◆第一章◆『記憶なき天才のチュートリアル』

 
 コンコン。


 小気味こきみのいいノックの音で目が覚めた。


 のそりとベッドから起き上がると、いつの間にか開いていたスライドドアの枠に、塁が背中を預けてこちらを見下ろしていた。

(……この世界にプライバシーとかないのか?)

 心の中で毒づきながらも、侑李は眠い目をこする。

 塁はタバコを吹かしながら、侑李が一晩で作り上げた部屋をぐるりと見回した。青い髪の上から黄色いメッシュを入れた、まばらな髪が煙に揺れる。その耳には、掛けるタイプのイヤホン型端末が光っている。

「流石だな。普通、目覚めてすぐだと混乱して、端末の操作すら理解できない奴らが殆どなんだが」
 
 口では感心するように褒めている。だが、塁の瞳には相変わらず光がない。どこか他人事で、周囲のあらゆる物事に興味がないような、暗く鋭い有鱗目の深緑色の瞳。
 
(俺の身長が150cm、塁は…170センチくらいか?昨日のユイさんの見た目は小学生と思えるぐらい幼かったけど30歳って言ってたし…塁も見た目がかなり若い。でも同年代とも思えないしやっぱ年上なのかな……)

 侑李がそんなふうに塁の年齢を推測していた、その時だった。
 塁はそのままベッドの縁に腰掛け、侑李の肩にぽんと手を置いた。

「んー。そうだな。俺は24だ。お前より年上だから、これからは『塁さん』と呼べよ?」

 へらりと意地悪そうに笑い、塁はすぐに手を離して出入り口へと歩いていく。

(……は?……あ……能力を使って人の思考を真似て読み取ったのか。本当にプライバシーがない…)

 侑李が盛大なジト目を向けると、塁は振り返りもせずにひらひらと手を振った。

「外で待ってるから、着替えたら出てこい」

 スライドドアが静かに閉まる。

 着替えろと言われても、この部屋には侑李が適当に配置したクローゼットがあるだけだ。侑李はベッドから下りてカーペットを踏み締め、そのクローゼットの扉を開けてみた。

「うーわ……」

 中を覗き込んだ侑李は、思わず顔をしかめた。

 ハンガーに掛かっているのは、紺色のショート丈ジャケット、青色のインナー、黒のハーフパンツ。そして下には、黒色の靴下と黒色のスリッポン。

 それらが、全く同じデザインのまま横一列にびっしりと並んでいるのだ。

「なんだこれ。……まぁ、服を選ぶ時間を減らすための『効率化』ってことか。この世界にはファッションっていう文化がないのかもな」

 合理的といえば合理的だが、少し引くレベルの割り切り方だ。
 ふと、クローゼットの扉の裏に付いている鏡に目が留まった。
 
 鏡の向こうから、一人の少年がこちらを見返している。

 四ノ宮侑李。確かに自分の顔だという確信はある。だけど、どこか「知らないモノ」を見ているような、奇妙な感覚が胸をざわつかせた。

 さらりとした青い髪。ガラスのような透明感のある青色の瞳。そして、昨日、能力を発動させた左目は、鮮やかな翡翠ひすい色のままで固定されている。
 綺麗なオッドアイの亜人か。

「………人間とは言いにくい見た目だな、これ」

 自分の姿を客観的に分析し、侑李はすぐに視線を服へと戻した。
 記憶がないせいか、自分の身体の変化に対しても、驚くほどあっさりと受け入れられている。

 諦めてクローゼットから一着引っ張り出し、袖を通してみる。

 最初は少しサイズが大きいように感じたが、衣服を身に纏った瞬間、スゥッと生地や靴が勝手に縮み、侑李の身体に完璧にフィットした。

「なるほど、これは便利だ」

 あまり深く考えても始まらない。侑李は身支度を終えると、軽く足元を確かめてから、塁が待つ廊下へと向かった。

3/7ページ