かくとだに
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エアコンが効いた保健室。
いつもならこの時間は養護教諭の先生が在席していて、こっそりおやつをもらいながらお茶をしていた。
それがいったいどうして、このジャージを羽織った気怠げダントツ一位のはたけカカシ先生がベッドに横になっているのだろう。
カカシは、いつも持ち歩いている竹刀をサイドテーブルに立て掛けて、枕を重ねて少し上体を起こしながら、いつものイチャイチャパラダイスを読み耽っている。
サイドテーブルにはコンビニでも行ったのだろうか、アイスコーヒーが置いてあった。
ここ、木の葉女子学園高等部は、お嬢様学校として有名かつ人気である。
そこに赴任して来た男性教師は、軒並み若ければもてはやされるのだが、どうもこのカカシに関しては皆遠巻きにしているようだ。
といっても、千歌は今年高校三年生。今年赴任して来た保健体育の教師とは、授業ぐらいしか接点はなかった。
だが退屈だったこともあり、暇つぶしにからかってやろうとこっそりベッドに近づく。
「せーんせっ!」
耳元で声をかければ、ギクッと肩を揺らして本から視線をはなしたカカシは、ようやく千歌の姿をとらえた。
「なんだ、奈良千歌か。何?ケガ?病気?」
心底面倒くさそうに本をたたむと、その本を使ってしっしっと千歌をどかそうとする。どうやらベッドから降りるからそこをどけと言いたいのだろう。
普段あまり粗雑に扱われることがない千歌は、勿論腹が立って、どけるどころかベッドに片膝をついた。
「先生なのに18禁小説片手に生徒指導ってどーなんですかー?先生保健体育の教師でしょ?せっかくなんで手取り足取り、色々教えてくださーい」
この教師ならきっとさらに面倒がって慌てるか、照れて真っ赤になるに違いない。
千歌のその見込みは甘かったのだが。
「…じゃあ、特別授業でもする?」
「…へ?」
手首を掴まれたと思ったら、次の瞬間には天井を見上げていた。正確には、天井と千歌の間にいるカカシに見下ろされていた。
真っ黒の瞳に、一瞬吸い込まれそうになる。
カカシの手がするりとマスクを下ろすが、マスクを下ろす仕草さえもエロく感じる。
自分がどこか脱がされた訳でもないのに、まるで暴かれていくような…ゆったりとした動き。
押し倒された千歌の両手は頭上に縫い付けられ、首に屈んできたカカシの唇が掠れた。
ぎゅっと目を閉じるが、そのまま動きがとまる。
「?」
「くくくっ」
揺れる銀髪がくすぐったかった。
「じょーだん。何もしないよ。これに懲りたら人をからかったりしないよーに」
千歌が真っ赤になって、鯉のように口をハクハクさせていると、カカシはベッドをギシッときしませながら降りて、サイドテーブルへ向かった。
竹刀を手に取り、水滴したたるアイスコーヒーも持ち上げる。
「!?ひゃっ?!」
突然冷たいものが頬に当たり、千歌は変な声が出た。カカシがアイスコーヒーを当てたようで、「ん」と目の前に差し出す。
これはこのコーヒーをくれるということだろうか。
「あ、ありがと」
「どーいたしまして。顔、早く冷やしたほーがいいよ」
真っ赤だから。
と、それだけ言うと出ていってしまった。千歌は呆然とその後ろ姿を見送り、手元のアイスコーヒーに視線を落とした。
「…誰のせいで…」
その後、養護教諭の紅先生が戻って来た頃には、だいぶ冷静さを取り戻していた。
*
「カカシせんせー!結婚しよ!」
「しません」
「えー!どーしてー!」
どうしてもこうしてもないでしょとため息をつきながら、カカシは千歌の前から去ってしまった。
「アンタまだ続いてたの。その猛烈アプローチ」
普段から仲の良いサクラが呆れながら近づいて来た。その後ろからオロオロしながらヒナタが顔を覗かせる。
「あの、でも千歌ちゃんの気持ちは伝わってると思う…」
あの保健室での遭遇以降、千歌は何とかしてカカシの気を引こうと、ピアスをしたり、髪染めたり、様々な手でアプローチを始めた。
どうして今までその魅力に気付かなかったのだろうと、数ヶ月前の自分を殴ってやりたい気分だった。
ちょっとよく見ればイケメンだし、体育教師だけあって良い身体してるし、ちょっとわからない問題も教科に限らず何でも答えれちゃうし、何より実は優しい。
「はぁーあ。今日も相手にされない…」
「まぁ生徒と教師だしねぇ。あ、それより、アンタ夏祭りのことシカマルに言ってくれた?」
「んー言った、と思う」
「ちょっとー!ちゃんと調整してよね!ヒナタだって楽しみにしてるんだから!ねぇ?ヒナタ?!」
そこでヒナタを引き合いに出すなんてずるいと思う。千歌はため息をつきながらスマホを取り出してシカマルに連絡を取った。
「オッケーだって。サクラ、浴衣着ていく?」
