◆第一章◆『記憶なき天才のチュートリアル』


 塁のオフィスを出たものの、今さっき通ってきたばかりの無機質な廊下はどれも同じに見えて、自分の部屋への戻り方がいまいち分からない。

「……まぁ、戻れなくなったらこのヘッドホンを使えばいいか」

 マップを表示できる機能があるし、侑李はひとまず適当に施設の中をぶらぶらと歩き回ることにした。長い廊下を少し先に進むと、突如とつじょとして視界が大きく開けた。

 そこは、まるで巨大な空港のロビーか、未来都市の中心部かと思わせる広大な広場ホールだった。天井は遥か高く、そこかしこにホログラムの案内板が浮かんでいる。
 
 そして何より侑李を圧倒したのは、そこを行き交う群衆ぐんしゅうだった。
 犬や兎の耳を持つ獣人、背中に美しい鳥の翼や蝶の羽を生やした種族、あるいは全身がメタリックでスラリとした宇宙人のような者たち。多種族が当たり前の顔をして、楽しげに会話を交わしながら行き交っている。

「す…すごいな……」

 侑李は思わず息を呑み、その場にかがみ込んだ。

 まるで、ハイスペックなSFオープンワールドゲームの世界にそのまま放り込まれたかのような光景。混乱よりも先に、胸の奥からじわじわと、男の子特有のちいさなワクワク感が込み上げてくる。

 しかし、じっと観察しているうちに、侑李はある『奇妙な共通点』に気がついた。姿形や種族は全くバラバラなのに、彼らの髪の毛――あるいは体毛やパーツの一部が、例外なく全員、自分と同じ「綺麗な青色」をしているのだ。

(もしかして……この世界アスタリスクで構築されたモノは、全員この色に統一とういつされる仕組みなのか?)

 そんな推測を頭の中で組み立てていた、その時だった。

「君が侑李君かい?」

 背後から、落ち着いた大人の女性の声が掛けられた。

 侑李が驚いて振り返ると、そこには真面目そうな雰囲気をまとった、白衣姿の女性が立ってこちらを見下ろしていた。長い髪を後ろできれいに束ねている。
 そして彼女の髪もまた、周囲と同じ鮮やかな青色だった。

 女性は優しく侑李へと手を伸ばし、上品に口元を綻ばせる。

「始めまして。私はアセビ。研究施設を担当している科学者よ」

 彼女は優しく微笑み、侑李に力強い視線を向けていた。
 だが、その目は「新入りへの珍奇ちんき好奇心こうきしん」や、異物を見るような警戒の色ではない。純粋に、一人の人間を歓迎するような、理知的で温かい目だった。

「……始め、まして…」

 侑李はアセビの手を掴み、引っ張られるようにして立ち上がった。
 自分よりずっと背の高い彼女を見上げながら、ふと疑問を口にする。

「アセビさんは…えっと…ユイさんから俺のこと聞いたんですか?」

「ええ。さっき、科学者全員に大声で言い回っていてね。『ものすごい天才プログラマーを構築しちゃった』って嬉しそうにはしゃいでいたわ」

 アセビはクスリと笑って手を離した。
 その言葉が、侑李の耳の奥で小さくバウンドする。

(天才プログラマー……?)

 それが、失われたはずの自分の「かつての肩書き」なのだろうか。
 
 理由のない既視感や、この世界のシステムへの異常なまでの適応力――そのすべての答えが、その一言でストンと腑に落ちたような気がした。
 俺はプログラマーなのか…

 思考にふけりかけた侑李の顔を覗き込み、アセビはホールの壁際に並んでいる未来的なデザインの自動販売機を指差した。

「少し話さないかしら?歓迎代わりに、飲み物を奢ってあげるよ」

「…あ…えっと……なら、お言葉に甘えて」

 侑李は小さく頷き、歩き出したアセビの隣に並んで、自販機へと足を向けた。
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