、突然イカズチを落とされた気分になる。
背伸びした千歌の両手にマスクをおろされ、頬を掴まれたと思ったら、柔らかい唇が合わさった。ブチっとそこでカカシの思考の糸が切れた。
「…おかわりして良い?」
千歌の返事を聞く間もなく、カカシは千歌の頭を片手で固定し、もう片方で腰を引き寄せる。
「はぁ、んぅ…」
「ん…ぁ…」
互いの息遣いとリップ音が空間を満たす。いつからか舌が絡み、どちらのかわからない唾液が口から溢れた。
突然千歌の膝がカクンと曲がり、尻もちをつきそうになるので支える。
「きゃっ!?」
「っと!」
「ごめ、腰抜けちゃった…」
蒸気した頬に、潤んだ瞳。恥ずかしげに微笑む全てが愛おしくて、そのまま座り込んで抱きしめた。
「…なんでいきなりキスなの?」
「えぇ!だ、だってキスしたら…本当に好きかわかるかもって、思って…」
カカシは千歌の首筋に頭を埋めてグリグリと甘える。
「それで、どうわかったの?」
「んと、カカシくんを誰にもとられたくないくらいに好き。あと、毎日お味噌汁作りたいって思った」
それ、プロポーズでしょ。
千歌は元の世界には帰らない選択をした。三代目に伝えると至極嬉しそうだったので、カカシとしては気恥ずかしい思いもしたが。
とりあえず、千歌の世界に壺を使って手紙だけ送る方法を開発し、それを使って両親とは定期的に文通をしているらしい。
定食屋“またたび”の正式な後継者になった千歌は、経営やレシピを学びながら日々忙しく過ごしている。
「いらっしゃいませー!」
この笑顔だけは、独り占めできないのが残念で仕方ない。
瀬をはやみ岩にせかるる滝川の われてもすえにあはむとぞ思
(千歌ねーちゃーん!今日晩御飯食べに行っていいー?)
(いいよー!)
(なんでこいつら入り浸ってくんのよ)
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