「もちろん。ヒナタもでしょ?」
「う、うん…」
そんな話をしていたところ、教室の横をイタチ先生が通り過ぎた。カカシにアプローチをするようになってから、千歌はイタチには優しく嗜められるようになっている。
「イタチ先生!今日はカカシ先生とは飲み会ないんですか?」
「そんな頻繁には飲まないね」
「イタチ先生、サスケくんは元気ですか!?」
「元気そうだよ。みんなで何の話をしてたの?」
イタチはごく自然に女子高生の会話に溶け込む。千歌達が、今度夏祭りに行くのだと伝えると、変な輩も多いから気をつけるようにと注意を受けた。
この物腰柔らかな先生の弟はどうしてあんなに無愛想なのかと千歌はいつも思ってしまうのだった。
*
夏祭り当日。浴衣に身を包んだ千歌達は、シカマル、サスケ、ナルトと合流した。
シカマルとは従兄弟で、千歌は奈良の分家だが、シカマルは本家の跡取りだ。奈良家は昔から政界でその頭脳を遺憾なく発揮し、かつ製薬会社でもありまぁまぁ有名だ。
シカマルとは同い年だったこともあり、親族の集まりの時には必ずセットで扱われた。自分達にとってもそれぞれ兄妹のような関係だと思っている。
そんなシカマルはそこそこ有名な男子高校に通っており、サスケやナルトはその同級生である。
うちは一族もうずまき一族も、どちらも名家として有名であり何かしらパーティやらがあるとこの6人は良く顔を合わせたものだ。
まぁ見てわかるとおり、サクラはサスケにぞっこんで、ヒナタはナルトが大好きである。
今だって久しぶりに会った嬉しさから目がハートだ。ヒナタに至ってはゆでだこの様相を呈している。
「ほんじゃ、適当に見て回って…花火の時に指定席で会おっか」
ラブラブの空気で暑苦しさが増したと言わんばかりのシカマルを引き連れて、千歌は屋台を見て回ることにする。
人の数もさることながら、蒸し暑さもすごい。
「ねー、ちょっと人多すぎて上手く歩けない〜」
「っておい、ひっつくな。余計あちーだろーが」
「いいじゃんー。…あ、食べたいもの発見ー!シカマルはクレープ買っといて!」
千歌はするりとシカマルの腕から離れると、イカ焼きの屋台の列に並んだ。シカマルは仕方ねぇなと頭をかきながらクレープ屋へと向かっていく。
「はい、イカ焼き二つね!タレこぼれないよーに気を付けて!」
「わーい!ありがとー!」
それぞれの手にイカ焼きを持ち、くるりとクレープ屋に向かおうとする。が、目の前に男二人が現れた。何だろうと顔をあげるといかにもチャラそうで、酒臭い二人組がニヤニヤしていた。
「ねー、君可愛いねぇ!良かったら一緒に花火見よーよー」
「この辺の子?めっちゃモテるでしょ?なんかもー、エロいもんね。全体的に」
うざ。
声に出さなかっただけ頑張った方だ。
シカマルを呼ぼうにも、両手がイカ焼きで塞がって、スマホを取り出せない。
「ほら、早くいこーよ!なんならジュースおごるよ」
「こっちに良い穴場があんだよー」
「ちょっと!」
こちらが無反応なのを逆手にとって、男達は千歌の後ろに回り込んだ。一人の腕が肩に乗り、千歌は気持ち悪さからゾッと鳥肌が立つ。
「あのさぁ。悪いんだけど、その子オレのだから、他あたってくんない?」
喧騒の中でも落ち着いた声音が耳に届く。
この声は…。
「カ…ッ!」
危うくカカシ先生と呼んでしまう所だった。しかしそれはカカシの浴衣姿で声を失ったことが幸いして免れた。
紺色の浴衣にマスクは下ろして、屋台のお面を左目を隠すようにかぶっている。
イケメンオーラがとんでもない。
てかこの人こそエロい。こんなフェロモン撒き散らす男が祭り歩いてて良いのかな。
男達も気圧されたのか、千歌の肩から腕が外れた。
「おいで、千歌」
なんて甘い誘惑。思わず生唾を飲んでしまう。千歌は慌ててカカシの後ろに行き、男達から隠れる。
「じゃあ悪いけど、サヨウナラ」
千歌の右肩をそっと掴み、男達と反対側へ誘導しつつ、肩越しに振り返って言ったその声があまりにも冷たくて、言われた本人はどれほど恐怖だったか千歌は気の毒に思った。
しばらく歩くと、少し人通りが減った。カカシが道の端に寄るので、千歌も着いていく。
「ふぅ…」
ため息とともに、優しく触れられていた手が離れ、千歌は物足りなさを感じてしまう。
ドキドキして、心臓が右肩にうつったのではと勘違いするくらい脈打っていた。じっと見上げると、カカシは周りを警戒しながら、下ろしていたマスクを元に戻した。
「(あー、もうちょっと見たかったなぁ…)」
貴重な素顔をもっと見ていたい気持ちと、他の人には見せたくない独占欲とで複雑な心境だ。せっかくなので、少し汗ばんでいるカカシの顔を堪能する。
するとパチっと目が合い、カカシはすぐ視線を逸らす。
「あのね、あんま見つめないでちょーだい」
ぐっ!なんでそこで少し照れるっ!
