ちはやぶる
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千歌は、今日何回目になるかわからないため息をついた。
昨日やはりお店で待ってもらうのは退屈だったのだろうか。しかし、今日もなかなか起きてこないカカシくんの背中に、お店に来れそうか聞いてしまった。
「カ、カカシくーん…起きて、る?」
「…」
返事の代わりに少しモゾモゾ動くのが見えた。くそう、なんか可愛いなぁ。
「今日も、昨日と同じ時間に学校来れそう?しんどかったらお家で晩御飯食べる?」
「…いく」
とてもとても小さな声だったが、千歌に届いた。千歌は幾分かホッと安堵し、「待ってるね!」とできるだけ明るい声で微笑んだのだった。
「はぁー…」
「千歌ー、さっきから何なのー?」
「ため息ばっかりじゃん」
休憩時間になり、次の授業の用意をしていたら友人達が声を掛けてくれた。
「ってか、なんか顔疲れてない?」
バッと両頬を触る。連日のバイトに学校、さらにカカシくんを怒らせてしまったという罪悪感、そして昨晩は慣れない作業をして少し夜更かししてしまったのが良くなかったのかもしれない。
「疲れてる?私…」
「うーん、なんか辛そう」
がっくしと項垂れる。カカシくんが怒っている?理由がわからないからか、自分が情けなく思えて仕方がない。
「どした?」
「色々しちゃうのって、余計なお世話なのかなぁ…慣れない環境って不安になるよね?」
友人二人は顔を見合わせて、どうやらカカシくんのことで悩んでいることがわかったらしい。
「まぁそうかも?」
「うっ」
「でもそれが千歌でしょ?」
パチクリ。
目から鱗だ。
なんだか可笑しくなってブハッと吹き出す。二人にお礼を言って窓の外の青空を見た。今日は流石にカカシくんがのぞいてくることはないけれど。
少し素っ気ないがなんだ。
またカカシくんの笑顔が見たい。だから楽しいことを考えよう。ちゃんと話を聞こう。
「早く、会いたいなぁ」
千歌はポツリと呟いた。言葉にすれば、余計に会いたくなったが、もう嫌なモヤモヤは消し飛んでいた。
*
昼近くになって、カカシは千歌の部屋からノロノロと出てきた。テーブルの上にラップしてある朝食をモソモソと食べ、皿を洗う。
いつになくだらけきってしまった。
顔を洗ってシャキッとしなければ。そう思って脱衣所にいき、顔を洗ってタオルで拭く。
少しスッキリしたカカシが、脱衣所から出ようと足を踏み出した時、カカシが着て来た服が、丁寧にたたまれて棚の上に置かれているのを見つけた。額当ても一緒に。
「これ、もしかして…」
千歌が繕ってくれたのだろう。傷口の部分がつたない縫い方で閉じられていた。
さらに、額当ての布に密かに開いていた穴には、可愛い犬のワッペンが付けられている。裏側なので、付けてしまえば見えないが…。
昨日の晩遅くまでベッドに来なかったのは、これをしてくれていたのだろう。
「フッ…パックンに、似てるっ」
服に顔をうずめて、肩を振るわせながら笑いをこらえる。千歌とパックンは面識はないはずだが、偶然にしても面白すぎた。
「はぁ…」
色々力が抜ける。千歌は料理は得意だが、裁縫は苦手なのだろう。一生懸命縫っている姿を思い浮かべて、カカシは自然と嬉しさが溢れた。
「(謝ろう)」
変な態度をとってごめんと。
そう決意して、リビングの机に戻ると、ふと壺が目に入った。
壺が白くなってる?…いや、これは…。
よく見ると、壺の余白が増えている気がする。もっと葉っぱが舞っていたはずだ。今は木から落ちて舞っている紅葉は3枚しかない。
下の方にある川に4枚流れている。最初見た時は川に流れている紅葉があっただろうか?
「…今日で、この世界に来て、5日目…」
この部屋に現れた時間が始まりとすると、正確にはまだ5日目に至っていない。その時間を過ぎてから5枚目が川に落ちるとすれば…この紅葉はカカシが元の世界に戻るカウントダウンの役割を担っているのではないか?
「元の世界に、帰れる?…」
そう思うと嬉しさもわいたが、同時に千歌の笑顔も思い出した。
推測の域をでないが、カカシがこの世界にいられるのは今日を含めて3日ということになる。
それなのに、つまらない嫉妬で千歌との時間を無駄にしてもいいのか?
この推測は、千歌に伝えるべきか?
そこまで思案したカカシは、壺を見つめたあと、そっと裏返して、紅葉が壁側になるように置き直した。
千歌には内緒にしておこう。
まずは昨日からの態度を謝る。伝えるかどうかは、もっと近くなってからでもいい。あくまで推測なのだから。
*
昨日と同じように、15分前に校門に着くと、なんともう千歌は来ていた。カカシは小走りで近づき、「千歌さん!」と声をかける。
千歌はハッと顔をあげて、カバンを両手で握り締めた。
「カカシくん!あの…」
「待って、千歌さん。ごめんね」
彼女の話を遮り、じっと千歌の目を見て謝る。千歌は驚いて目を見開いた。
「オレ、多分寂しかった…と思う。千歌さんが店長と仲良くしてるの見て、千歌さんのこと、取られたみたいに思えて…」
言っていて恥ずかしくなってきた。
「だから、子どもみたいに拗ねて…態度悪かったよね。ごめっ」
謝りきる前に、突然抱きしめられた。優しい腕にギュッと包まれて、思考が停止する。
「子どもみたいで良いよ!私こそ、気付いてあげられなくてごめんねっ!カカシくんはいっぱい、いっぱい甘えてくれていんだよ!」
甘えていい、と言われて両手が遠慮がちに動いた。千歌の背中にそっと腕を回す。
涙目になっている千歌が、鼻をすする音がして、カカシはようやく落ち着いてきた。
「ありがと、千歌さん」
*
千歌達が店に着くと、店長が皿を拭きながら振り返った。
「あら、千歌ちゃんにカカシくん。今日も早いわねぇ」
「こんにちは店長!」
千歌はカカシと仲直り?をしたことで、テンションが高くなっていた。カカシが「どうも」とブスッと返事していたことも気付かないほどには。
店長は威嚇してくるカカシを見て、何やらピンと来たようだ。千歌が意識しないように自然に近寄り、「いつも早く来てくれて、えらいわねぇ」と頭を撫でる。千歌からしたら、オネエサンに褒められたくらいの感覚だったので、えへへーと喜んだ。
「(千歌さん、さっきのオレの話、あまりわかってないな…)」
ムッとしたカカシが、店長の胴を押しのけることで、千歌からベリっと引っ張り剥がす。シャーッと威嚇する猫の如く店長を睨みつけた。
「(やだかわいい!愛だわっ!愛!)」
カカシの威嚇射撃など物ともしない店長は、そのあと定期的に千歌にかまってはカカシと戯れていた。