千歌は身悶えして、興奮で溶けてしまう気がした。恐らくオレの女発言やら、いきなりの名前呼びやらをしたこともあってのこの照れ具合だろうと思う(この教師は千歌以外は普通に名前で呼んだりするくせに、千歌のことはいつもフルネームかちょっと呼びだった)。
思うが何で突然可愛くなる…。さっきまで頼りになりすぎていた分、ギャップがすごい。
「あの、ありがと。先生もお祭り?」
「ん?いや、見回りね。イタチ先生や紅先生も来てるよ」
「そ、なんだ。そっか…」
先生達で見回りか。
千歌は視線を落とし、手元のイカ焼きを見た。それを見たカカシは、スッと千歌の手に触れる。
「(えっ!?えぇ!?)」
「これ、持ってたら連絡できないデショ?…さっさと彼氏に電話したら?」
ん?彼氏って何?
疑問に思って視線をあげる。再びカカシと目が合い、今度は拗ねるような顔でそっぽを向かれた。
彼氏についてあまりにも思いあたらず、はてなマークを頭上に掲げながら小首を傾げた。その様子を見たカカシも同じように首を傾けた。
「?…さっき、腕組んで歩いてたじゃない」
「うで…さっき…?あ!シカマル?あれはイトコです!!」
誤解であれば早急に解かないとと慌てて身を乗り出す。カカシは少しのけぞって「そう」とだけ言って反対を向いてしまった。
これは早いこと連絡をしろと言うことかなとスマホを取り出して、シカマルにポチポチと連絡をした。終わってもう一度カカシを見るが、まだ向こうをむいている。
「(ん?)」
よく見たら耳が真っ赤だ。
もしかして勘違いしたことを恥ずかしく思ったのだろうか。しかもちょっと嫉妬したのでは?普段猛アプローチしてくるくせに彼氏いるじゃんってモヤモヤしたとか?
「せんせー、お腹空かない?イカ焼き一本あげる!お礼ね」
「…」
二人でイカ焼きを食べ終わる頃、気怠げなシカマルに回収された。
*
時は少し流れ、文化祭の準備期間に入った。女子校ということもあり結構装飾や料理に凝る傾向にある。
千歌のクラスは喫茶店に決まったが、誰が執事で誰がメイドをするかで揉めていた。千歌はせっかくなのでメイド服を着てカカシに見せびらかそうと企んでいたのだが、クラスの女子からは
「千歌は絶対執事!!!」
と、豪語されたのだ。むーと思っていると、偶然通りかかったカカシが「何コノ険悪な空気」と不思議そうに顔を覗かせた。
クラス代表がカカシにコソコソと耳打ちすると、一瞬考え込んだカカシがじっとこちらを見てくる。千歌はドキッとして耳を疑った。
「えーと、千歌チャンなら執事が似合ってるとオモウナぁ」
「じゃあ執事するから結婚して!」
「結婚はしません」
こうしてあまりにも棒読みな鶴の一声によって、千歌は執事になったのであった。もちろん後輩達は大喜びで、普段から凛とした千歌を「お姉様」と密かに慕っている彼女たちは胸を高鳴らせてその日を待ったのである。
*
「あのねぇ、教え子に手、出せるわけないでしょ?」
文化祭当日、執事姿をカカシに見せようと探していた千歌の耳に残酷な一言が届いた。
階下の自販機エリアでカカシとイタチが立っているのが見えたが、階段上の千歌には気付いていないようだった。
こちらに背を向けたカカシと違って、イタチが視線を上げたことで目が合う。
「(わかってるよ、そんなこと言われなくても…)」
今の顔をカカシには見られたくない。
そう思って慌ててその場を離れた。
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